28話 悪役王子
僕の名はディスト・エクエス・オルデンナイツ。
オルデンナイツ王国の第一王子だ。
「ちぃっ、姉君め……また将来有望な貴族令嬢を囲おうとしてるのか……」
二つ上の姉君は冷たい人……だった。
彼女は何に対しても『くだらない、つまらない』と見下し、常に周囲と一線を引いていた。そう、弟であるこの僕にすらも。
自分が何もかも上手くできるからって、誰かの努力を! 頑張りを! 情熱をバカにするなんて許せなかった。
必死に姉君に追い付こうとしていた僕を見下すのは……血の繋がっている姉弟であろうと許せない。
「どんな心変わりか知らないけど、オルデンナイツ王国の王位につくにふさわしいのはこの僕だ……姉君なんかじゃ決してない」
そんな彼女はここ数年で少しだけ変わった。
特に優秀な者や、一つの分野を極めた者に興味を抱いては、自身の派閥へ積極的に取り込むようになったのだ。
もちろん彼女のお眼鏡にかなわなかった者は、容赦なく切り捨てられるか、いない者として扱われる。
貴族の間じゃ『姫君に声をかけられない=無能の烙印を押される』なんて戯言を口走る者も出始めている。
姉君の在り方は冷酷から残酷に変わった。
「今回、姉君がダンスパーティーに招待したのは……ユーリ伯爵令嬢と、スイゼン侯爵令嬢、ブリューナク公爵令嬢とそれに……ネル・ニートホ・ストクッズ? ああ、ストクッズ男爵家の子息か」
そうそうたる名家に綺麗所と知的所を集めた名簿リスト。そんな中にポツンと異色の人物が目に入る。
姉君は婚約前というのもあって、なるべく自らの茶会やパーティーに異性の貴族子息を招待しない。
身持ちのいい淑女であると喧伝するためだろう。
将来の婿養子を最高の条件で迎えるためにも、自らの価値を上げるのにぬかりない……いやそれすらも自然にやってるのかもしれない。
「滅多に男子に声をかけない姉君が、ストクッズ男爵令息を招待した……? しかも下位貴族なのに?」
ふぅん。
それほどまでに自派閥に取り入れたい人物ってわけだ。
もしくは興味を抱いている?
それなら僕は姉君の思惑をブチ壊してやるまでだ。
「僕が姉君にされたように、姉君の望みは僕が粉々に砕いてやる……!」
◇
「ネ、ネル先生……僕なんかが王宮のパーティーに参加しちゃっても大丈夫なの?」
例の姫騎士に招待されたパーティーへ向かう途中。
王宮へと走る馬車の中で、儀礼用のお洒落な鎧に身を包んだシロナが不安げに語る。
「大丈夫だよ。シロナは俺の護衛騎士で、パートナー役だ」
「でも、それならマナっち……マナリア伯爵令嬢に頼んだ方がいいんじゃ……一応、ネル先生の婚約者だし? 彼女だってけっこう強いよ?」
「…………姫殿下の器を見極めたいからな。シロナが奴隷騎士だからといって、俺やシロナを無下に扱うようならたとえ王族でも距離を置きたい」
だから俺のわがままに付き合ってくれ。
そんな風に笑顔で伝えると、シロナは少しだけ頬を染めて遠慮がちにコクリと頷いた。
決してマナリア伯爵令嬢が怖いとか、面倒とか、そういうのじゃない。
「今回のパーティーは王子様も参加するんだよね? なんだか、わああってなっちゃうなあ」
「そうだ。アリス姫殿下は『才能の宝庫』と謳われているけど、ディスト王子殿下は『努力の宝庫』と評されている」
「地位も名誉もあるのに、すごく頑張ってる人なんだね!」
背負うモノが多いからこそ努力を欠かせないのは当然だ、なんて無粋なことは口にしない。
シロナも一人の少女で乙女だ。
王子というワードに少しだけ浮かれているようだ。
微笑ましい姿を見せてくれる彼女とは裏腹に、俺は緊張が強まっていた。
ディスト王子は『ガチ百合』のストーリーをすっ飛ばしまくった俺でも明確に覚えている悪役キャラだ。
俺のように序盤でサクッと殺されるモブじゃなく、メイン級の悪役だった。
『男なんて、クサい、キモい、ウザい』
『百合の間に挟まる男は死刑』
だのなんだのと、アホな妹は騒いでいたが……。
百合の間に挟まりそうになっていたのが、ディスト王子なんだよなあ。
容姿端麗で性格も表向きは紳士。
周囲の女性に上手く取り入って、女勇者が築こうとしていた百合ハーレムに水を差しそうになる。
最終的には裏でものすごくエグいことをしていて、それらを女勇者と姫騎士が暴露だかなんだかして、ディスト王子は破滅する……だった気がする。
そんな彼も、今はまだ俺と同じく12歳の少年だ。
まだまだ『ガチ百合』の時代ではないから下手なことはしないと思う。
それでもディスト王子の参加は少し引っ掛かる。
「ただでさえ、姫騎士との絡みとか疲れるのになあ……まあ、万が一の時はアイテマに作らせておいた手土産を渡せばどうとでもなるか」
ふと車窓から空を見上げると、ずっしりと灰色の雲が広がっていた。
まるで俺の心中に重くのしかかる何かを暗示しているようだった。
「ああ……早く帰ってモフリンと寝たい」
「あっ、あの……ネル先生が眠いなら、その、僕の膝を枕にして、寝たりする?」
ん!? シロナが自ら膝まくらを俺のためにしてくれる……?
これはもしやヒモスキルが発動するチャーンス!?
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:同世代の女子に膝枕をされる】を達成』
『スキル【陽魔法Lv2 → Lv3】にアップしました』
『スキル【光槍Lv2 → Lv3】にアップしました』
よっしゃ!
そういえばシロナで『ヒモ』スキルが発動する時って、なぜか光や聖属性関係のスキルが上がりやすいよなあ。
なんでだろ?




