26話 ベ、ペット
2年が経った。
俺は12歳となり、いよいよ来月には『ガチ百合』の舞台となる【王立魔剣学園】に通うはめになる。
「疲れた……」
そんな不安が、現状の不満とともに口をついて漏れてしまった。
「ネル様。お疲れのところ恐縮でございますが、領内の東に【大豚の鬼人】が大量発生したとのご報告があがってまいりました。数はおよそ100匹だそうです」
ヘリオは俺の心労と過労を労わりつつも、報告しなくてはいけない内容を心苦しそうに語る。
彼も今では14歳となり、その身長は187cmを超える。
その立派な体躯は将来、俺の肉壁……護衛&秘書としての役職を立派に全うしてくれそうだ。
さて、【大豚の鬼人】のスタンピードってことは、【大豚の鬼王】あたりが出現したのか。
村どころか街一つを蹂躙するぐらいの戦力に嫌気がさす。
もちろん今の俺なら余裕だけど、めんどくさいなあ……。
「ネル先生が疲れてるなら僕だけで行ってくるよ?」
ヘリオとの会話に入ってきたのは白髪の美少女シロナだ。
拾った時とは同一人物に思えないほどの輝きっぷりで、彼女が市井に姿を出せば民衆はよく湧いている。
そんな街の人気者は気骨もあり、性根もまっすぐにすくすくと育ち、今では俺の立派な肉壁……俺の手足となってよく働いてくれる。
「ああ、頼むぞ。シロナ副騎士団長」
今のシロナはレベル60を超える強さを誇り、もはや『ガチ百合』終盤の女勇者ぐらいの強さはあるのではないだろうか?
だからこそ奴隷騎士の身分でありながら、ストクッズ騎士団の副団長に任命している。
おかげでこうした有事の際は、よく民衆のために出張って活躍してくれる。だから人気があるのだろう。
しかも彼女の武勇が広まると、『ストクッズ男爵令息は奴隷でも優秀なら登用してくれる』との噂が立ち、腕に覚えのある者や優秀な者が騎士団に集いやすくなってるのも嬉しい。
嬉しいのだが、人事作業が増えたのは悩みどころだ。
「騎士団200人を連れていけ。被害が多く出そうなら、領内に滞在している傭兵団【青薔薇の剣】に声をかけておくんだ。報酬の金貨は100枚ほどで足りるだろう」
実はこの二年間、各地でモンスターのスタンピードが絶えなかったのだ。
領内が危うければ、国内全体も危うい。そうなると俺の理想のヒモライフどころの話ではなく、女勇者襲来の前に生命の危機そのものが訪れかねない。
なので隣国の公爵令嬢であるマリアローズに頼み、王国内に傭兵団【青薔薇の剣】を何カ所かに駐屯させてほしいとお願いしてある。
貴重な一つ目のお願いだが、これに彼女は快く了承してくれた。
そして駐屯先の一カ所がストクッズ領内であり、その規模は約300人ほどだ。
彼らはマリアローズが育てた傭兵なだけあって精強で、そして規律もしっかりある。一人金貨一枚と高額な連中ではあるが、今回のようにすぐ動かせる人数に限界があると便利だ。
なにせ騎士団を動かしすぎると、各町や村の防衛力に支障が出てくる。
他の場所でもスタンピードが発見された場合、対応できなくなる恐れもあるのだ。
「金貨100枚なら100人は雇えるね」
「ああ。でも無駄使いはしないようにな、シロナ副団長?」
「任せてよ。僕はネル先生自慢の一番弟子だよ?」
「ぐっ……」
シロナはヘリオに自慢気に語る。
名目上でも実力的にもシロナに一歩及ばないヘリオは、ほんの一瞬だけ悔しそうににする。
まったくシロナは……切磋琢磨するのはよろしいけども、副騎士団長と言ってもまだまだ子供っぽい部分は抜けてないようだ。
そこがまた可愛らしいのだが、あまりヘリオを刺激してやるなよ? ただでさえ、最近は雑務も任せてるから彼も多忙なのだ。
まあ、シロナもシロナでこの一連の流れを、『命令』として受け取るのではなく、『自らの意思で進んで俺のために領内を守る』に変換されているのが素晴らしい。
これでまたヒモスキルが発動してくれるに違いない。
「ここ数年、王国内はどこもスタンピードの嵐だと聞きます。シロナさん、道中もお気をつけて」
「ヘリオに言われなくてもわかってるって」
ここ数年のスタンピードの発生率は異様すぎる。
そう、だから俺は気付くと領内を駆け巡り、将来は俺の肥やしになる愚民を死なせないために何度も出張ってはいた。
「夢のヒモライフのためにぃぃ……領民に養ってもらうためにぃぃ……」
「あはははっ、ネル先生が疲れて変なこと言ってるね。領民のために一番奔走してるネル先生が、領民に養ってもらうとかどんな冗談?」
「ネル様はお疲れの中でありながら、ユーモラスな冗談で私たちを元気づけてくださったのです。鼓舞していただき感謝いたします!」
シロナとヘリオが俺の本音を聞いてよくわからない方向に勘違いするのは、俺に対する領民の信頼が厚いからだ。
俺が一度号令をかければ、愚民たちは思考を放棄して従ってくれるし団結力も硬い。その点は嬉しいが、どうしてもシロナのように自ら俺のために動くのではなく、『ご立派な次期領主様の言うことだから、従うのは当たり前だ』といった思考で動くので、立場を重んじての行動=ヒモスキルが発動しないのが残念だ。
残念といえば他領の騎士や貴族たちもだ。
他領の騎士団には、アイテマが作った快眠&ステータス強化ベッドを売りだして、多数の貴族たちに恩を売っている。おかげでストクッズ商会の販路が広がったと父上は喜んでいるが、やはりお金が絡む損得勘定だと高確率でヒモスキルは反応しない。
「そういえば王都では、姫殿下が近衛騎士団の他に新たな騎士団を設立されたそうです。なんでも【姫百合騎士団】といって、防衛戦よりモンスター討伐に特化した騎士団だそうです」
王国内の治安は、度重なるスタンピードのせいでそれだけ武力を要している。
ちなみに傭兵団【青薔薇の剣】が、他に駐屯している場所はストレーガ伯爵領と王都の二か所だ。一応、表向きは父上の繋がりで強力と名高い【青薔薇の剣】と渡りをつけたことになっている。なので、どうやら貴族の間ではストクッズ男爵家と婚姻関係にあるストレーガ伯爵領は羨ましいと囁かれている。
だからなのか、最近はやれ『うちの娘は見目麗しいから会ってほしい』だの『ストレーガ伯爵令嬢より気立てのよい娘を紹介したい』だのと、貴族連中が俺宛に面会を所望してくる機会が増えた。
というか俺の知ってる『ガチ百合』って、ここまで頑張る必要あったか?
いや、多分ない。
間違いなくこの世界は、周回モードの難易度高めに設定されているはず。
「はあ……げんなりくるわ……」
なんだか食料関係もきなくさいことになっていて、国内各地で作物が育ちにくいって話だ。
うちの領地も年々、収穫量が減っていて、数年後には餓死者も多数でる計算になっている。
「そういえばネル先生はマナっちに会ってあげないの? 今度、お茶会したいって言ってたよ?」
「ううーん……」
「ネル様はお忙しい身ですので、丁重にお断りさせていただきます」
一番の問題は、まだマナリア伯爵令嬢との婚約が解消できていないことだ。
実情はどうあれ家格は成り上がりのうちより二階級も上だし、歴史も古い。父上がやんわりと婚約解消の話を持って行っても、そこは腐っても上位貴族らしく丁寧に断りを入れてくる。
本人にそれとなく婚約解消の話をしても、無言の圧……黒いオーラが周囲を侵食し始めるのでなかなか難しい。そういえば女大賢者様は黒系統の魔法が強力で、たまに気が向いたときだけ高火力を出していたなと……嫌なことを思い出すだけだった。
このままじゃ賢者ってより魔女とかの方がしっくりくると思ってるのは、俺とヘリオだけの秘密だ。
「ヘリオの言う通りやることが山積みだ」
そう。今日は一日中眠りに眠って、明日も明後日も————
ふらふらの足取りで豪華なソファにたどり着き、そこに身を沈めて昼間から惰眠を貪る。
ふあああああー至福の時だあ。
うつらうつらと寝るか寝ないかの狭間の世界を行き来するのは、この上なく気持ちよい。
あぁ、そうだ。
やることが多いのなら、移動式の仮眠ベッドなんかも————
うんん、移動しながら寝れたら最高だよなあ——
『スキル【ヒモ】の条件達成:昼間から惰眠を貪る』
『詳細:合計1万時間』
『Lv89 → Lv90にアップしました』
俺のレベルは今や90に達したけど、年々眠るだけではレベルが上がりづらくなっている。
やはり移動時間なども睡眠に費やした方がいいなあ。
しばらくまどろみを楽しみつつも、意識を覚醒させる。
パチリと目を開ければ、シロナはそっと討伐に出てくれたようで姿はない。そばにはカリカリと書類に何かを書き留めるヘリオだけで、俺の代わりに雑務を奏でる音が心地よい。
どうやら俺のお昼寝を静かに見守ってくれたようだ。
「ヘリオ。万が一に備えて中庭に来てほしい」
「かしこまりました」
何の万が一に備えるのか説明すらしなくても、即断即決でついてくるヘリオ。
俺はとあるアイテムを二つ用意してヘリオを引き連れる。
「さて、捧げるか」
俺が中庭に置いたのは、【神々の白金貨】と【月狼の鳴剣ムーンヴォルフ】の二つ。
「神々の通貨を以って、神々をお招きいたす。かの月狼と所縁のある神よ、我が真意に応えたまえ」
『ガチ百合』において使えなかったパーティメンバーの代わりに、俺を支えてくれたのが神獣たちの存在だ。
神獣たちはヒロインたちほど強力ではなかったけれど、安定して戦闘をサポートしてくれる心強い仲間だった。
その中でもパーティメンバーに匹敵するほど優秀な神獣が数頭いた。
そのうちの一頭を、俺は今召喚しようとしている。
捧げられた二つの供物を媒介に、ストクッズ男爵邸の中庭は眩い光に包まれる。それから数瞬後には、視界いっぱいに広がる白銀の塊が出現した。
それはあまりにも毛並みの良いふっさふさの……神々しい大狼が鎮座していたのだ。
四足歩行の生物でありながら、その体高は優に二階建ての一軒家を超えている。そのあまりの迫力に、ヘリオが警戒心を強めるのも無理はない。
『ちみが我っちを呼んだっち?』
傍から聞けば巨大すぎる狼が『グルルルルゥゥ』と唸っているようにしか聞こえないが、召喚主の俺は彼女と意思疎通ができる。
「ああ、よろしく頼むよ」
『んんん、でもちみは我っちより強いっち?』
「レベルは90だ」
『くんくん、ほんとっち! じゃあ従うっち!』
実を言えばこの日のために、寝まくってレベルを上げていたりした。
というのも目の前の巨狼は、【神喰らいの大狼フェンリル】のさらに上位種。
【神堕としの幻狼モフリル】といって、神をもダメにする極上の寝心地と夢へ誘う希少種だ。まさに神殺し、まさに堕落からの堕天!
そんな【神堕としの幻狼モフリル】は、パーティーメンバーの総ステータス数が自分より劣るとテイムできない神獣だった。
『ガチ百合』で【神堕としの幻狼モフリル】をテイムしたのは、レベル50代あたりだったので、女勇者とメンバー3人分を合わせるとちょうど合計レベル120ぐらいだったはず。
そして傍にはLv45のヘリオがいるので、Lv10ぐらいの余裕を持っていた。
「ネ、ネル様……まさかこの巨狼をテイムされたのですか……?」
「ああ。とっても可愛くて、寝心地抜群で、移動用の動くベッドを召喚してみた」
「……このような偉大な神獣を……移動用のベッド……私はまだネル様の器を図り間違えていたようです……」
「食費がかかるだろうけどその辺のやりくりは任せたぞ」
「は、はい!」
『ごはんぐらい我っちが取ってこれるっち!』
「最近は徐々に食料品も高騰してるしそれは助かる。ただし人は食うなよ。狩るならモンスターにしておけ」
『わかっち』
「それじゃあさっそく……失礼して」
俺はものすごいジャンプをかまして、白きふわっふわの雄大なベッドに寝ころんだ。
んん~かなり寝心地抜群だぞ!?
モフリルの体温がじんわり伝わってきて、秒で眠りに墜ちそうだ。
「えと、あのネル様?」
億劫だがヘリオの動揺した呼びかけに仕方なく答える。
「少し散歩いってくる」
唖然とするヘリオを置き去りに、モフリルは半端ない跳躍力でストクッズ邸を一っ飛びで移動する。
「なるべく静かに移動してくれよ」
『わかっち』
それから俺はモフリルの長い毛をお腹のあたりに巻き付けて、ちょっとだけ揺れの強いベッドの上で快眠を貪った。
寝覚めは最高————ではなく、むせかえるような血の匂いが鼻について目が覚めた。
『ちょうどたくさんの肉っちが蠢いてたっち。ちみもくうっち?』
巨大なわんころは悪気なく【大豚の鬼王】と思しき頭部をくわえて、くるりと振り返る。
どうやらシロナたちの先を超してしまったようだ。




