25話 姫騎士の目覚め
「剣闘大会を制したのは、謎の仮面少年! 【魔剣士ネロ】だああああ! みなさま、幼き英傑に惜しみない拍手を!」
司会はマナリアさんの激怒も知らずに、呑気に会場を盛り上げようと締めくくっていた。
俺はどうにかマリアローズを引きはがし、『婚約話はなしで!』と断固拒否……したくない相手なんだけどなあ……と内心で思いながらとにかく叫ぶ。
もちろん幾人かの観客はこの絶叫じみた俺の嘆願を耳にしていたのか、チラホラとブーイングが立ち上がっている。
「ローズちゃんとの婚約を破棄するだと!?」
「う、うらやましすぎる……」
「ガキだからまだ事の重大さがわかってねえんだ!」
「ちきしょう! 俺だったら絶対逆玉に乗るのに!」
俺も全力で逆玉の輿に乗りたかったです!
でも、マナリアさんが怖すぎます!
彼女との婚約解消をしっかり実現しない限りは、下手な対応をすると将来が危険すぎる。女勇者とかにチクられて成敗! なんてことになったら夢のヒモライフどころの話ではなくなってしまう。
「ネロ? 私じゃ不満なの? おばあ様から継いだこの容姿には自信があったのだけれど……何が嫌なの?」
「いやっ……マリアローズはものすごく可愛いし、ひたむきに努力もしてて、とても魅力的だと思ってる」
「じゃあ、どうして?」
「今は……婚約者がいる身で、だから不義理はできない」
「あら? じゃあその婚約者さんは第二夫人でいいじゃない」
「そ、そういうわけにもいかなくてな……」
貴族の常識的に考えたら普通なのだろうけど、『ガチ百合』のヒロインにそんなことしたら殺されそうで怖い。
というかマリアローズって、サラリと第二夫人とか一夫多妻とか受け入れてくれるところがますます付き合いやすいなあ。
懐が深い。
「ネロは一途で義理も重んじるのね。ますます気に入ったわ」
「あははは……」
「今は貴方の健闘を称える場だから、これ以上困らせないわ。でもね、覚えておくの」
そう言って空色の長髪を耳にかけた美少女は、誰もが呆ける笑顔を輝かせる。
「婚約者がいるってことは平民ではないのね? じゃあ、隣国の公爵家の娘である私にもまだチャンスはあるもの。政治的にも立場的にも、貴方にそれ相応のメリットを提供できるはずよ」
それから彼女は戦闘の時よりも早いスピードで急接近し、俺の頬にこそばゆい感触を残す。
「優勝、おめでとう」
【青薔薇】による頬への口づけ。
それに伴い会場に謎の黒い球体が大量に発生し、多数の負傷者が続出したと————後に、この時の剣闘大会は語られた。
◇
剣闘大会での大騒ぎからすでに2週間が過ぎた。
マナリア伯爵令嬢が暴走させた魔法のせいで、俺の剣闘大会の優勝はうやむやになったものの、しっかりと景品はもらえた。
「ネル様、これが剣闘大会の優勝賞品ですか。すばらしい大剣でございますね」
「こんな大きい剣をネル先生が使うの?」
すっかり体調の良くなったヘリオと、元気いっぱいのシロナが月光のように透き通る大剣を興味深そうに眺めてくる。
ちなみにシロナには【魔剣士ネロ】なる人物が俺だとバラしてみたら、【金剛のアリシア】戦を観戦している時にさすがに気付いたらしい。マナリアさんもだ。
「【月狼の鳴剣ムーンヴォルフ】は使わないよ。ただ、捧げるだけだ」
「どなたにでしょうか? まさかストレーガ伯爵令嬢ですか?」
「マナっちけっこう怒ってたもんねー」
「マナリア伯爵令嬢の問題は解決しなければいけないが、まあそんなのよりも重大な存在に捧げる」
もちろん謎の黒い球体の発生源がマナリアさんだとは誰にも言ってない。
漏らしたところで彼女に恨まれるし、事の発端を掘り下げれば婚約者である俺が、他国の公爵令嬢と公衆の面前で仲睦まじい姿を晒してしまったとか、色々と墓穴を掘りかねない。
王都には成り上がりのストクッズ男爵家をよく思わない貴族連中もいるし、ここぞとばかりにゴシップに乗って我が家を糾弾する者も出てくるだろう。
つまりは自己保身のために黙っていたのだ。
「っと、その前にそろそろアイテマの所に顔を見せに行くぞ。ベッドの出来栄えをチェックしに行きたい」
「かしこまりました。お共いたします」
「ネル先生、今週は何度も行くね。それだけベッドが気になるのは、やっぱり睡眠の質を重要視してるの?」
「当たり前です。ネル様は睡眠こそが強さの秘訣と、常日頃から体現していらっしゃるではありませんか」
「ヘリオはうるさい。ふぅーん……しっかり身体を休めて、次の日のパフォーマンスをさらによくする秘訣……睡眠」
二人は俺がベッドにこだわる理由を深読みしているが、俺はただただ寝心地のいいベッドを開発してそこで気持ちよく寝たいだけだ。
そんな内心をおくびも出さずに、俺はアイテマ道具店へ颯爽と足を運ぶ。
「アイテマ。ベッドの様子はどうだ?」
「うっすー、『アイテマ道具店』へようこそっすー」
俺が軒先に顔を出すと、【岩飾りの娘】のロリ巨乳がNPCのように安定した声音で迎え入れてくれた。
「って! ネル様じゃないでっすかー! うっすっす! 一昨日、ネル様に指摘されたスプリングってやつを導入したら寝心地がとっても改善されたっすよ! これはもう世紀の発明っす!」
「ほう?」
俺はさっそくアイテマが作ったベッドに寝ころんでみるとこれは確かに……。
ほどよい弾力性と、体全体を包み込むような充足感に満たされる。凝り固まった心労ごと取り除いてくれるかのような————
「ネル様。寝るっすかー?」
おっと、いけないいけない。
あまりの寝心地の良さに、ついつい秒で意識を放棄してしまうところだった。
「あっ、うむ。よくもあれだけ少ない説明で、見事ここまでのベッドを再現してくれた。報酬は色をつけよう」
「やったっすー! でも再現ってことは、ネロ様はもっと寝心地のいいベッドを知ってるっすね?」
「それは……」
前世で上司の付き添いで高級家具店に行った際、一度だけ味わったベッドの寝っころ心地はものすごくよかった。あのベッドは数百万の高値がつくものだった。
寝心地は多分これより上だったかもしれないし、そうでもないかもしれない。
その事実は完全に俺の主観によるので、もう一回だけ寝ころんでみたいなあ。
「そうかもしれないな……」
俺が少しだけ遠くを見るように呟くと、アイテマはなぜか『っす! っす! 絶対にネル様を満足させるっす!』と気合を入れてくれた。
ヒモスキルを持つ俺としては、勝手に俺のためにやる気を出してくれるのはありがたい。
「アイテマ、無理はしないようにな。ベッドの作成については引き続き頼むよ。できたものは全てストクッズ商会に卸して、騎士階級あたりの寮に営業をかけさせてみる」
「これは間違いなく売れるっす!」
「アイテマが希望するなら、ストクッズ商会から見習いや手伝い人なんかも派遣する。一人で量産するのは大変だろうからな」
「軌道に乗ったら頼むっす!」
こうして俺は王都で新たな商売販路を築くために、またまたパパンに交渉することになった。
◇
私の名はアリス・エクエス・オルデンナイツ。
オルデンナイツ王国の第一王女ですわ。
たった一年前まで、私が見る世界は灰色そのものでしたの。
それがあの剣闘大会から……なんて世界がカラフルに色づいているのかしら!
それもこれもあの仮面の少年のおかげですわ。
同年代であれほどの人物がいるとは……私の世界がいかに狭く、なんて傲慢で愚かだったのだろうと気付かせてくれましたの。
それからというもの、私は国内外に目を光らせ積極的に私が知らない物や者、あらゆる事象に興味を伸ばすようにいたしました。
新しい発見と、まだ見ぬ領域を知れば知るほど私の生は充実していますわ。
将来はこの国を継ぐ者として、定められた運命に辟易していた過去の自分とは決別しましたの。
この国を如何に面白く、それでいて先進的に、私にしかできない偉業を成そうと目標ができましたの。そのために今できることを必死に学んでおりますわ。
私の運命を変えてくださった仮面の少年、いえ、私の仮面の王子様。
彼には一度、正式にお礼をしたいと思っていますわ。
ですので、どうにか彼に会えないかと彼の足跡をたどれば、どうやらストクッズ男爵領で鉄級冒険者として登録されているではありませんか。
私は鉄級に負けたのです。
なぜ、あれほどの力を持っていながら鉄級に留まっておられるのか、世界はやはり広く奥深いですわ。
様々な分野の先達や専門家は天才と謳われた者でも、私より一回りも二回りも年上の方々ばかりです。同年代であれほど優秀な者を、私はまだ目にしたことがありませんわ。
「同年代といえば……最近、何かと噂が絶えないストクッズ男爵令息も気になりますわね」
成り上がりと揶揄されている家門ですけど、その実績は素晴らしいですわ。
「最高ランクの【魔封石】を国内外に流通させ、莫大な富を築きながらも、自領の繁栄にだけ目を向けず……広い視野を持っていますわ」
特に最近ストクッズ商会から配備されている、騎士団員への特製ベッドですわ。
「わずか11歳で騎士団全体の力を底上げするベッドを開発するなんて、王国への貢献輝かしいですわね」
最初はストクッズ男爵ご本人が親バカで、息子の活躍を誇張しながら喧伝しているかと思いましたけれど……数カ月前にストクッズ男爵領内で発生したスタンピードを、民衆の目の前で傭兵団を指揮しながら鎮圧したとの報告が上がっていますもの。
多くの民たちに、その武名と人脈の強さを証明したに他なりませんわ。
きっと彼からも……多くの学びと、そして刺激を得られるでしょう。
ええ、ええ、やはり私は、私の高慢を完膚なきまでにへし折ってくださったあの刺激を求めていますの。
あの仮面の王子様のように徹底的に私を見下す、背筋にゾクゾクと走る快楽の刺激を再び——
「ストクッズ男爵令息……ぜひお会いして、言葉を交わしてみたいものですわ」




