16話 ヒロインはまだメスガキ
「…………ネルくん、偶然、やっほー」
マナリア令嬢がすごく棒読みで語り掛けてくる。
彼女の服装はまさにお貴族のお嬢様然としており、漆黒の髪や瞳がよく映える純白のワンピース姿だった。
若干10歳にしては発育もよく、粗暴な輩が集うコロシアムでは可憐なお嬢様に視線が集中するのも無理はない。
つまり、俺たちも注目されてしまっている。
「や、やあ、マナリア伯爵令嬢。すごい偶然だね」
いや、本当に偶然か?
何となく……ちらりとシロナを見れば、わざとらしく明後日の方向を見ながら口笛を吹き始めた。
シロナ? お前まさか……俺の居場所や予定をマナリアにバラしたのか!?
主人のプライベートを勝手に横流しするのは好ましくないが、どうやらシロナとマナリアの間では何らかの協定が結ばれている節がある。
敢えて厳しく縛っていなかったのは、スキル【ヒモ】を発動させるためで、その辺の自主性を重んじていた方針が今回は仇となった。
実はマナリアとの婚約解消の話を出してから一年も経っているが、マナリアの生家であるストレーガ伯爵家にはのらりくらりとかわされている。
ここでシロナとマナリアの関係を言及すれば、『婚約者なのにほぼ一年間会えなかったから、仕方なくシロナを頼った』うんぬん言われそうで怖い。
ただでさえ未来の女大賢者様を下手に刺激したくない。
つまりここで藪をつついて蛇が出るのは勘弁願いたいので、何も聞かずに穏便に済まそう。
「マナリア伯爵令嬢も今年の剣闘大会を鑑賞するのか?」
「……ネルくんも?」
「ああ。シロナが出場するからね」
「なら私も一緒に見ていい?」
マナリアにしては珍しくスラスラと言葉が出てくるな。
まるであらかじめ喋るセリフを決めていたかのような————
「婚約者として隣で見たい、です」
ちっ。
そんなに可愛らしく頬を染めながら、恥ずかし気に言っても無駄だからな。
まったく婚約者ぶりやがって。
そんな内心をおくびも出さずに、俺は笑顔で頷いた。
「も、もちろんだ、マナリア伯爵令嬢」
別に照れてないし、嬉しくもない。
こいつは未来の女大賢者様なんだからな。
◇
マナリア伯爵令嬢との約束から一週間が経ち、俺は王都を優雅に満喫していた。
主に高級宿に泊まってダラダラ寝まくり、すやすやしていた。
王都観光?
興味ないな。
『スキル【ヒモ】が発動。アイテマが心を込めて【ポップベッド2号】を開発』
『【条件:年上女性から夜のアイテムを開発してもらう】を達成』
『スキル【錬金術Lv1】習得しました』
おっほ。
さっそくアイテマちゃんったらいい仕事しちゃって!
俺が頼んだのは【シープベッド1号】だったのに、その進化系の【ポップベッド2号】まで自主的に開発してしまうとは!
これだからサポートキャラは有能すぎるぜ! あとで報酬はたんまり弾んでやらないとなだな!
それにスキル【錬金術】があれば、俺が作るポーションの品質もちょっとは向上するだろう。
これで生傷の絶えないシロナへ、更に恩を売ることができるぞいっ!
「ネル先生! 出発の準備ができました!」
「こら、ネル様はまだお休み中だぞ」
勢いよくドアを開けたシロナを諫めるヘリオ。
さて、俺がいくら王都に興味がなくとも、今日という日はそうもいかない。
何せ剣闘大会の当日だからだ。
「ふぁー……よし、二人とも。俺の準備をしてくれ」
「は、はーい!」
「承知いたしました!」
シロナは少しだけ耳を赤くしながら、俺の肌着や上着の準備をしてくれる。
ヘリオは洗顔用のおけとタオルを持ってきてくれ、そのまま髪の毛をセットしてくれる。
「シロナ。ベルトが少しきつい」
「ひゃ、ひゃい!」
こうして身の回りの世話を全部してもらった俺は、意気揚々とコロシアムへ向かった。
それからシロナを選手控室まで送り、俺とヘリオは貴族や金持ちたちが剣闘を鑑賞できる特等席に腰を落ち着けた。
しばらくするとマナリアが現れ、当然のように俺の隣に座ってきた。
「……楽しみ。ネル君と、デート」
男たちが死闘を繰り広げるのを鑑賞するのがデートとか、どんな血なまぐさいデートなのだろうか。
一応、死人もでる大会だぞ?
さすがは未来の女大賢者様だ、怖い。
なんて内心は胸の中に封じ込め、俺は腹を勢いよく抑え込んだ。
「いだだだだだだっ……ふ、腹痛がっ……やばい、マナリア伯爵令嬢、ちょっとウンコに行ってくる!!!!!!!!!!」
さすがのマナリアもこれにはビックリ仰天でドン引きだろう。
これを機にさっさと婚約解消してくれ。
「…………大丈夫? 【地母神の癒し】」
おい、まさかの全状態異常全回復の魔法を、無表情のまま間髪入れず無詠唱で放ってきやがったよコイツ。
おかげで過剰な癒しのせいで、俺の全身はぽっかぽかだ
やばい、これ気持ちいな。眠くなりそうだ。
って、眠くなってる場合じゃない。
俺はヘリオに目配せをすれば、優秀な従者は予定通りの行動をしてくれる。
「マナリアお嬢様、大変申し訳ないのですが我が主の体調をより詳しく検査させていただきたく存じます。ですので今から医務室に運ばせていただきます」
「…………なら私も行く」
「失礼ながら、殿方には女性に見られたくないお姿もございまして……」
「……どういう、意味?」
「その、やはり、レディにはお強い姿を見せたくなるのが性分なのでございます」
「…………婚約者の私に……意中の女子に、無様な姿を……見られたくない?」
ぐう。
変な勘違いをされてしまったがここは仕方ない。
ヘリオとしては俺が変装して大会に出でも、マナリアのことだから俺の正体に気付く可能性を考慮しての発言だったのだろう。マナリアの前でいい恰好がしたかった、そう思ってくれれば彼女が変に騒ぎ立てないだろうと。
まあこの際もうマナリアの勘違いに乗っかって、この場を離脱だ。
俺がアイコンタクトでヘリオに語れば、従者は粛々とマナリアに頷いてみせた。
「さようでございます。では、ネル様をお連れいたします」
こうして俺はヘリオを伴って、そそくさと仮面をかぶるだけの変装をして選手の控室へと足を運ぶ。
もちろんヘリオも仮面をつけての同行、というか大会に参加する。
今回、俺が参加するのはヘリオにだけは共有しておいた。すると彼は『ネル様も出場するのですか……自分だけ蚊帳の外なのですね』と項垂れてしまったのだ。
いや、万が一にも俺やシロナが大怪我をしたら、その対応や処理などを任せると伝える前に、『シロナだけに栄光を掴むチャンスをお与えになるというのは……いえ、失言でした』と悔しそうに言われてしまった。
そんな従者の顔を見て、思えばヘリオには我慢のさせっぱなしだったと気付く。
なので仕方なくヘリオの出場も許可し、代わりに父上に衛生班の待機をお願いした。
ヘリオは優秀な従者とはいえ、まだまだ12歳の少年には違いない。
きっとシロナに負けまいと必死なのだろう。
いつも俺のヒモライフのためにアレやコレやと奔走してくれているので、これぐらいのワガママは主人として受け入れようじゃないか。
そんなわけで二人して選手の控室に入れば、そこには血気盛んな男たちがわんさか集っていた。一癖も二癖もありそうなゴロツキから妙に身ぎれいな者、そして……ん?
シロナの隣にいるのは、顔がすっぽり隠れるほどのフルアーマーを着込んだ女騎士か?
それにしてはシロナと同じく、まだまだ未成熟な体付きみたいだな。
身長も145センチを超えたぐらいで、明らかに全身鎧を着こめるだけの筋力を持ち合わせていないはず。
となると……超軽量かつ超高額な聖銀製の鎧か?
スカート型の全身鎧は貴族に好まれがちだから、もしかしたらどこぞの貴族が育てた剣闘士かもしれない。
シロナ同様、少女だからと侮らない方がいいな。
俺以外にもちらほらとシロナや少女騎士に目を向ける者がいて、そのどれもが警戒の色を帯びていた。
それもそのはずで、先の少女騎士は装備が一級品である。そしてシロナは明らかに尋常でない闘志をみなぎらせ、10歳とは思えないほどの迫力を放っていたのだ。
まったく……ズブのド素人だなあ。
あれじゃあ自分から警戒してくれと喧伝してるようじゃないか。剣闘大会が終わったら、その辺のノウハウも教えてやらないとだな。
それはそうと、剣闘大会に出場する女性は珍しい。
だから彼女たちは女同士というのもあって、自然と隣合わせになったのかもしれないが、その空気は決して穏やかなものではなかった。
少しばかり気になったので、シロナの方にそれとなく近づいてみる。
「貴女のような虫も剣闘大会に参加するのですわね」
「僕のことを虫と言ってるの? だったら君は虫に食まれる根無し草だね」
おおーっと、バチバチの舌戦を繰り広げているぞ。
「無知で下賤な虫に教えてさしあげますわ。世の中に食虫植物というものがございましてよ?」
「知ってるけど? あの毒々しくて醜いやつだよね。あ、ちょうど君に似てるね?」
「あらあら、知性も乏しければ視力も乏しいのかしら? 食虫植物には美しい物もございましてよ?」
「ふーん……」
「私、この剣闘大会に期待して参戦したのですけれど、二番目に活きのいい虫が貴女のような無知蒙昧だなんて期待外れですわ」
どうやら少女騎士は、うちのシロナをいっちょ前に挑発してたらしい。
しかしこの声は妙に苛立つなあ。言い方の一つ一つに、超上から目線の匂いがぷんぷんと鼻につく。
「本当につまらないわ」
挙句、うちのシロナをつまらないと捨て台詞まで吐きやがった。
よし。このメスガキクソ生意気少女騎士と戦う機会があれば、徹底して屈辱的な敗北を味あわせてやろう。
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