15話 ヒロインたちに不意打ちされる悪役
ふぅー、懐かしい景色が見えてきたぞ。
剣闘大会が開かれるコロシアムは、選手たちが戦う場を客席がぐるりと囲んでいる。
さらに魔法によって空中に浮かぶ特等席などもあり、選手たちの戦いを真上から観戦できたりする。
「ネル先生のためにがんばるよ。必ず優勝してみせるから期待しててね」
太陽のように輝く笑顔を咲かしたのは、白髪の美少女奴隷だ。
シロナは先ほど出場エントリーを済まし、やる気に満ち満ちている。
俺はそんな彼女の頭を軽くなでてやり、さも心配そうに語りかける。
「本当にいいのか? あれはあくまで父上が言ったことで、俺が望んでるわけじゃない。シロナに怪我でもされたら嫌だしな」
あくまでシロナの自由意思により、俺に貢献しようとしているのか再確認だ。
それに、手塩にかけた未来の寄生候補をこんなところで壊されたらたまったものではない。まあ、その対策になるかは運次第だが、俺もこっそりエントリーはしておいた。
「むー、先生は僕がその辺のよわっちい大人に負けると思ってるの?」
「シロナは十分に強いが、対人の実戦経験は浅いだろ? 老練な大人たちと混じって戦えば、厳しい状況にもなるだろう。絶対に油断しないように」
「先生はやっぱり優しいね……肝に銘じます!」
「本音を言えば私も、ネル様の名を背負って出場したかったのですが……私にはネル様の護衛につくという崇高な任務があります。ですからシロナ、しっかりとネル様の名代として好成績を残してください」
「ヘリオに言われなくてもわかってるー。そっちこそ僕より弱いんだから、しっかり護衛をお願いするよ?」
ちょっとバチバチし始めたシロナとヘリオは置いておき、俺は今回の剣闘大会のルールを確認していた。
第一回戦は俺が『ガチ百合』で経験した通りの集団戦だ。
50人のグループが4つあり、その中で勝ち抜いた上位2名が第二回戦のトーナメントに出場できる。
そして上位8名による1対1での戦いで、優勝を決めるわけだ。
「……やはり肝心なのは一回戦。予め徒党を組んでいたり、金で味方を雇ったり、はたまた賭けに興じる貴族の手先だっているはず」
集団戦とは名ばかりで、純粋な実力だけで勝ち抜くのは至難の業だったりする。
『ガチ百合』で特に厄介だったのは貴族の手先だ。貴族は自分の育てた選手が勝てるよう、強力な助っ人を潜り込ませ、不自然に見えないレベルで援護したりする。
もちろん自分の選手に莫大な金額を賭けているから、その本気度は街のチンピラが徒党を組むのとは訳が違う。
選りすぐりの上級冒険者……それこそ銀級から金級冒険者あたりを投入してくるだろう。もちろん自らの名声を売り出すために育てた選手は、それ以上の強さを誇るはず。
シロナのレベルはつい最近40に上がったばかりだ。
しかも10歳なので大人と比べてリーチも断然短い。白金級の凄腕が出張ってきたら苦戦は必至だろう。なにせ白金級のレベル帯はLv40~Lv50だし、シロナより遥かに実戦経験も豊富だ。
「よし、寝るか」
そんなわけで俺は、少しでも自分のレベルやステータスを上昇させるために昼寝をするとしよう。
最近レベルアップしてなかったから、そろそろ上がる頃合いだろう。
もしシロナがダメでも、俺がどうにかすれば————
「————ネルくん?」
んん?
あんまり聞きたくない声が俺を呼んでいるような気がしたな。
まあ、気のせいか。
「……こんなところで、偶然」
しかし俺の思いとは裏腹に、非情にも現実が裏切ってきた。
声の主へと目を向ければ、ここ数カ月どうにかこうにか避けてきたご令嬢がいるではないか。
彼女は無表情でありながら、黒曜宝石の瞳だけは爛々と輝きを放っている。そしてどこか芝居じみた口調と動きで、こちらに歩みよってきた。
「……これも、婚約者だから、運命?」
げぇっ……!
どうして【魔封石】製造機がッッッ、あっ、いや、マナリアがここに!?
可愛らしく小首をかしげても無駄だぞ、マナリア伯爵令嬢。
きみが未来の女大賢者である以上、どうにか婚約破棄の流れにもっていく!
だって女勇者と関わりたくないからな!
◇
この世はなんてつまらないのかしら。
思わず私の足元に転がる騎士団長を睥睨しては、この世がいかに退屈なのかを憂いてしまいますわ。
「まいりましたっ……アリス姫殿下」
王国トップスリーの猛者と謡われた男も、私が戯れ程度に剣術に打ち込んでみたらこの有様ですもの。
『女性が剣を握るなどと修羅の道でしょう』なんて、散々女性では力の差が~とか、才能の差が~と豪語していたのに……いざ、フタを開けてみたら数年でこの程度じゃありませんか。
12歳の私に無残な姿をさらすこんなゴミが、王国の守護者だなんて笑えますわね。
「……つまらないわ」
私は小さな頃から周囲の人々が喋る虫に見えて仕方ありませんでしたわ。
なぜなら子供の私がすんなりできることを、彼ら彼女らはひどく苦労して、挙句の果てはできもしないのですわ。そして私を、さも偉業を成し遂げたかのように語る……愚かで、下等で、無能ばかりですわ。
最初は目に入るだけで虫唾が走りましたけれど、だんだんと微笑ましい物に見えてきましたわ。つまらない世界でつまらない生き方をして、つまらない死を迎える。
なんて可哀そうで愛らしいのだろうと。
ですが中にはそうでない者もいます。
中途半端な自らの才能を誇示する、真に愚かでつまらない輩です。そういった者は相も変わらず、私の神経を逆なでしますわね。
そう、目の前で這いつくばる王国騎士団長もそのうちの一人ですわ。
「剣術はもういいですわね。次は何をいたしましょう?」
「ぐ、ぬ……私は、アリス姫殿下に敵わず、面白さを伝えきれませんでしたが……剣術も、その他全ても、まだまだ奥が深いものです。世界は広く、そして不思議と興奮に満ちております。姫殿下をも凌ぐ者もきっとございます」
悔し紛れの苦言かしら?
それともプライドが許せないの?
ああ、虫の鳴き声は聞くに堪えないですわ。
「近日中に王都で剣闘大会が開かれる予定です。各国の猛者や腕に覚えのある者、それこそ王宮剣術以外の使い手も集まります。型にとらわれない強さ、それもまた剣術の醍醐味の一つでございます」
「……それはもちろん、私のユニークスキル【触れられざる高貴】を発動しても、の話でよろしくて?」
「そ、それは……おそらく姫殿下に敵う者はそうそう現れないかもしれませんが、楽しむ程度でしたらもしかすると……」
「賭けに現を抜かす貴族の飼い犬が、私を満足させてくださるかしら?」
「か、賭け……? 犬とは、選手たちのことでしょうか?」
この騎士団長は件の剣闘大会が、一部の貴族連中の賭博場になっているのを知らないのかしら? 所詮は腕っぷし一本でのし上がった伯爵家の次男坊ですし、脳筋なのでしょうね。
「まあいいですわ。近衛騎士団長オルセインがそこまで言うのでしたら、私自らその剣闘大会に出場しますわ」
「え、は……!? ご鑑賞ではなく、ご参加ですか!?」
まったく虫如きが、この私に二度の説明を要求しているのかしら?
だとしたら救いようのない虫ですわね。
そんな煩わしい虫の音なんて聞くに値しないわ。
「近衛騎士団長オルセイン。私のエントリーを済ませておきなさい。そうね、当日は少々の変装と偽名を用いて……エントリー名はアリス、アリシア……アリシアでお願いしますわ」
さあ、私を少しでも楽しませてくれる剣使いはいるのかしら?
期待しないで参加して差し上げますわ。




