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1話 ガチ百合ファンタジー(笑)


「ふぁあ……ねもい……」


 降り注ぐ温かい日差しが全身を包み、穏やかなそよ風が頬をくすぐる。

 その全ての感触が何とも心地よくて、ふわふわとしたまどろみに俺を(いざな)う。

 いつもなら決して屈しない睡魔にも今回ばかりは軍配が上がりそうだ。


 ユニークスキル【不眠】の恩恵で、眠らなくなって通算100日目。

 満腹感によって緩みきった身体を高級樫の椅子に預けると、ついつい意識は至福の昼寝へ埋もれてしまった。


 そんな夢見心地の昼下がり、だったはずなのに。

 突然、脳内が焼き切れそうな激痛に見舞われた。


「!?」


 声も上げられず、ただその場にうずくまり膨大な情報量が頭の中で芽生えていくのを耐えていく。

 痛みとの戦いのさなか、瞼を堅く閉じる。

 すると妙な感覚が生じた。

 

 それは誰かと重なるような、一つになるような、曖昧な融和だ。


「ハッ、ハァッハッ」


 閉じたはずの目をいっぱいに広げ、浅く、荒い息をする。

 

 何だ、今のは。

 幻覚か?

 それとも、夢?


「はぁっはぁっ……俺のっ……中に、誰か……いやっ、これは俺自身……?」


 不規則かつ激しい呼吸をなんとか整えようと、肩を上下に何度も深呼吸をする。

 いつの間にか寝汗をかいていたのか……額から流れ落ちた雫をぬぐい、俺は焦燥に駆られながらどこにいるかを確認する。

 

 ぐるりと見渡せば、そこは見慣れた庭園だ。

 多種多様な植物が植えられ、庭師によって丹精込めて整えられた緑豊かな敷地。

 庭師が水を撒き終えたばかりなのか、空から零れ落ちた優しい陽光に反射して、葉や花についた雫がキラキラと輝いている。


「我が家の庭園で間違いない……だけど……」


 ここは、ストクッズ男爵領の邸宅。その中でも貴族のみが入園を許され、『木漏れ日の箱庭』と呼ばれ称賛されている花園だ。


「ネル様、どうかなさいましたか?」


 お付きの下僕が俺の異変に気付き、気遣わしげな声をかけてくる。


 うるさい虫だな。

 どうせストクッズという俺の家名……(ともしび)に群がる虫のごとく、さも俺を心配しているような素振りを見せているだけなんだろう。


 いや……だが、この下僕はどんなに俺が嫌味を言っても、顔色一つ変えずに世話をしてきてくれた。

 他の使用人は離れて行くか距離を置こうとするが、この下僕だけは辛抱強く俺の傍に居続けている。

 

 彼は、なぜ……そもそも、彼の名前すら知らないな。

 そう思い至ったところで俺は妙な違和感を抱く。


 なぜ下僕如きに、信用ならない下賤な者に興味を持つ?

 そもそも、さっき見た夢は……本当に夢なのか?

 

 生々しいまでに記憶に焼き付いた日本。

 それに付随して大事な友人たちや同僚、そして平和を象徴する退屈で……労働地獄な国を思い出す。

 妙な感覚は消えず、もうろうとする意識を無理矢理起こすように頭を振る。


「あ……」


 こぼれた吐息と共に、突如として膨大な記憶が再び俺の脳内を侵す。

 

「あっ、あっ、あぁああぁああ……」


 頭が痛いとか目眩がするとか、そう言ったことよりも、自分に何が起こったのか理解することに努めようと必死になる。


「ネル様!? ネル様!? 誰か、ネル様が大変でございます!」


 すぐに駆け寄ってきた下僕が俺の身体を支える。

 だが、俺は一切それを無視して驚愕の事実を把握する。


「もしかして俺は転生したのか……?」


 そう、先ほど俺が……昼寝の最中に見た夢は、夢であって夢ではない。

 さっきまで確かに日本という国で生活していたという実感があったのだ。

 一人の平凡なサラリーマンとしての記憶がある。

 

「この俺が……労働の末に過労で死んだ、だと……!?」





 自室のベッドに担ぎ込まれ、専属の医師に診てもらい、特に異常はないと診断された俺はボーっとしていた。


 ネル・ニートホ・ストクッズ。

 これが今の俺の名で、【青の国(ブルフェス)】の王族に忠誠を誓った男爵令息。

 

 だが、先ほど思い出した記憶は今とは全く別のものだ。

 地球という惑星に生まれ、日本という社会福祉が整った国で地味に暮らしていた。


「いやいや待て待て、おかしいだろ? さっきまで残業まみれで『眠てぇぇ……仕事やめたぃぃ』とか会社のデスクで嘆いてたのに!? それがどうして、切れ長の青い瞳にシュッとした銀髪の美少年(お坊ちゃん)になってるの!?」


 と、一人で嘆いてみても現状は変わらない。


「いや、俺は確かにストクッズ男爵家の長男だ。日本での人生は、前世の記憶として思い出したに過ぎない」


 どのみち俺のやることは変わらない。

 8歳の誕生日を迎えた瞬間から、二つのユニークスキルに目覚めて父上のように立派な貴族であろうと邁進するのみ。

 幸いユニークスキル【不眠】のおかげで、寝なくとも問題のない身体になっている。


 文字通り俺は寝る間も惜しんで剣術や算術、領地経営学などに励んできた————



「んん……なんで俺ってこんなに頑張ってるんだ?」

 

 前世は社畜で死んだのだから、今世ぐらいはダラダラしてもよくないか?

 というか今すぐ寝たいな、うん。


 男爵位とはいえ、さすがはお貴族様のベッドだ。ふかふかなのに程よい弾力感……このまま寝ころび続けたら、さぞかし極上の睡眠体験を味わえるだろうと期待が膨らむ。


 そもそも【不眠】のおかげで健康面は大丈夫でも、精神面では支障をきたしてるよな?


 使用人には当たり散らすし、常に高圧的でイライラしっぱなしだ。

 そりゃあ上を目指すためのストイックさは大事だけど、このままじゃ嫌われ者になっちゃうぞ?


 前世の妹もよく言ってたじゃないか。


百合(ゆり)の間に挟まるゴミクズ男のネルはだいっっ嫌い!』と。



 そうあれは確か、妹に勧められて無理やりプレイさせられた、女性同士が乳繰り合うゲーム。【ガチ百合ファンタジー】に出てきた悪役モブ貴族のネルくんみたいに……。



「ふぉわっつ!? まさかこの俺が……百合ゲーの悪役モブ貴族だと!?」


 うわあ……冷静に状況分析すると確かに『ガチ百合』の世界かもしれない。

 俺ってば7年後に断罪イベントが発生して、女勇者(しゅじんこう)に殺される運命やん。


 はぁーなんかそれ知っちゃったら、マジで何もやる気なくなった。

 どうせならダラダラ生きていこうかなあ。ちょうどユニークスキルに『ヒモ』なんてのもあるし。



「ユニークスキル……【ヒモ】、だと……!?」


 そこで俺は重大な事実に気付いた。



「あっ……俺がいくら【鋼糸(こうし)使い】としての修練を重ねても、いまいち結果が出なかったのはそういうことか! 『ヒモ』って、紐や糸に魔力を通して操作するんじゃなくて、あのヒモだ! 女性にたかって世話してもらって貢いでもらってグダグダするあのヒモ!」


 うわあ……今までの俺が不憫すぎる。

 血眼になって、寝ずに鋼糸へ魔力を通す修行とか頑張ってたもんなあ。


 あれ?

 もしかして、このペースで育っていたら……不眠少年のできあがりだよな? しかもいくら努力しても、微妙すぎる結果しか残せずに(くすぶ)り続ける。


 そうなると人格的にも『ガチ百合』のヒロインを序盤で苛め抜いて、女勇者に成敗されるモブキャラになるのも納得だ。



「よし。じゃあ今後はもう寝まくろう。もうだらだらしまくろう」


 うん、のびのびと心穏やか健やかに過ごそう。

 それから『ガチ百合』のメインヒロインとは極力関わらないようにしよう。


「シナリオなんて知ったことか。えーっと、一番危険なのがゲームの主人公である『女勇者』だな。それでヤバいヒロインと言えば『聖女』と『姫騎士』、そして『女大賢者』か」


 確かメインヒロインたちは全員が貴族令嬢だったな。

 女勇者のみ孤児だけど、実は竜王だが聖帝の血筋がどうのって話だった気がする。


 百合ってのは、高貴な生まれのご令嬢たちがイチャコラするって相場が決まってるのかね? 俺には理解できなかった世界だが、『お姉さま』だとか『姉妹の(ちぎ)り』だとか訳わからん呪文が飛び交ってたな。


「……混乱しそうになるけど、意外とそうでもないか」


 ただ、自分の中で抜け落ちていたピースがハマった感覚。

 至極じみーで平穏な記憶だったとしても穴を埋める、俺にとって必要な作業だった。


「よし……寝るか」


 こうして俺はひとまずの落ち着きと取り戻し、ふかふかベッドに身も意識も全部ゆだねてしまおうとした。

 しかしそんな安眠を妨害するように、忽然とドアがノックされてしまう。


「ネル様! お休みのところ失礼いたします……!」


「どうした?」 


 例の忠実な下僕くんの声音からすると、どうやら急を要する案件のようだ。


「それが……ネル様の婚約者であらせられるマナリア様が、お見舞いに来てくださっています」


「マ、マナリア……?」


 俺は聞き覚えのある名前に絶望しそうになった。


 だってその名は————

 将来、多くの貴族や民に『女大賢者』と称賛されまくる……『ガチ百合』の『無口系ヒロイン』の伯爵令嬢だったからだ。





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