2.これからどうしよう……
衝動が赴くまま、勢い任せで宿屋を飛び出した私だったが、この先どうするかという具体的な展望はまるでなかった。
今朝になっていきなり追放を宣告されたんだから、当然と言えば当然だ。
――ぐぅぅぅぅぅぅー……。
「うぅ……またお腹が……」
何度目ともわからない空腹を訴える音に、私は力なくお腹をさする。
せめて朝ご飯を食べてから飛び出してくるべきだったかも……。
今になってようやく後悔の念が押し寄せてくるが、だからと言って今更あの宿屋に引き返せるはずもない。
そんなことをして、もしもまたブレイブたちと鉢合わせてしまったら、私は平静を保っていられる自信がなかった。
「……はぁ。なんか、怒るのにも疲れてきたな……」
あてもなく延々と街の中を彷徨い歩き続けて、どれだけの時間が経っただろうか。
宿屋を出てからしばらくは憤っていたが、激しい感情の発露というものはいささか体力を消耗する。
加えて幾度となくグーグーと空腹の音を奏で続けた私は、この頃になるとすっかり気力を削がれて脱力してしまっていた。
「ちょっとだけ、休憩ー……」
ちょうど通りかかった広場の中央に噴水を見つけると、私はこれ幸いと近寄って、その縁にストンと腰を落ちつけた。
背負っていた釜を横に置いたら、足を投げ出してボーッと街並みを眺める。
宿屋を飛び出した当初こそ人気もなく静かだったが、日が昇るに従って活発になってきている。
行き交う人の波に、和やかに談笑する人々。お店も開店し、店先で宣伝が始まったりして、街は段々と心地良い喧騒で満ちていく。
それはまさしく、見慣れた日常の風景だった。街は今日も普段通りに回るのだろう。
……けれど私は、この人たちと違って普段通りには行かない。
街の賑わいとは裏腹に、私の行く末には暗雲が立ち込めているようだった。
「……これからどうしよう……」
この二年弱、私は勇者パーティの一員……もとい、冒険者として活動することで生計を立ててきた。
冒険者とは、ありていに言ってしまえば日雇いの派遣労働者だ。
冒険者ギルドが周辺地域から依頼を集めて、それを冒険者に斡旋する。冒険者はそれを吟味して任意で引き受けて、依頼の達成を目指す。
冒険者向けに集められる依頼は、害のある魔物の間引きや駆除、貴重な素材の採取など多岐に渡るが、そのほとんどが危険地域での活動となる。
危険地域――好戦的な魔物が闊歩していたり、環境があまりにも過酷だったりして、少なくない命の危険がある場所のことだ。
冒険者の仕事は、常に命の危険と隣り合わせにある。
それゆえに冒険者は、不測の事態に備えて基本的にパーティを組んで活動する。
だから私ももし以前と同じように冒険者として本格的に生計を立てていくつもりなら、まずは一緒に活動してくれる仲間を見つけなくちゃいけない。
……仲間……。
「……しばらく仲間はいらないや」
ブレイブ。マグナ。ステラちゃん。
反射的に三人の顔が頭に浮かんで、私はシュンと項垂れた。
もしも今また仲間なんて作ったら、事あるごとに三人の幻影がチラついてしまいそうだ。
もう追放されちゃったっていうのに、未練がましく三人のことを思い出しながら悶々とした日々を送るなんて、私はごめんだった。
「こうなったら、錬金術師らしくお店でも構えてみるべきかなー……」
凄腕錬金術師として名を馳せて、すっごいお金持ちになって、お金を理由に私を追放したことを後悔させる。
ブレイブの部屋を立ち去る寸前、捨て台詞気味に切った啖呵だ。
正直なところ、あれは別に本気で口にしたわけじゃなかった。
私を追放したブレイブを少しでも悔しがらせたい一心で衝動的に叫んじゃっただけだ。
だけど改めて考えてみると、お店を構えるという案自体はなかなか悪くないように思えた。
自分のお店を構えるなら当然、店となる建物が必要になる。
それらの購入には通常それなりの手間と資金がかかるものだけど、この街なら……。
「……よし!」
思い立ったが吉日だ。
私は噴水の縁から勢いよく立ち上がると、釜を背負い直し、野を駆けるウサギのごとく軽やかに駆け出した。
余談だが、半分だけドワーフの血を継いでいる私は身長がとっても伸びにくい。それこそ、もう成人してるのに十代前半にしか見られないくらいには。
そんな私が錬金術用の巨大な釜を背負いながら街中を歩けば、否が応でも物珍し気に見られる。
私としては慣れたことなので特に気にしないが、中には親切心から心配げに声をかけてくれる人もいる。
そういう人には「大丈夫!」「平気だよー!」「心配ありがとね!」と一言ずつ返して手を振りながら、私は街中を駆けていく。
「っとと、確かこの辺だったはず……」
キキーッと急停止し、キョロキョロと辺りを見回して細い路地を見つけると、私はそちらに進行方向を移す。
そこからしばらく進んだら道を曲がって、さらに曲がって、次は曲がらずにまっすぐ進んで、また曲がって。突き当たりまで一直線に突っ切ってから、もう一度曲がる。
多種多様な建物が建て並ぶ華やかな王都の陰。暗く日が差し込まない入り組んだ路地裏の道は、さながら街中の迷宮だ。
久しぶりに向かう場所だったから、道が合っている少しだけ不安だった。
だけど幾度となく曲がった道の先に見覚えのある景色が見えてくると、そんな心配も吹き飛んで私は暗い路地の道を一気に駆け抜けた。
「ついた!」
路地裏の道は狭く暗いものだったが、無事に到着したそこだけはスペースがぽっかりと空いていた。
周囲は壁で囲まれているのでやはり若干の薄暗さは残るものの、唯一開けた空間に一筋の日の光が降り注ぐ光景はなかなかどうして悪くない。
そしてそんなささやかな秘境の奥の方には、いかにも年季が入った古ぼけた建物が鎮座している。
なにを隠そう、ここは私が所有する錬金工房だった。
お店を構えるなら、お店にする建物が必要になる。それをこの街に私はすでに持っていたのだ。
「けど……うーん……やっぱりオンボロだなぁ」
ここ最近はろくに足を運んでなかったから、多少外観が悪くなるのはしかたない。
ただ、それだけが理由というわけではなくて、実を言うと買った当時から今と同じくらい年季が入っていた。
これ、新築で建てたとかじゃなくて中古物件だしね。それにしたってボロっちいけど……。
大事な工房になんでこんな辺鄙な場所のオンボロ中古物件を選んだのかと言えば、なんてことはない。
この物件を買おうとしていた当時、私はすでに勇者パーティに加入することが決まっていた。
つまりこういった工房自体、買ったところでほぼ使う予定がなかったのである。
工房を買おうと思い立ったこと自体、錬金術師の国家試験に合格した記念でしかなかったし……。
使う予定がないものにお金を無駄に使うのもなんだろうと、予算を削りに削った結果がこれだった。
「こんなことなら、もうちょっとちゃんと選んでればよかったかな……」
今更になって後悔の念が湧き上がるが、いくら悔いたところでボロっちいものはボロっちいまま変わりようはない。
新しく工房を買えるほどのお金なんて持ってないし、どうにかここを私のお店にするしかない。
「うへぇ、ひどい有様だ……」
ギギギ……と軋むような音を立てる扉を押し開けて、建物の中に足を踏み入れる。
外もなかなかに酷かったが、中も相当だった。
どこもかしこも埃まみれのカビだらけ。部屋の隅に蜘蛛の巣があったり、カサカサと俊敏に動く黒光りする昆虫まで住み着いていたり。
挙句の果てには床や壁、天井のそこかしこに穴が空いている……って、これは元からだっけ。
「お店として使うなら、このまんまにしておくわけにもいかないし……さすがに掃除しなきゃだなぁ……」
廃墟同然の様相に辟易とする。
勇者パーティにいた頃はいろんな宿を転々としていた関係で、掃除に勤しむ機会はほとんどなかった。
家事は嫌いだから助かってたけど、これからはそうもいかなさそうだ。
「はぁ……しょーがない。気は乗らないけど、やるかー」
嫌いだからって駄々をこねて足踏みしてたって、無駄に時間を浪費するだけだ。
錬金釜を床に置いた私は、やる気が湧かない自分を鼓舞するように腕まくりをする。
いっぱい稼いでお金持ちになった暁には、家事や身の回りの世話を担当してくれる使用人さんでも雇おう。
いつか来るかもしれない未来に妄想を馳せながら、私は部屋の隅に放置されていた埃が積もった掃除用具を手に取るのだった。
Commentary:ドワーフ族
数ある異種族の一つ。背丈が低く、成人しても人族の子ども程度しかないため幼く見られがち。
魔法への適性が低い代わりに非常に頑強な骨と肉体を持つが、一説によると、その並外れた頑丈さこそが背が伸びにくい最たる原因でもあるらしい。




