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1-5 先延ばされたエピローグ

20××年2月1日


 質素な家具に囲まれた空間の中心にぽつりと置かれたローテーブルの前に座っていた青年は、静かに頷いてから手にしていたボールペンを置く。テーブルから離れるために立ち上がると、無機質なフローリングの冷たさが靴下越しから伝わり、足裏にヒリヒリとした痛みを走らせる。室内に置かれている照明は一切つけられていないせいで真っ暗だ。唯一の光源と言えば窓から差し込める月明かりぐらいなのだが、太陽のような力強さはまるで感じられない。むしろ、中途半端な明かりがこの部屋に潜む陰湿さが助長させていた。


 拙い月明かりを頼りに室内をぐるりと見まわしてみる。目に付くようなゴミや出しっぱなしの日用品といった類はまるでなく、キレイな部屋に見えなくもない。この青年がキレイ好き、かつ整理整頓を怠らないマメな性格であれば何の問題もない。問題はないのだが、実態は違う。部屋とは暮らす人間の個性が反映されるものだ。もちろん、この部屋も例外ではない。たとえ生活に必要な最低限の家具しかなくとも、この部屋での生活風景が全く想像できなくとも、住人の趣味趣向は自ずと見えてくる。空っぽな青年の心が。


 「生きてる意味が感じられないのなら全てから逃げ出せばいいのに」


 いったい何年、青年はこの部屋で寝起きしていたのだろうか。変化や刺激のない日常の記憶を覗き込みながら、寧年は不敵な笑みを浮かべる。


 脳裏に浮かぶ青年の過去はどれもピントの合っていないカメラの映像のようにぼやけている。聞こえてくる声や生活音といった音もくぐもっているせいでよく聞こえない。その上、記憶内の登場人物には青年自身も含まれている。客観的に自分を見ているのだろうが、青年の心境を察するに単に自分の過去に関心がないだけであろう。その証拠に、思い返して数分も経たないうちに飽き、記憶の薄れは加速し始めていた。


 ゆっくりとした足取りで部屋の奥にある掃き出し窓に向かい、固くなっていた鍵を解錠する。窓を開けると部屋との気圧の違いから冷気が一気に入り込み、白いシャツの上から青年の体温を奪っていく。あまりの寒さに青年の体は震え出し、熱を生み出そうとする。


 「そう、これがあなたにとっての逃げ道ってわけね」

 

 窓から入ってきた冷気は黒色のカーテンをはためかせる以外に、ローテーブルの上に置いていたノートの切れ端も揺らしていた。重り代わりに置いておいたボールペンのおかげで飛ばされていないことを確認してからぼそりと呟く。


 大きくはためいているカーテンの間を縫うように抜け、青年は靴下のまま汚れの目立つベランダに立つ。切りに行くのが億劫だからという理由で伸ばされた前髪に鬱陶しさを抱きながら、青年は手すりに手を掛け、床を強く蹴る。青年の体は勢いよく浮かび上がり、空中にいる間に折り畳めていた足で器用に手すりに着地すると、手すりに片手を付きながら慎重に体を起こしていく。上層階ののベランダに頭をぶつけてしまうのではないかと心配していたのだが、問題なく立ち上がれたことに安心すると同時に、くだらない心配をしていた自分に嫌気が差す。

 

 視線を下に向けると、部屋に潜む暗闇よりも濃い黒によって地面は覆われており、肌で感じている冬の風よりもずっと冷たい印象に自然と胸が高鳴っていくのが分かった。


 「君みたいな味気ない景色。でも、こういう最後も悪くないのかもしれない」 


 そう呟いてから青年の体は徐々に前へと倒れていく。かろうじて青年を支えている足裏も少しずつ手すりから離れ、青年の体は暗闇へと誘われる。


 「今度はちゃんと死ねますように」


 強風によってボールペンから解放されたノートの切れ端は、薄暗い部屋の中を舞ってから壁にべったりと張り付く。切れ端には青年の遺書らしき短い文章が書かれており、末尾には染井若葉という青年とは無関係である名前がなぜか書かれていた。

キャラの容姿が全く思い浮かばないので書かずに逃げています。

これからも逃げ続けていきますのでよろしく。

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