1-4 先延ばされたエピローグ
急激な気圧の上昇により生じた圧力波とともに飛んできた鉛の塊らしき物体が足元近くのアスファルトに突き刺さり、煙のように消える。後ろから聞こえてきた破裂音に驚愕した金髪の男は体を飛び上がるのではと思わせるほどビクッと反応していた。それでも恐る恐る顔を上げて懸命に目を動かしていたのは、抱いている恐怖心を少しでも和らげようとしていたに違いない。
「どうやら鬼才と呼ばれ恐れられている揺木でも銃が相手では歯が立たないようだ」
電柱の裏にでも潜んでいたジャケットにスラックスというシンプルな服装をした男はニタニタと笑い、手に持っていた拳銃を自慢するかのように左右に振り回している。だが、玲の関心はようやく姿を現した五人目の標的ではなく、アスファルトに残っていた弾痕にあった。役目を終えた銃弾から拳銃を握っている男の実力を確認するためだ。
存在しないはずの物などを具現化させるには高い想像力や観察力が不可欠だ。どちらかが欠けていた場合、力を行使した際に粗が生じる。人間を騙し欺くためであればそれで問題ないが、こと戦闘において粗の存在は相手に付け入る隙を与えてしまう最大の欠点であり、弱点だ。そこを的確に突くためにはまず男の技量を確認する必要あった。案の定、男の粗はすぐに見つかった。
めり込んだ銃弾によって欠けたアスファルト残骸が弾痕として残っていたが、肝心の銃弾はどこにもなかった。アスファルトに銃弾がぶつかる瞬間を玲の目はとらえており、跳弾していないことは確認済みだ。ならば考えられる可能性はひとつ。男に役目を終えた銃弾にまで意識を向ける余裕がない。
刃物のような単純かつ馴染みのある物であれば力による具現化も容易なのだが、拳銃のような複雑な物の具現化となれば既存の知識だけでは難しく、高い想像力が必要になってくる。特に日本人のように拳銃に触れる機会が極端に少ない。生前だった頃に警察官のような拳銃の携帯が許されるような職業についていなければ難易度はさらに上がる。そんな環境で拳銃を具現化させるにはかなりの集中力に加えて維持力も必要だ。男の手にしている拳銃は本物と見間違えるほどの精巧な作りのため、それなりの技量を持ち合わせているようだが、発砲後の弾丸処理のおざなりさを見るかぎり、具現化に意識を集中させるあまり想像性が失われているのが見て取れる。
「お、俺たちの仲間だよな。た、助かった。早くあのガキを何とかしてくれよ!」
先ほどまで蹲って泣きはらしていた金髪の男はお釈迦さまが垂らした蜘蛛の糸に縋るようにジャケットを着た男の足元に寄り、安堵の笑みを漏らす。ジャケットの男はちらりと男の方に目を向けたが、すぐに玲を見据えなおし、男の眉間に銃口を向ける。金髪の男が表情を曇らせた直後、引き金は躊躇なく引かれ、乾いた音と子もに銃口から射出された弾丸が形だけの頭部を貫く。銃弾の衝撃に男の体は耐えられずアスファルトに向かって倒れていく。
「邪魔されるとイラッとすんだよね。鬼才くんもそうだろ?」
そう言いながら、倒れている金髪の男に弾丸を何発も撃ち込まれる。そのたび倒れている体は大きく跳ね上がったが、八度目の発砲で男の体は現世から薄れ、十二度目の発砲を受け現世から完全に消えていった。ジャケットの男はまだニヤニヤと卑しい笑みを浮かべていた。
相手の技量をある程度把握したとはいえ実力を隠している可能性はゼロではないため、玲は念のために拵から刀を抜く。しかし、依然として拵を前に突き出す玲の姿勢に不満を覚えているのか、男は表情を崩さずに舌を打つ。
「もしかして俺って舐められてる?」
玲にとって刀だろうが拵だろうが関係なく秘められた力は使えるため性能事態に大差ないという認識なのだが、男はそう思っていないようだ。どうやら揺木という姓だけが一人歩きしているだけらしい。白鞘の力まで広まっていれば何かしらの対策が取られて面倒な事態に陥る可能性を示唆していたのだが、ただの杞憂で終わりそうだ。
白鞘の力が知られていないのであれば必要以上に慎重になる理由はないため、白鞘の射程内に入れるために男との距離を歩いて詰める。急いで距離を縮めようとしなかったのは発砲された銃弾を確実に処理するたなのだが、一向に焦りを見せない玲の様子を目にした男の表情はついに怒りで崩れる。
「そんなに死にてえなら殺してやるよ!」
玲の顔面に向けた銃口から破裂音とともに銃弾が撃ち出される。宙を漂う空気を切り裂きつつ目標へ向かって直進する鉛玉の弾道を玲は予測し、そこに拵を置いておく。通常の拵であれば発射された銃弾の持つエネルギーに耐えられず弾き飛ばされてしまうだろう。運よく銃弾が拵にめり込んだとしても、物体に残る運動エネルギーは拵を支える手から体へと伝わり、大きなダメージを受けてしまう。しかし、男が発砲したはずの銃弾は玲が構えている拵に接触した途端、誰もいない空へと弾道を大きく変えてしまう。まぐれとでも思ったのか男は連続で引き金を引くが、玲へと向かっていたはずの銃弾の弾道は拵に触れた直後、ことごとく明後日の方向へと飛んでいく。
揺木家に代々伝わる白鞘には少し変わった力が宿っている。そのひとつが現在進行形で使用している切る対象を自由に選べる透過と呼ばれる力だ。正確にいえば、選択する力をより正確に、より厳格にコントロールすることで銃弾の弾道を逸らしているのだ。切るという行為は刀に物体が触れた瞬間に生じるのだが、もし刀に触れた部分がなだらかな曲線を描くように調整できたとしたら、触れた物体はその曲線に沿って進んでいく。たとえそれが音速に近い速度で向かってくる銃弾だとしても刀や拵の接触面さえ誤らなければ逸らすこと自体はそう難しくない。
撃ち込まれた銃弾の弾道を拵で逸らしつつも確実に距離を詰めてくる玲に、焦りを覚えた男は険しい表情を浮かべる。こうも簡単に拳銃による攻撃が攻略されるとは思っていなかったのだろう。常人が相手であれば拳銃を持ち出した時点で勝敗は決まったも同然なのだから当然の反応だ。
「さすがは揺木というわけか……。ならば、これ――」
握っていた拳銃をアサルトライフルのような威力と連射力の高い銃に変化させるため、集中しようと視線をさげた瞬間を玲は見逃さない。性能だけを模倣したぞんざいな作りをしていれば敵である玲が視線を逸らすことなく迎撃できただろうが、自身の能力を誇示したいがために窮地に陥っているのにも関わらず細部までこだわってしまった。その結果、アサルトライフルを生み出すよりも早く玲の振るった白鞘の刃が男の腕に届く。咄嗟に顔をあげた男の食いしばった歯めがけて拵を突き刺す。透過させた拵は歯や咽頭に衝突することなく通過していき、後頭部を貫通した時点で透過を解除させる。何が起こっているのか理解できないようだった男の頭部を拵ごと引き寄せてから刀を振り下ろす。口をもごもごと動いていたが、口内を塞ぐように突き刺さっていた拵のせいで男の声が玲に届くことはなかった。どうやら自身の体を維持させる力を拳銃の具現化に回していたようで数回の斬撃で空っぽな男の体は崩れ、現世から薄れていく。数秒後には完全に消え、人気のない夜の住宅街はどこにでもあるような日常が広がった。
もう必要ないと判断した玲は白鞘を消失させ、標的の排除が完了したことを報告するために携帯を取り出し、上浦に連絡を取る。しかし、他の業務に手いっぱいなのか電話に出る様子がまるでない。今日中に連絡すれば問題ないので、電話を一旦きって帰路につこうと振り向くと、見慣れた着流しの男がひとり玲に向かって手を振っていた。
男の名は藤堂樹。玲の所属する組織の重役である藤堂家の長男であり、次期後継者である。彼のような人材が作戦現場に訪れることは珍しい。特に今回のような雑魚狩りに顔を出すような存在ではないため、通常ではありえないといっても過言ではない。ではなぜそのありえない状況が生まれているかといえば今作戦に揺木がかかわっているためだ。重役には組織を運営といった業務の他にそれぞれ個別の業務がいくつか割り当てられている。そのひとつに揺木の監視が含まれているというわけだ。
「いやぁ、五体の幽鬼をあんな短時間で仕留めるなんて、さすがは揺木」
樹が口にしている幽鬼とは、先ほどまで玲が戦っていた奴らの名称だ。鬼などと仰々しい名を冠しているものの創作物などで描かれるような頭部に角が生えた存在などではない。昔は病気や疫病、証明されていなかった現象や天災を鬼の仕業だと考える風習があり、幽霊や霊といった存在も鬼の一種だと考えれてきた。その呼び名が組織内では今も続いているに過ぎず、名称そのものに深い意味はない。
「これぐらい誰にでもできます」
「せっかく褒められてるんだから素直に受け取りなよ。謙虚すぎると損するよ」
そう言いながら袖の袂から長方形の小さな箱を取り出す。見慣れた紺色の箱の中身についてはたとえ暗がりで周囲がよく見えずとも正体の察しはすぐについた。マッチやライターといった火をつけるような道具を取り出す前にボリボリと棒状のそれを砕く音とかすかに香る甘い匂いから、いつも口にしている駄菓子なのだろうと玲は断定する。
「君も一本どうだい?」
くわえていた一本を食べ終わり、箱から二本目を器用に取り出し、玲に差し出す。甘いものがあまり得意ではない玲は首を横に振って断った。残念そうに肩を落としてみせた藤堂は、差し出した一本を口元に持っていき、箱から抜き取ると同時にボリボリとかみ砕く。
「要件はそれだけですか」
揺木の監視であれば遠巻きから見ていれば事足りるはずだ。わざわざ話しかけてきたということはそれ相応の理由があるはずで、くだらない立ち話をするために引き留めたわけではない。飄々とした態度を藤堂はよく取っているものの、彼は組織そのものを動かすことになる人物だ。理由のない行動を取るとはとても思えない。
「そうか、ならお望みどおり仕事の話をしよう」
藤堂がため息をつき終えた直後、周囲の空気がひりつく。口には相変わらず駄菓子をくたえていたものの、浮かべている表情は真剣そのもので、藤堂の見せるちぐはぐさが玲の目には不気味に映っていた。いつもは不真面目で何かとすぐにサボる口実を探しているような彼だが、曲がりなりにも組織をまとめる側の人間だ。
「率直に聞くけど、今回の五人はどうだった? やっぱり、外れ?」
「最初の四人に戦闘の意思はありませんでした。おそらくですが、これまでと同様に利用されていただけかと……。確証はありませんが、彼らの行動を見るかぎり忠誠心があるとは思えません」
近年、身勝手なはずの幽鬼が突如として協力や共闘といった似つかわしくない姿勢を見せる機会が急増していた。特に今回のような無知な幽鬼を犠牲に監視範囲や導入されている人員といった組織の情報を得ようとする動きが多く、一方的に情報が幽鬼に抜き取られてしまう状況が続いており、藤堂といった組織の上層部は頭を悩ませていた。一人の幽鬼が力を有している状態であれば対幽鬼に特化した揺木のような人材をぶつければいいので対処自体はそう難しくないのだが、複数人の幽鬼が協力していた場合、対処は複雑化する。集団を統括する幽鬼が与える情報や行動指針をコントロールできる技量の持ち主であれば、長期的な対応も必須となる。当たり前だが対応が長期化すればその分多くの労力を費やすことになる。その間、集団化した幽鬼とは無関係の幽鬼が活動を自粛するわけもなく、そちらの対応も必要となってしまう。そのため、おのずと人員は分断され、ならなる長期化が余儀なくされ,組織内の労力や気力がそがれ続ける。組織を運営する側の藤堂は疲弊する一方である現状を打破するためにも、集団化をする幽鬼に繋がる情報を得ようとしているのだが、相手も馬鹿ではない。藤堂の焦りを見越したうえで価値のない餌をばら撒き、さらなる長期化を図っているのだ。
「俺も遠巻きから眺めてたけど、同じ感想を抱いたよ。最後に現れた一人も直接関係してなさそうだし、ほんと厄介だよ。幽鬼のくせにぜんぜん尻尾を出そうとしない」
最初の四人に関しては何らかの関係がある可能性があったかもしれないが、何らかの情報を持っていたとしても既知の情報ばかりで組織の中心人物につながるような情報は持っていないだろう。仮に貴重な情報を持たせていたとしても真偽のほどは定かではない。むしろ、罠と考えたほうが妥当だ。
「賢人会議は来月でしたよね」
「ああ、いやなことにそれに合わせるように幽鬼の活動も自粛傾向にある。嵐の前の静けさってやつだけど、それ以上にまずいのは元老院に潜む裏切者。それも……」
元老院とは玲たちの所属している組織名の一つであるが、正式な名称ではない。そもそも、正式な名称など存在しない。現世と常世を管理する神に近しい存在の言葉を聞くことのできる唯一の存在である巫女を中心に組織化した元老院は、神に近しい存在こそが重要でり、巫女のご神託以外は無価値と名前そのものに意味はないと考えられてきたため、正式な名称は今もない。だがしかし、それでは不便というわけで上層部によって元老院という名称がつけられることになった。その元老院に関する今後の活動方針や巫女によるご神託への対応を全国に存在する部署の上層部を集め、話し合う場を賢人会議と呼ぶ。
「藤堂さんも大変ですね」
そうだとでも言いたげに藤堂は笑みを浮かべる。
元来、賢人会議の開催日時や場所については元老院内でも極秘扱いであり、一部にしか知らされていない情報だ。特に開催地に関しては各部署に所属する上層部が一堂に集結するため、一握りの人間にしか通達されない極秘情報だ。同組織に属しているいるからといって得られるような情報ではない。もし本当に情報が漏れていたとしたら、上層部内の誰かと幽鬼の癒着が可能性として浮上する。これがどれほど最悪な結果をもたらすかは想像に難くない。
「こういう時、君のような存在がありがたく感じるよ」
階級社会のように出自や門地に重きを置く元老院で実力のみで地位を獲得した揺木家は組織内では異端でるが故、古くから元老院に属してきた者からはよく思われていない。中には幽鬼討伐に特化した能力を畏怖する者や野蛮だと忌み嫌う者もいる。そんなはぐれ者が組織に属するとどうなるか、考えずとも孤立する姿が目に浮かぶだろう。現に揺木家は今でも疎まれ続けており、玲も例外ではない。そのおかげというのも変だが、組織との関わりが極端に薄く、機密情報や内部情報などが得られる機会も皆無だ。そんな情報弱者が裏切ったところで痛くもかゆくもない。そもそも、揺木家の扱う白鞘の特性上、藤堂の監視下に置かれているため、裏切りのような怪しい行動を取ればすぐにバレてしまう。
「どうやら裏切り者くんは君の情報も流しているようだから気を付けたほうがいい。今日の相手みたく馬鹿正直に向かってくる幽鬼ばかりじゃない」
藤堂はおそらく家族や友人、学校の同級生などを実際に関わりのある人物のことを指しているのだろうが、玲の脳裏に過っていた人物はすでに亡くなっている橘の横顔だった。
設定が適当なのと説明が雑なのは仕様です。
内容についてはけっこう適当に書いていたのでちょくちょく修正するかも……。




