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1-1 先延ばされたエピローグ

 永遠なんて都合のいい展開なんてこの世には存在しない。いくら意図的に現実から目を逸らしたところで流れる時間という枷からは決して逃れられない。端から分かっていたはずなのに、いまだに目を逸らし続ける自身の愚かさを真っ赤な西日はあざ笑っていた。そのせいか玲はこの鬱陶しいほど眩しいこの時間帯がきらいで仕方なかった。


 バスに響くアナウンスから目的の停留所が告げられ、ぼんやりと眺めていた携帯から顔をあげる。沈みかけた太陽の悪あがきが視界を覆い、あまりの眩しさに顔をしかめる。


 目に入るものすべてを赤一色に染め上げてしまう夕日の前ではバス内であろうとも例外はない。マトモに目が開けられる瞬間があるとすれば大きな建物が身代わりとなってくれている短い間ぐらいだ。西日が直撃しにくい左側の座席に移る、窓に取り付けられているカーテンを閉めるといった方法を取りさえすればこの眩しさも多少は軽減できるのだが、玲は頑なに行動しようとしなかった。


 意地を張ったところで現実は何一つ変わらないというのに、虚しいだけの抵抗を続けたまま過去を再現するかのようにいつものルートを走行するバスに身を委ねる。


 いくら過去をなぞったところで時計の針は正確に時を刻む。むせ返るような赤も少しすれば燃え尽きた灰のように輝きを失った色に支配されていく。終わりのない物語が存在しないように、嘘にまみれた日々もいつかは終わりを迎える。結末を先延ばしにしたところで事実からは逃れられない。受け入れるか、割り切るか、それ以外に選択肢は存在しないのだから。


 しばらく走行していたバスは速度を緩めはじめ、やがて完全に停止する。目的地である停留所に到着したバスは軋むような音を立てながら自動ドアが開き、玲はゆっくりと立ち上がる。車窓から見える景色にはまだ眩しさが残っており、眼球の奥までも赤に染め上げようとしていた。


 目的地である病院に不審な点は見られなかった。どうらや時間はまだ二人を置き去りにしてくれているらしい。それを喜ぶべきことなのか、それとも悲しむべきことなのか、それすら分からなくなってしまうほど繰り返されたこの一時を玲は目を伏せたままバスからおりる。少しだけ視界が歪んだ。


 これも時の流れに逆らおうとしている僕への報いなのだろうか。


 そのような世迷言じみたことばかり考えていたせいか、低い段差につま先をぶつけて躓きかける。あと少しで病院についてしまうという事実が玲の足を重くさせている要因であることは間違いなかった。


 事実は小説より奇なりという言葉があるように、作り話よりも事実のほうがよっぽど奇妙であり、残酷だ。小説であれば気に入らない展開に向かった時点で読むことを放棄できるが、現実にその選択は許されていない。そんな甘えが許されるほどこの世界は寛容ではない。どんなに現実が受け入れられない代物だったとしても、書き連ねてある文字から目を逸らしたとしても、時間の経過によってページは勝手にめくられていく。この理不尽に満ちた運命を断ち切る方法があるとすれば生を刻む心臓を止めるしかない。もちろん、そうするわけにもかないため、鼓動のように耳を手で覆ったところで聞こえてくる紙の擦れる音におびえながら今日を生きることしかできなかった。


 停留所から直進した先にある病院の真っ白な外装もこの時間帯だと燃え上がるような赤に染まる。病院の外観をぐるりと囲うように植えられた街路樹だけが殺風景な駐車場に黒くて長細いシミを作っていた。乾いた風が目に軽くかかっていた前髪を揺らすと同時に、顔や手から体温を奪っていく。首に巻いていたマフラーを口元で持ち上げてから冷えた手を黒のコートのポケットに押し込める。病院に近づくたびに肥大化する影は、中身の空っぽな自分を映し出す鏡のようで実に滑稽だった。


 このまま夜の闇に飲み込まれて跡形もなく消えてなくなってしまえばいいのに。そう考えている間にも自動ドアは空気も読まずに開かれ、玲の存在をそっけなく証明してしまう。自分にしか聞こえない音量で舌打ちをしてからドアを抜けると、慣れているはずの重苦しい空気が体の内側から地面に強く押さえつけられ、さらに足が重くなる。酸味の強い液体が喉の奥から口から顔を出そうともしていた。それを唾液や空気で飲み込んだというのに、玲の思いとは裏腹に吐き気は強まっていく。


 彼女との関係を続けたいのか、それとも終わりにしないのか、単純なはずの問ですら答えが見つけられない自身の心情を嘲笑しつつ、ロビー正面の受付に目を向ける。


 「あら、今日もお見舞い? いつも熱心ね。おばちゃんもたまには旦那にそれぐらい構ってもらいたいわ」


 受付へと向かっていた玲に気づいた受付のおばさんはそう言ってから豪快に笑う。病院で受付やデータ入力など事務をしているおばさんは定期的に面会にやってくる玲を見つけるといつも気さくに話しかけてくるのだが、話しかけられている本人はピクリとも反応せず、カウンター前に到着するや面会手続き用の用紙とペンを手に取る。


 互いの関係性を考えずにずかずかと距離を詰めてくるような相手が苦手という理由もあるのだが、苦手だからといって一切の反応を示さずに無視をするような態度は取らない。ならば相手に悪印象を与えかねない態度を取っているのかといえば、この一連の会話がすでに数ヶ月以上も前から繰り返されていたからだ。


 「前から聞いてみたかったんだけど、いつも首に巻いているそのマフラーってもしかして彼女さんからのプレゼント? あっ、待って、言わなくていいから。いつも巻いてきているのだからそうに決まってるわね。ごめんなさいね、おばちゃん無神経で」


 この質問は耳にタコが出きるほど聞いてきた。勝手に自己解決してしまう流れも何度も聞いてきた。いやになるほど何度も、何度も。今ではおばさんの声を聞くだけでこれが現実ではないのだと思い知らされ、無意識のうちに恨めしい気持ちで心がいっぱいになってしまう。頭では無関係だと分かっているはずなのに、ふとした瞬間に悪意に満ちた眼差しを向けてしまい、そんな自分に嫌悪感を覚えると同時に、何もかもがいやになる。それでも玲はここに来ることをやめようとはしなかった。義務、償い、未練、それらしい言い訳はいくらでも思いつくが、本当の理由はもっと単純だ。単純だからこそ決まりきった結末を先送りにしてしまい、無意味な葛藤に苛まれ続けているのだ。


 相槌を打つ代わりに書類を突き出すと、口を動かしながらも用意されていた面会許可書の入ったストラップが渡される。聞き飽きている面会に関する注意事項はいつものように聞き流し、首に巻いていたマフラーの代わりにストラップを首に下げる。取ったマフラーを巻き直すという選択肢はなかった玲はカバンにしまう。マフラーをくれた本人に巻いたまま顔を合わせれば十中八九からかわれることが分かっていたからだ。


 「行ってらっしゃい」


 玲が受付から離れようとすると、おばさんは優しい表情を浮かべてから手を振る。毎回のことなのだが、未だにどう反応すればいいのか分からず、小さく頭を下げてから歩き出す。これがただの日常であれば行ってきますと答えるだけでシワの目立つおばさんの顔から笑みがこぼれるのだろうが、焼き回しのような日常では反応を変えたところで意味はない。玲自身も無駄だと割り切っているからこそ、振り返りもせず病室に向かう。すべにロビーはいつも通りの静けさに包まれていた。


 ロビーから左折した先に延びている廊下には階段の他に病人や足の不自由な方でも手軽に上階に行けるようにエレベーターが完備されているのだが、玲はあえて時間のかかる階段を選ぶ。そうすることで結末を少しでも先延ばしにしようとしているのだ。もちろん、この程度の抵抗など無意味だということは玲自身も理解している。理解しているのだが、抵抗せずにはいられなかった。そうしなければ迫りくる現実に押しつぶされてしまう気がしてならなかったからだ。


 段差をあがる度にコツコツという軽い音が廊下や踊り場に響く。少しずつ病室に近づいていると思うと、胸の圧迫感が強まっていく。自己満足のためだけに歪め続けてきた今を少しでも好意的に思うためだけに用意した建前を反芻しながら、作り笑いを浮かべる。そうすることで自分の行動や心情について考えないようにする。この習慣の不毛さに目をつむりながら、今日もまた同じ過ちを繰り返そうとする自分の愚かさに嫌気が差しているはずなのに、仕方のないことだと言い聞かせていた。それは玲の本音であり、いいわけでもあったのだ。


 彼女との時間を渇望していたはずなのに、いざその瞬間が訪れとうしていると途端に怖いという気持ちが勝ってしまう。


 当時の心情までも再現されているのではないかと錯覚するほどの既視感を抱きつつ、ドアの上部にはめ込まれている曇りガラスから病室内を覗く。ガラスの奥からは病室の明かりが漏れており、そこから彼女の存在が感じられた。


 玲は大きく息を吐いてから取っ手を握り、ゆっくりとドアを押す。


 「今日はもう来ないものだと思ってた」


 この世で最も残酷な表情はなんだと問われたとしたら、きっと玲は彼女が浮かべている笑みを指さすだろう。それほど彼女の笑みは美しく、儚げであった。

 気分が向いたら続き書きますので、更新は不定期。気楽に書くつもりなので、読者も暇つぶし程度に読んでやってください。

 あと、あらすじが適当なのは話を端的にまとめるのが面倒だっただけでこれといった意図はありません。


2023年8月26日

「青のすみか」という曲を聴いていたら設定を変えたほうがいい気がしたので少しだけ設定を緩めようと思います。それに伴い内容を少し(たぶん少し)だけ変更します。

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