9剣が引き寄せた恋 三人称視点 (キハ)
──えーと、詳しい話の前に……俺が半年休んでた理由聞いてから話し合いたいんだけど、聞いてくれるかな?
「やっぱ日下部は強いな」
「レギュラー戦で確実に勝てる」
「下手すると嶋川部長や吉川副部長より強いんじゃないか」
「二年生がトップ取ったら剣道部は荒れるな」
日下部快斗。まだ高校二年生。
だが、一年生の時、入った頃から強いと期待されてきた。
やがて、二年生で実力を伸ばす。
嶋川や吉川に匹敵するほどの実力に。
その噂は剣道部はもちろん、同じクラスメート、同級生にも流れた。
大体の同級生が快斗の実力を知って、中には知っている先輩もいた。
それだけ快斗の実力の凄さがまたたく間に校内に知れ渡ったのは喜ばしいことの、はずだった。
──二年生が部長を超えていいのか
快斗はそればっかり悩んでいた。
練習の時の回し稽古で吉川副部長にはやや五分五分だったが勝てた。
だが、次の嶋川との対戦はすぐにやられてしまった。
剣道部の部長は、実力で決められる。
前回部長だった者が一番強く、まとめられる人物を指名する。
もちろんそれには顧問や他の部員も賛成したり反論したりはできるが、ほぼ実力重視な部だ。
だから、嶋川部長だって一番強いから部長に選ばれたのだろう。
前の部長が嶋川を推薦した。
嶋川は強かった。
当時、一年生である快斗では太刀打ちができないほどに。
だが、快斗が二年生になって。嶋川が三年生になって部長になって。
快斗は余計に強くなった。
副部長の吉川も女ながらもかなり強い。その吉川さえにも勝ててしまうほどに。
だから、嶋川には勝てる見込みもあった。
まさに、五分五分。いや、快斗が一歩強いか、それとも部長が強いか。
そんな際どい所だったのに関わらず、快斗は一発目をまともに食らって負けてしまったのだ。
周りには不調で誤魔化した。
だが、嶋川と対戦するたび快斗はいつも負けた。
快斗が嶋川とは対戦する気がないみたいにあまり張り合いが見られず、いつもみすみすと負ける。
理由は自分でも充分、痛いほどに分かっていた。
──部長を超えて、いいのか……ッ!
一番強いから推薦され部長になった嶋川。そんな嶋川に手加減は逆にかえって失礼なことも分かっていた。
けれど、二年生が一番強い三年生の部長に超えていいのか。
自分が勝ってしまうことで剣道部の統制は取れるのか。
嶋川と快斗の仲が気まずくなってしまわないだろうか。
迷い出すと考えすぎと言われそうな疑問も出てくる。
部長が、下の後輩に負けるなんて今までなかった。
だからこそ、快斗は嶋川を超えていいのか迷った。
手加減はしてはいけないと思って嶋川と向き合う。そして、打ち込もうとする。
けれど、そのたびにストップがかかる。
迷いが心を支配して、思考に頭が行ってしまう。
そして、気づいたら嶋川に一本取られていた。負けていたと気づいた。
負けたのは、嶋川が先輩だからじゃない。
自分の心の甘さだってことも痛いほど分かっていた。
周りからも期待されたのにあっさり嶋川に負けたことで不審に思われた。
けれど、嶋川を前にすると超えていいのか迷ってしまい負けてしまう。
だから──自分の心が弱いってことも分かった。
「けど、どうしようもなかったんだ……。俺が、剣道部で嶋川と対戦する時だけ辛かった」
「先輩……」
隣で莉衣菜が聞いている。
さっきから何も言わず、ただ快斗の話を黙って静かに聞いてくれている。
「……だから、俺は剣道部をやめようかなともマジで思ったこともあったな。剣道は好きだったから本気で退部届け出したことはないけど。そんなとき、吉川が励ましてくれて」
半分、剣道部から逃げていたんだと思う。
剣道にはそんな強い精神も大切なのに、どうしても強くなれなかった。
練習には毎日来てたけどやっぱり嶋川の時だけどうしようもなく辛かった。
ある日、剣道部の練習が終わって更衣室で着替えた後。
体育館を出るとたまたま副部長の吉川がいた。
「え、副部長。お疲れさまです」
律儀に挨拶して去ろうとした快斗を吉川が引き止めた。
「あ、あのちょっと。聞きたいことがあるのよ」
そう言って吉川が快斗に言った言葉は──。
──快斗、貴方無理してるんじゃない?本当は強いのに
図星、だった。
目を見開いた快斗に吉川が言う。
「別に嶋川が部長だからって手加減しなくてもいいのよ?って言ってもそれは痛いほど分かってるんだよね……」
「……ああ」
「部長を抜かすのも一種のプレッシャーだからね。でもこのまま快斗が剣道部に来ても悪循環な気がする。貴方は実力を出せずに負けるし、嶋川は呆気なく勝ってボーッとするし」
そう言って、吉川は快斗に提案した。
「ちょっと休んでみたら?って言ってもレギュラー戦までよ。さすがに試合の時貴方がいなかった困るし。だからそれまでにちゃんと嶋川に勝てるようにしてきなよね」
吉川は快斗の事情については詳しく説明しなかったが、顧問を説得させ快斗を半年間休ませる方向にした。
それから快斗は部活を休んだ。
休んでからも鍛錬は怠らなかった。素振り、筋トレ。対人戦ができなかったのが少し悲しかったが。
やがて剣道に取り入られる動きは全て練習した。
例えば、見かけた神楽の動きも参考にして練習した。
他にも参考になる動きを自分の力にしていった。
自分一人での練習も悪くなかった。
快斗が着々と力を伸ばしていく中、そのうち嶋川への迷いも吹っ切れた。
時間が解決してくれたのだろうか。
半年後。そう、今。
快斗が部活に戻ってきた時にはもう心につっかえるものはなく、清々しさがあった。
「……それで、今に至る、ってわけだ。俺はもう迷いなんてない。この前の試合で迷わず嶋川に勝てた。部長を超えてももう怖さなんてなくなった。だからこうして剣道部を始めたってこと」
そこで、快斗の話は終わった。
それまでに莉衣菜は静かに聞いていた。
そして、小さく呟いた。
「話してくれてありがとうございます……。なんで私に話してくれたんですか?」
そう言って快斗を真っ直ぐ見つめる。
「あ、あんなこと言ってしまったからだ……」
そして気まずそうに莉衣菜から目をそらす快斗。
──俺のカノジョになってくれっ!
道場に響いた快斗の大声を思い出した莉衣菜は顔を真っ赤に染めた。
「そ、その……いきなりすぎて……あの……」
いきなり告白されて。
しかも、あんな目立つふうに言われて。
本気なのかも分からないけれど舞い上がってしまっている。
そんな心を落ち着かせるために莉衣菜はゆっくりと深呼吸をした。
「……ささ、き。いきなりでびっくりしたよな。そ、その思ってることはホントだ」
快斗の方も恥ずかしそうに目をそらしている。
それを見て、莉衣菜は心細く呟いた。
「……でも、先輩ってそれ本気……ですか?あ、あの、吉川先輩の方が──」
いいんじゃないですか?と言いかけて口を閉じた。
自分から言うのはなんだか吉川に負けた気がしてあまり好きじゃない。
「副部長か……あいつは俺が迷ってる時に休めって助けてくれたし……それに」
何よりも、吉川は。
「さっき……俺に告った」
初めてみた吉川先輩の涙。
俺が、いきなり莉衣菜に言ってしまったから。
あいつの気持ちに気付けなかったから。
──傷つけてしまった。
だからこそ、あいつが背中押してくれたんだから、きちんと言おう──。
「だけど……俺は笹木、お前が好きだ。カノジョになってくれ!」
言えた。
はっきりと言えた。
莉衣菜がはっと息を呑む。
「だから、俺は話したんだ……。俺が剣道部を休み、また始めた理由を」
「せ、先輩」
快斗の想いが分かった莉衣菜は恥ずかしながらも快斗を真っ直ぐに見た。
「わ、私も先輩のこと好きです!」
「……!」
「唯華にデッサンを頼まれたときとか、あの神楽の動きを見たときとか、キレた私を慰めてくれたときとか、いつか分からないけど先輩が……好きになってました」
だから、と莉衣菜は想いを伝えようと声を絞り出す。
「私からも……か、カレシになってくれませんか!」
大声で伝えた。
まだ顔が赤い。
言うべきことは言った。
「……オッケー、笹木……いや、莉衣菜?」
「……え」
下の名前で呼ばれて目を見開く。
「俺もよろしくな」
「はい!えーと、私は先輩呼びの方がいいですよね?」
「あー……いや、下の名前で言ってもいいけど」
「じゃあ日下部先輩から快斗……でいいんですか……?」
少し恥ずかしそうに目をそらす莉衣菜。
「あ、やっぱやめてくれ剣道部員にからかわれそうだ」
「えー別にいいじゃないですか。だ、だってか、カップルだし……」
「た、たしかにそうだな」
快斗も照れてるのか目をそらす。
「じゃ、じゃあ戻ろう。嶋川部長に怒られる」
「そうですね!」
莉衣菜は思い切り返事をし、笑った。
(……可愛い。っておい!)
その笑顔を見つめてしまい慌ててそらす快斗。
「あら、ちゃんと成立したのね」
そんな初々しい二人に声をかけた者が。
「吉川先輩!?」
「……副部長」
驚く二人に吉川は笑ってみせた。
「……おめでとう」
快斗に想いがある、それなのに押し殺して微笑む。
吉川は二人に思いとは裏腹に明るく声をかけた。
「ほら、道場に戻りましょう!剣道の続きよ!」
「……ああ、行こう」
「もう迷いがないので大丈夫です!快斗に勝てるようになりますし!」
サラッと莉衣菜は下の名前で呼んで嬉しそうに道場へ向かう。
(……ねえ、やっぱり諦められないけど、快斗が幸せならそれで……)
フッと吉川はまたも微笑む。
美しく、綺麗な慈しみの微笑みを──。
「今日の練習、良かったぞ。まだ俺は抜かせないけど力付いてきてるな」
「あ、ありがとうございます!」
晴れて二人が恋人になって、時が流れる。
もう、二人で帰ることに抵抗は少ない。
恥ずかしいのは変わらないが。
「……明日、試合ですね」
「初めての試合だ。必ず勝つ」
「快斗なら行けると思いますよ。私も来年はレギュラー戦に出たいなー」
出れるよ、と答えて二人で笑い合う。
「私、剣道やって良かったなーと思います。こう見えて、私高校がほぼ初めてなんですよねー」
「え?」
驚いた快斗の声。
「まあ小学生の頃、やらされた記憶はあるんですけどそのときはあんまり好きじゃなかったです。だから二年でやめちゃって」
「じゃあなんで高校でやろうと思ったんだ?」
「……なんでだか私も分かりません……。中学は美術部で唯華と一緒に楽しんでたし、そう考えればなんでだろー。別に先輩たちに憧れた、とかでもないし……。久しぶりにやってみようかな、的な?」
そう言って莉衣菜は思い切り笑顔になった。
「あの時は好きじゃなかったけど、今は楽しいです!先輩たちも優しくて、練習してる時も楽しくて……それに」
とびきりの笑顔を快斗へ向ける。
「剣道部に入ったおかげで快斗にも会えたし!」
「……ありがとう。俺も……入ってよかったなって思うよ」
快斗も微笑む。
「だから、明日、頑張ってくださいね?私、観客席で見てます!活躍、期待してます!」
「応援、ありがとな」
剣道が引き寄せた出会い、なのかもしれない。
いろいろなことがあったけど、今、剣道をやっていて良かったなと思う。
そして、明日の試合。
全力を出して勝つまで。
「じゃあ観客席で見ておいてくれよ、活躍してやるから」
「分かりましたー!」
莉衣菜の大きくて明るい声が響く。
その瞬間も、快斗は。
彼女と出会えてよかったと感じた。