甘いですか?
元話
「もう遅いですか?」
「あなたの手を離さない」
『アベルー!食べてー!』
『エルヴィラちゃん、ありがとうー、けど俺甘いの苦手だからごめんね』
『はい、あーん』
『って聞いてるー!?……ぐわっ、もごっ!!
ってかこれ、媚薬入り!?ヴィンセントー!?どういう教育してんのー!!』
「っていう風になるかもしれない!!この子は絶対に嫁にやらない!!」
フォルス侯爵家に女児が誕生した。
名をリリエルとヴィンセントの一部を貰い、「エルヴィラ」と名付けられた。
一年経過してますます愛らしくなってきた娘の将来を、ヴィンセントは今から心配するほど溺愛している。
その為行き過ぎた妄想をする事もあるようで。
ちなみにヴィンセントがなぜこんな妄想をしたのかといえば。
今日は聖アムールの日である。
愛する者と身分違いで結ばれなかった聖女、アムールを追悼すると共に、愛する者への感謝と想いを伝える日だ。
この日ばかりは普段であれば、はしたないとされる、女性から男性へ愛を伝える事を許されるため、想い人がいる女性はみな浮き立っている。
想いを伝える手段は甘いお菓子である。
男性は甘い物が苦手な人が多いイメージがあるが、『お菓子を贈り合おう』というとある商会の戦略でいつの間にか流行りだしたらしい。
将来成長したエルヴィラが、その習慣を知ってどこぞの男にお菓子を渡すかもしれない、と思うと嫌な妄想が止まらなくなった、というわけである。
「もう、ヴィンセント様ったら。アベル様とこの子、いくつ離れてると思ってるんですか。まずアベル様が相手にしないでしょう?」
先程の夫の妄想を聞いて、リリエルは半ば呆れていた。
「いや、この子はリリエルに似て可愛い。将来絶対に美しくなる。そうしたらこの子は数多の求婚を受けるだろう。その中にアベルが混ざっていても不思議じゃない」
「何を根拠にそんな妄想するんですか。アベル様にも失礼ですよ。ねぇ、アベル様」
親友のくだらない妄想を聞いて、アベルは居心地が悪くなっていた。むしろ産まれて間もない子に懸想すると思われているのかと、少しショックを受けていた。
アベルはそこまで節操無しではない。
「安心しろ、ヴィンセント。エルヴィラちゃんには惚れないから」
いくらリリエルに似ているからとはいえ、年の差がすぎる。いくらなんでもあり得ないと思っていた。
「その言葉、忘れるなよ。覚えたからな」
「記憶に焼き付けなくてもあり得ないから安心しろ。……はー、もうなんか疲れたから帰る」
アベルはエルヴィラを見に訪れていたが、親友のくだらない妄想に付き合わされて辟易していた。
「あ、アベル様、よかったらこれどうぞ」
リリエルから渡されたのは小さな包み。
今日は聖アムールの日。中身はきっと、あのお菓子だろう。
「疲れた時は甘いものですよ」
にっこり言われれば突き返す事もできない。
「ありがたくいただくよ」
柔らかな笑みを浮かべ、大事そうに受け取る。
「あ!リリエル、アベルに何を!」
それを目ざとく見つけたヴィンセントは、二人に近寄って来た。
「もう、ヴィンセント様!ただのお菓子ですから!」
「今日は帰るよ。じゃあ、リリエルちゃん、またね」
「すみません、アベル様。またいらして下さいね」
苦笑しながらアベルはフォルス侯爵家をあとにした。
帰る途中、包みを開けて中身を口にする。
それは少し甘くほろ苦いお菓子だった。
聖アムールの日だから、とは言え意味なんて無い。
だけど、リリエルからの贈り物がアベルには嬉しかった。
アベルがフォルス侯爵家を出てから、ヴィンセントは正座をしてリリエルから見下ろされていた。
「ヴィンセント様、アベル様に失礼な態度はやめてください」
リリエルの方が年下のはずなのに、力の差は歴然だ。
「だって、リリエルが、アベルに……」
ゴニョゴニョと口を尖らせてもにょもにょする夫に、リリエルは溜め息を吐いた。
「ちゃんとヴィンセント様の分もありますから」
そう言って、先程アベルに渡した物よりも大きな包みを差し出した。
それをおずおずと受け取る。
包みを開けると、リリエルの瞳の色である澄み渡る空色の宝石が埋め込まれたタイピンと、甘い匂いのお菓子。
「リリエル……」
嬉しさから目がうるうるしてきたヴィンセントは、プレゼントから目が離せない。
「ありがとう、リリエル……。あと、……すまなかった。アベルには明日謝る……」
しゅん、となった夫を見て、リリエルはくすりと笑った。
「そうしてください。あと、エルヴィラが選んだ人なら私は反対しませんからね」
「ゔ……。俺は……嫌だな……。ゔー、けど、……お義父上の気持ちが分かる気がするよ……」
苦笑いしたヴィンセントは、色々な思いを抱えていた。
可愛い娘が産まれて、本当の意味で、ヴァーナ伯爵の気持ちを理解できた。
確かに娘の幸せが一番だ。
義理の父が託してくれた妻を。
自身の元へ来てくれた娘を。
これからも幸せにできるよう、ヴィンセントは決意を新たにするのだった。




