彼が時計を見る理由
長く続いた夜の森のシーンが朝に変わり、劇場内の観客もポップコーンやドリンクに手を伸ばすためか、服の擦れる音があちらこちらで聞こえる。
隣に座る彼もまた、身じろぎをし、左手首を持ち上げソレを見た。
――また時計
半年前から恋人関係の彼は、5歳年上の優しい人で、大人の雰囲気だ。
そこに惹かれたのは確かだけれど、共通の趣味“映画鑑賞”の話で意気投合した時に、映画の話になると、まくしたてるように語る姿を見て、
可愛い、と彼を好きになった。
なのに、ここ何ヶ月かその姿を見ていない。
鑑賞後も落ち着いた様子で映画の感想を語る。それが悪いわけではないけれど、何か物足りなかった。
――なんで時計を見るの?
大の映画好きの彼が、上映中に何度も時計を見る理由は何? 他にやりたいことがあるの? でも誘ったのは彼の方。 誰かと約束でもしているの?
――また、見た
彼の挙動が気になり
映画なんて全く頭に入らない。
――もうダメ
「このあと、なにか予定があるの?」
肘で彼に少し触れ、小声で話しかける。もう我慢ができなかった。
彼は驚いた顔をして「なんで?」と私の耳元に顔を寄せる。
いつもの優しい声。
――嫌われたわけではないの?
その時、映画がクライマックスシーンになり、質問は途切れたままだがお互いスクリーンに顔を戻す。
そしてそのまま、その質問は忘れられたのか、映画が終わるといつものように食事をし、感想を語り合った。
――なんなのだろう。
その日から私は、モヤモヤとした日々を過ごした。
――明日、会うのやめようかな。
退勤後に、明日来る予定の複合施設の前を通り過ぎながら私は溜息をつく。
そこに、施設から男女が言い合いをしながら出てきた。
「途中で寝るとかありえない」
「つまんなかったんだもん」
――喧嘩ができるのいいな
羨ましく思い、男女に視線を移したところでドキリと心臓が脈打つ。
彼だった。見たことのないラフな服装。
隣の女性は、誰?
私が動けずにいると、女性は私の視線に気づき、「お兄ちゃんの知り合い?」と彼に声をかけた。
――妹
一瞬で誤解は解けたが、彼は私に気づき慌てふためく。
そして妹さんのおかげで、私は真相を知ることができた。
なんと彼は、私と観る映画を事前に観ていた。
まくしたてるように話す自分がイヤで、先に感想を考えていたのだそう。
私とデートの時は大人の男でありたかったと言い、
私と早く話したくて時計を見ていたと言う彼。
可愛い、と私はまた彼を好きになった。




