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透明

作者: ワレマサ

1月の寒風が頬を撫でる。

どうやら窓が開いてるらしいことを知り、閉めようと伸ばすその手は()()()()

驚愕と共に鏡を覗くも、そこには背景が映るのみ。

───雪の降る夜に、少年は透明になった。


◇◇◇


昨夜は雪が降ったらしい。

一面の銀世界と凍える寒さに、骨が(しん)と軋む。

この美しいシロイロに比すれば、自らの存在なんて、たかが知れている。

純粋に輝く雪は、天の川を瞬く星々のような儚さを持つのだから。


少年は透明になった。

誰にも見られず、知られず、聴こえず、感じられない存在になったのだ。

それは悲願であり、理想であった。


全てと隔絶された存在。

仙人のような、或いは()()のようなナニカ。


きっと誰にも望まれず、与えられず、どうやっても救われないもの。

いや、少年にとってはそれが救いなのかもしれない。

事実として"そう在りたい"と願っていたのだから。

 

今日はいい日だ、と思う。

少年は隔絶されたのだから。


その願いの根底には"誰にも迷惑を掛けない"という思いがあり、決して特別な存在になりたかった訳ではない。

人付き合いが苦手で、学校のクラスにも溶け込めず、何時だって1人で佇んでいた。

それが嫌だった、その事を考えると吐き気を催した。


ずっと迷惑を掛けてきたのだ。

両親には世話をしてもらっていたし、家出するほど思い悩むことも多かった。


透明になれば、きっとそんなことを考える必要は無くなる。

少年の真の願いは"産まれてこない"こと。

それが叶わない今、擬似的に再現するための方法は一つ。


少年は歩き始める。

死に果てるまで、願いが叶うまで。


────かくして少年は、無窮の道を行く因に囚われた。


◇◇◇


人々は雪を退け、純粋なる白は土に混じった。

道行く誰もが少年に気付かず、いつもと変わらない日常を謳歌している。


コツコツと鳴る靴音も、寒さに弾む白い吐息も、何一つ届かない。

この旅路に果てはなく、故に自殺と同義である。


真にこの世から消えたいならば、遺書等を遺すべきではないし、遺骸が発見されることなんてあり得ない。


それは"未練"だ。

未だ潰えぬ浅ましき"欲"がこびりついているのだ。


少年は長く()()()()()()()

曰く、"如何にして自らの自殺を完璧なものにするのか"


答えは得られた否、与えられた。

誰か、神のような絶対的な何かに。


それは"死"であったかもしれない。

"運命"であったかもしれない。


その答えのみは得られない。

求める気など微塵もない。


───気付けば少年の通う学校に足を運んでいた。


職員室に入り込んで話を盗み聴くと、どうやら少年は行方不明という扱いで、母親や学校は大慌てのようだ。

ズキリ、と胸が痛む。


少年は自分の周囲の人間への配慮を失念していた。

自分の心配をする者などいないと、卑屈になっていたのかも知れない。


少年は走り出す。

居ても立ってもいられなくなった。


こんな自分でも、せめて腹を痛めて産んでくれた母親くらいは悲しませてはいけないと思ったからだ。

きっとこれからの行いによって、少年の自殺は完璧ではなくなる。


"未練"という名の浅ましい"欲"にまみれて、本来あるべき潔さなんて微塵もない。

意地汚い人間の姿が、そこにはあった。


◇◇◇


自らの部屋に、遺書を遺して来た。


少年の後悔と、精一杯の謝罪を綴った手紙を遺してきた。

それでも母の無念は拭いきれぬだろうが、これ以上はなにもできない。


少年は透明になったのだ。

透き通って、清らかで、何処までも空虚なヒトガタ。


少年の望んだそれは、皮肉にも自らの思いを十全に相手に伝えることを許さない。


なんて、絶望だろう。

覚悟など決まっていると思っていた。

理想だと、割り切るべきだった。


理想の対義語は()()で、覚悟のない者は何も成し得ない。

その力を持たない。


少年は涙を流していた。

今まで流したことの無いほどの、大粒で、悲壮な涙を。


「ごめん……なざい……! 」


涙が地を濡らす。


「ごめんなさい」


このような身に産まれてしまったことを詫びる。


「ごめんなさい」


このような最期になってしまうことを詫びる。


「ごめんなさい」


このような悲しみを背負わせてしまうことを詫びる。


「ごめんなさい」


……涙は…枯れていた。


少年は幽鬼のようによろよろと立ち上がる。

己が内に"無窮"を見出した者の、これが末路。


あまりにあっけなく、(うつつ)という刃が全てを断った。

歩き出す、"未練"を背負って、悲しみを嘆いて………。




~エピローグ『少年は海に至る』~



寄せては返す波、昔はこれが手招きしているように感じて酷く不気味に思っていたことを、"夢想"する。


そう夢だ。

これはきっと悪い夢で、妄想の産物だ。


確かに多くの生き物が海を"去った"時点で"因"が結ばれ、いずれは全て海へ()す"結果"へと至るだろう。

それは星の海原かも知れぬが、そもそも手招きをしているなんて言う感受性はどうかしている。


少年は波に駆け出す。

波に乗るのではなく、抗い続ける。


元来泳ぎは下手なので、きっと簡単に死ねる。

体温が奪われて、力が失われていく。


後悔も絶望も、全ては因果応報であると自らを律する。

激流はより厳しくなり、最早足掻く力もない。


この選択に、救いなんてなかった。

只他人に迷惑をかけたくなかった。


(どうすれば……良かったのだろう……)


酸欠の頭で思考する。


苦しい。


苦しい。


苦しい。


苦しい。


絶え間ない苦痛で、まともにものを考えられない。


波は止まない。

やがて全ての息を吐き出した少年は動きを止める。


延々と感じられる時間だったが、その間誰一人として少年に気付く者はいなかった。

沿岸をランニングして、浜辺で談笑して、いつもと変わらぬ"今日"を楽しんでいる。


だが、無理もあるまい。



───少年は望んで、隔絶された透明な存在となったのだから。


ある朝目覚めると毒虫……ではなく透明になっていた少年の物語。

人間、迷惑をかけずに生きることは出来ないのかも知れません。

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