19.実はちょっとずつ徴兵されている
ちょっと時間がなかったので、読み返してません。誤字脱字未チェック、推敲無しです。
「えっと、宝財院君、鷲目君、加賀美さん、よろしくね」
「まずは名を名乗れ」
朗らかに微笑む彼女を、ヒロトは冷たくあしらった。
刹那、日向から脳天にチョップを受ける。
「こら、ヒロト。この子は同じクラスよ。名前くらい覚えなさいって」
「いいの、加賀美さん。鷲目君がこうだって知ってるし。私は永田佑月よ。で、こちらは矢島貴彦君」
「そうか、俺は鷲目ヒロトだ。よろしく」
「あ、うん、知ってるけど……」
佑月が少し困ったように微笑んだ。
永田佑月は眼鏡をかけた人畜無害そうな女子生徒だった。
ただしそれが本当の彼女の顔かは疑問だ。
金持ちでちょっと頭が良いくらいしか取り柄のなさそうな矢島と付き合っていたり、この中ではどう見てもヒロトがリーダー格なのに、まず初めに卓に挨拶したりと、どうも怪しいところがある。
これは少し期待できるかもしれないと、ヒロトは頭に留めておいた。
一方で矢島は、どうやら見た目通りの人物のようであった。
「なんで俺がこいつら貧乏人どもと野宿したりする羽目になるんだ、くそう。あ、もちろん宝財院君のことを言ってるんじゃないよ」
明らかにヒロトを見下したり、日本で有数の金持ちの一人である卓にごまを擦ったりと、何か期待できそうなことは何もなかった。
ヒロトたちが一応挨拶をし終えると、そこにゲイリーがやってきた。
他の生徒たちにも五人につき一人兵士が付いている。
どうやら生徒たち五人と、兵士一人の計六人で組を作るようだ。
少人数制の授業というわけだが、一体何を教えようというのか、ヒロトは当然“アレ”だろうなと予想していた。
ゲイリーがヒロトたち全員に弓矢を渡す。
やはりそうだ。ヒロトと日向はすでに教えられているが、狩りの仕方を教えるつもりなのだ。
ヒロトはそう思ったのだが、少しだけ予想は外れた。
弓矢を全員に渡し終えると、ゲイリーはポンとヒロトの肩を叩いたのだ。ニカっという笑みと共に。言われなくてもわかった。渋川にもやられたことがある。要するに「教えるのは任せた」ということだろう。
「何で俺がこんなことしなくちゃいけないんだ!」
早速矢島が文句を言ってくる。
しかしヒロトは特に気にしなかった。ヒロトとて別に好きで教えているわけではない。やりたくないのであれば好きにすればいいと思っていた。
だがそういうわけにもいかないと思った人間もいるようだ。
「貴彦君、この世界では生きていくのに必要な力なんだよ。ね?」
「そうでござるぞ。帰るためにも今を生きるのでござる。お、今のちょっといいセリフ……」
「ちっ、わかったよ。やればいいんだろ」
二人に説得されて矢島もやる気になったようだ。
もちろんヒロトにはどうでもいいことだった。
一通りやり方を教え、実際に木を的にして練習をしてみるのだが、すぐに問題が発生した。
「痛っ!」
佑月が胸を押さえてしまっていた。
するとすぐにゲイリーが皮鎧を佑月に渡した。
おそらく男性用なのだろう。サイズが合っていないが仕方あるまい。
「ははっ、佑月は無駄に乳がデカいからな」
言葉とは裏腹に矢島の顔はいやらしく歪んでいる。
そこでヒロトは、この男が日向にゲス彦と呼ばれていたのを思い出した。確かに分かる気はする。
ヒロトはふと気になって日向を見た。
すると日向は、そもそも弓を横向きにして構えていた。
佑月も確かに胸囲はありそうだったが、日向はそれ以上にある。ヒロトは単純に日向が、痛がっていないかが気になったのだ。
「そういえば何でヒロトは縦で構えてるの? ゲイリーさんはこうやって教えてくれたじゃない」
そうだったかなと、ヒロトは首を捻った。
ヒロトが縦に構えたのは、単純にその方が威力が出るからである。横向きに構えるのと、縦向きに構えるのでは引き幅が違う。
しかし横向きに構える利点もある。
横向きに構えた方が、獲物との距離が測りやすくなるのだ。こちらの方が狩り向きと言えるだろう。
だがヒロトには、距離を目で測る必要がない。その能力を使えば、どれくらいの距離かなんてきっちり測ったくらいに正確に割り出せる。
結局教えるのは日向に任せた。
皮鎧は無駄になってしまったが、日向が教えた方が分かりやすいだろう。
お役御免となったヒロトは、獲物の位置を探ることにした。
また大物を狩ろうかと考えるのだが、ゲイリーがヒロトの様子に気付き、注文を付けてきた。
ゲイリーはジェスチャーで「小さくしろ」と言ってきたのだ。
日向はカーバンクルを連れているのに何でだ、と思ったのだが、どうやら何か他に教えたいことがあるのだろう。
ヒロトは注文を聞くことにした。
一度ゲイリーたちから離れ、森を少し先へと進んでみた。
なかなか見当たらなかったが、しばらくしてようやく注文に合いそうな生物を発見する。
獲物を発見したヒロトは、ゲイリーたちの下へと戻り報告した。
弓矢の訓練の進捗状況はあまり芳しくはないようである。
それでもゲイリーは先に獲物を仕留めることを優先したらしく、ヒロトに案内を頼み、全員についてくるよう指示した。
獲物が見える位置まで近づいたヒロトは、木の陰に隠れながらそちらを指差した。
ゲイリーたちがそちらを見る。
途端に空気が凍り付いた。
真っ先にヒロトに掴みかかってきたのは、佑月である。
「ねぇ、ゲイリーさんは小さい獲物探せって言ってなかった!? 何あの猪! ていうか猪なの!? 三メートルぐらいはありそうじゃない!」
そう、ヒロトの発見した獲物というのは、全身が赤い巨大な猪だったのである。
そしてやはりヒロトの睨んでいた通り、こっちが彼女の本性のようだ。
しかし今はそれどころではなく、ヒロトは口元に人差し指をつけ「しーっ」と言った。
逃げられると困ると思ったのだが、大猪が逃げる様子はない。かといって気付かれなかったというわけではなく、大猪はじっとこちらを窺っているようだった。
ゲイリーもまた白い眼をヒロトに向けてきていたのだが、どうやらゲイリーはやるつもりらしい。
全員にここで待っていろと指示すると、態勢を低くしてゆっくりと大猪に向かって歩き始めた。
不思議なことに、大猪は近づいて来るゲイリーにまったく気付いていない。未だにヒロトたちに意識を向けたままのようである。
猪の嗅覚は犬と同等ともいわれている。しかし家畜化された豚は犬よりも嗅覚が優れているため、もしかしたら犬よりも上なのかもしれない。
もちろん体色も体躯も地球の猪に比べて違い過ぎるし、猪とまったく同じ動物とは限らない。それでも五十メートルくらい離れた距離からこちらを発見したのだ。索敵能力は相当のものだろう。
ゲイリーはその大猪にまったく気付かれていないのだ。
そこでヒロトも気が付いた。
ゲイリーの存在がとても希薄なのだ。
今はまだ目で追えているが、少しでも姿を隠されてしまえばどこにいるかわからなくなるかもしれない。
ゲイリーは大猪の周りをゆっくりと旋回し始めた。
回り込むつもりなのだろう。
大猪の意識はヒロトたちに向けられているし、こちら側が風上なのだ。
ついにヒロトはゲイリーを視認することができなくなった。
探索スキルを用いてゲイリーを確認するが、まるでゲイリーは蜃気楼のようで、はっきりと知覚できない。
その間も一歩、また一歩と近づいていき、ついに距離が十メートルほどになったところで、ゲイリーの気配が完全に掻き消えた。探索スキル上からも、ゲイリーの姿が完全に消えたのだ。
「ヒロト、ゲイリーさんはどこ?」
心配そうに聞く日向に、ヒロトはかぶりを振った。
「わからん」
「と、とりあえずあの猪は“クリムゾンボア”と呼ぶことにするでござる」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃねーって」
大猪、改めクリムゾンボアはヒロトたちを敵と認識したらしい。
態勢を低くしてこちらに突進する構えを見せた。
「わ、わぁぁぁぁぁ!」
いの一番に矢島が叫んで逃げ出そうとし、その場で転んで動かなくなってしまった。
どうやら腰を抜かしているらしい。
クリムゾンボアが地面を蹴った。
ヒロトは弓を構える。
日向も同様に、クリムゾンボアの頭部を狙っていた。
だがクリムゾンボアは、まるで走ろうとした瞬間その場でこけたように、勢いそのまま地面に激突してしまった。
ヒロトはそのとき何が起きたのか目で捉えていた。
突如ゲイリーがクリムゾンボアの足元に現れ、その前足をナイフで切りつけたのだ。
さらにゲイリーは空中に数十本のナイフを投げた。
いったい何の意味があるのかわからない動きだが、それはすぐにわかることになった。
ゲイリーが投げたナイフの群れは空中を舞い、左右に分かれると一斉にクリムゾンボアの頭部に突き刺さったのである。
それはまるで、ナイフという牙で作られた“咢”のようであった。




