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徐々に文明に触れていく

文明が発展していない世界において、現代の人間の些細な知識は大変貴重なものとして重宝されるイメージがあります。

「似合ってるわね」

『可愛い!可愛い!』


 凄まじい速さで完成したワンピースを着た俺をそう評価する朱美とスラちゃん。


 さすがっすね姉さん。この完成度は俺でも驚きでさぁ。


 こんなスベスベの生地、前の世界では出会わなかったもんなぁ。本当に糸かよって感じの肌触りをしている。


 ただ、これを着るときもかなりの葛藤があった。でも、もう下着まで身に着けているのに、尊厳も何もあったものじゃないなと開き直った結果がこれだよ。


 見てるのスラちゃんと朱美だけだしね。昨日は一日裸だったはずなんだけどなぁ。朱美様様だよね。


「結愛も嬉しそうで何よりってね」

「……だから表情見て会話するのやめようよ」

「読みやすい表情が悪いのよ」


 まさにその通りでございます。


 一通り恥ずかしい気持ちを堪能させられたけど、そろそろ動き出そうと思う。


 食事もそうだが、少しでもいいから地形の把握とかもしておきたいしね。


「ということで、朱美も行く?」

「何がということでよ。栄養補給のための食糧探すんでしょう?着いていくわ」


 伝わってるのがすごいんだよなぁ。


 ようやく行動できるようになったので、俺がスラちゃんを抱きかかえ、朱美の背中……いやお尻なのかな?に乗せてもらった。


 俺は徒歩でもいいと言ったんだけど、


「もしかしたらがあるかもしれないでしょう?だから、私に乗りなさい」


 と、半ば強引に乗せられた。


 朱美が普段どんな速度で移動しているのかは分からないが、今は俺に気を使ってくれているのか、人間が歩く速度と大して変わらないくらいの速さで進んでくれている。


 朱美の身体って、人間似の部分は柔らかいのに、他の部分は硬く出来てるんだなぁ。これは傷つけられなさそう。


 スラちゃんは安定の俺の胸の下にいる。初めは朱美の硬さに興奮していたが、すぐに俺の柔らかさが恋しくなったらしい。かわいい、でもあまり揺れちゃだめだよスラちゃん。俺が落ちるから。


 森を進み始めて率直に思ったのは、獣道がないことで、俺がいた場所は野生の生物たちも未踏の地である確率が高まってきたことだ。


 朱美の硬そうな脚が、これまた堅そうな、見たこともない種類の草木を力任せに押しのけ、強引に一本の道を作っていく。


 虫とかいるのかなって気になっていたけど、全く出てこないもんだね。森っていったら虫が湧くイメージを持ってた偏見野郎は俺です。今は野郎ではないか。


 観察しつつ、ゆっくりと進んでいるわけだが、俺は違和感を感じて声を出した。


「朱美、ちょっと止まれる?」

「どうしたの?」


 そう言って静止する朱美。そこへすぐに訪れる静寂。違和感の正体はこれだよ。いくらなんでも静かすぎるんじゃない?


「ここって、いつもこんなに静かなの?」

「こんなものよ。そもそも、ここに出入りする奴なんて殆どいないし」

「え、なんで?」


 そこまで悪い環境なのかな?熊とか出たりしやすいとか?


「今までの道中、食べられそうなものあった?」

「無かった」

「それが答えよ」


 なるほどね。俺たちがいた湖まで来るならまだしも、この道中、食料になりそうなものは何一つとして存在していなかった。しかも、このよく分からない頑強な草や木が生い茂っているとなると、入りたいと思う輩はいないわけだ。


 キノコとかも見つからないし、木だけならまだしも長い間放置されたからか、堅い草のくせに俺の胸くらいまで育っているものもあるから、これは一人で行かなくて正解だったよ。


 それなら、スラちゃんは本当に力持ちってことにもなるな。


「ここの草木は色々材料にはなるんでしょうけど、そのためだけに危険な場所に身を投じる奴はなかなかいないでしょうね。そのおかげで、ゆっくり休みたいときにここはうってつけなわけだけど」


 うわぁ、食料見つかるかなぁ。ご飯食べたいよご飯。昨日から水しか飲んでないんだよ俺。カロリーあるもの摂取したい気分だよ。


 ちなみに今、朱美は前を向きながら話しているから、俺とは顔を合わせていない状態なわけです。


「食料が手に入る場所には覚えがあるから安心しなさい」


 この子もうエスパーか何かかと思うわけですよ。


 なんでこうも的確にこっちの考えていることを当てれるんですかね?


 でも、だんだん不安になってきたな。前の世界のものとだいぶ形が変わってしまっている草木を見た後に思うのもあれかもしれないけど、この世界における普通というものが俺にはいまいち理解できない。


 簡単に言えば、この世界の食料事情を知らない俺にとって、スラちゃんや朱美が食べられれば良いという感性でゲテモノへと俺を導いている可能性もあるわけだ。


 安心しろとは言われたけど、これは安心できないよ朱美。


「一応、確認なんだけどさ」

「安心しなさい」

「俺は美味しいものが食べたいんだよね。食べられるだけじゃなく、そこには味があるわけだよ。むしろ、重要なのは味であって、栄養素とかは限りなくおまけに近いものなんだ」

「安心しなさい」

「ねぇ朱美聞いてる?さっきから安心しなさいと連呼してるけどさ、安心というのは無理すれば喉を通るような不味いものも含んでるってこと?」

「安心しなさい」

「落ち着こう朱美。お……私もう一日くらいなら水でも大丈夫なんじゃないかって思えてきたよ」

「安心しなさい」


 朱美の歩みは止まらない。俺は身動きをとれる状況ではない。


 これは……詰んでる?詰んでるよね?


 待て、落ち着け俺。クールに、クールになるんだよ。朱美はさっき、俺が本当に困るようなことはしないって言ってたじゃないか。俺の記憶違いじゃなければだけどね。


 これを利用しない手はないと思うんだ。


「……朱美は俺を困らせないんだよね?」

「ええ、むしろ、困っているなら助けになりたいとすら思っているわ」


 ……頭の悪い人間が、ハイスペックの生物に会話で勝負を仕掛けた結果がこちらになります。


 そうだよ。前提条件が違うじゃん。俺がそもそも朝ご飯が食べたいって言ったから今の状況になってんじゃん。俺助けてもらってる状況じゃん。


「だから、安心しなさいって言ってるでしょ?深読みとかはしなくていいから、普通に待ってなさい。ただ、何かあると困るから、変な動きをしようとしたらダメよ?助けられなくなるかもしれないから」

「なにそれ怖い」


 駄々こねずに、おとなしく待つことにした。


 だってもしものことがあったら、助けられなくなるかもしれないくらいの危険なことが俺の身に降りかかる可能性があるってことじゃないですかヤダー。


 少なくとも、朱美が俺のことを守ろうとしてくれていることさえ分かればいい。かなり嬉しかったし。


 また顔が熱い。多分赤くなってるな。


 どれくらい時間が経っただろうか。体感時間なんて充てにならないね。


 過ぎていく景色は変わらぬ緑一色。しかも、開けた場所が一か所でもあれば話は別だけど、ずっと高い草が道を塞いでいるせいで見通しが非常に悪い。朱美が通れるくらいまでは草を除去するけど、除去の時も通常の草には無いような反発が掛かっているような気がする。要するに、一筋縄ではいかない頑丈な草というわけだ。


 道中、疲れないのかと朱美に尋ねたが、この程度では全く疲れないとのこと。タフすぎませんかね。


 なんだかんだ、一定の速度で進んでいた朱美がその歩みを止めるまで、俺はただただ似たような景色が通り過ぎる、非常に退屈な時間を過ごしたことに他ならない。


 もうね、暇すぎて困るんだけど、何があるか分からない場所に降りる勇気なんて持ち合わせてませんわ。


 そして、何時間か過ぎた頃だろうか。朱美が動きを止めた。


「着いたわ。ここよ」


 そう言われ、朱美の見ている方向に目を向ける。


「うん?これは……」


 そこにあったのは、おそらく、筍?だった。


 ただ、この筍、言葉で表すには少々表現が難しいと感じる程度には醜悪な形をしていた。


 先ず、色が紫なんだよね。そんで、悲痛な叫びを上げたような表情が彩られた顔っぽいものが付いている。これ顔?顔じゃないよね?顔っぽい皮とかそんなだよね?


 ちょっと待って、こいつ今動かなかった?ねぇ?なんか、この筍?微妙に震えてるんだけど?


 多分生きているであろう筍?の外側の皮すごく鋭いよ?なんか、そこら辺の木ぐらいなら簡単に伐採できそうなくらいの鋭利さを持ってる感じがするんだけど?


 マジでこいつ動かないよね?なんか根っこの部分から脈打ってるかのように赤紫の血液っぽいものが葉の先とかまで浸透してるの丸わかりなんだけど?


 こいつ絶対毒あるじゃん。


「朱美」

「何?」

「これを食べるの?」

「そうよ?」


 こともなげに言わないで朱美。なんでそんな当たり前でしょうみたいな顔してるの?当たり前じゃないよ?


「なんか、顔みたいなのがついているのは?」

「顔よ」


 新事実、顔っぽいものは顔だった。


「生きてるの?」

「そりゃあ生きてるでしょう」


 生きてるんかい。


「危険じゃない?」

「安心しなさいって言ったでしょう?私が取るから大丈夫よ」


 安心しなさいってそういう?外敵から守るっていうのもあったけど、そういう意図もあったと?


「でもあれ、毒ありそうじゃない?」

「それはそういう風に見せてるのよ。あいつの息の根を止めれば色が徐々に抜けて行って最終的には綺麗な食材になるわ」


 息の根を止めるのは知ってるけど、やっぱり、狩猟が主な食糧調達の手段だからか、命のやり取りにドライだね。


 それにしても、これだけ禍々しい雰囲気を持っていながら、容姿を利用したフェイクだとは……異世界の生物も生きる知恵を磨いているというか、この世界だからこそというか、侮れないな。


「あと、不用意に近づいてはダメよ?あいつの皮って自由自在に開いたり閉じたりできるから、切り裂かれて死ぬわ」

「マジかよ」


 やっぱ殺伐としてますね異世界。


「ァぁぁぁっ……」


 ん?なんかしゃべってない?断末魔みたいな声が聞こえるんだけど?


 あ、目が合った。今まで朱美のことを警戒していたから、周りを見る余裕がなかったのかな?


「ぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 うん、目が合った瞬間に明らかに興奮しましたね分かります。なんだろう、俺がおいしそうに見えたのかね。ちょっと困っちゃうな。俺まだ死にたくないよ?


 俺の胸の下に待機しているスラちゃんも二本の触手を伸ばして威嚇している。かわいい。


「やっぱり、こういうのにも好かれるのねぇ……」

「これ好かれてるの?」

「求愛行動よ。一回りくらい自分を大きく見せようとしているでしょ?」

「あ、これ威嚇じゃないんだね……」


 この世界の筍は求愛行動をとるのか。何故種族の違う俺にとろうと思ったのかは不明だけど、この感覚は、スラちゃんや朱美にも感じたな。


「これから求愛行動してくる相手を食べるの?」

「そうよ、世の中綺麗ごとだけじゃ生きてけないのよ。こういったことにも慣れなければならないわ。特に結愛はね」


 ……この謎の体質にも関係あることかもしれないのか。じゃあ割り切れるところは割り切らなきゃいけないかもね。


 でもこれを食べるのは抵抗あるなぁ……朱美の言葉を疑っているわけではないけど、それでもこの見た目はねぇ……。


「ねぇ、朱美」

「言いたいことはわかるわ。こいつ、動けたのね」


 この筍、少しずつではあるが、俺の方向に移動してきているのだ。マジかよこいつ。これは朱美も知らなかったようで、素直に驚いている。


「待って朱美。怖い怖いこいつマジで怖い」

「顔がちょっと青いわよ?結愛ってこういうのに弱いのね。スラ、結愛を安心させておいて」

『安心?安心!』


 スラちゃんが触手数本伸ばして俺に優しく巻きつけた。多分、したいことは身体を包んで守っているということをアピールしたいんだろうけど、これは絵面が酷そうだよ。


 ……あと、いくら優しくとはいえ、いや、むしろ優しくされているからこそこんなにも感じてしまうのかなぁ?恐怖で感度倍増とか?


 一瞬で顔が青から赤になったよ。


「この様子なら大丈夫そうね」


 まぁ、正直独りだったらまずかったかもしれないけれど、今は朱美とスラちゃんがあいつから注意を逸らすように色々してくれるから何とかなっている感じかな。


 こいつだけに意識を向けていたら、多分正気を削られすぎて狂気に充てられていたかもしれない。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 あー、うん。でも慣れてきたかな。こいつからは愛情を感じるから。知性が欠けているから、直接的な愛情表現しかできないんだろうね。


 これが知性のあるイカれたやつとかだったら、歪みまくった愛情表現に変わり、いつか命まで奪われる危険が出てくる。


 そういった意味では、普段爪を隠して生きている外面のいい奴っていうのが実は一番危険ともいえるからね。


 筍くらいでは俺はそこまで恐怖の感情を覚えないのかもしれないね。


「……落ち着いたみたいね。そろそろいいでしょう」


 俺が割り切るのを待っていてくれたのか、朱美が少しずつ、少しずつ距離を縮める筍に、一歩歩み寄った。


 朱美の雰囲気が変わったのは、俺でもなんとなく分かった。スイッチを切り替えたというか、こっちが本来の朱美のものなんじゃないかという感じがする。


 冷たいのだ。


 筍も急に雰囲気を切り替えた朱美に、俺よりもまず朱美をどうにかする必要があると本能的に感じたのか、求愛行動とは違う、くぐもった低いうなり声を上げ始めている。


 これが狩りってやつか。


 前の世界では文明が発達しすぎていて、狩りを行う人間は少なくなっていた。俺はそもそも野生の動物に触れることも少なかったというかほとんどなかったし。


 殺人鬼にでも出会っていれば、殺気というものに覚えがあったかもしれないが、割と平和な毎日を送っていたため、俺の身の回りに事件を起こすような人間はいなかった。


 だから、今目の前で起こっている命の奪い合いというのは、非常に新鮮でかつ、冷たい殺意に周囲が包まれた、狩る側と狩られる側のある意味ワンサイドゲーム。


 朱美から感じるのは純粋な冷たい殺意だが、筍からは、若干の恐れを感じる。っていうか、顔がビビってるよ。これは朱美から逃げられないだろうな。


 これが弱肉強食の世界ってやつなのかね。


 朱美は、いつの間にか手から射出した糸で筍の右の眼球を貫いており、その糸は筍の背後の地面をも貫いていた。この貫通力なら、脳味噌があるかは分からないけど、たいていの生物が即死するだろうね。


 本当に一瞬だった。


 さっきまで俺に一生懸命ラブコールを送っていた筍は力尽き、その動きを止めた。

でも、そんな文明を捨てて、あえて発展していない世界を楽しむのもありなのかなって思うこともあります。

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