ナニゴトも初めてはドキドキですよね
食文化の違いというのは、地域によってまちまちですよね。
結局IQがそこまで高くない(つまり低い)人間が深く考えたってあんまり意味なんてないんだよ。
まずは朝ごはん探そう。思い立ったが吉日だよ。行動することに意味があるんだよ。
……ということで、スラちゃんをお山の下に抱きかかえて立ち上がる。スラちゃんがいればとりあえず何とかなるでしょ。食べられるか食べられないかの判定ぐらいできそうだし。
そんな俺を朱美は不思議そうに見つめる。
え?今度は何?
「どこか行くの?」
「朝ごはん探しに」
「朝……ごはん?」
おい待てよなぜそこに疑問符が付くんだ。
まさかご飯食べないの?いやでもスラちゃん普通に糸食べてたよね?表現が適切じゃなかったのかな?
「ええと……栄養補給?」
「あぁ、栄養補給するのね」
つたわんのかよ。
ごはんっていう表現が適切じゃないんだこの世界。変わってるね……いや、異世界来たのは俺のほうだから、どっちかというとこっちがスタンダードなのか。
「朱美は何も食べないの?」
「まぁ、まだ必要ないしね」
必要云々で栄養補給するかどうかを決めるのか。食べれるときに食べるというよりは、必要性を感じた時に腹を満たすと。なんだか、ゲームのMP回復みたいな言い回しだなー。
「ところで、もう少しで『服』が出来上がるのだけど、いらないのかしら?」
その言葉を聞き、視線を下に下げる。あぁ……そういえば裸だったなぁ……。
俺は膝から崩れ落ちた。
優しいスラちゃんが、『大丈夫?大丈夫?』と心配そうに聞いてくるが、その優しさが今は酷く心に突き刺さる。俺は、危うく痴女になりそうだったのか……。
「ほら、できたわよ。でも、これだけだとちょっと防御に難ありね」
「ん?」
何か聞き捨てならない単語が聞こえた気がしたけど、まぁ気のせいでしょう。
「はいこれ。追加で上に着るものも作ってあげるからまたしばらく待ってなさい」
そう言いながら朱美が渡してきたのは……純白の下着。
下は知ってる。だが、あえて突っ込むとするならば、なぜTバックなのか問い詰めたい。そして、問題のブラジャーですが……まさかこいつをつける日がこようとは。
朱美ってこういう知識どこから得てるんだろう?前の世界にあった下着類と変わらないか、それよりも上質なものなんじゃないのかこれ。見たことないからいまいちわからんけど。
……今からこれらを身に着けるのか。なんだか、すごく恥ずかしいな。作ってもらった手前、断り入れるのも申し訳ないし、かと言って、これを着ないでうろつき回ろうものなら即警察沙汰だ。
顔から火が出そうです。
俺が下着をガン見していると、何を思ったのか、朱美がこっちにこいとジェスチャーを送ってきている。
「つけ方わからないんでしょ?教えてあげるからこっちに来なさい」
「ぁぅ……」
覚悟を決めろ、俺。
朱美の手つきが妙にいやらしいとか、目つきがかなり怪しいとか、言葉と雰囲気がマッチしていないのはともかくとして、これは通るべき道なんだよ……。
スラちゃんを地面に下ろし、朱美のもとへとゆっくり向かう。俺の顔は、おそらく真っ赤。
朱美の顔は非常に良い顔とだけ言っておく。
そして、顔と行動は一致していたと追記しておこう。
「……案外楽になるもんだね」
「真っ赤な顔で息を荒げながら言われてもなんの説得力もないわよ?」
色々されました。えぇ、色々と。
作ってもらったばかりの新品の下着を台無しにする一歩手前までは行きました。
呼吸を整えながら、下着の様子を確認する。下はあれだが、ブラジャーはかなり偉大なものであることが分かった。あんなに重かった胸がここまで楽になるとはね。
これに関しては、目の前の痴女に感謝しなければならない。
精一杯のジト目で朱美を見る。もうすでに新しい服……次は上着になる部分を作ると言っていた。
下着を身に着けたとはいえ、この格好で出歩くのもまた危険が伴う。ただの露出狂か変質者の汚名をかぶせられるよ。
問い詰められたら言い逃れできる気がしないね。
なので、朱美の作業が終わるまで時間を潰さなくてはいけないんだけど、何かすることあるだろうか?
……よく分からないことが多い中、できることなら日中のうちに周りを散策することがベストだよなぁ……。雨とか降った場合、屋根にするものがないから困りものだけど、今日は降りそうにないし、ご飯とかも必要だけど、その場合にもやっぱりまずはここ以外の場所を探るところから始めなければならない。
つまりだ、まずはここから移動しなければ全ては始まらないということ。
スラちゃんを撫でてるくらいしかすることない……ん?
スラちゃんや朱美と話して、この世界のことをもっと知るのは非常に必要なことじゃないの。
方向性が決まったならば、すぐにでも行動に移すべきだ。
「スラちゃんや朱美は今までどんなふうに生きてきたの?」
何気ない会話のキャッチボールから会話を弾ませることで、重要な情報を引き出すのは諜報の常套手段の一つ……のような気がする。
さぁ、何かヒントになるような言葉をおくれ。
「適当よ適当」
『適当?適当!』
ざっくりしすぎだろー。
これじゃあ分かるものも分からないよ。適当って言われたら、前の世界での俺の生き方も割と適当な部類に位置するものだし、どこまでが適当でどこからが適当じゃないのかの境界線が曖昧すぎて頭が混乱に追い込まれちゃうよ。
「もっとこう、ないの?例えば、朱美はどこでこの下着の作り方を知ったのかとかさ」
適当に生きてこのスキルは身につか……ついたとしたら何も言えなくなるからやめよう。
何とか会話を終わらせないために繋いだような言葉のため、会話のテンポが微妙な感じがするが、そんなことは些細な問題だ。
この会話が終わってしまうと、次の会話の話題がない(思いつかない)んだから。
朱美は少し考え込むしぐさをしてから、
「あぁ、それなら他のに殺されてた奴らの外側を剥ぎ取ってみたら出てきたのよ。個々によって種類が違ったから、求愛行動にでも使ったのかもしれないわね」
と言った。
おぉう、これまた爆弾発言ですねぇ。この世界ではそんなドロドロするような展開があるということですね?
ちょっと背筋が凍ったような気がしたけど、この先そういう現場に直面するかもしれないという可能性が出ただけであって、その確率は百ではないはず。もしかしたら、非常に珍しい事件かもしれないし?俺がこの世界で天寿を全うするほど生きるかは分からないけれど、少なくとも俺が死ぬまでの間、そういう出来事は起きないかもしれないからね。朱美さんが防御やら恐ろしいことを言っていたような気もしますが。
それにしても、朱美にとって服は結局装備品と変わらない扱いなのかもしれないなー。美的センスとかにも違いがあるのかな?衣服を外側って言ってたし、下着を求愛行動って……。
「朱美さんや」
「何?」
「この下着を求愛行動にでも使ったのかと言ってくるということは……これを着たお……私に何か良からぬ感情を抱いたり……」
「良いわよねー。自分が作った下着を着た相手って……興奮するわよね?」
こいつ……確信犯かよ。
変態だぁ……変態がいるよぅ……。でも今の状況、この変態に頼らないと生きていけなさそうな俺がいるよぅ……。
「涙目になるほどのことかしら?」
いや、こちとら一昨日まではまだ男だっての。この性別になってからすぐに襲われてるんだぞおい。そりゃあ恐怖も感じますよ。
むしろ感じないほうがおかしいと思いますはい。
そんな俺を見て、朱美は可笑しそうに笑いつつ、
「そんな顔しなくても大丈夫よ。結愛を困らせるのは楽しいけれど、本当に困るようなことはするつもりないから」
本当かよ。半信半疑だぞ。
「半分は信じてるみたいね、なら安心できるわ」
表情読んで会話するのやめません?スペックが高いと色々できて便利だね。
「ところで、さっき死人の話になったときに少しだけ強張ってたけど、結構頻繁にあることだから早めに慣れとかないと面倒よ?」
おいおいさっきまでの現実逃避が早くもお先真っ暗になってるんですけどー?
「そんなに?」
「そんなに。だって、私たちを探してる奴らもいるくらいだしね」
探されてるってなんだよ。何か悪いことでもしたのかな?
「ま、あいつらからしたら、私たちなんて恐怖の対象でしかないわけだし、自分たちが安心して暮らしていくために、平和を害する対象の殲滅っていうのはあながち間違っていないかもしれないけど」
あー……なるほどね。そういう感じのもあるわけか。
この世界にはこの世界の文明が存在するし、そもそも生態系が前の世界とは大きく異なっているみたいだ。
「その、朱美が下着の知識を得たときの死人って、どんな状況で死んでたの?」
「あれは多分、物売りの護衛ね。壊された馬車の近くで皆殺しにされていたから。ここからそんなに離れてない場所よ」
物売りに護衛、そして馬車ときたか。機械が発展していない世界という線が出てきたな。それとも、ここの近辺は手を付けられていない辺境の森とかって感じ?
まだ情報が無さすぎるこの状況において、この事実は非常にありがたい。よくよく考えれば、朱美がこの下着のデザインを作れる時点で、この世界の人間に位置する存在は、少なくとも前の世界と同じように衣服を身にまとっていたというのは信憑性の高い事柄として捉えられる。
「分からないことだらけだと、些細なことでも重要な素材になりえるわよね」
「うん。準備できることとかはなるべく準備したいし、慎重に動くことは悪いことではないと思う」
『慎重!大事!』
スラちゃんもこんなに跳ねて、重要さをアピールしている。かわいい。
「分かっていることだと思うけど、私も結愛とスラと行動するから」
「むしろ助かるよ」
『朱美!一緒?』
「一緒よ」
朱美とスラちゃんいないと俺何もできる気がしないしね。本当、なんでこんなに尽くしてくれるんだろうね。最大の謎だよ。
「でも、私たちと一緒にいると、マイナスになることもあるかもしれないわよ?」
「マイナス?」
「私たちも忌み嫌われる対象だということよ」
そういうことか。さっき、朱美は他のって言ってたけれど、もしかしたら同類ってことを言いたかったのかもしれないな。
結局分からないことといえば、朱美やスラちゃんの部類の概念だ。二足歩行の知恵を司る生物を人間と概念付けたように、朱美やスラちゃんにもそういった概念付けによる差別化が図られているんじゃないかと思ううんだけど、俺のあまり良くない頭ではそこまで考えることができない。
これで魔物とかだったら、まさにファンタジーまっしぐらじゃないか。素晴らしくもなんともないけどね。
ふと、会話といえばこれという感じのテーマがあった。
予想以上に会話が弾んでいたからか、俺は和んだ感じでその言葉を口にしてしまう。
「そういえば、朱美やスラちゃんの好きな食べ物って何?」
「肉ね」
『食べ物?お肉!』
「やっぱりお肉かー。いいよねお肉。ちなみになんの肉が一番好き?」
はい地雷踏みましたー。やらかしましたー。なんで慎重になるのは間違いじゃないよみたいないいこと言っておいてすぐに頭空っぽで話してしまうのかなー。
やんなっちゃうよ。これでえぐいの返ってきたらどうしようと考えてたんだよ俺はぁぁぁぁ。
「私は……結構あいつらを好んで食べるわね。というか、私たちを狩りに来たのを返り討ちにしてそのまま栄養になってもらおうって感じかしら。だから比較的食べるのがそいつらに限定されるのもあるのかもしれないわ。戦ったら疲れちゃうし」
エッグいのきたよぉぉぉ。あいつらって人間かもって思ってたあいつらじゃん。
でも、今の話しぶりだと朱美は結構戦ったりするのかもしれないな。あと、朱美を討伐しようとするのは基本男ってことは分かる。
『好き嫌いしない!何でも!食べる!』
スラちゃんはかわいく、前の世界の低学年の小さな子たちが言ったらよく聞こえる感じのことを言っていた。うん、そうだね。すごくいいことだと思うよ。
ただね、今までの情報をまとめた上でスラちゃんの言葉を聞くと、生々しいなんてものじゃないよね。
そこに一切の邪気を感じないからこそ重みがあるよね。
この世界は可笑しいよ本当に。
「スラちゃんは偉いね」
『嬉しい!嬉しい!』
もうこう言うしかないじゃん?この言葉でこんなにも喜んでくれるんだよこの子は。
純粋無垢で素晴らしい子じゃないか。何色にも染まりそうで怖いけどね。
「お肉とはいっても、焼いたりしないでそのまま食べるの?」
もうこのまま突っ走ってやんよ。行けるところまで行ってやんよ。
食事事情も気になっていたのさ。そこんところもこのまま情報として整理してしまいたい。
「なんで焼くの?」
「そこ疑問形なの?」
思わず聞き返してしまった。なんで焼くのとはこれまた新しい……前の世界で焼いて食事するのって人間とかしかいなかった気がする。
火の扱いができないとなると、そりゃあ焼くっていう選択肢が出てこないわけだよ。
「焼いたほうがおいしいの?」
「まぁ、焼いた後に塩とか振って食べるものだと思ってた」
「なるほどね。塩?っていうのはよく分からないけど、今度見つけたら焼いて食べてみましょうか」
「あいつらを?」
「あいつらを」
そこをいい笑顔で言うな。
「どうせ食べるなら、おいしい方がいいしね」
「まぁね。スラちゃんは味とか分かるの?」
スラちゃんの食べ方は、味わっているというよりも溶かして取り込んでいる、口=胃みたいな感じがして、味わえているのか気になっていたんだ。
『分かる!分かる!』
おお、分かるのか。スラちゃんって本当に多機能だよね。
「まぁ、材料あって調味料もあったら、簡単なものしか振舞えないけど、色々してくれるお礼に何か作るよ」
自炊はしてたから、そこそこのものは作れるが、それにしたって必要なものはたくさんある。文明に生きていたからこそその支えに甘えていたんだなぁとしみじみ思うよ。
ただ、今の俺の発言の時に、スラちゃんと朱美の身体がピクリと反応したような気がしたけど……さすがに気にしすぎだよね。
料理そのものに興味を持つってことはあるかもしれないけど。深い意味はないと思うな。
「結愛が振舞うっていうのに興味があるわね。何が必要なのか教えてくれれば揃えるわよ?」
『手料理!食べたい!』
めっちゃ反応してるんだけど。なんか、そのまま危険な行動に発展しそうな勢いで。
この二人?がここまで感情を動かすって、そんなに魅力的な提案だったのかな?
心を動かす要素ってなんだろ……味かな?味が分かるってことは、今までの食事にも美味しいとか不味いとかがあったわけだから、朱美とスラちゃんの食事事情はかなり深刻というところかな?
まさか、俺の手料理に心動かされるなんてあるはずないし。
「揃えるっていうけど、朱美は塩が何なのかとか知らなかったじゃん」
「む……そういわれると弱いわね」
今のままだと本当に暴走しそうだから、何とか理由をつけて抑えなきゃいけないな。
「それにこれから一緒なんだよ?ゆっくり集めても何年もかかるものじゃないと思うし、これから先何回も食べる機会あるって」
なんとなくそれっぽいことを並べ立てておいた。正直、集めるもなにも、金と同じ重量で取引されてたりしたら手も足も出ないというか、根拠も何もない言葉にはなってしまったけれど、それでもマシなほうだと思うんだよね。
これから一緒という部分に関しては嘘でもなんでもなく、俺も一緒にいたいと思っているからこそ、多少強調して言ったし。
「お……私は恩は返すものだと思ってるから」
まぁ、これはちょっと嘘だけどね。
俺の言葉をどういう風に受け取ったかは分からないけど、朱美は口元を緩めていたし、スラちゃんは嬉しそうに足にすり寄って来てるし、落ち着いたんじゃないかな。
……スラちゃん、嬉しそうで何よりなんだけどね?ちょっと落ち着こうか。
声が出ないように努めつつ、スラちゃんを抱きかかえて立ち上がる。
そのまま朱美の前まで歩いて腰を下ろした。服はもうほぼ完成しているといっていい。すごい手腕だ。
ワンピースなのかなこれは。女性用の服ってよく分からないけれど、動きやすいドレスのような見た目をしている。色は意外なことに白と黒の対極の色で作られていた。白で作るものとばかり思っていたのは内緒ね。
「自分が着る服の出来が気になったのかしら?」
「まぁ、そんな感じ」
何度目かわからない何故ではあるが、いくら情報が入手できても、根本的な部分は何も分かっていない。
例えば、俺は結局何なのかとか、この世界は何なのかとかね。
それはまぁ今の段階ではもういいや。ここで分からないといったことは、別のことで、スラちゃんや朱美を近くに感じると安心するっていう、これまた謎なことが分かってね。
結果は分かったけど、そうなった過程が分からないことなんてざらにあるじゃん?
じゃあもうそれでいいよ俺は。
分かる時が来たら分かればね。
「なんかさ、本当にさっき会ったばかりなのに、朱美やスラちゃんと一緒にいると安心するのって何か変なのかな?」
「……さぁ?私はあいつらとは違う生き物だし、違うということは感性もかなりズレていることでしょう。だから、結愛が何をしようと私にはその真意を測ることなんてできないし、その考えすべてを理解することなんてできないわ」
「もしかしたら、変な感情を持ってしまっているのは、私の方なのかもね」
「……だからこそ、結愛は私たち側に産まれたのかもしれないわね」
そこで朱美が手を止め、服の全体が俺に見えるように広げた。
「さぁ、完成したわよ」
カニバリズムって、忌避されてるものではありますけど、人間の肉って臭みが少なくて美味しいらしいですよ?