まだ一日目なんですよ
疲れると多少無防備になるよね。
適度に冷たい水は、火照った身体を鎮めるのに最適だった。俺は、この身体に関して一つ思うことがあった。それには、スラちゃんも少しだけ関係している。
ぶっちゃけ、スラちゃんっていう存在がいたことで出てきた推測なんだけどね。
俺は今日一日だけとはいえ、この身体で過ごしたわけだ。初めは女の身体って大変だなぁくらいにしか思わなかったし、一日目ということもあり、後日向き合えばいいや程度にしか考えていなかったんだけど、元俺がいた場所で、少なくとも俺の知る限り、スラちゃんのような生命体を見たり聞いたりしたことは無い。
そのことから、もしかしてなんだけど、俺の身体って人間に限りなく近い何かとかっていう可能性も考えられるわけだ。だって、スラちゃんの触手とかさ、そんな動物知らないよ俺は。
やけに感じやすいこの身体が、普通の人間の女性の身体ではなく、何か別の、人間のような何かであるならば、俺は割り切れることだろう。思考はしっかりしてるし、基本的な運動も出来る身体だから、実は人間じゃありませんよーって言われても、そうなんですかーって返せる程度には割り切れる自信がある。
あと、俺がいる場所は元の地球ではなさそうだ。多分ね?あくまで多分だよ?
スラちゃんっていう存在がそれだけ規格外だって思ってくれればいい。でも、少しだけ不安要素も出てきた。
この世界が地球ではない別の星だったとして、この星に人は存在するのだろうか?湖の奥を除けば、魚っぽいのが見つけられたから、他にも生き物が生きていることは分かった。でも、人がいるという確証には至らない。地球にも恐竜の時代があったしね。
人類が繁栄していたら、俺的には行動しやすいけど、人類が存在していなかった場合のことも考えなくちゃいけないよなー。
とりあえず……目先の目的は決まった。
「やっぱり、服だよな」
そうだよ、服だよ。行動起こす前にまず服だよ。それがなきゃ始まらんわ。
湖入るまで酷かったんだぞ?女の子の身体だからなのか、それとも俺の身体が特殊なのかは分からないけれど……あんなに濡れるなんて思いませんでしたわ、はい。スラちゃんのテクはほんとヤバいね。
そういえば、スラちゃんの液体(水)を飲んだ時に、何でかは分からないけれどお腹も満たされたような感じがする。栄養を混ぜてくれたのかな?後で聞いてみようか。
おかげで今日一日ご飯抜きでも何とかなりそうだ。食料問題も解決しなきゃいけないなー。これもスラちゃんがいれば、湖の水を消毒してくれた時みたいに、食べられるかどうかの有無を確認できそうなんだよね。
スラちゃんマジ有能じゃん。お先真っ暗の未来がかなり遠ざかってくれた気がするよ。でも、ファンタジー感が一気に増したよね。魔法とかあったりして。
変な想像は止めておこう。元の場所より遥かに危険なところだったらなんて考えだしたら、また自殺したくなっちゃうし。
そろそろあがろうかな。タオルとか無いから、夜風で風邪ひいたら困るし。
辺りは夕闇が迫り、ある意味初めての夜が訪れようとしていた。昼間より少しだけ冷たい風が、何も身に着けていない柔肌を撫でる。俺は肌に残っている水滴を払いながら焚火に近づいた。払うときにも十分に注意し、声が出ないように気を付けて払った……少しだけ声は出てしまったけど。
火にあたりながら身体を温め、スラちゃんの帰りを待つ。やっぱりちょっと寒いな。服が恋しい。
焚火に枝を放り込み、火が消えないように調節しながら時間を潰す。することがないと、思考の海に沈むか、適当な作業でもやっていなければ時間の流れが遅く感じて仕方がない。
本とかがあれば話は別なんだけど、お生憎様、手持ちは何もありません。
揺らめく炎をボーっと眺めていると、茂みが小刻みに蠢いた。ちょっとだけ身構えてしまったのは、怖がりの特性と捉えていただきたい。
まぁ、スラちゃんが帰ってきただけなんだけどね。
元気にポヨンポヨン跳ねてるけど、球体の身体から一本の触手が伸びており、どでかい葉っぱの束を纏めていた。
この子本当によくできる子だわ。俺を見つけた途端、褒めてとばかりに全力で跳ねてきて少しだけ驚いたけど、頭良すぎない?
頭頂部を撫でながら触手に束ねられた葉っぱを観察してみるが、結構肉厚な感じで丈夫そう。南国で見かけそうな見た目をしているが、本当にこれ近場でとれたのかな?ここの環境はよく分からなくなってきた。
俺の記憶が正しければだけど、俺が見える範囲の植物は針葉樹林っぽいんだよなー。寒い地域に生えてそうな樹が多い。
常識は捨てましょうね。もう分かんねっす。
スラちゃんにここのこと聞いても分からないと思うし、当分はスラちゃんと勘で生きていくしかないか。
頭?を撫でられ、嬉しそうにクネクネしているこの子に俺の人生を懸けよう。
手を止めると、スラちゃんも動きを止め、『もう終わりなの?』と悲しそうに(感じる)俺に訴えかけてくるので、どのタイミングで話をしようか迷うね。
聴きたいことは山ほどあるんだよ。でもさ、みんなも考えてみてほしい。猫とか犬ってさ、甘えてくるときに、他のことをしようとするとさ、つぶらな瞳で構ってアピールをしてくるじゃん?飼ったことないから分からないけど。今のスラちゃんからはそんな雰囲気がビシバシ伝わってくるわけですよ。
何が言いたいかというと、甘えてくる動物って可愛いよねって話。こう、作業しなきゃいけないんだけど、それらを投げ出してでも構ってあげたくなるんだよね。謎の強制力が働いてるんじゃなかろうか。
だがしかし、そろそろ話を切り出さなければならぬ。何故って、もう夜なの。いつの間にか暗くなってるんです。別に夜でもいいだろって?俺は眠いんだよ。
夜は寝るものだろー?慣れないことしたせいか、全身が睡眠を欲しているのよ。このまま寝落ちはしたくない。
「スラちゃん、葉っぱ見せてくれる?」
話を切り出すとは言ったが、撫でるのを止めるとは言ってない。スラちゃんって、まだ子供なのかねー?甘えたがりというか、手を止めようとしたら機敏に反応するから止められなかった。
まぁ、いいや。撫でられながらも触手を動かして俺が見える位置に葉っぱを置いてくれたから。
もう片方の手で葉っぱに触れてみる。予想通り肉厚で丈夫な葉で、即席の寝床には使えそうな感じだ。一枚を持ち上げてみると、持ち上げられない程ではないが、一枚の葉っぱにしてはずっしりとした重さだ。
ここで新たにスラちゃん力持ち説が浮上してきた。
葉っぱの数を数えてみると、10数枚はある。スラちゃんの質量でこの量を持って来たって、マジか。
寝床のために数枚使うとして、他にも使い道がありそうだし、数日は枯れなさそう。
このまま肉食獣とかが出現せず、病気などで倒れない限りは死なないかな。食糧問題とかは何とかしなきゃいけないけどね。それは明日で良いでしょ。
でもこれだけは聴かなくては。
「スラちゃんさー、さっきお水飲ませてくれたでしょ?そしたらお腹がちょっと膨らんだんだけど、何か栄養とかくれたの?」
普通、かなり空腹を感じている時に水分を摂ると、少しの間は空腹感を抑えてくれるが、所詮は液体なのですぐに消化されてしまう。しかし、スラちゃんからの水分補給以降、俺は満足感を覚えており、空腹感が無くなっているのだ。
ついでに、本当についでなんだけど、水分を一度に大量に摂り時間を置くと、トイレに行きたくなるよね?俺、それが無いんだよね。そもそも、一日過ごしてるっていうのに一回も尿意とかを感じることがなかった。
我慢してるわけじゃないよ?本当だよ?
俺の疑問に対してスラちゃんは、『栄養?魔力?』と何やら聞き覚えのない単語を伝えてきた。
魔力?魔力って何?ゲームとかでよく見るMPってやつのこと?それが空腹感を抑えたと?HAHAHA、意味分からん。
スラちゃんに魔力って何?聞いても、きっと色の良い返事は帰ってこないんだろうなー。多分、スラちゃんにとっては魔力があるのが当たり前だから。人で言うところの血って何?みたいな感覚だろうしなー。
謎が一つ増えてしまった……。いや、可能性が現実味を帯びてきた?
俺の身体はスラちゃんが流し込んでくれた魔力ってやつでお腹を満たしたってことだから、魔力とかいうのが必要な身体になってしまったということ?ファンタジーすぎやしませんかね?
ゲームの中の人たちもご飯食べてないのかなぁ?絶対食べてるでしょ。宿屋とかで台所あるの知ってるんだからな。
考えるのが面倒になってきた。眠すぎるのだ。あとは明日考えよう。
「そろそろ寝ようか」
気を利かせてくれたのか、スラちゃんは自分から俺の手を離れ、触手を使って葉っぱを地面に並べ始めた。こういうところは種族が違っても変わらないみたい。
葉っぱ一枚で俺の身体の半分を覆えるので、俺は2枚掛布団代わりに使うことにした。寝床に横になってみると、思ったよりゴツゴツしていなかった。葉っぱがクッションの代わりになってくれてるのかな。結構便利じゃん。
葉っぱを上からのせてみると、これまたなかなか温い。風邪をひくことはなさそうだ。スラちゃんが俺の近くを陣取り、いつも以上に潰れた状態を作った。これが寝るときの体勢らしい。
俺も横になった途端に意識が朦朧としてきた。だいぶ疲れていたらしい。俺の意識はそのまま闇に飲まれた。
この時の俺は警戒心がほとんど皆無の状態だった。それに加え夜ということもあり、周囲の視界が悪かったことも原因になるだろう。
通常、動物や虫は夜行性のものがその多くを占める。本来、こういう森で警戒を強めなければならないのは昼間ではなく、夕暮れから夜間であり、夜行性の生物たちはその時間帯に食事などの行為を行うのだ。
何が言いたいかは分かると思う。森の中で、裸で、焚火を消すことも忘れ、無防備な状態で眠りに落ちた俺は、そういう生物たちの恰好の餌というわけだ。
なんだかんだ、俺は甘く見ていたんだと思う。右も左も分からない状態で、自分では精一杯やっていたつもりだったけど、いつものようにどこかで期待していない自分がしたのだ。死ぬなら仕方が無いかなどと考えている時点で色々とツッコミどころはあると思うが、性別が変わろうと、所詮俺は俺らしい。
夜のせいで奥まで見通せなくなってしまった木々の中から、俺のことを静かに観察していた存在に気づくことが出来なかった。
眠りに就いたのを確認したのだろう。石像のように動きを見せなかったそいつは、とっくに意識を手放した俺にゆっくりと近づき始めた。
無論、その姿を見た存在などなく、意識の無い俺がそれに気づくことなどあるはずがなかった。
その無防備が命取りになったりするよね。