不安はどこまでも深く影響を及ぼします
暖かいのか寒いのかよく分からない今日この頃、読者諸賢につきましてはいかがお過ごしでございましょうか。
筆に力が入らない時間が続きましたが、ようやく書き上げました。
腹の底まで響く重い音だ。
これが御言葉を聴くための合図ってやつなんだろうけど……この音はなんだか嫌な感じがする。
抽象的過ぎて自分でも何が嫌だと感じたのかを表現できないが、これは理性的に判断できるものではない類であることは分かる。
多分……私は直感的に恐怖を感じてるんだよ。
その音がもたらしたものはそれだけではなかった。
「……鐘の音が聴こえる……」
先ほどまでは口元のみの微笑を絶やさなかった目の前の少女が、表情を失ったかのように無表情となり、教会のある方向を見ながら呟くのだ。
その明らかにイッちゃってる光景を間近で見てしまった私は全力でドン引きしています。
「ゥウ……」
「あ、美子起きた」
鐘の音が想像以上に大きいためか、美子が煩わしそうに手で瞼を擦っていた。結構腕が限界だったから助かったよ。
細かいことを説明している暇はないし、美子が理解できるかどうかも定かではない。まぁ多分無理でしょ。そもそも私が理解してないんだし。
鐘の音は絶えず響き渡り、その音に機嫌を損ねた美子がうなり声を上げている。というか、この音を嫌がってる?
よく分からない。
事態の把握に努めたいけど、少女はさっきの言葉を繰り返し続けているだけだし、本格的にどうしたらいいのか分からない最悪な時間が訪れた。
少女が怖いので美子の手を引きながら後ずさることはできるんだけど、いきなり襲い掛かられたらひとたまりもない。美子は逆に跳ね飛ばしそうだけど。
私が大して使い物にならない頭を駆使してあーでもないこーでもないと一人空想の世界に旅立ちかけていた頃、目の前の少女に動きがあった。
口だけを動かす機械か人形みたいになってた少女がいきなり身体を動かすと、嫌でも目に入る。
警戒心を強めたつもりだけど、少女は私たちには目もくれず、家の扉の方にゆっくりと歩いて行った。
……あの教会に行くのかな?これ、ついて行った方が良いんだろうか?
本音は行きたくないです。物凄く行きたくないです。
逆に行きたいと思う人いる?あんな得体の知れない教会に、しかも明らかにやばい雰囲気を持ってる信者っぽい人を間近で見てさ。
美子も私にしがみついてうなり声を上げているってことは、きっと良くないものを感じてる証拠だと思うんだよ。
少女は扉を開けて出て行ったわけですけど……まぁ、ちょっと外の様子を覗くくらいなら大丈夫だよね?
決してほんの少し好奇心があるからとかじゃないよ?本当だよ?現状を把握したいがために仕方なくやるんだよ?
美子の頭をポンポン撫でながら扉に近づく。
ゆっくりと開き、教会へと続く方向に目を向けてみると……そこには何となく想像してたけど現実にはなってほしくなかった光景が広がっていた。
見方によっては常識的な光景なんだろうか?少なくとも、私にとっては異様な光景だよ。
恐らく、全村人がそこにいるんじゃないかな。
さっき扉から外に出て行った少女も含めて、大勢の人間が教会に一直線に向かっているのが見えた。
大勢の人間が生気を失ったかのような足取りで教会の正門へと向かう光景は、熱心な信者に感嘆するような、肯定的な意味で受け取ることが出来ず、私の背筋に冷たい感覚を残し、悪い予感を増大させるだけに留まってしまう。
この光景をポジティブに表現するとしたらどうすればいいんだろうか?
先ほどまで気配すら感じることのなかった村人たちが、鐘の音と共にワラワラ外に出てきて教会に向かう……気味悪いという感想しか湧かなくない?え、私おかしい?
扉から外を覗く私の袖を誰かが引いた。誰も何も一人しかいないんだけど。
「……ゥゥッ」
「どうしたの美子?」
いやな感情が表情に出てたかな?いや、私そんな顔に出ないはずだし……美子の顔が若干不機嫌そうに思える。
まだ鐘の音は止んでいないけどそのせいかな?それともお腹空いた?
ほぼ無意識ではあるけど、頭を撫でながら問いを投げかけるも、美子は上手く伝えられないのかただただ難しそうな顔で唸るだけだ。
今にも喚きだしそうな幼児を彷彿とさせる。見た目はまんま幼児だからそれも相まってなんだろうけどね。
でもまぁ、多分美子にも良くないナニカがあるって認識してるんだと思うから、十中八九私に危機が訪れることでしょう。
美子を抱き上げ、もう一度扉から外を覗いてみると、丁度村人たちが教会の中へと入って行くところだった。
明らかに100人は超えてますね。あの少女のような村人が100人以上いるのか……軽い地獄絵図じゃない?
ヤバい神様を信仰してるみたいだし、極力お近づきになりたくない教会だけど、村全体から信仰されている宗教の教会の内部が気にならないこともないんだよなぁ……。
このよく分からない場所から抜け出すためにも、なるべく知りたい気持ちがあるんだけど……本当に物凄く行きたくないです。
御言葉って言ってたけど、どれくらい時間かかるんだろう?
下手に動き回って不信感を煽りたくはないんだけど、時間が許してくれるならもう少し村の全体像を掴んでおきたいんだよね。
必要なのは一歩踏み出すための小さな勇気のみ。
ということで、ゆっくりと扉を開いて外に出ることにしたよ。家の中にいても何も見つかりそうになかったし。
「美子ー、暴れちゃだめだよ?」
「ウーウッウー」
返事かな?なんとも独特な返事の仕方だけど……まぁ、私の言葉が通じているということでいいか。
村の人たちは教会の入り口へと殺到しているし、相変わらず鐘の音も途切れず鳴っているから気分が良くないけど、何も分からないんじゃあ先に進めないからね。
美子も機嫌が悪そうだけど、私の言葉をよく聞いてくれてるし。
とりあえず、教会を視界に入れつつ村の中を見て回ってみようかな。
多分全員教会の方に向かったと思うから、誰もいないとは思うんだけど……なんか怖いな。
鐘の音がうるさ過ぎて、小さな物音とか聞こえなさそうだ。
「……ゥー……」
美子も教会の方を恨めしそうに睨みつけている。もしキレたら為す術なく私が第一の被害者になりそうだから何とかしたい。
今にも教会に八つ当たりに行きそうな美子の頭を撫でつつ、精一杯警戒しているつもりで村の中を見て回る。
分かることといえば、全ての家が木製でできてるなーってことくらい?知識がない私にこれ以上どうしろというんですかね?
……ん?
急に鐘の音が止んだ。
辺りが一気に物静かになった気がする。
「……村の人たちが全員教会に入ったから鐘の音が止まったってこと?」
「ウゥ?」
一応見に行くか。
大して村の家とかに収穫が無かったということだけ分かったことだし、何が行われてるのか確かめるためにも教会を調べることは必要不可欠なものだからね。
それに、朱美たちとも早く合流したいし……。
美子の手を引いて、教会の方に歩き出す。入り口が見える通路に出ると、教会の前には誰もいないことが分かった。
ただの集合の合図のための音だったのかなぁ……?
不穏な気配を存分に引き出している教会の鐘は、寂れた教会に相応しい黒々とした銅鐸にも似た感じだった。見ているだけでも若干の不気味さを理解でき、長い時間直視していたくはない気持ちにさせられる。
「ヤァッ」
「ん?……んんっ」
それは私だけではなく美子も同様なようで、少し鐘を見たかと思うと、すぐに私に正面から抱き着いて視界を遮っていた。……抱き着かれたときに少しだけ声が出てしまったが、まぁ許容範囲内だよね?
美子の抱きしめる力強いんだもの。しかも、胸に顔を埋める形で抱き着いてくるから呼吸が肌に伝わって……今はもっと別のことに集中すべきだよね。
なんとなく、あの鐘とは距離を置きたい気分。だから、教会の方を調べてみようか。もしかしたら、中の声とかも聴けるかもしれないし。
しっかりと抱き着いて離れようとしない美子を抱き上げて、教会へと近づこうと足を前へ出した。
刹那、
「ようやく整った」
耳元でそんな声が聞こえた。
それも、ただ聞こえただけではない。
まるで、耳元で直接語り掛けるように、私に密着しているような近距離から声が聞こえたのだ。
私としても、警戒心を解いたつもりはない。それを証明するように、この声の主は、声が聞こえた時にはその気配を私にも分かるように表していたのにも関わらず、声が聞こえなくなった今はその気配を微塵も察知することができない。
美子ですらも同じような状況に陥っているのか、私の周囲を素早く警戒している。
でも、私にとってそんなことは問題ではなかった。
どこから声が聞こえてきたのかとか、それがどれほどの距離感からだったのかとか、気配が瞬時に現れ瞬時に消えるとか、そういう現象的なものよりも、直接的な声そのものが、私に対して本能的な恐怖を植え付けているのだった。
小刻みに身体は震え、後ろを振り返ることもできない。美子が周囲を警戒してくれているということだけは分かるので、先ほどの声の主が近くにいないということは理解できた。
なんだろう、不安を押し殺すために気丈に振舞うというか、なるべく頑張っているつもりだったんだけど、意味分からない所で意味分からない現象に連続で遭っているせいか、心が不安定になっているのかな。
さっきの何気ない一言が、強烈な不安と恐怖を煽った感じ。
短い時間だったけど、心強い仲間に囲まれていあたこともあり、美子がいるはずなのに、強い孤独感に苛まれてしまう。
……私、ここから抜け出せるのかなぁ……。
そんな諦観的な観測さえ脳が勝手に処理し始めてしまい、思考がグレー一直線に急降下していくのが自分でも何となく分かった。
ただ、こういう理解は自覚できてもどうにかできるものではなく、堕ちていく自分をただただ傍観することしかできない。
結局、その自覚を含めての諦観だからだ。
堕ちて、堕ちて、堕ちて。
最終的には足掻くことそのものを無謀なものへと感じてしまうくらいに自分自身を堕としてしまう。
これの厄介なところは、それら全ての過程を自分が認識できてしまうところにあるのだと私は思う。
ちょっとの勇気があればできたことも、多大な勇気を支払わなくて出来ないまでに自分の格を下げてしまうのだ。
自分自身を信じられなくなったからこその対価の底上げとでもいえばいいのだろうか?
自尊心が死んでいくのを感じる。もともとそれほど持っているものではなかったけれど、それでも音を立てて崩れていくように錯覚できてしまうそれは、きっと、私にとって確かなものだったはずで、それを失くすことに絶望的な喪失感を並行して感じてしまうのも、この堕ちていく過程を助長しているという皮肉に笑うこともできない。
……やっぱ私、ダメダメだぁ……。
こんな些細な一言でここまでやられてしまうんだから、何をしたって上手くいくはずがないよ。だって、私だよ?
自殺してこの世界に来た私が、自らの命を絶っているような愚者が、次は頑張ってみようって意気込んでもそう上手く進むはずがない。
……どうせ、どこかで自分に愛想尽きて同じ道をたどることになるんじゃないかな。
その時間ももうすぐ来そうだけ「ウゥ~?」ん?
私の腕の中でモゾモゾしている美子が何やら声を上げていた。なんだろう?私に対して何か言っているように思えるんだけど……。我に返ったせいか、少し感じる……。
「どうしたの?美子?」
「ウーウッウー?ウウーウウッウー」
こんなにも長文を喋ったのは初めてな気がする。やばい、美子かわいい。でも、何言ってるのか全然分からない。
手を一生懸命振って、何かを伝えようとしているのは分かる。けど、その肝心な何かが全く伝わってこない。
「……もしかして、元気づけてくれてる?」
「ウーウウ、ウッウー?」
君が首傾げちゃ分かるものも分からんよ?
私が急に黙りだしたから、心配になって声をかけてくれたのかもしれない。
おかげで少しだけ頭が冷えたよ。
「正直、うだうだ考えても仕方ないってのはあるもんね」
「ウーウー、アウー」
「その時にその時の結果が訪れるだろうし、とりあえず行動してみようか」
思考自体はまだまだネガティブの沼から抜け出せてないけど、それでも少しばかり立ち止まっている暇はないことを思い出した。
教会に行けば何かあるだろうし、この変な場所から抜け出せればラッキーくらいで考えることにして、どんどん先に進もうじゃないかと。
「よし、美子?」
「ウー?」
「そろそろ腕がきついから降りてくれる?」
「ウー?」
「流石に誤魔化してるのが分かるよー?かわいく首傾げても無理なものは無理だよー?」
筋肉は裏切らないとよく聞くのですが、あながち間違いではないと知りました。




