見慣れないものも慣れると景色に早変わりするよね
この季節は洗濯物が乾きづらいので少しだけ苦手です。
目をシパシパさせながら名前のことを言われた美子は、寝足りないのか私にもう一度もたれ掛かろうとしてきた。
だが朱美がそれを許さない。
「兎にも角にもまずは服よ。服を着なさい服を。いつまでも素っ裸でいられると思わないことね」
すぐにでも着せると言わんばかりに美子を糸で絡めとり、朱美の眼前まで持っていった。
あんな使い方もできるんだ……朱美を怒らせたらヤバいな。
「ン~……ヤァアァ……」
美子ももがいているけど、朱美の糸はよほど頑丈なのか幼女を蜘蛛の糸で拘束する色々な意味でヤバい絵面が完成してしまっている。
ついでに、朱美のいい笑顔に美子が怯えてしまっている。
これは流石に止めた方がいいかな。
「朱美ー。私も手伝うから降ろしてあげてよ。美子だって逃げないって」
「……仕方ないわね」
朱美が糸を切り、私が美子を抱きとめると、美子はすぐにしがみつき、朱美に向かって可愛い威嚇を始めた。
「はいはい、美子もダメだよ?私が着てるものと同じものを朱美が作ってくれたから、それを着ようね。いつまでも裸じゃ寒いでしょ?」
私が着てる服を指さしながら言うと、美子は……多分服に興味を持ったんだと思うんだよ。まぁ、胸の先端部分を小さな手で握ってきたんです。
「んんっ……」
唐突すぎて、ダイレクトに快感が伝わってきた。小さい子って恐ろしいよね……いきなり行動に起こすんだもん。私じゃ付いてけないよ。
抱きしめる力が抜けそうになるのを必死にこらえながら、美子の指を優しく話していく。
「美子、こういうことはダメだよ?」
「アゥ?」
言葉の壁が険しい。
普通にこの世界で過ごすことを想定するなら、言葉なんていらないのかもしれないよね。種を残す気なくて個の強さこそ重要っていう感じなら、自分の生を全うできるように好きに過ごすくらいが丁度いいのかもしれない。
食べたいときに食べて、寝たいときに寝てって感じだよね。
弱肉強食の世界観はやっぱり殺伐としてるなー。
美子の腕を万歳させ、朱美が上から服を着せる。私の指示ならある程度言うこと聞いてくれるからいいけど……私が目を離した瞬間に朱美の服を引きちぎるなんてことしないよね?そんなことしたらマジで殺されると思う。止められる気がしないし。
ついつい悪い方に感じてしまっていたけど、初めての服に対する美子の反応は意外にも好印象だったみたいで、自分の肌を包む布をペタペタ触っては目を輝かせ、
「オォウ~」
と何かに感動したような声を出している。
朱美もこの反応には満足げだ。
「誰も服破かれたくらいで殺したりしないわよ」
「本当?」
「皮剥ぐくらいよ」
「それだいぶ酷くない?死ぬより辛くない?」
服飾関連で朱美を怒らせないよう、心に固く誓った。
それにしても、下着までちゃんと着せたけど、朱美の趣味ってゴスロリ系なのかな?
一気に美子の野生感が無くなってしまったんだけど……。
「他の服もしっかりと作ってるから大丈夫よ。私が一つのものに固執することって滅多にないわよ」
「へぇ」
「因みに、その滅多にないに入るのが結愛よ」
「……そうですか」
心拍数が上がるようなことをいきなりされると、まじめに反応に困るからやめてほしい。
そして、それを見てニヤニヤするのもやめてほしい。この思考も読まれてるだろうけど、その思考についてもニヤニヤしているようにしか見えない。
「朱美ってさ」
「ん?」
「意地悪だよね」
「結愛にだけよ」
真っ直ぐだなぁ……羨ましいくらいに。
さて、と。準備もできたことだし、この荒れた野から離れますかね。
「意気揚々としてる割に、すぐに私に登ってくるのはなんでかしら?」
「え、私裸足だから足の裏痛めちゃうかもしれないし、朱美たちの速度についていける気がしないし」
「なんで美子まで登ってんよ」
「そこはほら、美子は私よりもちっちゃいし」
「身体能力は圧倒的に上でしょうに」
ため息をつきながらも、大人しく乗せてくれる朱美。そういうところがすごく優しいと思う。
「ここぞとばかりに媚びを売るのはやめなさいな」
「褒めてるんだよ」
「分かってるからこそよ」
自分は真っ直ぐな行為を向けてくるのに、こっちからの真っ直ぐな行為からは逃げちゃうなんて……いてっ。
「その思考を今すぐやめないと、今すぐ結愛に色々するわ」
分かった、分かったから。チョップしなくてもいいじゃん。
私たちのやりとりを見ていた美子は首を傾げている。まぁ、私黙ったりするからなんで朱美の言葉に返答しないのかとか直感的に思ってるのかもしれない。
この世界の生物ってハイスペックなのしかいないからさ。私は美子にもそれぐらいの性能があると思ってるんだよね。なんか機械を分析してる人みたいになっちゃったけどまぁいいや。
スラちゃんも私の……あ、美子に取られた。……美子に抱かれ、樹里は朱美の隣でいつでも行けると言わんばかりに身体をくねらせている。
美子は決して樹里の方を見ようとはしない。気持ちは分らんでもない。トラウマもんだよねあれは。
朱美は周囲を軽く警戒した後、荒れた野を出るために歩き始めた。樹里もそれに追随している。
「ねぇ朱美」
「なに?」
「この先には何があるの?」
朱美は少し考え込んだ。記憶を整理してるのかな?それとも、行ったことのない場所とか?
「確か、あいつらっぽいのがいた気がするわ」
「あいつらっぽい?」
微妙そうな反応だな。この世界って平野に村とかがあるイメージを持ってるんだけど、そういうのってすぐに無くなりそうな、危なげな雰囲気を持ってるというか、強い生物が気まぐれで破壊していくーみたいな妄想が捗る世界観なんだよね。
「間違ってはいないわよ」
……まぁじぃ?
ということは、朱美がそれっぽいのを見たって言葉が、人間の作った建築物とかがあったとか、人間に似た何かが人間の真似事をしてるっていう解釈をしてしまうんですけど。
前の世界には死体が動き回るバイオレンスファンタジーが流行してたからなぁ……前の世界ではフィクションでも、この世界ではノンフィクション的な?
「魂が抜かれて空っぽになった肉体に入って動く奴ならいるわよ」
いるのかよ。しかも悪霊かよ。そいつらかもしれないってこと?
「可能性の一つとしては考えられるわね。まぁでも、そいつが一体いるだけで村なんて簡単に滅ぶだろうから、複数体いるとは……考えたくないわね」
「ちょっと待って。え、ゾンビってそんな強いの?」
「ゾンビが分からないけれど、この世界の死体を乗っ取る奴らはやばいわよ。最低限、元の持ち主よりは身体能力が高いわ」
……朱美たちといれば大丈夫なんて甘い考えを持っていたけど、それって朱美たちでももしかする事態になるかもしれないってことだよね?
「まぁそうなるわ。一体二体ならまだ何とかなると信じたいけど、三体以上だと、私も本腰入れないとキツイわ。でも、あいつらも数は大していなかったはずだし、そんな状況になるのかしらね?」
……うん、なんか不安に感じてる自分が馬鹿らしくなってきた。
「アゥ?」
「多分大丈夫だよ。美子も強いし、最悪一人でも逃げれそうだもんね」
たまに、遠くの方で地面が盛り上がり、大きな蛇が顔を出したりしてるのが見えるが、此方に向かってくる様子はない。やばいのが揃ってるからなんだろうけど、今日はやたら地面から顔出すよね。
「自分たちの生活圏の安全を脅かす存在が堂々と歩いてるのよ?警戒しつつ姿を確認する奴も出てくるわ」
「そういうものなんだ……必死に隠れてるものかと思ってた」
「大抵の奴はそうなんだろうけど、この荒れ野でも敵なしだった奴らからしたら大事だからかしらね」
中途半端に知能があるとそういう風に自分は最強とかって考えちゃうのかな。一定のフィールドにしかスポットライトを当てずに最強気取るのって、視野が狭いね。最弱に近いであろう私が言うことではないかもしれないけど。
「その狭さが、こいつらにとっては世界の広さなのよ」
知らぬが仏ってこういうことなのかなぁ……。地面から顔出して、必ずこっちを凝視するんだよね。で、少し経ったらまた潜って息を潜めるの繰り返し。
最初は気になるけど、少し時間が進めば立派な自然の一部だと感じてしまうよね。この硬そうな地面を楽々掘り進める不思議な生物には変わりないはずなのに、それでも朱美たちの方が圧倒的に格が上って、やっぱり良く分からないよな。
美子を撫でつつ、スラちゃんを撫でつつ、朱美と話しながら樹里が付いて来てるかを確認。
しばらくはそんな時間が続いた。
でも、朱美がらしくない曖昧な返答を返す場所がまともな場所である可能性なんて皆無なわけでして。
そんなことを考えるはずもなくのんびりとしていた私は、荒れ野の終わりが見えはしゃぎ始める美子とスラちゃんが、朱美の上から飛び出さないように抱きしめたりしていた。
〇
「時が来た……と言うのが正しいのだろうか」
「彼女がこの場所に近づいてきている。これは運命に導かれていると言っても過言では無いだろう」
「世界の何者も運命から逃れることは出来ない。それが出来るのは運命を与える側のみ」
「主は仰った。彼女を導けと。迷える存在には蝋燭の灯と道標を与えよう。彼女はこの地を踏むはずだ。その使命を背負っているのだから」
「存分にもてなさなくてはならない。それを主が求めているのだから」
「この場所にて、歓迎の晩餐をしてやらねば」
「主が望むのならば全てを愛そう。その魂までも。一度手中に収めたのならば、手放すことなどありえない」
「主が望むのならば全てを壊そう。その魂までも。その美しさと儚さを損なうことのないよう、永久にこの世界に閉じ込め続けよう」
「主は仰った。主は仰った。主は仰った。主は仰った。主は仰った」
「私の言葉は、主の言葉だ」
〇
荒れ野を抜けると、ようやく緑がある平野に出れた。土の香りが少しだけ弱まったのを感じる。
「小さい森みたいな場所もちらほら見えてきたし、そろそろ集落というか村が一つあってもいいのにね」
「まだしばらくはなさそうよ」
朱美……遠くの気配まで感知できるのは素直にすごいと思うんだけど、私の期待を裏切るために使うのは悲しいかな……。
「結局後から分かることなんだから別にいいでしょ」
「そうなんだけどさー」
「アゥアゥ」
「あ、美子駄目だよ。遊びたいのは分かるけど、もう少し後でね」
美子なら普通に朱美の速度について行けるだろうし、降ろしてもいいかなとか思ったけど、私が見失いそうで怖いから却下。
結構な距離を進んだ気がするんだけど、見事に自然以外何もない。ここまで開拓の進んでいない世界って本当にあるんだね。
むしろこれがデフォルトのはずなんだけど、前の世界の景色が脳内にこびり付いているせいで、自然ばかりの世界に違和感を覚えずにはいられない。
朱美もしばらくは無いって言ってたし、新しい生物が出てくる予感もしないし、美子とスラちゃん撫でて待ってるかな。
「そういえば美子」
「アゥ?」
「美子って名前、定着したね」
「ウ?」
やっぱり美子も理解力高いと思うんだ。この短時間で既に自分が美子だと認識している。このまま順調に育っていったら、将来かなり頭のいい子になるんじゃなかろうか。
まだまだ先の話になるんだろうけど、私はこの先どう生きるのかな。今のまま、自然との暮らしを続けているんだろうか。それとも、人間たちの世界に溶け込んで生きていくんだろうか。
朱美たちと一緒にいたい気持ちが強いけど、そうなったら私は人類の敵みたいなポジションに位置付けられてしまうんだろうか。
分からないことだらけだからこそ、こんなにも無駄な思考をいくつも展開できるわけだけど、そんな思考ができる今がなんだかんだ幸せって感じなのかな?
考えるだけ無駄っていうのは理解してるけど、こういうのんびりとした時間が続けば続くほど無意識に頭に浮かんでしまうあれやこれや。
私って結局なんなんだろう?
「それらの答えを求めるための旅ってことにしたらいいんじゃない?」
「人の思考を覗く趣味の悪い変態……あ、ごめんなさい」
美子とスラちゃんを抱いているのに落とそうとするなんてなんて酷いことをするんだ。
「それによってケガするのは結愛だけよ」
「分かってるからこそ酷いって言ってるんだよ」
「ふてくされても可愛いだけよ」
「…………」
「頬を染めても可愛いだけよ」
「うるさい」
こっちがちょっとでもボーっとしたらすぐにちょっかい出してきて、そんなに構ってほしいのかな?
「そういうこと。……そろそろ見えてくるかもね」
朱美の視線の先には、遠目からでも廃村だと分かるくらい村の機能が停止した場所があった。
この季節は虫の数が減るので少しだけ好きです。




