相手が何者でも油断大敵
最近の私の中のトレンドはジャスミンティーです。
ちょっといいやつをお店で買いました。それを自宅で作業中に飲むようにしていたのですが、どうも私の周りの人達はジャスミンティーに良い思い出が無いらしく、好きなお茶は何かと聞かれ、ジャスミンティーと答えたところ、「それって飲むトイレの芳香剤じゃね?」と真顔で返されました。
あの耳は……猫かな?適当に言ってるよ?この距離でそこまで正確に分かったら視力が人外だって。
すごく小さな子だ。多分、前の世界基準で考えるとするならば、小学校に上がるか上がらないかってくらいの身長の子。6~7歳くらいってことだね。
あの子が何かしたみたいだけど、私は一部分を除いて鈍感みたいなので、何をしたのかが全く分からない。
無意識に首を傾げてんー?と唸るくらいしかできない。
「朱美、あの子って危険なの?」
「そうねぇ……あの蛇たちからしたら危険な部類に入るかもしれないわ。でも、結愛は大丈夫ね」
「あー、そっすか」
安定の私は大丈夫謎理論が展開されてしまった。
まぁ、大丈夫ならいいのかな?勘だけど、あの子はお腹を空かせているのではないかと思うんだよね。
肉は沢山あるんだし、私はそこまで大食いでもない。いくらでも分けてあげようじゃないか。
ついでに言えば、あの子の見た目がすごく私たちよりっていうところからも、ぜひお近づきになりたいです。
でも、岩陰に隠れているってことは警戒しているってことだよね?
スラちゃん以外からはいつの間にか近づかれていることが多かったから、警戒中はこっちに来てくれないかもしれない。
まぁ、やるだけやってみるけどさ。
私は手でこっちに来るようジェスチャーを送る。この距離で見えてるのか分からないけど、この世界の生物の常識って、常識じゃないところが多いからさ……私ごときが深く考えたとしても、それは限りなく浅い表面上の知識を紐解くことすらできないのさ。
……伝わってるのか不明なんだけど、耳と尻尾がキリッと反応したように見えるな。
おお?ゆっくりだけど岩陰から出てきて私たちのほうに近づいてきてる。
歩き方がかわええなオイ。久しく小さな子供っと会うことがなかったから、すっかり忘れていたけど、子供ってあんなに小さかったんだなぁ……。
ところで、いつまで私はこっち来いってジェスチャーを続ければいいのでしょうか?
結構手が疲れてきたよ?でもさ、どうもあの子、私の手に釣られて来てるっぽいんだよね。
朱美たちには、私がどう映ってるんだろうか……。変な行動してるように見えるのかな?さっきから誰も私に声かけないからさー。勝手に行動しちゃうよね。
なんか、今更過ぎて後戻りできない感が満載なんだけどさ……私は大丈夫って言われたけど、朱美とスラちゃんと樹里は大丈夫なのかな?
「私とスラは制御が利くけど、樹里はどうかしらねぇ……もしかしたらあの子がヤバいかもしれないわ」
「そういうのは先に言おうよ。何も考えずに招いちゃってるよ」
とりあえず、樹里にはストップをかけておかなくちゃいけない。
樹里の方へと顔を向けてみると、これまた全力で迎え撃とうとしてるわけですよ。頭に位置する場所を開いて、そこに内包された無数の眼をフルオープンしてあの子を狙い撃ちしようとしている。
それは洒落にならないっての。マジで発狂死させる気満々じゃん。あの子が私の手に意識を向けてるからまだ大丈夫っぽいけど、あの子が樹里を認識した瞬間に終わる未来が想像できる。
「樹里、樹里、あれはダメだよ」
あんな小さな子が目の前で狂い死んでいくところなんて見たくないよ。
樹里はどうしてダメなのか分からないのか、私の周囲を囲むように、覆いかぶさるように私を顔の中に無数の瞳で見つめる。あの子の視界に入っちゃうでしょもう。
「よしよし」
眼を直接触るのは痛いかもしれないから、反対側の皮膚を撫で、樹里を落ち着かせることにした。
落ち着いてくれたのか、樹里は私の周囲から離れようとし……何かに凄い勢いで吹っ飛ばされた。
「え?」
樹里が真横に弾丸のようにぶっ飛ばされたのを理解して、それでも私は何が起こったのかイマイチ分からなかった。
でも、とりあえず、私の目の前で荒い息を吐く子供がいるところを見ると、樹里をぶっ飛ばしたのはこの子しかいないよなーとも案外冷静に考えることもできていた。
「朱美」
「こいつが樹里をぶん殴ってたわ」
「いや助けようよ」
「だってこの程度で樹里に傷がつくわけないでしょ」
それは私も同感だけどさ。
とりあえず、樹里はそのうち戻ってくるだろうから、この子の相手をしますかね。
「君は―――っとぉ?」
自己紹介も兼ねた雑談をしようと試みた瞬間、目の前にいた子が私に抱き着いてきた。上手く抱きとめることが出来たからいいが、朱美とスラちゃんのことを警戒してるのか、鋭い視線を投げている。
えー、どうしたらいいのでしょうか?
抱き着いて来た以上、抱きしめてあげるくらいしかできないからそうするけど、あんまりそこで顔を動かさないでほしいよね。結構感じるんだよ。
「結愛以外は全員敵みたいね」
『スラ、敵?』
「やっぱそう見えるのかなぁ?」
私たちが一緒に行動してるところを見れば、私たちが敵対関係ではないことが一目瞭然だと思う。しかし、それすら理解できない年頃なのかもしれないし、そもそもそういうものを知らない種族なのかもしれない。
でも、私に甘えてくるってことは、少なくとも愛情ってものに飢えてるのかねぇ?よく分かんないや。
ということでー、分からないので素直に聞きます。
「君は自分が何なのか言えるかな?」
「……ァァ?」
あ、これ聞けないやつだわ。言葉が分からないだと思う。さっきの声は威嚇だと思ってたけど、この子なりに何かを伝えようとしていたのかもしれない。
それにしても、やっぱ多分猫だよなぁ……。耳と尻尾がそれっぽいよ。というか、この子女の子なのか。少し汚れてるけど、まぁ全裸だから分かる。……うん、なんで全裸なの?
それを聞こうにも、言葉は通じないし、今は一生懸命私の匂いを嗅いでいるのかな?鼻息があたってちょっとくすぐったい。……そして少し感じる。
髪は黒、尻尾も黒、耳も黒、黒一色だ。前の世界の黒猫ポジションなのかな?
「んんっ、ちょ、何で、舐めっ」
匂いを嗅いでいただけだったのに、急に私の肌を舐めだした。しかも、露出している肌のみを狙って舐めてくるため、この身体特有の快感がダイレクトに伝わってくる。
「ちょっと、待って、あッ、朱美ぃ」
「はいはい」
間髪入れずに朱美が子どもを抱きかかえる。助かった、本当に助かった。
私はこの世界において、子どもよりも非力っぽいことが分かってしまったよ。
朱美に抱きかかえられた子どもは、私の時とは打って変わったように朱美の拘束から抜け出そうと暴れている。
「ン~……ヤァァ……」
「……結愛、想像以上にこいつはヤバいわ」
「え、何が?可愛いってこと?」
朱美の表情からは、とても暴れる子に愛しさを感じているようには思えない。もしかして、かなーり危険な生物にこの子が該当するとでも言いたいのかな?
「その通りよ」
その言葉と同時に、朱美の両腕から、肉を無理やり引き千切るような生々しい音が聞こえたかと思うと、子どもを支えていた腕の肘より先を断裂された。
血は吹き出なかったが、代わりに黒い液体が朱美の両の腕から流れ落ちる。
子どもは引き千切った朱美の両腕を乱雑に捨てると、再び朱美に威嚇を始めた。
「……少し、おいたが過ぎるわね……」
あ、朱美キレてる。いやまぁそりゃあそうなんですけども。
私は目の前の出来事に頭が付いていかず、眼を大きく見開いて呆けてしまっていた。
しかし、私の意識の覚醒よりも早く事は動き出しており、朱美が子どもに何かを仕掛けようと動き出した瞬間、
「アァッ」
と一言叫んだかと思うと、子どもの姿が消えたように見え、次の瞬間には朱美の腹部に強烈な蹴りを打ち込んでいるところが目に入った。
さっきの樹里と同じように、重力を感じさせない弾丸のような速度で朱美の身体が後方へと吹き飛ばされていく。
……マジかよ。
朱美を倒したと認識しているのか、私の後ろで隠れているスラちゃんに威嚇行動をとる子ども。
「あー……朱美がヤバいって言ってたのはこれのことだったのかぁ……」
『ヤバい?ヤバい?』
「うん、これはヤバいわ。私なんて瞬殺だよ。でもね、多分朱美が言いたかったのはそっちじゃなくてね」
朱美が子どもに吹っ飛ばされてからだろうか、私でも分かるくらいまで樹里の存在感が高まっている。
目の前の子も、ようやく樹里の存在を真正面から認識したのか、戦意の塊であった顔に、恐怖と焦燥の色が窺えた。
その小さな身体にも変化は起き始めており、小刻みに身体は震え、通常では考えられないような量の汗を全身に流し始めている。歯をガチガチと打ち鳴らし、威嚇すらまともに行えず、震える身体でゆっくり私の方へと近づいてきた。
しかし、私の方へと向かっているものの、その視線は此方に戻ってきている最中の樹里に釘付けであり、樹里がこの場に近づくにつれ、その震えは激しいものへと変わっていく。
ほんの少しの時間で、顔にはハッキリとした恐怖の感情が刻み込まれており、両の瞳からは絶え間なく涙が流れ落ちる。それでもなお、声を出さずに嗚咽にとどめているのはこの子の勇敢さか、はたまた声すら出せなくなってしまったか。
「はぁ、樹里、それ以上は壊れちゃうよ」
すぐそこまで戻ってきていた樹里に声をかけながら、私は子どもの手を引いて抱きしめた。ゆっくりと頭を撫で、背中を擦り、まともに行えていない呼吸を正常なリズムへと戻すように落ち着かせる。
樹里は一応、私の言葉で静止したようだが、まだ完全に瞳を仕舞いきっていない。いつでも殺る準備はできているようだ。
「樹里、朱美もきっと大丈夫だからもういいよ。もう襲おうとはしないでしょ」
まぁ、この子が悪いんだけどさ……樹里のやつを傍から見てるとえぐいのなんの。思わず同情しちゃうくらいにこの子がかわいそうになったよ。私はあんなのを喰らってたんだねぇ。
「よしよし。これで痛い目見たんだし、もういきなり襲うのはやめようね~」
私にしがみつくように抱き着き、泣きじゃくる子どもに言い聞かせる。言葉は伝わってないと思うけど、なんとなく私の伝えたいことが伝わったのか、無言でコクンと頷いた。
「あー……ったく、意外と痛かったじゃないの」
「腕大丈夫?」
「明日には治ってるから大丈夫よ」
案外早く朱美は戻ってきており、樹里が朱美の腕の部分に頭を近づけている。
「大丈夫だって言ってるでしょ?私だってそこまで非力じゃないわよ」
両腕から出ていた黒い液体は既に硬質化したのか、傷口からは何も流れていない。
あの黒い液体は多分、血だよね?両腕千切られてたけど痛くないのかな。
「そんなに痛くないわよ?」
「まじか」
あ、朱美が近づいてきたのを理解したのか、しがみつく力がちょっと増した。
それを見下ろす朱美さんの眼にサディスティックな光が瞬いたのを私は見逃さなかった。
「んー?さっき腕を持って行って、お腹を思いっきり蹴り飛ばしてくれた威勢のいいおこちゃまはどこに行っちゃったのかな~」
私の胸に顔を鎮める子どもの耳元に直接語り掛ける朱美。子どもは軽く身体を跳ねると、さらに力を増し、ついでに震えも増した。そして、私に与えられる快感も増している。
声我慢するのキツいんだぞと朱美に目で訴えかけるが、朱美はむしろやる気が出たと言わんばかりに、鋭い脚の一本を使い、子どもの背中を軽くなぞるように上から下へと一直線に払う。
「ヒゥッ」
「んっ」
それに反応した子どもが身体を軽く仰け反り、その振動が私にも伝わる。つまり感じる。
その様子をニヤニヤしながら眺める朱美は、恍惚の表情をしていた。このドSめ……でもこの子が悪いしなぁ……。
この子が罰を受けるのは仕方がないと割り切れる。しかし、なぜ私も辱めを受けているのかについては全く意味不明だと思うんだ。
子ども関しては、この悪戯を本気と捉えているのか、私から離れようとせず、視界を私の胸で潰している。
いやぁ、いつ殺されるか分からない恐怖を感じているんだろうなぁ。
朱美もそれを理解したうえでやってる感あるし、スラちゃんと樹里はご飯の準備始めちゃったし、朱美が満足するまでこのまま放置ですかね?
「そういえば朱美」
「何かしら、今すごくいいところなのよ」
「いや、すごく言い辛いんだけどさ……朱美の服汚れちゃったんだよね」
朱美の動きが止まった。
樹里の狂気に当てられたんだから仕方ないとは言え、まぁ、べとべとだよね。
「やっぱ、殺そうかしら」
「いや待ってよ朱美。決断早すぎない?」
「だってこいつに私の服が汚されたんでしょ?」
ヤバい、地雷踏んだかも。
「冷静になろうよ朱美。なんだかんだ、今日一日この服着てたんだし、もともと少しくらい汚れちゃってたと思うんだよね。洗えばまた綺麗になると思うし、こんなに小さな子に怒りをぶつけても仕方にと思うよ?」
「……命拾いしたわね」
危ねぇ。朱美が理性的で良かった。マジで目の前でこの子が殺されるかと思った。
朱美も興が冷めたのか、やっと解放してくれたし、ご飯食べて休憩でもしましょうかね。
その返答に鋭く伝家の宝刀右フックで切り返したのですが、それを難なく躱され、鮮やかなスカイアッパーを下顎に捻り込まれました。強烈な衝撃に意識が飛びそうになった私に、追撃のように左の手が顔面に寸止めで突き出されました。てっきり拳が撃ち込まれるものだと思っていた私の視界には、手の中に握られていた南アルプスの天然水のパッケージが映っていました。苦し紛れにそれを受け取ると、その人はサムズアップをしながら優雅に踵を返し、その時から、私の中のトレンドが天然水に変わりました。
水、サイコー。




