周りが優秀すぎるとやることがなくなります
最近、筋トレをしているのですが、自分の細さに軽いコンプレックスを覚えており、その印象を払拭するためにもと食事などにも気を配り、結果8キロの増量に成功しました。
これには昔馴染みの友人も変化に驚くだろうと、友人のリアクションを想像し、柄にもなくニヤニヤしながら食事に誘いました。
まぁ、サボってたツケというかさ、薪拾いが全然進んでいなかった以上急いで薪探すよね。そりゃあ小走りにもなるよ。
そうでもしないと私が一番楽してることになっちゃうしね。みんなが尽くしてくれていることに甘んじているだけではダメだと思うんだ。
こうして、私は朱美の静止を振り切って薪拾いに勤しんでいるというわけさ。だから、視界の端でご自慢の糸を器用に使って私の数倍の薪を私よりも短時間で集めている蜘蛛女なんて見えない見えない。
私の苦労が水の泡なんて知らない知らない。
めげるな私。まだ挽回のチャンスはいくらでも残って……残って……ない、ですねー。周辺の薪は全て朱美に集められてしまったようだ。
「私がやるからいいって言ったのに」
呆れた顔の朱美が、バラバラの薪を糸で数個に束ねつつ言ってくる。
「いや、分かってるけどさ。分かってたんだけどさ?私の世界には働かざる者食うべからずという言葉があってね?」
「ここは別世界よ」
「そうでした」
そうだよ。なんで働かなくちゃいけないんだよ。働かなくていいなら働かなくていいじゃん。
作業を続ける朱美と、どでかい蛇の死骸の一部をせっせと運んでいるスラちゃんと樹里を眺めて、逡巡する。
私に労働精神を想起させていたのはワーカーホリックなんて自己犠牲精神の賜物ではない、単なるこの子たちに対しての罪悪感だったのだと。
働かなくていいというのは非常に魅力的な提案ではある。しかし、私よりも精神年齢が幼いスラちゃんですら頑張っているというのに、保護者ポジの私がこんなダラダラとみんなの働きっぷりを傍観するような立場でいいのだろうか?
私、生物を駒のように扱うなんてできないよ。だって仲間だもん。
前の世界のブラックな会社って、その大体が求人広告とかにアットホームな職場とか書くよね。特定余裕だよね。しかも、そこを辞職しようとする人には、職場の仲間は家族同然、家族を捨てるのかみたいな情に訴えかける非人道的な手段をとるところが多いよね。
私はそんなことをする人間ではいたくないので、とりあえず朱美に熱い視線を送るところから始めた。
何故かって?他にできることがないからだよ。主に朱美が全部やってくれたからね。
本当どこまで器用なんだこの世界の生物は。まだそんな多数と出会っているわけではないけども。特に朱美がやばい。基本なんでもできる。
今も必死に視線を送っているのはいいんだけど、肝心の仕事が薪関係しか残ってないんだよね。しかももう束ね終わってるし。
というか、視線に気づいてるよね?この思考も駄々洩れなんでしょう?なんで無視してるの朱美さん。
「だって、一人でやったほうが早いし……そうね、うん……やっぱり一人のほうが早いわ」
「あー……なんか、一生懸命フォローしようとしてくれたことだけはわかったよ。うん、ごめん。でもさ、運ぶくらいなら私にも出来ると思わない?」
朱美が集めた薪は五つの束に纏められていた。いつの間にか私が集めていた薪も回収され、束ねられてしまったらしい。声くらいかけてよ。
「いくら朱美でもそれを一気に運ぶのは一苦労なんじゃない?」
「これくらいなら楽勝なんだけど?」
「そうですか……」
マジでこの世界の生物ハイスペックだわ。
肩をがっくりと落としながら朱美の近くに戻り、一緒に野営地まで戻ることにした。
これは、あれだね。私がお荷物になってるってことだね。一番の足手まといが私だね。痛感したよ、非常な現実ってやつを。
「自虐ネタ好きよね」
「好きじゃない、好きじゃないんだよー」
朱美は宣言通り、軽々と束ねた薪を五つとも糸で人と括りにまとめて持ち上げた。華奢な腕のどこにそんな筋肉があるのか知りたいです。
スラちゃんたちも丁度戻ってきたみたいだ。
どでかい蛇の死骸はそれはそれは中々に壮観なもので、亡き者になったからこそ冷静に見つめることができているけれど、これが生きている時に間近で見たくはないなと思うくらいには凶悪な顔面だった。
スラちゃんが持ってきた部位は吹き飛んだ頭部、樹里が持ってきた部位は飛び散った肉の破片みたいで、スラちゃんは伸ばした触手で、樹里は破片の塊を片腕で一纏めにして持ってきていた。力持ちかよ。
でもあれだなー。こう、なんか、思っちゃいけないことなのかもしれないけれど、この世界の生物にしては普通というか……今までぶっ飛んだ感じのものしか見てこなかったからか、私自身の感覚が麻痺しているような気がする。
「ある意味、図体が非常に大きいこと以外特に特色無いのよねこいつ」
「毒とか持ってないの?」
「持ってるわよ?」
持っとるんかい。
「それはやばい部類に入るのでは?」
「ないない。もしこいつがやばい部類に入ってたら、こんなにあっさりやられない」
笑いながら断言する朱美に、確かにそうだよなって納得させられてしまう心がピュアな私。
『スラ、強い!』
まるで胸を張るように宣言しているスラちゃんに習い、樹里も隣で若干胸をそらしながら己が狩猟の成果を誇示するようにドヤっていた。
かわいいのだが、スラちゃんに関しては子供のおつかい感覚、樹里に関してはまぁなんかできて当たり前だよねみたいな感じで、どうやって褒めたらいいのかイマイチ分からぬ。
まぁいいか。いつもの感じで。
「どっちも偉いね。助かったよ」
そう言いながらスラちゃんと樹里の頭っぽいところを撫でる。私からすりゃ頭はここなのだ。異論は認める。嬉しそうにしてるから大丈夫だよね?
さて、問題はこいつをどういう風に処理するかなんだけど……。
「え、丸焼きにして食べるんじゃないの?」
「いやまぁ結果的にはそうなるんですけどね?」
丸焼き以外の何を食せと言うのじゃ。私の料理スキルなめんなよ。
「ただね、このまま食べるとしたら、なんか生臭そうじゃん?前の世界では下拵えが大事って聞いたことあるし、料理をする上で材料となる食材はなるべく美味しくなるように準備したくない?」
「食に結構こだわるのね~」
「とことんこだわる達人なんてのもいたよ」
「私たちなんて、とりあえず仕留めたら丸齧りよ」
「おぉう、ワイルド」
ちょっと前の世界の知識で知ってたが故についつい披露してしまったが、よく考えたらこの状況でどう下拵えをしろと?
ここ何もない荒れた野ですやん。サバイバル知識すら大して頭に無い私にここの資源の有効活用なんてできないんですけど。
そもそも水がないよ水が。血抜きくらいはしたいと思ってるけど、それをするための水が無いんじゃ行動に移せないよ。知識はあるのに行動できない残念な子になっちゃうよ。
「血を抜けばいいの?」
「え、出来るの?」
「スラー」
『血だけ?』
「血だけ」
『分かった!』
私をほったらかして朱美とスラちゃんが意思疎通を完了し、スラちゃんがでかい蛇の死骸をまとめて丸のみする。スラちゃんの大きさが取り込んだ肉塊に比例して大きくなるが、私的には一体何をしてるんですかと一人この現状に置いてけぼりを食らっていた。
……もしかして、スラちゃん使って血抜きをしようとしているのかな?
「今頃気づいたの?話の流れ的に意を汲みなさいよ」
「いや、圧縮言語みたいな会話されても私には理解できないから。ちゃんと文章で話してよ文章で」
なんてハイレベルなコミュニケーション能力を発揮しやがるんだこの世界は。
私が一人戦慄していると、スラちゃんの中の肉塊から赤い液体が分離していくのが分かる。スラちゃんって湖の水も綺麗にして私に飲ませてくれたんだよね……超絶なテクと一緒に。
そのテクのおかげで、スラちゃんの真骨頂たる汚いものをキレイキレイできることをすっかり忘れていた。
こうやって特定のものを除くことができるってかなり便利だよね。今更ながら。
おお、みるみる血が抜かれているよ。水いらないじゃん。
心なしか、黒ずんでいた肉塊も綺麗な瑞々しさを取り戻したかのようだよ。スラちゃんの体色がオレンジなせいでどうなってんのかよく分からないけど。
「スラ、こっちに火を頂戴」
『分かった』
いつの間にか焚火の準備が終わっていた。私がボーっとスラちゃんの中を眺めている間に朱美と樹里がやってくれたみたいだ。
そこへスラちゃんが一本の触手を伸ばし、ガスバーナーのような勢いのある火炎放射を薪に焚きつける。
便利だなぁ……私の出番が一切ないよ。真面目に私いらない子じゃん。
『血抜き終わった!』
スラちゃんの中から肉塊が出てくる。スラちゃんの見た目って水球みたいだから、中から出てきたら濡れているのかなーなんて思っていたけど、そんなことはないらしく、the肉塊が地面に置いてある。
砂?そんな細かいことイチイチ気にしてられないよ。私は万能じゃないんだ。そこら辺の出来た人間と違って、細かいところまで気が回るようなできた人間ではないのでね。
「焚火の準備もできてるわよ」
「じゃあ焼こっか」
私のすること。指示するだけ。
朱美さんや、苦笑いしないでくれたもう。私のメンタルは絹ごし豆腐よりも崩れやすいものなのよ。
朱美が器用に肉塊を焼いてくれる。なんで糸が燃えないんだろう?不思議だね。
「説明が面倒くさいわ」
朱美も若干お腹空いているのだろうか?いつもよりも気だるげっていうか、なんかげんなりしてるというか。
「そんなに疲れてるわけではないわ。ただね、こうも狙われていると、そっちにも集中力を割かなきゃいけないから……端的に言ってだるわよね」
「え、狙われてるって?」
「ん」
「ん?」
朱美が指差す方向は、どでかい蛇の亡骸。スラちゃんと樹里が持ってきた分を差し引いてもまだまだ大量に余っている。本当にでかいなあの蛇。
その肉塊に何やら群がっているように見える。なんか、大きさはバラバラだけど、全部が全部同じ形状をしているというか……あれ蛇じゃね?
「ねぇねぇ朱美」
「なぁに?」
「あれマジ?」
「マジよマジ、大マジよ」
こいつら共食いすんのかよっていうか、いすぎだろ。どんだけここに蛇いるんだよ。
「まぁ、ここには栄養補給になりそうなものがないからね。生きているなら種の繁栄のために行動するんだろうけど、生命活動を失った個体はただの餌よ」
「生に貪欲だねぇ」
「そんなもんでしょ?この下にはまだまだでかいのもうようよしてるわ」
「……」
「何よその顔」
その情報、一番聞きたくなかったなぁ……。
『大丈夫、結愛守る』
「スラちゃん天使だわ~」
スラちゃんのことを抱っこしてそのまま熱い抱擁に持っていく。ここで一番の餌となりえるのは私だろうから、なるべくお荷物にならないようにしたいけれど、うん無理だよね。
あんなのがうようよですかー……私には難しいですね……生理的に無理ってこういうこと言うのかなぁ……。
「多分結愛にはあまり行かないでしょ」
「何を根拠に?」
「もしこの場に結愛がいなかったら、あいつら総出で私たちに襲い掛かってるわよ?」
「それはつまり……私は餌と思われてないと?」
「そういうこと」
「じゃあ何に思われてるのですか?」
「うーん……交尾の相手とかかしらねぇ……?」
「なんでや」
いやいやおかしいでしょう色々と。なんで私が蛇の交尾の相手に選ばれなきゃいけないんですかね?
肉の焼ける言い匂いを空気中に撒き散らし、みんなからしてはどうでもいい?私的にはかなり深刻な話をしていると、時既に遅しではあるがふと思った。
「ねぇ、ここで肉焼いてたらまずくない?」
「匂いがすごいものね」
「これ、かなーりやばい状況だと思うんだ」
樹里は私が何を言っているのか分からないようだ。身体をくねくねしながら?マークを連想させるポージングを決めている。いつの間に覚えたのやら。
多分、そろそろいい塩梅の焼き加減なのではなかろうか?
すごく香ばしい、おいしそうな香りが辺りに充満している。そして、遠くにいる蛇の群れが一斉にこちらを向いた。
うん、こうなるだろうなと直感していたので、驚きはあまりないよ。ただね、一斉にこっちに向かってきてるこの光景は……色々な意味で気持ち悪いよね。
背筋がゾクゾクする光景と表現すれば適切なのだろうか?
とりあえず、そんな感じの光景だ。自分の顔が若干青くなっていると自覚できる程度にはやばいです。
「あら、向かってきてるわね」
「いやあらじゃないよ朱美。私気持ち悪くなってきたよ」
『結愛、大丈夫?』
「ごめん、無理」
刹那、妙な違和感を感じた。
それは蛇の群れも同じなのか、まっすぐこちらに向かっていた蛇の群れが、ほぼ同時に地面に潜った。
一瞬の出来事過ぎて、私はついていけていないけど、まるで、何か恐ろしい存在を感じ取ったかのような野性味溢れる機敏な動きだった。
朱美の方に顔を向けると、近くの大岩の陰に視線を向けている。
まじかー。そんな近くにいるのかー。でも流石に朱美たちいるから大丈夫だよね?私に危険ないよね?
狂っちゃう系はしばらくお預けでオーケーです。
無意識に朱美の手につかまり、大岩の陰に注目する。
「……ァァァ……ァア?」
なんか唸ってる声が聞こえますね。うん、怖いね。威嚇中かな?
ゆっくりと声の主がこちらに顔を見せた。
その顔を見て、私は目が点になる。
「はい?」
声の主は、獣の耳と尻尾を生やした小さな子供だったのだ。
久方ぶりに会うその友人の第一声は、「お前痩せた?」でした。
コンプレックスがPTSDになりそうです。




