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目の前にあるものが真実在だとは限らない

熱さは人をダメにしますね。

我慢を辞めてクーラーに手を伸ばすことにしました。

文明の利器の素晴らしさ、科学の利便性を再確認しました。

 盛大な心のツッコミは置いておいて、まずはこの場所から離れなければならない。元の世界だったら警察沙汰というか、立派な大罪になりそうな殺人現場にいるのだから。


 別に何がとは言わないけれど、臭いがきつくなってきたよね。隠す必要もないのではないかと思うけども。


 とりあえず、この場所から一刻も早く距離を置きたい。


 この亡き者さんたちってこの一グループのみなのかも分からないし。仲間がいた時が怖いよ。


「近くにこいつらの仲間はいないみたいよ」


 仲間はいなかったみたいです。


「でも、時間が経てばこいつらがを派遣したところが何か手を打ってくるかもしれないわね。先を急いで損は一切ないはずよ」


 ならもうさっさと出発しようよ。スラちゃんと樹里も眠ってないで起きる。


 何でこの子たちは眠っているんですかね?


 亡き者たちは全て男性で、身に着けている衣服や装備品は似ているものが多かった。間近で見て感じたことといえば、私の知る世界の衣服とは数世紀ほどの時代を感じる衣服だったことと、科学はあまり進歩していなささそうだってこと。


 これならきっと、この世界の警察みたいな組織はそこまで情報収集能力に長けていないのではないかな?


 つまり、足が付かないのではないかという意味でもある。


 私たちの足跡とかバッチリ残っているからね。これをもとに特定される可能性も元の世界ではあるんだから、科学というものは侮れない。


 多分、捜索隊みたいなのが派遣されたところで、陽炎がやったととも分からないだろうし、私たちがいたことも分からないんじゃないかな。


「焦る必要は無いってことね?」

「あくまで多分だよ?」

「それで充分よ。結愛の元の世界は随分と便利なのね」

「便利すぎて怖いよ。いつか、科学に人類が乗っ取られるんじゃないかってくらいにね」


 朱美の背中に乗せてもらい、寝ぼけているスラちゃんを抱っこして持ち上げる。


 樹里は伸びのつもりなのか、激しく全身を荒ぶらせていた。軟体生物特有の関節関係無しの全力ヘッドバンキングはかなりビックリしたので止めてほしい。


 弱点特攻されたみたいな荒ぶり方だから、何事かと心配する。


 朱美はそのまま何事もなかったかのように草原を進み始め、惨状はみるみる後方へと遠ざかっていった。


「それにしても、視界いっぱいに草原が広がっているのも不思議だね」

「そうなの?」

「後ろには森があるけれど、私の狭い視野では地平線の彼方まで草原が続いているようにしか見えないよ」


 ここまで緑と青で彩られた世界も稀な気がする。この世界ではこれが一般的なのだろうか?


 率直に感想というか、既に陥りかけていることに関して述べるとするならば……景色に飽きた。


「まぁ、これだけ同じ景色が続けばね」

『結愛暇?暇?』


 すっかり目が覚めたのか、スラちゃんが私の胸に下でもぞもぞしながら聞いてくる。この微妙な振動にも感じてしまう己が身体の敏感さよ。可愛いから許す。


「完全にすることなくて暇ってわけでもないんだ。私にとってはこの世界のすべてが初めてのことだから、それに対する好奇心はしっかりあるよ?」

『結愛、いっぱい喋る』


 確かに。スラちゃんに言われて気づいたけど、今の私は普段に比べてかなり饒舌になっている。


 何が原因だろう。朱美かな?


 大抵は朱美が思考を読んで会話をしてくれるから、私が話す必要が無いって言うのが大きいのかもしれない。傍から見たら、朱美が一人で会話しているようで不気味かもしれないけれど。


 でも、それを抜いても私がそこまで滑らかな文章を紡げるだろうか。自分の分析なんて前の世界で散々やったからね。言いたいことをうまく言えない悲しい自分とお別れしたくて何度も自問自答したことか。


 結果?私を見ればおのずと見えてくるはずさ。誰に話してるんだろ。


「スラちゃんとの会話は楽しいからね。私もたくさん喋るよ」

『楽しい?嬉しい!』


 あぁ、可愛い。


 ところで、私は朱美の背中に乗らせてもらってるんだけど、朱美の胴体を跨ぎたくないから、横向きに座ってるんだよね。


 そして、樹里は私たちの横をグネグネしながら移動してるんだよ。


 構ってほしいのか、移動しながら私の前に顔を固定してるんだよね。ちょっとホラー要素あるよこれ。


 軟体生物だからなのか、頭は私の前から微動だにしないというのに、首から下は移動のために様々な、とても言葉では表現できないような独特の動きをしている。


「樹里と一緒も楽しいよ」


 頭部を軽くなでる。樹里は嬉しそうに身体をくねらせた。


 凄い絵面になりそうだなこれ。


「この草原を抜けるのにはそんなに時間かからないわね」

「そうなの?」

「少なくとも、日が落ちる前にはここを抜けられるわ」


 ほほう。意外と早く抜けられるのか。この景色の先には何があるのか楽しみだ。


 亡き者たちは荷馬車で来てたけど、ここの近くに村か集落みたいなのがあるとしたら、そこで補給とかしてそうだよなー。


 あ、荷馬車の中の確認してないじゃん。色々探れそうだったのにもったいないな。


「そんなに肩を落とすことでもないでしょ」

「いや、自分の詰めの甘さというか、もっと緊張感とか持った方がいいんだろうけど……出来なくてさぁ」


 そういうところだよなぁ。気分で何でもかんでもやってしまうというか、もっと考えこまなければならない場面でも即断即決でことを進めるときもあれば、なかなか判断することのできない優柔不断さも兼ね備えている。


 ダメ人間じゃないか。


「自分を追い詰める必要は無いんじゃないの?私たちがいるんだもの。多少楽観的でも大丈夫でしょ」


 その言葉は最高の飴です。


『結愛、独りじゃない』


 スラちゃんは本当にいい子だなぁ……。あ、もちろん樹里もね。


「だらけ始めたと思ったら悩み始めて、悩み始めたと思ったらまただらけ始めて、結愛は楽しそうね」


 今かなりディスってたよね?楽しそうってのは皮肉か何かですか?人生イージーモードって?頭ぱっぱらぱーとでも言いたいんですかね?


「なんでそこで喧嘩腰になるのよ。皮肉でも何でもないわよ」


 ならいいけどね。


 それにしても……。


「森ではスラちゃんと朱美と樹里に……筍にも出会ったけど、この草原では誰にも会わないね」

「さっき会ったじゃない」

「あれはノーカンで」

「それもそうでしょ。基本的に私たちみたいなのって何かに擬態しているか、隠れているかのどちらかだからね」


 擬態は何となく分かる。樹里とかあの筍はそれっぽい。でも隠れるって何だろう?


 隠れる理由があるはずなんだけど、警戒心が強いってことを言いたいのかな?


「そんな感じよ。本当ならここにも数体いるはずなんだけど、私たちがいるからかしらね。気配を絶っているわ」


 まぁ、樹里も私だけを誘ってたし、相手が未知数である以上、野生の勘的なやつで危険を回避しようとしているのか。


「弱ければ弱いほど警戒心は強いわ。逆に樹里みたいに強いのは、危険をはねのける力が備わっているから、警戒心を捨て、好奇心のままに行動するわね」

「じゃあ、この草原にいる子たちはみんな隠れるのに特化しているんだ」

「じゃなきゃ、さっきのあいつらも生きてここを通れないわよ」


 まぁ、道中樹里とか出くわしたら即死ぬ想像ができるよ。


 当の本人は器用に歩きながら私の肩に頭部を擦っているんだけどね。ちょっと感じる。


 話を聞く限り、野生の動物と行動パターンは似てるんだなー。


「同じ環境で生活しているんですもの。似る箇所は多いと思うわ」


 また一つ勉強になったよ。特に理解が深まったことと言えば、朱美たちと出会わなかったら、私はとっくにお陀仏だったということさ。


 長生きできる気がしないよ。


「そうなのかしらね?仮にそうだとしても、その想像が現実となることは無いわね」

「朱美は優しいね」

「当たり前よ」


 視界から、緑が無くなってきている。新たな色が増えてきているのだ。


 この長い草原の終わりを意味している。


 まだ少し距離はあるが、あの森の目印となっているのがこの草原だという印象を受けた。


 分かりやすく人通りが少ないのも、この広大な草原の奥に行ってはいけないと分かっているからこそなのかもしれない。


 綺麗なものには毒があると聞くが、美しい自然の奥底にも魔が潜んでいることをこの世界の人間たちは理解しているのかも。


 そもそも、この草原にも不思議なところがあるのだ。


 あの亡き者たちが移動した痕跡が一切見当たらない。荷馬車の重さは相当だろうから、あれで移動するとなると、馬車の通った跡が残りそうな気もする。


 それが一切なく、綺麗な草原のままなのだ。樹里の移動でも、地面を擦るように、自分を引きずるように移動しているはずなのに、その跡が生まれることはない。


 まるで、今見ている景色が幻想そのもののような気さえしてくる。


 もしかして……、


「この草原自体が一つの生命体だなんて、そんなことないよね?」


 まさかねーハハハくらいのつもりで言ったのだが、朱美から帰ってきた言葉に私は硬直してしまう。


「よく分かったわね?当てずっぽうで当てたのなら手放しで褒めてあげるわよ?」

「え、マジ?」

「マジよ」

「マ?」

『マ!』


 うおっ、スラちゃんも分かっていたことなのか。え、樹里も分かっていた感じ?


 ちょっと待ってよ。この草原生物なのかよ。私たちは巨大な生物の背中にでもいるってことになるの?


「正確には違うわ。背中ではなく、中にいるって言うのが正しいわね」

「はい?食べられてる的な?」

「こいつは空間に直接干渉するタイプなのよ。空間そのものに居座るタイプでね。光合成で栄養を補給する奴で、私たちが見えてる草原全てがこいつというわけ」


 この世界で光合成という単語を聞くことになるとは思わなかったよ。


 とりあえず、食べられてるわけではないんだよね?朱美の説明はたまに難しいことがあるからもっと分かりやすくしてくれない?


「スラの中にいるみたいな感じよ」

「それ食べられてると一緒じゃない?」

「さっき言ったでしょう?光合成で栄養補給するのよ。だから、私たちを取り込んでもどうこうすることは無いから大丈夫よ」


 良かった。時間が経ったら消化とかにならずに済んでよかった……。危険のない子で本当に良かった……。


「でも、たまに空間から追い出されることはあるわね」


 ちょっと待てそれはどういうこと。


「別空間に捨てられるのよ。光合成の邪魔するやつとかね」


 ってことは、さっきの亡き者たちは……。


「ま、当然でしょうね」


 この世界の生物マジやべぇよ。さっき草原には弱者しかいない的なこと言ったばっかじゃん。


 元の世界の一番大きな動物を易々と超える超巨大生物がここに居るってヤバすぎでしょ。命がいくつあっても足りないよ。


 驚愕の事実に戦慄を覚えている最中、草原の終わりまで来た。


 言われてみると、確かに違和感感じるんだよな。


 私たちは、広々とした緑一色の草原から来たはずなのに、草原の終わりから見える景色は、緑がとことんまで少ない荒野だったのだ。


 この入口兼出口を担当している場所が、草原と荒野の境界線の役割を果たしているようだった。


 何も聞かされていなければ、この世界の自然は凄い変化するんだなー程度にしか思わなかっただろうに、さっきの話のせいで、もう一個の生命体としてしか見られなくなったよ。


「それで合ってるんだからいいじゃない」


 いやまぁ良いんだけどさ?これからここを通ることがあった時、生物の体内を通ってるんだなぁっていう気分になるのかなーと思うとなんかね?軽く恐怖を感じるわけですよ。


 あの亡き者たちはこれが生物だって知ってるの?


「多分知らないと思うわよ。知ってたらここを通ろうという発想に至らないでしょうし」


 デスヨネー。私も全く同じだよ。


 ちょっと、いやかなり驚かせてもらったけど、草原からは抜け出したんだから先を行こうか。


 それにしても……急に荒れたな。さっきまでの光景が幻想的で感動すら憶えた私だけど、この光景は真逆のかなり退廃してる印象を受ける。


 所々に大きな岩や枯れた木が不規則に存在し、半壊した小屋等も見受けられる。生命の存在を否定しているかのような場所だ。


 元々は村か集落、はたまた街でも存在していたのだろうか?


「ここには国があったみたいよ」


 マジで?それの痕跡一つも残ってるように見えないんですけど。明らか廃れた村か集落の跡地みたいな空気漂っているよ?


「事実よ。時代の流れで風化したとかではなくて、それをぶち壊した奴がいたのよ」


 また生物かよ。どんだけヤバいのがそろってるんだよこの世界は。


「ま、とりあえず先行きましょうか」

37度は恐ろしい。

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