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凄惨な現場でやることではない気がする

夏暑いですね。

 森から出ると、眩しい太陽が迎えてくれて、柔らかい草原が風に撫でられ踊るようにしなっている。


 あぁ、なんて幻想的で感動的なんだ。壮大で雄大すぎる自然を前に、人は言語機能を失うんじゃない?それともこれが本当の感動ってやつかな?


 でもね、そんな緑一色の世界の一部が警戒色ともいえる熱烈な色で塗りつぶされているわけですよ。何が言いたいかっていうと、緑色の絨毯の上に赤い飲み物でも零したかのように、グロテスクな肉塊を添えて草原が汚されているわけですね。


 その現状を目の当たりというか、実際に殺害実行の場を見ていた身としては、成るべくして成った結果といえるわけですが、目の前まで近づいてみるとまぁ酷いものです。


 血の匂いも結構するね。ここまで濃い匂いは嗅いだことがないなぁ。


 そこら辺に転がっている臓物とかには何も感じないんだけど、この匂いだけは鼻を抑えたくなるようなキツさがある。


 それを考慮してか、朱美が柔らかいハンカチみたいなのをくれた。優しい。


 いつの間に作ってたんだろ。


 知らぬ間に朱美の背中にしがみつく力を強くしてしまったのか、頭も撫でてくれる。優しい。


 もしかしたら、私は恐怖しているのかもしれない。


 この現状を異常だと思えない自分自身に。本来であれば、血の気が引くような光景を目の当たりにしているはずなのに。


 そんな自分の異常性に言いえぬ恐れを感じているのかもしれない。


 私は他人が死ぬことを良しとしてしまっているのだ。同種だと思っていた人間が死ぬことを許容できてしまっているのだ。


 これは異常だろう。


 むしろ、これを異常だと思えなくなってしまったら、私にとっての常識が改変されたことになり、私は最早正常な思考が出来ているのかも分からなくなってしまう。


 自分自身を見失ってしまうかもしれない。


 ……それとも、もう見失っているのかな?


 常識という枠組みが好きなわけではないけれど、善と悪を分かりやすく区別することにおいて常識という言葉は非常に役に立つ。


 あらゆる事象を常識の枠に当て嵌め、それが成立するようならまだ私が正常な証だ。


 逆に言えば、それが成立できない場合、私は狂っている可能性が出てきてしまう。


 でも、まだ大丈夫だ。常識的かつ道徳的に考えれば、殺害という非人道的な行いというのは忌避されるべきものだ。殺人ダメ絶対。このことを理解できている今はまだ正常であることが約束されている。


 私は無闇に殺意を振り撒いたりしないよ。だから、私は何も悪くないよね?


 頭を撫でてもらっているんだ。私は何もおかしいことなんてしていない。考えていないはずなんだ。


 ……ふと、朱美の歩みが止まった。頭の上の手もどけられ、意識を取り戻したように私は現実を直視した。


 そこに立つのは、死だった。


 死という概念をこんなにも分かり易く纏っている存在はなかなかいないと思う。


 私がさっきまで骸骨騎士さんと呼んでいた存在が、血の海の中に静かに佇んでいた。


 傍らに大剣を突き立て、複数の死体の中にいるそれは、死神と呼ぶに相応しい悍ましさを秘めている。


 私たちが近づいたのを察してか、骸骨騎士さんはこちらへ顔を向けた。


 朱美の背中から降りて、骸骨騎士さんに向かって歩く。


 誰もが無言だった。朱美も、スラちゃんも、樹里も、骸骨騎士さんも、私も。


 何も話すことなく骸骨騎士さんのもとへと歩く。


 近くまで来ると、やっぱり大きな身体だ。見上げなければその全体をとらえることが出来ない。


 彼の顔を見るために上を見上げようとすると、骸骨騎士さんはその場で屈み、私に目線を合わせてくれた。


「助けてくれてありがとう」

「…………」


 ゆっくりと頷く。言葉を発することはなかった。


 燃えるような瞳と少しの間見つめ合う。そこに何か特別な感情が含まれているのではないかと思って。皮膚が存在しない人間に似た身体は初めてなので、好奇心が湧くのだ。


 敵意らしきものは一切無く、私と静かに視線を合わせる骸骨騎士さん。


 何かを求めているのだろうか?感謝の気持ちは既に伝えた。私はあまり頭が良くないので言葉とか行動でハッキリと示してくれないと分からない。


 ということで、聞いてみることにする。


「私に何かしてほしいこととかある?できる限りのお礼はしたいと思っているんだ」


 この言葉に骸骨騎士さんは大きな両手を広げることで応えた。


 これは……もしかしなくても、抱きしめたいというアピールなのだろうか?


 広げられた大きな手は、無数の骸骨頭で構成されているため、ちょっとだけ怖いなと思ってしまう。同時に、どうやって形を保っているんだろうという、抗えない好奇心も芽生えた。


 骸骨騎士さんは意思を示してくれたというのに、私が応えなくてどうするのか。そんな考えが過ぎる。


 今の私はきっと微笑んでいるに違いない。窮地から救ってくれたこの騎士に対して、感謝と友愛を感じながら。


 小さな歩幅で骸骨騎士さんに近づく。


 割れ物を扱うかのように、慎重に、大きな腕が私を包み込み、互いの顔の距離が縮まった。


 骨で形成された腕の感触はやはりというべきか、当たり前だというべきか、非常に硬く冷たい印象を感じる。


 しかし、私を傷つけまいとする動作には優しさと温かさを感じた。


「…………」


 ふと、骸骨騎士さんの顔が耳元まで近づいたときに、何か聞こえた気がした。


 良かった。


 そう、言われた気がした。


「貴方のおかげだよ」


 一言返すと、骸骨騎士さんは私の身体を傷つけないように腕を解いた。


 そういえば、骸骨騎士さんって名前とかあるんだろうか?


 もしあるとしたら、いつまでも骸骨騎士なんて個体名みたいなの失礼だよね。


「……貴方の名前を教えてほしんだけど……」

「…………」


 首を横に振った。


 つまり、


「名前が無いってこと?」


 今度は縦に振られる。


 どうしようか。これからも骸骨騎士さんで統一するべきか、それとも朱美たちみたいに名前を付けてあげるべきなのか……でも、初対面で助けた相手から名前もらうってアリなの?


 骸骨騎士さんは私の顔から視線を外さない。何か期待されてる気がする。


「……私が貴方の名前を考えてもいいかな?」


 首を縦に振った。肯定だ。


 同時に私は困ってしまった。骸骨騎士さんの姿は、西洋系の騎士の姿っぽいんだよね。私って海外の名前とかに詳しくないし、朱美たちみたいに日本風の名前になるか、スラちゃんみたいな見た目で名前を付けてきてしまったこともあるから、骸骨騎士さんが気に入るような名前を思いつくか不安だよ。


 ぶっちゃけてしまうと、朱美とかも西洋風の名前の方が似合うと思いますハイ。私にはネーミングセンスがないんですよー。


 でもなぁ……凄い視られてるんだよね。スラちゃんと一緒で良ければ、スケルトンナイトになるんだけど、なんか違うんだよ。私の記憶の中にあるスケルトンナイトと目の前の骸骨騎士さんはさ。


 駄目だ。いくら考えても西洋風の名前が思いつかない。西洋風ってなんだよ哲学かよ。


 朱美の方をチラ見しながら助けを乞おうとしたけれど、綺麗なウインクを返されただけで終わってしまった。助ける気皆無だよ。


 こうなってしまったらもう開き直って日本風の名前を付けますかね。私がどんな名前を付けようと、ここには()()がいないんだから、そんなことを気にする必要なんてないよね。


 なんか、骸骨騎士さんか得られる印象で名前を創造しよう。


 さっきまでの骸骨騎士さんは……殺人しかしてねぇ。


 いや待て、そういえば最初現れる時、影の中から炎と共に出てきたよね?


 熱さで大気がユラユラ歪む現象と少しだけ似てるなー……似てるか?


 まぁ似ていることにしようか。私くらいしかコレの意味知らないだろうし。


「……陽炎ってどうかな?」

「…………」


 首を……ゆっくりと、それでいて力強く縦に振った。その大きな身体が微かに震えている。


 一瞬嫌がられたのではないかと思ったが、そういう訳ではないようだ。むしろ、感激しているのかな?


 喜んでもらえたのならこちらとしても嬉しい限りなんだけど、喜び方がスラちゃんたちとは違う感じだったから困惑しちゃったよ。


 さて、私はこの後どう対応すればいいのかな?


 陽炎感激のあまり天を仰いでいるんだけど。私の想像の遥か先を行く喜びようで少しだけ引いちゃうよ?


「で、陽炎?あんたは私たちと一緒に来るのかしら?」


 困り込んだ私の近くに朱美が近づいてきて、助け舟を出してくれる。


 私としては一緒に行くことに賛成ではあるんだけど、これから街とかを探すわけじゃん?


 ということは必然的に人間と会う可能性があるというか、人間との出会いを求めて行くところもあるから、そんなところに陽炎を連れて行って大丈夫なものだろうか。


 ……街が崩壊しますね。


 でも、名前も付けたし、一緒に行くことぐらいはしてもいいんじゃないかなって思うんだよね。


「結愛は陽炎と一緒に居たいそうよ」


 おうコラ朱美さんや。私の思考を要約して伝えんの止めてもらえます?恥ずかしいんだよこちとら。


 私のジト目を華麗に無視しながら朱美は陽炎に話しかける。スルースキルが高すぎる。


「でも旅の道中、さっきの奴等みたいなのがたくさんいる場所に行くことがあるわ。私たちはどうにか出来そうな感じするけど、あんたは流石に目立つでしょう?」


 私的には朱美とかも十分目立つと思ってるよ?どうやって人間の街に入るつもりなの?


「それでもあんたは付いてくるの?」

「…………」


 陽炎は朱美の言葉にほんの少しの間を設けた。瞬きをするように、燃えるような眼が一瞬だけ消えたのだ。


 私の心を読める朱美は、陽炎と視線を合わせるだけである程度のことは理解したらしい。


「……そう、結愛」

「ん?」


 結局一緒に行くことになったのだろうか?


「陽炎は一緒に来れないみたいよ」


 朱美は普段通りの口調で発した。


 しかし、何故だか私は寂しさを覚えてしまった。簡単な問いのはずなのだ。イエスかノーの二択で、陽炎はノーを選択肢までのこと。たった今出会ったばかりなのに、寂しさを感じるとは一切どういうことだろう?


 心のどこかで私たちの旅に同行してくれると期待していたのだろうか。それとも、名前を付けてしまったからなのだろうか。


 言葉に出来ない空虚さを兼ね備えた寂寥感は、多分、私の表情にも表れていることだろう。


 陽炎顔を見上げる。表情は変えようがないが、雰囲気は少しだけ寂しそうだった。


 彼も寂しのではないのだろうか?付いてこれない理由は何なのだろうか?


 そんな私を諭すように、私の疑問に朱美が応えた。


「陽炎は表立つことをあまり望んでないそうよ。面倒事に結愛を巻き込みたくないんですって」


 その言葉を聞いた私は……何も言い返すことが出来なかった。


 私たちのことを思っての判断だ。これに言及することは単なる我儘であり、子供の癇癪みたいなものだろう。


 これが今生の別れというわけでもない。もしかしたら、また会えるかもしれないではないか。


 ……会えるのだろうか?


 私は陽炎に近づき、そのまま抱き着いた。


 陽炎は片手で優しく私のことを抑えてくれる。


 彼の眼を見つめながら、私は聞くことにした。


「また……会えるよね?」

「…………」


 陽炎の答えは、首を縦に振ることだった。


 口約束みたいなもので、それが果たされる確証などない。それでも、私はその答えに安心感を覚えた。


「結愛は寂しがりだからね。あんたから会いに来ようとしないと泣いちゃうかもしれないわよ?」


 朱美、良いところなんだからそういうこと言うの止めて。私の心を読んでいるからこその説得力に何も返せないけれど、私は寂しくても泣いたりしないよ。


 陽炎は朱美の言葉にも首を縦に振り、私を抑えていた手を放す。


 私も陽炎から離れた。


 もう、お別れの時間らしい。


 陽炎の身体が黒い炎に包まれる。そのまま破壊した荷馬車の影まで歩いていく。やはり、移動手段として影を使っていたらしい。


 黒い炎は陽炎の全身を包み込むと、影の中に吸い込まれるようにして消えた。


 その間、私たちの方を振り向くことは無く、騎士らしいと言って良いのかどうか分からないけど、私の中では騎士らしく名残を捨て堂々とした去り方だったと思う。


 まだ、完全に寂しさは消えていない。本当にもう一度会えるのかどうかという不安も尽きない。


 でも、いつか会えるかもしれないという希望的観測も出来る。


「案外、近い内にまた会えるかもしれないわよ?陽炎は結愛に忠誠を誓ってたみたいだしね」


 それ初なんですけど?


 え、忠誠ってなんです?もしかして、かなりの高確率でまた出会えることを意味してませんかね?


「さっさと出発するわよー」


 私の寂しさを返せこの野郎。また会えそうじゃないか、嬉しいよ。

ヤバいですね。

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