犯罪現場を間近で見ることってあまり無いよね
約束された明日などと言う小気味良い言葉があります。そこに疑問が湧きます。
人はどのタイミングで死ぬかなんて分かりません。
もしかしたら、次の瞬間にはというところまで、死が間近に迫っている可能性もあるのです。
だから今を生きているっていうのはとても幸福なことだと思うんです。
声が聞こえた。
か弱く、それでいてどこか気高く、儚く、そして美しい魂を持つ君からだ。
困難に直面しているらしい。現状を打破する何かを求めている。
かつて、眠る私に悪戯を仕掛けた輩の気配も感じる。
かの女神の写し鏡のような君よ。己の無力さに苛まれ、頼ることしかできない罪悪感を心に隠す必要などない。
守ることを生きがいにしている者もいれば、守られることを生きがいとする者もいる。
いい加減、惰眠を貪るのも飽きた。
生まれたばかりの赤子のように愛くるしい君よ。世界が見たいか?
……ならば見せてあげよう。
私は君を新たな主として認めた。
女神の写し鏡に忠誠を誓おう。
私は災厄から君を救済する騎士である。
闇がどこまでも続く虚無の瞳に、焔の如く燃ゆる光が再燃した。
それは、ゆっくりと起き上がり、成すべきことのために、再び行動を開始した。
〇
人間は、恐怖で歪んだ顔をそのままに、しかし、決して森から背を向けることなく剣を抜刀した。
怯えの感情が全面に出た状況でも、その視線はぶれることなく森の奥を見据え、少しの油断も許さないと感じ取れる。
狩人っぽい装いの人間は森に視線を向けたまま、後ずさりをするように後退し始めた。
本当なら、今にも後ろを向いて全力疾走したいだろうに、森から感じられる圧がそれを許さないと言っているかのように彼を緊張感で支配しているみたいだ。
先ほどまで警戒心を持っていた朱美は、雰囲気が一層重くなった今、ほとんどの警戒を解いた状態でいる。
つまり、非常にリラックスしているのだ。
普通逆じゃね?
「ねぇ朱美、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫よ。こっちに一切敵意を向けていないからね」
朱美の言葉は信用したいけど、この心臓がキュッと締め付けられ感じが常に残っている状況で安心しろと言われても、それは難しい要求ですよ?
だって怖いもん。
見てよあの狩人さん。かわいそうなくらい震えてるよ?まるで樹里と初めて会った時の私みたいじゃん。
「見てれば分かるんじゃない?少なくとも結愛、あいつはどうもあなたを助けるために来てるみたいよ?」
あいつって誰ですか?
私この世界で知り合ったのってスラちゃんと朱美と樹里だけなんだけど?
スラちゃんもプルプルして分からないアピールをしているよ?あ、スラちゃんは何となく分かるの?
そっかー。
ってことは樹里も分っているのかな?あ、分かるぅ?
分かってないの私だけか~そっか~。私だけ仲間はずれじゃない?
『結愛生まれたばっかだから?』
「仕方ない?」
「そうね、仕方ないんじゃない?」
仕方ないらしい。
もう少し生活してれば分かっていたことなのかねぇ?この森の主的なポジションの生物が来るのかな?
分からん。
ただ、何かの気配が近づいているのが分かるんだけど、朱美たちと同じで、近づいてくるたびに謎の安堵感が生まれていることも確かだ。
この感覚に包まれているってことは、味方ってことなのかなぁ。
「しばらく隠れていればあとは何とかしてくれるでしょ。休憩しましょう」
朱美はそう言って完全に腰を下ろし、何故か私の身体を自分の前に持ってきて抱きしめてきた。ちょっと感じるから強く揉まないでほしい。
あ、おい、柔らかく揉むのも危険だからやめろって。ちょっ、真面目に……。
「あ~~~……結愛は可愛いわねぇ……」
「んっ……ちょっと?夜にするんじゃないのっ……?」
「暇だしいいでしょ、ちょっとくらい」
朱美がこんなに熱心に肉体的接触を求めてくるとは……。そこそこの距離を移動して、警戒してって疲れたのかな?
まぁ、されるがままにされてやろう。
樹里とスラちゃんはなんか二匹で戯れてるし、何とかなるでしょ。緊張感もなんだか解れるし。
「……来たみたいね」
「あっ……んっ……え?」
たった今休憩宣言したところじゃありません?
近いことは分かるけど、森のどこから出てくるんだろう?目に見えてないだけで、もう目の前にいたりするのかな?
どこに注目すれば分からない時って、とりあえず全体を捉えようと視野を広く持たない?持たないか。
私はそういう感じでぼんやり全体をよく捉えるから、今この場でも狩人っぽい人を含めた周囲一帯に目を向けているわけですよ。
そうしたらね?
明らかに視界の中の一部が可笑しいことになっているんですよ。
森と草原の境界線。この場では森の木の影が差す場所を境界線とすると分かりやすいかな。そこの影から、黒い炎みたいなものが燃え上がっているんだよね。
でも面白いというか、変な点はその炎は近くの草や木に燃え移ることなく、まるでの幻影の如く影の中から揺らめいているところ。
炎の大きさは少しずつ増していて、私の安心感もそれにつられて増している感じがする。何故かは分からない。
対照的に、狩人はここからでも分かるくらいに顔から汗を流しているのが見える。きっと冷や汗なんじゃないかな。
絶望の淵に立つというか、さっきまでは気丈にも精密な身体裁きだったのにも関わらず、今は炎に向ける剣の切っ先がブレている。身体が小刻みに震えているみたいだ。
表情にも戦闘の意欲はほとんど削がれているように感じられるし、逃げ出したいけど逃げられる気がしないみたいな……樹里と対峙した私みたいになってない?
そう考えると少し恥ずかしいな。
ところで、私はなんで目の前で人が今にも死んでしまいそうな状況に直面しているのに、一切の動揺をしていないのだろう?
おい朱美、胸の下をまさぐるな、かなり感じるから。
「細かいことは気にしなくていいと思うわよ?」
「ふっ……ン……そうなの?」
「そうよ」
そうらしい。
その時、影の中の炎が大きく燃え上がり、柱のように炎が渦を巻いた。
……来た。いや、もういる。
なんとなく分かった。あの渦の中に、私に安心感を狩人っぽい人に絶望感を与える存在が現れた。移動手段の一つなのかは分からないが、影から影へと移動できるのだろうか?ファンタジー?
ただ、炎の柱の大きさから、遠方にいる狩人っぽい人の仲間にも気づかれたようだ。小さい点がこちらに向かってきている。
狩人っぽい人もう泣きそうだよ。かわいそうに。
そして、炎の柱が中から爆発でも起こしたかのように弾け飛んだ。そのまま炎は空気に溶けるように消え、先ほどまではいなかった、人外の異形がそこに姿を現した。
……それは、骸骨頭の権化とでもいうかのような出で立ちだった。頭部の半分が悪魔の頭部の白骨化みたいに攻撃的なものであり、半分は大きな人間をもとにしたかのような左右非対称な骸骨の顔を持ち、その全身は強固な鎧を纏っている。鎧の背面には、ボロボロの黒いマントを靡かせていることから、この異形が戦闘慣れしているのは確かだ。しかし、問題なのはそこではない。
この異形の身長は2メートルを楽に超えるだろう。大きめの異形だ。だが、それにしても目を引くのはその身長をして余りある、巨大な両腕だった。しかもただの両腕ではない。
無数の骸骨頭で形成された腕だったのだ。異形は、その巨大すぎる手で自身の右側の地面に突き立てられた、これまた巨大な大剣の柄を握り、それを勢いよく引き抜いた。
同時に、暗黒のような両の目の空洞に紅い光が灯る。
異形は大剣を持たぬ左の手を地面に付け、大剣を自身の肩に乗せると、沈み込むように構えた。
「……あの人死んだでしょ絶対」
「まぁ、死ぬでしょうね」
端から見ていても分かる。樹里とかも十分にやばい部類に入る気がするけど、あいつはその上をいくやばさを兼ね備えた異形だ。今までの誰よりも攻撃的な容姿をしている。
しかしながら、これは断言できる気がした。彼は敵ではないと。むしろ味方だと。
根拠としては、朱美とかが警戒心を解いているからっていうのが大きいけど、私自身が安心感に包まれているから。
きっと目の前の事が終わったら、色々と教えてくれるんじゃないかな。
感性がかなり変わってしまったような気がする。人が目の前で殺されそうなんだけどなぁ……。それよりもあの異形とコミュニケーションを取りたいっていう方に意識がそれてしまうんだから、私も末期かもしれないよね。
何のとは言わないよ?それくらい悟ってはいるってこと。
骸骨騎士さんと心の中で呼ばせてもらおうかな。ネーミングセンスなんて前世に置いてきたからね。
「まだ面と向かって接しているわけでもないんだし、それでいいんじゃない?」
朱美からの許可ももらった。これで心置きなく呼べる。
スラちゃんと樹里も骸骨騎士さんに興味があるのか、朱美の左右から顔を出すようにして哀れな狩人っぽい人の方を見ていた。
「———————ッ」
狩人っぽい人が何か叫んでいるのが分かる。骸骨騎士さんを前にして正常でいられないのは何となく分かるから、あたたかい眼差しで見つめてあげよう。
とりあえず耳を澄ませて、狩人っぽい人の言語が私と同じなのかどうかっていうのを確かめておこうかな。外の世界を見たいといっても、言葉が通じなければコミュニケーションが図れない。
朱美たちとは問題なく話すことができているけれど、それが人間相手に成立する確たる証拠にはなり得ないからだ。
ということで、耳に集中しまーす。
「……んだよ、…いつっ」
日本語っぽいのが聞こえる。いいね。多分だけど母国語が通じますよ。
狩人っぽい人は滝のような汗を流しながら、骸骨騎士さんから距離を取ろうと四苦八苦している。
骸骨騎士さんに関しては、さっきの姿勢を維持したまま動いていない。まるで、間合いを見極めているというか、好機を探っているというか、その雰囲気に一切の油断がないことは理解することができた。
だが、その時間も長くは続かない。
「うおっ!?」
狩人っぽい人が草原の草に足を取られ、体勢を崩したみたいだ。慎重に足運びをしていたみたいだけど、骸骨騎士さんから目を逸らすわけにもいかないから、集中力が散漫になってしまっていた感じ。
それを逃す骸骨騎士さんはいないわけでして。
狩人っぽい人が声を上げた瞬間、骸骨騎士さんは大地に足を踏み込んでいた。最初の一歩を踏み込んだ際に、地面が大きく抉れ、土飛沫を撒き散らしながら全身を前へと進ませる。
そのまま加速を殺さず数歩踏み込むと、狩人っぽい人に向かって軽い跳躍をした。
巨体に似合わない素早い動きで、それを間近に感じる狩人っぽい人の精神はすでに半壊しているようだが、それすらもすぐにどうでも良くなってしまうことだろう。
空中を進みながら骸骨騎士さんは、縦に大剣を構え、その遠心力を利用して身体を回転させた。その切れ味+重さ+遠心力によって凶悪さに拍車がかかった大剣の叩きつけるような斬撃が狩人っぽい人を襲った。
「ひっ……」
声を出せただけでも奇跡というべきか、最後に何を考えただろうか。あるいは何も考えることができなかったのだろうか。狩人っぽい人の身体は既に物言わぬ肉塊となり、骸骨騎士さんの一撃によってその肉も、装備していたであろうものも含め、衝撃波と風圧により散り散りとなってしまっている。
骸骨騎士さんは大剣を再び担ぎ、此方に向かってきている元狩人っぽい人の仲間らしき存在に向け、再度構えをとった。
今度は待たない。
すぐに動き出し、恐るべき速度で狩人っぽい集団へと向かっていく。
「—————————ッ」
「———、———」
「——————」
流石にあの距離では何を言っているか分からないし、顔色も窺うことはできない。でも、きっと絶望していたことだろう。
遠くに見える骸骨騎士さんが何か動きを見せる度に、血飛沫が舞い、肉片が踊り狂う。
恐ろしい光景だ。
恐ろしい光景のはずなのだ。
にもかかわらず、私が目の前の殺戮劇場を見て思った感想といえば、骸骨騎士さんすげぇである。
無論、この光景が少しだけ怖いと感じている。だが、骸骨騎士さんからは安心感しか感じないし、障害を撥ね退けてくれたいわば恩人みたいなものだ。無碍に扱うことはできないだろう。
「派手にやったわねぇ」
「すごかった」
「これで何か不味いことが起こってもあいつの責任にできるし、そもそもあいつを倒せる奴なんているか分からないし、私たちは自由に動けるわね」
「なんか悪い気もするけど」
「大丈夫よ。あいつも望んでやっていることだろうし」
本当にそうなのかなぁ?
朱美の言葉は信用しているけれど、骸骨騎士さんは初対面だよ?
「私たちもそんなものだったでしょ?」
「まぁ、確かに」
みんな友好的だったけどさ。
「そろそろ終わったみたいね。行きましょうか」
「うん」
戦闘音がなくなり、風の切る音以外聞こえなくなった。遠くの骸骨騎士さんは最後の一人を狩ったのか、動きを止めている。
私は朱美の背中に乗り直し、骸骨騎士さんに挨拶するべく動き出すことにした。
でも、どうしても苦しくて辛くて悲しい人は、自らを殺す選択をしてしまいます。
約束された明日なんて本当にあるんですかね?




