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些細な変化に気づけただろうか?

ここまで書いておいてなんだけど、物語というのはゆっくりと噛み締めて読むのが楽しいと思うんだよね。小説に登場する者達を己の想像力にて地の文の通りに動かす。その為には読解力が必要となると思うんだ。専門書などを読み飛ばすのは確かに分かる。何故なら関連本が存在するからね。前提知識と共通点が多いものは、記述してある内容にも相違点があまりない事を表している。知識を蓄える際に、そう言った意味での速読は必要となるだろう。

だが、小説のような物語はそれ一つしか存在しない、前提知識が無いものだよ。そして、そこに含まれているのは知識ではない、ストーリーさ。だからこそ噛み締めてほしいんだよ。

そうでもしないと、重要な箇所とか見落としちゃうかもしれないからね。

そこのところどう思う、読者諸賢。

「どうするもこうするも、結愛が決めるしかないんじゃないの?」


 思いっきり投げやりになりましたね朱美さんや。この子が根っからの敵じゃないことは確かに納得しましたよ?ですが、同時にこの子の危険性も理解できてしまったということですよ?


 愛情表現すら獲物と同じ行動で示す以外に方法を知らないといわれてしまうと、流石の私もどのように選択すればいいのか分かりませんよ。


 私が異形を撫でながら頭を悩ませていると、私の思考を朱美のように読み取るまではいかなくとも、察する程度はできるようで、目に見えて落ち込み始めた異形。


 ……なんだか、スラちゃんみたいな感じで、大体雰囲気で何を考えているのか分かるようになった気がするな。


 さっきまでは不穏な感情しか察することができなかったからかもしれないけれど、こう見ると……なんだか本当に可愛く見えてくるよね。


「でもなー……」

「私とスラが一緒にいることすら珍しいというのに、そこにこいつも一緒ってなったら、結愛がとことんまで運かはたまた不運に見舞われていることを見事に形で表していることになるのよね」


 え、なに。そんなにも朱美とかって希少種だったりするの?


 確かにさ、集団ではなく個として生きることができるっていう点では、希少価値が高いかもしれないけれど、この子もその類の存在ですってこと?一緒とは言ってたけど、まじかー。


 前の世界にこの子の見た目とか性質に該当しそうなファンタジーの存在なんて見たことないんだよね。私が無知だったのかもしれないけど、こんなにも禍々しい雰囲気を放つモンスターとか見たことないよ?


 何さ相手を見つめるだけで恐怖と混乱を与えるみたいな能力は。神話生物ですか?


「私は仲間が増えるっていうのには反対しないけど、スラちゃんは大丈夫なの?」

「さっきも言ったでしょ?結愛が一緒にいる間、そいつは安全よ」

「……どういう意味なのそれ?」

「それだけ結愛が特別なのかもしれないわね」


 面白そうに笑うな。頭を撫でるな。…………気持ちいいな。朱美は頭を撫でるのが上手いみたいだ。


 無数の瞳からの熱い視線を感じる。さっきは本当に怖かったんだからね?今更若干のつぶらな瞳を表現しても、さっきまでのは無いことにできないからね?


 でも君を撫でるくらいのことはしてあげよう。ほれほれ気持ちいいかい?


「……やっぱり連れて帰ろうか」

「そういうと思ったわ。じゃあ帰りましょう」

「そういえばここ何処?」

「森の深いところ。最深部のちょっと前くらいかしらね。本当、こんなところまで結愛を誘い出すって、こいつどんだけ強い力持ってるのかしら」


 おおう。私は半ば操られてたんですね。異形の方を見てみると、なんだか得意げになっているように見える。


「褒めてないわよ」


 あ、やっぱり得意げになってたんだ。


「でも、森に入る時って、やたらと堅そうな草木が並んでて、とても私一人の力じゃ辿り着けないような感じだったんだけど……」

「それなら、多分こいつがやったんだと思うわ。丁度、結愛二人分くらいの通り道が丁寧に作られていたからね」


 用意周到じゃねーの。さてはこの異形、愉快犯だな。分かってて私をここまで驚かしただろ。


 だから得意げな雰囲気を出すな。


「森の最深部とは言ってたけど、そこにはやっぱりこの森の主みたいなのいたりする?」


 最深部とか、最上階とかって言葉を聞くだけで、なんだかボスが出てきそうな気がするのは私だけだろうか。強い奴って、一番奥とかに居座って強者を待ち続けているイメージがあるんだよね。


「……まぁ、それっぽいのはいるかもしれないわね」

「それっぽい?」


 なんだか朱美の言葉の歯切れが悪い。おそらくこちら側の存在であることには変わりないんだろうけど、何やら訳ありさんみたい。


 強そうな形の銅像とかが置いてあったりして。


「そこまでのものではないけど、あれね。確かに私たち側の奴が一体あそこに陣取ってるわ。ただ……動かないのよ」

「動かない?」


 朱美は頷く。異形は話を無視して私の手に夢中だ。


「この森の最深部には大きな大樹が生えてるのよ。その大樹がある意味この森の主みたいな扱いになるのでしょうけど、その大樹に背を預けて動かない奴が一体いるの」


 話が急に壮大かつファンタジー感溢れまくってますけど大丈夫ですか?


 とりあえず頷いておくのがいいかな。あ、朱美がジト目でこっちを見てる。ごめんて。


「……顔には肉が存在しなくて、瞳の奥には深い闇以外のものがない。その身は硬い金属に覆われていて、ちょっとやそっとじゃ内部に攻撃が加えられそうにない感じね。傍らに大きな両刃の大剣を突き立てていて、いかにも戦いに身を投じてましたって風貌の奴だったわ」


 ……なんだか、それ知ってる気がするな。


 何かのゲームに似たようなの出てきた気がする。あくまで朱美の表現への解釈が間違っていなければだけど。


 肉のない顔で瞳が深い闇って骸骨じゃない?で、戦士でしょう?


 スケルトンっていうモンスターが色々なゲーム作品に出ていたようなことは私でも知っている。


 でもなー……朱美がすごく神妙な顔で話してるってことは、朱美とかと同じくらい能力の高いスケルトンなんだろうなー。


 前の世界ではあんまり強い印象がなかったスケルトンでも、この世界では全く違う立ち位置にいる可能性も十分にあり得るわけだ。


 会ってみたいね。もちろん、危険じゃないことが大前提だけど。


 なんとなく、最深部の方へと視線を向けた。そこに明確な意図は存在しなく、純粋な好奇心のみでの行動だ。


 ただその瞬間、何かが起きたような気がした。


 それは、些細な違和感だ。感知することもままならないような違和感。震度一の地震のようなもので、落ち着いているときであれば揺れていることを自覚することができるけれど、騒音に包まれていたり、何かの行動を行っているときには気が付かないような、そんな些細な変化。


「ん?」


 だから今、何かイレギュラーな事態が起きたような気がした。そう、あくまで気がしただけなのだ。


 ただでさえ、今は異形という存在で手一杯なのに、これ以上問題ごとを増やさないでほしいとも考えてしまう。


 でも、朱美の方に目を向けると、少しだけ険しい表情をしていた。


「……何か起きたのかな?」

「…………いえ、まぁ大丈夫でしょう」


 数秒間じっくり使って最深部の方を見つめていた朱美が、警戒を解いて軽く息を吐く。


「確かに何かが起こったことは事実だと思うわ。私と結愛が気付いているのだから。……そこの使えない奴は置いておいて」


 異形は私の手に自分の触手を巻き付け、離れないようにしている。ほんの少し感じるが、まだ許容範囲だよ。それにしても執着心すごいな。


 朱美の言葉にも反応せずに私の腕に全集中力を費やしてるようだ。


 でもまぁ、朱美が観察して大丈夫だと判断したのなら大丈夫なんじゃない?なるようになると思うよ。


 楽観的だけど、警戒しすぎて精神的に不調を来たすよりも、森の最深部で何かが起こったのだという事実だけを認識し、頭の片隅にでも置いておけば、何かあったときにそういえばと思い出せると思う。


 その程度でいいんだよ人生なんて。


「それは楽観的過ぎると思うわよ?」

「あ、やっぱり?」


 朱美にも釘を刺されてしまったので、少しくらい緊張感は持った方がいいかもしれません。


 でも、私がいくら警戒したとしても、異形の時のような状況になったら終わりだと思うんだよね。だから、もうなるようになるというか、その場の流れに身を任せてしまうのもありなのではないかと思ってしまう私もいるわけですよ。


「何かあっても私たちが何とかしてあげるから、もう少し希望的観測をしなさいな」

「朱美さ、私の思考読む能力上達してない?」

「気のせいよ」


 ダウト。絶対に上達してる。たった一日でこれかよ。隠し事何もできないじゃん。そもそも隠し事なんてしないけどさ。


「とりあえず帰るわよ。そいつも連れて帰るって決めたのなら着いてこさせなさい。結愛は私に乗って」

「歩きでもいいよ?」

「乗せたいのよ」


 異形の頭を撫でて触手を離させ、朱美の後ろに乗ってそのまま抱き着く。


「……やっぱりまだ少しだけ震えてるじゃないの。我慢する必要ないのよ?」

「…………バレてたか~」


 そのまま朱美に抱き着き、いつもの場所へと帰る。異形はしっかりと着いて来ていた。



 〇




『結愛?結愛!結愛~!』

「おおう」


 帰った直後、待っていたのはスラちゃんからの猛烈なお帰りのタックルでした。私の身体に負担がかからないような勢いではあったものの、私が受け止めるとすぐに私の胸の下という定位置を陣取り、満足げにプルプル揺れる。少しだけ感じる。


「心配かけてごめんねスラちゃん」

『心配した!』

「ごめんごめん」


 スラちゃんや。私もいいけれど、今は新しい方にも興味を持ってもらいたいんですけど。


 異形はスラちゃんを上から覗き込むようにしてみている。まさか、これが羨ましいとでも思ってるのか?スラちゃん以外にこれはできないよ?身体の大きさ的に。


「スラ、結愛は疲れてるから、水浴びさせてさっさと休ませてあげなさい」

『ん?分かった!』


 俺の身体がまだ少しの震えを残していることに気づいたのだろう。スラちゃんはいい子だなぁ。


 お言葉に甘えて水浴びをしよう。朱美からもらった服、汗と涙で汚れちゃったな。


「気にしなくていいわ。スラに取り込ませれば洗ってくれるから」

「スラちゃんそんなことできるの?」

『できる!』


 すごいな。でも私の身体から出た汗とか涙が染みた服をスラちゃんに取り込ませるってことは、スラちゃんがそれを吸収することと同義であって……ちょっと恥ずかしいな。


「恥ずかしがる必要はないでしょ」

「そう?」

「そうよ」


 そうらしい。じゃあいいや。スラちゃんに脱いだ服を渡して取り込んでもらう。そのまま私はまだ明けてない夜の月明り下で水浴びをすることにした。


 丁度いい心地よさだ。水浴びって気持ちいいよね。温泉ももちろん好きだし、シャワーだけを浴びるっていうのも好き。無いから欲を出せない状況にあるからやってみた水浴びは、案外私の琴線に触れたらしい。


 肩まで水に浸かり、ゆっくりと立ち上がる。頭を軽く振って水を飛ばし、スラちゃんたちの方に振り返ると……異形も水浴びをしていた。というか水に浮いていた。


 水浴びするんだ。


 移動している時から、目を仕舞い元の人間のような軟体生物のような生物へと身体を戻した異形は、水に浮かびながら緩やかな速度で私のほうへと向かってくる。


 喋ることができないし、森の背景と同化しやすい体色をしているからか、私に対して必死に存在をアピールしている感じがして可愛い。


 死ぬほど怖い目に遭わされたばかりなんだけどね。


 相手にその意思がなかったとしても、怖い思いをしたのは本当のことだし、この子に対して可愛いという表現を扱う私は、もしかしたらまだ狂っているのかもしれない。


 前の世界では、よく対話でこういう思いをしたことがある。


 意図しない言葉。偶然出てきた言葉。意味も大して込められていない、相手からすると世間話のような感覚で伝えられた言葉。


 その言葉が、予想外に私の胸に突き刺さり……なんだか、心が痛かった。


 必死にその場を取り繕うことに全力を尽くした覚えはある。


 逃げるように家に帰り、自分がなぜこんなにも不安に駆られているのかも分からず、ただただ無気力に閉じこもっていた。


 その言葉を浴びせてきた人とは、次の日から心の距離が生まれてしまい、相手は悪くないと理解しながら、罪悪感に苛まれながらその人の前から消えた。


 そんなことをしていた前の世界。


 でも、目の前の異形はどうだろうか。


 過去の自分と重ねてみても、こんなに私という人間に積極的になってくれた存在はいない。さっきが初対面のはずなのにね。


 この世界に来てから、スラちゃん、朱美、この子と、私に良くしてくれる存在が多すぎる。


 なんだか、前の世界では常に乾いていた心が、まだこっちの世界に来て三日目だっていうのに満たされているかのような気もする。


 こんなにも満たされるなら、いっその事狂っててもいいんじゃなかろうか。人間関係よりもずっと楽だよ。


 近くで移動をやめた異形の頭を撫でて、少しだけ考える。


 スラちゃんと朱美には名前があるのに、この子にだけ名前がないのはあれかな。


「君にも名前をあげないとね。君ってわかる、君だけの特別な名前を」


 話すことはできないかもしれない。それでもいいんじゃないかな。私は何となくこの子の言いたいこと、表現したいことが伝わるし、一緒にいるつもりなんだから。


 今はすごく嬉しそうなのが分かる。独りが寂しかったのかもしれないね。


 せっかく森の背景と同化できるくらい森に馴染んでるんだし、森にちなんだ名前にしようか。


 ファンタジジー感溢れる名前って分からないんだよなー。名前を付けるとするならば、そこにはちゃんとした意味を込めてあげたい。私は生粋の日本人ですよ。


 だから、日本語で名前を付けるよ。


樹里(じゅり)ってのはどう?この森にはたくさんの樹があるでしょ?ここの出身者であれば、ここが君の故郷だ」


 出身者じゃなかったらあれだけど。


 お、喜んでる喜んでる。身体を微妙に震わせて、全身で喜びを表現しているね。


「これからよろしくね、樹里」


 樹里は頷くように全身を震わせた。

狂ってるよね。

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