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ところがどっこいまだまだ続きます

日々を忙しなく過ごす君にとって、この物語は酷くスローペースであろう。

だが、今ある完成された動かない物語とて、初めは様々な分岐点を持ち、それが収束していった結果がこの期間である。

 死を直感した時、人は走馬灯を見るらしい。


 いきなり何を言ってるんだこいつは頭がいかれてるんじゃないかと不思議に思ったそこの君。流石の私もいきなりそんなことを言い出した相手がいたとしたら、その人の頭を本気で心配するだろう。


 つまりね、突発的にこういうことを言いだしたということは、そこには明確な理由があることを意味するんだ。


 狂いかけていた理性が緩やかに戻ってきている。歯車の調子が安定してきた。


 自分という存在を再確立することが出来て、この世界の記憶を想起している。


 その想起が、今の場面では走馬灯というに相応しいと思うんだ。


 短いようで長い、長いようで短い、濃いようで薄っぺらい二日間を回想のように想い出す。


 今この場に、スラちゃんや朱美がいたらどうなるのかなぁなんて思ったりしてね?


 想い出さなきゃ良かったんだろう。記憶が曖昧なままなら、何も知らずに死ねただろうに。


 今の私はさっき以上に顔が青褪めているだろうし、涙の量も増えた気がする。


 表情筋がほぼ動いていないのに涙が止まらないのは、私自身まだ狂ってるんだろうなって自覚できちゃう嫌な証拠に思えるよね。


 五感が勝手に反応するのは想像以上に背筋に悪寒が走るよ。


 本音は狂いたいくらいなんだけどね?


 目の前で動きを止めた異形は、異様な雰囲気をそのままに、こちらを見下ろすような形で私に螺旋状の顔を向けている。


 駄目だ。注意を向けたくないのに、異形の顔が徐々に私に近づいているのだ。


 どんな生物なんだよこいつは。分かることといえば、この存在が酷く恐ろしい存在ということだけ。


 それ以外に分かることがないからこそ、ここまでの恐怖を生み出しているんだろうな。


 顔が少し近づくにつれ、頭が締め付けられるような痛みに襲われている。マジでヤバい奴じゃんかこいつ。


 碌に動けない。涙が止まらない。頭痛が激しい。声は出せない。なのに意識はハッキリとしている。


 異形の顔が私の顔の鼻先に触れるのではないかと思えるくらいにまで近づいてきた。


「……ハァッ…………ハッ……」


 不規則な息切れは相変わらずで、深呼吸なんてできやしない。傍から見たら、私はさも哀れな子羊そのものだろう。表情は些細な変化しかしていないようだが、五感は狂ったかのように私の管轄から外れているため、雰囲気からも私が感じている感情というのは読み取れるはずだ。


 ふと、異形の顔の螺旋が動いたような気がした。


 いや、気では済まないようだ。螺旋状のものは、口を開くかのように異形の顔から剥がれていき、その中に秘められたものを曝け出した。


 目だ。


 正確にいうと、広がった触手のような顔の一部分の中に隠れていたのは、タコの吸盤のように形などがバラバラな眼球が所狭しと触手の中に張り巡らされている。そして、その中心部分に当たる顔面の位置には、一際大きな眼球が真っすぐに此方を見定めていた。


 触手を大きく広げるときは、眼球は様々な方向にギョロギョロ動き回っていたのだが、私を囲むように開いた後では、私に焦点を定め、全ての目から視線を感じる。


 視線の正体はこれだったみたいだ。


「……っ…………ッ……」


 声なんて出せるはずがないよね。異形が変態して、異形version1.02くらいに変化したのだから。


 不思議なのは、近づいてくる間、あんなにも此方に向かうという行動に貪欲さすら感じ、あたかも私という存在を喰らい尽くそうという漆黒の意志すら感じていたというのに、眼前まで近づいてからは私をガン見するのみ。


 相変わらず全身から煙が噴き出ているけど、異形は私をただただ見つめるだけで何かそこに小さな進展らしきものは存在しない。


 私を恐怖のどん底にまで落として、狂わせてからゆっくりとこの身体を食すつもりなのだろうか。そうだったらもう十二分に怖がらせてもらったよ。ついでに言わせてもらえるならば、スラちゃんと朱美のところへ帰しておくれ。


 そんな淡い願いに反応を示したのか、異形の腕のような両腕の触手が蠢き、私を左右から縛り付けるかのように回り込ませてきた。無論、私はこの状況で身動き取れるほど勇敢ではないし、かと言ってこの異形の行動一つ一つに何も感じないのかと問われれば、私は即座に怖くて怖くて死にそうですと即答することだろう。


 悪いけど、状況は何も好転していないし、むしろ悪化の一途を辿っているとしか思えないんだよね。


 力を込めているようには思えない緩慢な動きをしながら来ているけれど、異形の筋力とか分からないし、分かりようがないと思う。


 ……だからさ、もう止めておくれよ。私を殺すのなら一思いに殺しておくれ。恐怖の感情なんていらないよ。感情が昂りすぎて疲れたんだ。許してよ。


 精神が参ってしまっているのが自分でも分かる。主観でこれなら、客観的に見たときに私の表情はどのように映っていることだろう?


 目は血走っているかもしれない。涙の流しすぎなのか、別の要因なのかは分からないけれど、目がヒリヒリしてるんだ。でも、全身の血の気は引いていると思う。呼吸は上がり、動悸もすごい勢いで動いてるのにもかかわらず、血が全身に廻らないでいる感じだ。


 死にたいと願う気持ちもわからなくもないんじゃないかな?一度死んだ人間がいうことじゃないだろうって?私はあの時恐怖を一切感じずに死んだからね。


 同じ死を目の当たりにする行為に変わりはないかもしれないけど、感情一つでこんなにも変わってしまうモノなんだね。


 確かに学ばせてもらったよ。だからさ、もう許して楽に死なせてよ。


 触手が身体に纏わりついてくる。まるで、抱擁されているかのようなやさしさではあるけれど、私を絶対に逃がさないと言っているかのように、念入りに触手を伸ばして幾重にもこの身体に巻き付けていく。


 感度の高いこの身体だから、もちろん全身に快感は走った。走りまくった。


「ッ…………くッ…………んっ……」


 怖い。怖いのに気持ちがいい。でも怖い。それでも気持ちがいい。私が無言で喘ぎを我慢していることを悟っているのか、異形は力加減を一切違えずに同じ力で一定の締め付けで責めてくる。


 初めは両腕とお腹を左右から締め付けられ、そこから徐々に左右から上下に触手の巻き付けを移動させていく。敏感なところへと確実に触手はその動きを進めていった。


 恐怖と快感の両方がほぼ同時に私の身体に襲い掛かっているせいで、いつも以上に為す術がなくなってしまっている。


 何故こんなことをするのかとか。この巻き付けがいずれ顔に到達したとき、私は窒息死でもするのだろうかとか。何故異形の顔の中心部分にある眼球のみ、笑っているかのように細めているのかとか。


 直観ではわからないような、思考を働かせる必要があることに集中力を割くことができない。


 ただ、私の中で暴れている恐怖と快感を必死に押しとどめ、それに身を任せてしまわないように意識するしかなかった。


 この異形が私にどんな感情を持っているかだけでも分かれば、何か違うアクションを起こせたかもしれない。でも、今そんなことを思ったとしてもまさに後の祭りというか、私の未来は死という現実を覆す起死回生の一手とはとてもならないだろう。


 異形が私に求めているものは私の死?それとも肉?それとも単なる戯れ?


 だからこんなにも私を辱めているのだろうか。


 触手が胸にまで巻き付いてきた。この異形、非常にいやらしいというか、巻き付けた後も微妙に振動を与えたりして、私の身体に刺激を加えてくるのだ。そのせいで、巻き付く量が多ければ多いほどその感度も増し、今の私の身体は先ほどまでの青白さを一切感じさせないほどに紅く火照っていることだろうね。


 胸の先端の下側に触手が巻き付き、その微かな刺激のみで私の身体は大きく反応を表してしまう。


 いや、胸はダメでしょ胸は。


 そんな私の心の呟きなどなんのその。異形は私が反応したタイミングをしっかりと把握していたようだ。明らかに振動が胸に集中している。


 私はその快感から逃れるように、無意識に身体を捻ったりしていたが、触手は私の身体を頑丈に固定しており、逃げ出すことなど到底叶わない。


 この野郎、楽しんでやがるな。


 かれこれどれくらいの時間弄ばれたのかは分からない。しかし、確実に分かることは、この異形は現在進行形で私の身体を弄び、絶妙な刺激で焦らしプレイをしていることだ。


 恐怖の感情はいつの間にか薄れていた。散々弄られて鳴かされたからだろうか。


 顔は火照っている。涙は流れているが、さっきとは別の意味での涙だ。汗も流れているが、この汗自体も冷や汗とは違う。呼吸は軽く荒げているが、さっきのような苦しさは一切ない。動悸も若干早まっているくらいで、苦しさは感じない。


 というか、この全ての症状がこの身体特有の感度の高さから生み出された副産物だ。


 つまり、先ほどまで私を苦しめていた狂ったような恐怖はもう抜け落ちていることを意味する。


 何故?どうしてこんなにも恐怖の感情がなくなっているのか。


「んっ……あっ……」


 考え込みそうになった途端、この異形に刺激を与えられた。こいつのお陰なのか?


 さっきまで、この異形を視界に収めているだけで恐怖を誘発されていたというのに、今は少し怖い見た目の異形だなー程度にしか感じない。


 どう考えてもこの異形が何かしたとしか考えられないんだよな。


 今の状況も、か弱い乙女を触手で縛り付けて悦に浸っているやべぇ異形だし。この場にスラちゃんや朱美がいたらどんな反応するのかな。


 なんだか、恐怖を感じていた時には死ぬとかネガティブなことばかりが頭の中に浮かんでいたけど、今は気持ちよさと余裕のある思考に戻ってきている。


 触手で弄ばれている状況に何ら変わりはないわけですが。もう声を抑えることもできなくて普通に喘ぎ声出てるしね。


「あんた何やってんの?」


 突然声をかけられ、異形が触手を動かすのを止めた。私も思考が停止した。さっきまでの痴態をまさか目撃されているとは夢にも思わず、顔が噴火しそうになるのを必死にこらえる。


「……朱美?」

「そうだけど?」


 なんだろう。なんなんだろうねこの空気。さっきの恐怖を感じていた時ならば、もっとこの出会いに感謝を抱いていたことだろう。でもね、このただただ嬌声をあげさせられていたこの状況で来てもらってしまいますとですね、私の羞恥心がマッハで大気圏突入すると申しますか。


 とりあえず、言いたいことはただ一つだ。


「なんでもっと早く来てくれなかったの?」

「悪いわね。普通に寝てたのよ、私もスラも。まさか私たちが眠ったタイミングでどこかに行ってしまうとは思わなかったけど」


 まるで私が一人で迷子になったみたいじゃないか。……実際そうなんだろうけどね。私は夢遊病者か。


 異形も突然の朱美の登場に驚いて……ないな。朱美もこの異形になんの警戒心も抱いていていないことが分かる。こいつら既知の仲なのか?


 そんな相手に私は色々されていたと?それなら恥ずかしさ倍増するんだけど?


「普段なら警戒するところだけど、今回は大丈夫よ。まぁ、結愛と一緒にいるからでしょうね」


 私と一緒にいるから?意味が分からない。少なくともこの異形は敵ではないみたいだ。それは良かったといって良いのだろうか?


「とりあえず、あんたさっさと結愛を放しなさいよ」


 朱美はやっぱり難しいことを言ってるなぁくらいにしか思えない。


 私が無駄な思考に耽っていると、朱美の一言で異形が私を拘束から解放した。名残惜しそうに緩やかな動きで触手を引いていったが、最後の最後まで振動与えてくるのはやめてほしい。声が出てしまう。


 途中から朱美の額に怒りマークが出てたよ。


「……結局、この子はなんなの?」

「私たちと同じよ?」

「同じ?スラちゃんや朱美とってこと?」

「そういうこと。それに、私たちよりの結愛とも同じね」


 ということは、この異形も分類的には私やスラちゃん、朱美と同様の存在になるんだ。スラちゃんと朱美は会話でコミュニケーションが成り立っていた。だから、なんとなく親しくなれそうな感じがしてたけど、この異形は言葉を一切話さない。


 だから同じ分類に位置してたとしても、同じように接することができなかったのか。誰にでも同様にコミュニケーションをとることができないのと似てるな。


「もしかして、この子が私を呼んだの?」

「かもね。きっと、結愛の存在を感じ取ったんでしょう。もう警戒する必要はないし、結愛に触れてみたかったんじゃないの?」

「殺しに来たのではなく?」

「こいつがそもそもそうやって獲物を捕獲するタイプだからね。接し方が分からなかったんだろうさ。安心しなさい、こいつに殺意はないわ。それしかなかったからそれで接しようとした、それだけよ」


 スラちゃんや朱美が私に対して友好的だったように、この子も私に友好的に接してこようとしていたのか。ただ、本能のまま孤独に暮らしているモノたちは、集団で生きているモノたちのように他者との接し方を知らず、獲物との接し方しか分からない。でも、私という存在に何かを見出して接してみたいと思った。


 その際に獲物との接し方しか知らないのだから、私への接し方も獲物と同じにしたわけだ。


 なるほどなぁ……ん?


 私、この子の前でめちゃくちゃ錯乱した感じになってたよね?こいつ自体は仲良くなりたい的な接し方かもしれないけれど、私はする必要のない醜態を惜しげもなく曝していたことを意味するのか。


 ぶん殴りてえ。


「許してあげたら?」


 朱美に感謝することだな異形。大人しくなりやがって。私の大海原のような広く深い慈悲の心で許してやろう。


「で?この子は結局どうすればいいの?」


 目を直接触れたら痛そうなので、裏側の皮膚の感触を確かめるように撫でる。


 気持ちよさそうに目を細める異形。


 ……なんだか可愛く思えてきたな……。

電車から眺める風景のように、深く理解する間も無く流れる日々も良いかもしれないが、時には立ち止まり、そこへ長く留まることをお勧めする。

新しい何かが見えてくるかもしれないよ。

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