始まりまして、終わります。
この物語において、あなたは世界の観測者。
観測者とはすなわち第三者の存在であり、この世界は物語という枠組みの中に凝縮された、主観を持つ一人の主人公が織りなす人生だ。
第三者ならば、この世界の登場人物全てがその存在になりえるわけだが、読者諸賢は一歩引いたこの世界そのものをその目で見つめるもの。
ある意味、神様のような存在なのかもしれないね。
ただ、この主人公にとってこの世界は主観でしか捉えられないもの。
選択に間違うこともあるだろう。そんな一つの物語さ。
運命に抗うなんてカッコいい言葉があるだろう?
だが、運命からは逃れられないという言葉もある。
前者と後者、あなたはどちらの言葉がお好みかな?それとも、どちらもお嫌い?
私かい?私は運命に抗うなんて馬鹿げていると思うよ。
……でもね、私は、馬鹿が嫌いじゃあないんだ。
(神様っていると思う?)
(そこに対しての意見というのは賛否両論だと思う)
(けど、仮に神様と呼ばれる存在が本当に実在したとして、その神様ってやつは酷く私たちを滑稽に思うことだろう)
(こんなにも感情豊かでありながら、人を恨む、憎む、嫉むというマイナスの感情に関して過剰に反応してしまう私たちを)
(神様が人間を作ったとしたら、こんな感情さえ与えなければ、生存本能にのみ従って生きるようにできていたら……感情に振り回され、自分もコントロールすることが出来ない愚かな存在を生んでしまったことが神様にとっての最大の汚点であり、最高の自虐ネタの完成だ)
(自ら作ったものが、自らを楽しませる愛憎劇を繰り広げる様を眺めるというのは、ある種の留飲を下げる行為に等しい。ミスから生まれた道化師たちの茶番劇というのは、良い塩梅の肴となることだろう)
(神様は全ての道化を眺めているよ。その口に嘲笑を浮かべてね。君のことも見ている。どこまで行こうと、安らぎを得ようと、その根源に付きまとうのはいつだって腐りきった泥水に似たドロドロとした黒い感情)
(君は夢見てることだろう。羨望することだろう。憧憬を抱くことだろう。ほんの少しの可能性を求めて手を伸ばすかもしれない)
(私はそんな君の背中を押してあげたいと考えているんだ)
(今こそ勇気を持つときじゃない?)
(きっと、その選択を選んだあとが怖いのかもしれない。だからそんなに震えているんだろう?)
(怖がらなくていい。私なら君を堕としてあげられる。導いてあげられる)
(だからさ、■■そう?)
(■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう?■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■そう、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ、■■せ)
「■す」
〇
……ゆっくりと目を開けた。
……震えが、止まらない。
全身から嫌な汗が出ているのを感じる。
呼吸が荒れていて、安定した呼吸が出来ない。
怖い。
凄く怖い。
でも、これが何に対しての恐怖なのかが分からない。
その分からないが尚更恐怖を駆り立て、小刻みな震えは、少しずつ、少しずつ大きなものへと変わっていく。
気が付いた時には、歯がカチカチと音を立てていて、視界がぼやけていた。
涙を流しているのだ。
言葉に出来ない恐怖。自分ですら認識することのできない未知への恐怖。
思考が安定しない。呼吸も儘ならない。
自分立っていたことは分かった。でも、怖くて怖くて、震えが下半身に伝播してしまい、立っていられず崩れるように座り込んでしまう。
こういう時は一旦落ち着くことが重要とかいう奴がいるけど、落ち着いてなんていられない。
何故かは分からない。
何かが語り掛けて来たような気がしたが、小難しいことを言った後に、今まで感じたことのないような圧を感じて我に返ったらこれだ。
何が起こったのかも正確に把握することが出来ない。
自分?俺?僕?私?は何をしてたんだっけ?何をしようとしてたんだっけ?何かしてたんだっけ?何かしようとしてたんだっけ?
駄目だ。
分からない。
嫌な感じは消えていない。
そのせいで汗が止まらず、涙も渇くことが無い。
目を開いたはずなのに、怖くて仕方なくて、両手で視界を覆ってしまったから、今どこにいるのかも分からない。
ただ、視界が明けるのが怖くて、手をどける気にもならない。
まるで、このちっぽけな暗い空間が居場所のような、今、目の前から刃物で刺されたとしても、姿かたちを認識しているわけではないから、恐怖に耐えられるというか。
良くない。
自分でも分かるくらい、これは精神的にヤバい状況だ。
呼吸はまだ安定しない。声も上手く出せない。
助けてくれと叫ぶことが出来たならどんなに良いことだろう。ただ、助けてくれと言われて助ける気になるかい?見ず知らずの人がただ錯乱したかのように喚きたてているのを見て他人は何を思うだろうか?
酒に呑まれた人、世捨人、精神障碍者、狂人など、挙げ始めたらかなりの数存在する負の存在と認識された場合、君ならその人を助けようと思うかな?
悪いけど、私はならないよ。
理由は助ける過程でこっちに多大な迷惑を被るから。目に見える傷害があるわけではないから。ただ狂っているようにしか見えないから。
そんな人に駆け寄り助けようとするあなたがいたのなら、私はそんなあなたを横目で流し、そ知らぬふりをして、頭の片隅から今目の前で起きた出来事を抹消するために歩みを早めるだろう。
自分にはない勇気を振り絞ったあなたに羨望と憧憬を抱き、その根底に得も言えぬ凶器のような嫉妬の炎を燃やすことだろう。
きっと、その炎は消えることなく残り続け、ふとしたことから少量の油を注がれるに違いない。
そしてその都度大きく嫉妬の柱を立てることだろう。
だが、今はその手が伸ばされることを静かに祈る愚かな子羊に過ぎない。恐怖に震えることしかできない。
この場の些細な変化にすら恐れは留まることを知らないだろうね。
ホラーが苦手な諸君。君たちは怖いものに直面した時、日常の些細な出来事にすら背筋が凍りつく経験をしたことはないかな?まさに今の私はその状態だと言い張ろう。
風が少しなるだけでも背筋が寒くなり、その風に運ばれてきたであろう枯葉が身体を掠めるだけで飛び上がりたくなるほどの驚愕を覚える。
あぁ、あぁ、出来ることならば、この全てが夢であったならどんなにいいことか。
自分自身に強い衝撃を与えることで意識が暗転し、次に目が覚めた時には見慣れた天井を眺めている。
全身にすごい汗をかいているが、人の夢と書いて儚いと読むように、夢の出来事なんて記憶にはっきりと残ることなんて稀だ。
内容は覚えていないが、何か恐ろしいものを見た程度の認識は残っている。そこに安心感を感じていつもの日常に戻っていくんだ。
なんて理想的。すばらしい。
ならば、まずするべきなのは強い衝撃を加えられるものを探さなくてはいけない。
大丈夫だ。私は落ち着いている。大丈夫だ。
汗は止まらない。
でも、私は理性が働いている。これを大丈夫と言わずして何が大丈夫なのか。
「私は……大丈夫…………落ち着いてる…………まだ………………平気だ」
よし、震えているが言葉も発することができている。なんだ、案外平気なんじゃないか。
そうだ、探さなきゃ。強い衝撃って鈍器?
手ごろな鈍器といえば、やはり石または岩だろう。
岩は少し重すぎるな。この華奢すぎる腕では持ち上げることも叶わない。
大きめの石なら何とかなるか?一度持ち上げられる限界のものでいい。どうせ夢なんだ。死にはしないさ。
夢から醒めなければならないんだ。何故か……なぜだ?
私は何のために石を探しているんだ?
いや、深く考えてはいけないような気がする。まずやるべきことは石を探して、それを頭上から落とし、頭に強い衝撃を加えて夢から醒めることが重要なんだ。
何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ、何処だ。
一体どこにあるんだ。むしろなんで見つからないんだ。
そもそも私は何を探しているんだ?
なんでこんなに焦っているんだ?
おいおいふざけるなよこんなところで行動に対しての意味を見出せなくなるようなこと起きてはいけないだろまるで……まるで、私が狂っているかのようじゃないか。
そんなはずない。私はくるってない。
狂うことなんてありえない。だって私は考えることができている。思考をするという行為が何のエラーも起こさずできているはずだ。
なのになんで、こんなにも不安にならなきゃならないんだよ。こんなのおかしいだろう。私が何か悪いことをしただろうか?
そもそもここ何処だよ。私は一体なぜここにいるんだ。なぜ身体が震えているんだ。分からない。
分からないことそのものに強烈な違和感を感じる。人間は理由なく何かの行動をするだろうか?何かをする際に、必ずその根本は存在するはずだ。
行動をするに至った核というものがあるはずなんだ。
なのに私はどうだ。その核が私に存在していない。私は何のために石を探しているんだ?何かを思って、何かを感じて、必要になったから石を探すことになったはずなんだ。そうでなければいけないはずだ。
頼むよ、誰か応えてくれよ。この疑問に反応を示してくれよ。孤独は人を殺すというが、これはそれだけが理由になってないぞ。
孤独だけじゃない。何かが根本的に狂っている。
どこがでバグが発生したんだ。では、何がおかしいんだ?そこさえ分かれば何か打開策が生まれそうな気がするんだ。
今の状況を動かす何かが必要なんだよ。
だからこんなにも焦ってるんだ。そうだろう?私自身のことなのに分からないことが不思議で不思議でならないけど、私はきっと理性的なんだよ。
あ、あそこにいいサイズの石があるじゃないか。
…………やっと見つけた。
なんだろう。すごい充実感と達成感が生まれ始めている。
まるで、この石が見つかることでさっきまでの不安の全てを払拭できてしまいそうな幸福感。
これさえあればと根拠のない信頼感がこの石に感じてしまう。
……意外と重たいんだな。
両手でやっと持ち上げられるくらいの重さ。この細さから出される力では、これがベストなのかもしれない。
でも、これくらいなら頭上から落とせば楽になれる。
……待て、これを頭上から落とす?打ち所悪かったら普通に死ぬかもしれないぞ。頭が陥没するかもしれない。
でもなんか、身体が言うことを聞かない。ゆっくりと石を頭上に持っていっている。
なんでだろうという疑問と、これでいいんだという幸福感が両方私の中で複雑に渦巻いており、急激に得体のしれない恐怖が再来した。
そこで、私はようやく気付く。
自分の口元が笑みを浮かべているのだ。なのに、涙が流れているのだ。
怖いのだ。嬉しいのだ。寂しいのだ。幸せなのだ。不思議なのだ。満ちているのだ。
石が頭上まで持ち上げられた。
あぁ、終わる。
新しい感情が生まれた。諦観だ。
その時、開けた視界の先に、何かがいることを認識した。
ずっといたのだろうか。今現れたのだろうか。
それは、細枝のように細い四肢を持ち、顔は螺旋状の模様のように凸凹が取って付けたようで、目や鼻や口といったものはなく、耳や髪も存在していない。干からびたミイラから、顔と耳を奪ったというとわかりやすいかもしれない。しかし、人型を模っているとはいえ、骨格があるようには見えず、茶色の木に似た軟体生物といった異形だ。
先ほど目はないといったが、何故か目が合っているというか、見つめられているというか、視線を感じる。
石を掲げたまま、私は動くことができないわけだが、視線の先にいる異形は上半身に位置する部分を前後に揺らしながら、引き摺るような感じでゆっくりとこちらに近づいてきている。
ゆっくりと、ゆっくりと近づいている中、身体の震えが大きくなっていることが分かった。
もしかしたら、この異形のせいで私は恐怖を感じていたのかもしれない。最初からずっとこの異形がゆっくりと私を目指して移動していたとして、その危険さを本能で感じ取った私がこれを無理やり夢だと思い込み、そこから醒めるために石で自分を殴打して強制覚醒という名の現実逃避兼自殺を図ろうとしたのだろうか。
目の前にして、ようやく現在の状況の一部が理解できた。
でも今になってなんでこんなにも冷静に分析できているんだろう?
いや、まだ狂っているのかもしれないね。だって、今も震えが止まらないどころか、もう逃げる気力が起きないくらいに疲れてしまっているのだから。
これはやらかしたかな。
生きようと思っていたのにも関わらず、どこがで死に対しての価値観、つまるところ一度自殺というものを経験してしまったが故に、死に対する忌避感が薄れてしまったのかもしれない。
元からそんなに忌避感があったわけでもないか。
悲鳴を上げることが出来ず、上げようとも思えない。
これからここに生まれるのは一つの殺戮であり、それに抗う力は残っていない。
詰んだね。人生ツムツムだね。
思考がしっかりしてきたよ。異世界何日目これ?
辺りは暗いから、二日目の深夜かもしれないし、三日目に突入した頃かもしれない。
何にせよ、ゲームオーバーが早すぎるような気がするよ。
これからどんなことをされるのだろうか?そもそもなんだこいつは。人っぽいけど人じゃないナニカだということは分かる。
私が逃げないこと、逃げられないことを確信しているのか、異形の速度に一切の変化が無く、定速で私のもとへと近づいてきている。
一歩近づくたびに震えはどんどん大きくなり、心臓の動悸も加速するが、思考は逆に落ち着いたものへと変わっていた。
諦観のお陰かもしれない。諦めることで、ストレスの高い緊張状況に若干の余裕が生まれたんだろう。その代償は、見るものに狂気を与えそうな異形の姿を真正面から捉え続けることであり、発狂死できればどんなに良いことか、今死ぬことが出来たらどんなにいいことかと、死を待ち遠しく感じるくらいにまで諦めが加速している。
ただ、思考に身を任せ、現実逃避をしている今この瞬間だけは、身体の震えや、心臓の動悸を気にする必要が無く、客観的に物事を俯瞰することが出来た。
……異形が、目の前まで来た。
よく見ると、螺旋を描く顔の隙間や、細い四肢の所々から白い煙が立っている。
もしかしたら、私の横を通り過ぎるのが目的で、真っすぐ向かってきているような気がするだけ、みたいな展開も望んでいなかったわけではない。
けど、異形さん。私の前で止まったんですよ。
結論、私、死んだな。
絶望っていいよね。
文字通り、望みを絶つのさ。
人は良くこの言葉を口ずさんでるけど、本当の意味で絶望の淵に立ったら、どんな反応するんだろうね?
情けなく泣き叫んで命乞いをする?目先の恐怖よりも終わりを選択する?
……それとも、この主人公のように諦観を抱いて運命を受け入れる?
君は観測者だ。
そこで観ることしかできない。
神のようにこの世界を客観的見定めることはできても、この物語の進行を食い止めることは出来ないだろう。
でも、バットエンドを好む人はどれくらいいるのかなぁ?
アルコールに脳みそを浸しながら生まれたこの世界をバットエンドで終わらせてしまって……果たしていいものなのだろうか?
君はどう思う?




