上手に焼けました
話は徐々に盛り上がってきております。
徐々に狂い始めております。
狂い始めてからが本番でもあります。
共にズレを感じましょう。
口に何かが勢いよく突っ込まれた。
何かは分からない。ただ、柔らかく、弾力があり、口の中を優しく愛撫してくる……酷い既視感を……感じるぅ……。
突っ込まれたナニカからは水分が少しずつ放出されており、喉を通過して胃の中に流される。決して溢れるくらいの過剰な量ではなく、こちらの口の容量を加味した適切な量であり、かつ、こちらを落ち着かせる目的でやっているのか、抵抗力を奪うつもりなのか、口の中を優しく優しく蹂躙してきた。
「んんぅっ……んっ…………んっ……」
いきなりのことで軽くパニックになっていたが、スラちゃんの触手と分かってからは、身を任せるように水分補給を行う。
スラちゃんの方に目を移せば、一本の触手を此方へ、もう一本は昨日と同じく湖に突っ込んで水を吸引しているようだ。
朱美が何やら安堵したような表情をしているのが少しだけ気になるが、俺は脱水症状にでもなりかけたのかな?
さっきまでいた位置よりも、少しだけ朱美とスラちゃんの方に近づいているのと、今の俺の体勢が四つん這いという状況から察するに……何も分からないネ。
非常に絵面は納得いかないけど、スラちゃんの水分補給は嬉しいし、この行為自体は身体にとっても重要な分類に当てはまる行為さ。だから、エッチな気分になんてなってたまるか。
でもね、うん、声がね……スラちゃん、マジでテクニシャンだから。
この身体マジで恨むからなー?
「何か上の空だったみたいだけど、筍剥き終わったわよ?」
剥いた皮の内側を上に並べて、そこに綺麗に剥かれた焼き筍がその存在を誇張するかのように鎮座している。デカい、デカすぎる。スーパーに並べられている筍の水煮って、これより遥かに小さかった気がするんだけど……。
お化け筍みたいなものだし良いか。可食部が多いということに感謝しようじゃないか。
ぱっと見た感じはすごく美味しそうだってことしか分からないな。これは調味料なくても結構いけるんじゃないの?素材の味が存分に感じられる、素材の味しか感じられない最高の素材の味。
これこそが至高の料理と言えなくもないんじゃない?
「んんっ…………プハッ…………おいしそうに、焼けたね」
「剥いてる最中にも思ったんだけど、火を通すと柔らかくなるのね。……息切れ激しいけど大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるとしたら、私は朱美のこと嫌いになるよ」
肩を大きく上下させながら朱美を精一杯睨み付ける。手はスラちゃんに向かっていて、その身体を撫でまわしているため、説得力は皆無かもしれないけど。
スラちゃん撫でられて嬉しいかい?そうかそうか。スラちゃんが嬉しそうで俺も嬉しいよ。でも、時と場合を選ぼうね?うん、これは分かってないなー?可愛いから許そうじゃないかー。
「ほら、お腹空いてるんでしょ?早く食べなさいな。熱を通した意味がなくなりそうだわ」
確かに。温かいご飯は温かいうちに食べるのが最高においしいんだよ。一晩寝かしたほうが味が染みておいしくなる料理も確かに存在するけど、この焼き筍という料理において、俺は出来立て以外を食べるなんて選択肢はありえないと断言するね。
というわけで、いつの間にか綺麗に輪切りされ、並べられていた焼き筍の一切れを朱美からもらい、噛り付く。
心の中でいただきますの号令は忘れない。空腹だったから、口に出す余裕がなかったという言い訳をするつもりは一切ないけど、空腹は最高のスパイスっていう格言っぽいものを残した人は偉人だね。
前の世界で焼き筍なんて食べたことないけど、焼くとこんなにふっくらするものなんだ。何もなくてもいけるっていうのはあながち間違いではなく、これはまさに素材の味を楽しむ料理そのものかもしれないね。これに細々とした調味料なんていらないと思う。塩か醤油があれば贅沢くらいに思えるくらいには美味しい。
「……おいしい」
「語彙力が消失してるわよ?」
朱美は俺の思考をある程度まで把握できるんだから察せられるだろ。つまり、そういうことだよ。
というか、なんで二人は手を付けないんだろう?こんなにおいしいのに、食べないなんてもったいなくない?
「スラちゃんもお食べよ」
焼き筍を一切れ取り、スラちゃんの目の前まで持っていく。『食べていいの?』と身体をかしげているが、食べていいんだよ?俺はそこまで意地汚くないからね?食べ物を独り占めなんて酷いことしないよ。
俺が頷いたからか、スラちゃんが身体を近づけ、焼き筍のみを身体に取り込む。ここだけ見ると、スラちゃんってマジで強者感あふれてるよな。ワンちゃん人間とか丸のみできたりしてね。
『美味しい!』
「でしょ?」
なぜかドヤッてしまった。ただ焼いただけなのに。いや、知識の提供は立派な一つの偉業と言える。そうだよ、今俺たちは文明に触れてるんだよ。
「朱美も食べたら?」
「スラには食べさせたのに、私には食べさせてくれないの?」
おいおいおい、随分と大きなおこちゃまがいるもんだぜ。あ、すいません、手で頬をつつくのやめてください。感じてしまいます。
大人しく従っておくのが吉と見た。朱美はマジで何するかわからないから、なるべく聞いてあげられる範囲のことは聞いてあげよう。
また一切れ掴み上げ、朱美の口元へと持っていく。……ドキがムネムネしますね。
俺は今、目の前の美女に筍食わせようとしてるのかー……なんだこのパワーワード。筍ってところが得に。
美女に筍……なんか興奮しない?しない?あ、そう。
「顔赤いわよ?」
「うるさい、熱いから早く食べて」
「はいはい」
朱美が俺の筍を口に収め、ゆっくり租借し、飲み込む。
……なんでこんなに色っぽいんだこいつは。
「へぇ、これが美味しいってやつなのかしらね」
「そうかもね。スラちゃんもすんなり美味しいって言えてたもんねー?」
『美味しい!美味しい!』
山?森?の幸は案外焼くだけでも美味しいということが分かった今日。うん、空はもう夜に近いわけですよ、はい。
スラちゃんは丸呑みすればすぐに食べられるんだけど、俺と朱美は結構食べるのがゆっくりだから、そのせいもあったのかもしれない。食事の時間ってさ、癒されるじゃん?少しでもその一瞬一瞬の小さな幸せを掬い上げて感じたいわけよ。
そんな感じで駄弁りながら食事をしていると、こんな時間帯になりましたとさ。
熾火に薪を足し、焚火に戻して光源の確保をする。うん、俺成長してるね。
やることが明確になっていると、行動しやすくていいよね。
「俺ってさ、朝起きるのそんなに遅かった?」
「朝とか分からないけど、日が昇って暫くは起きなかったわね」
「じゃあそもそも起きる時間が遅かったからこんなに一日が早いのかな?」
「かもしれないわね、早く休みたいなら休みなさい。今日からは私がいるんだから、熟睡しても大丈夫なはずよ」
「朱美は寝ないの?」
「少しだけ寝るわ。そもそも、私ってそんなに寝ないのよ」
……生物によって生活体系は違うはずだから、朱美の生活水準とかって分からないけど、少なくとも常識が通用しないということだけは分かる。
もう一つなんとなくだけど思えるのは、朱美は俺のことを貶めたりしないこと。つまり、言葉巧みに俺のことを誘導して、夜間の熟睡中に襲い掛かるってことはない。たった一日近くにいるだけでここまで絆される俺も俺だけど、その結果、俺の勘が外れて襲われたとしても俺が朱美を恨むことはないな。
死んだら恨むも何もないと思うしね。
「あんまり、無理しないでね」
「無理?」
「今まで一人だったんでしょ?いきなりの集団行動だと疲れちゃうこともあるかもしれない」
「……そんなことないわ。例えあったとしても、それも一つの楽しみだったりしてね」
朱美さんおっとな~。いい女の完成形みたいな存在だよな朱美は。姿形は異形のものかもしれないけど、俺のように感情があり、俺よりも感情というものに理解が深い。
謎の包容力もあるし、時々すごい心配そうな顔をするのは普段とのギャップが相まって最高ですよ。
「馬鹿な事考えてるでしょ?」
「ハハハソンナコトナイデスヨヤダナー」
勘が鋭すぎるのも怖い、いや、問題ですね。
「警戒したい気持ちはわかるわ。でも、結愛の本質がそれを拒みたがっているのもわかるわ。だけど、今は寝ておきなさい。適度に休むということをしておかないと、すぐに壊れてしまうわ」
「そうだね、今日はもう休むことにするよ」
朱美の言葉難しいんですけどー。そしてすごく引っかかる言い方なんですけどー。
昨日スラちゃんが持ってきてくれた寝床に仰向けになり、夜空を眺めながら、朱美の言いたかったことって何なのかを少しだけ考える。
「警戒したい気持ちは分かる」
警戒はしてるつもりだ。しかし、スラちゃんと朱美には言ってしまったことだけど、心が存在を許してしまっているのか、心の拠所にしたいのか、スラちゃんと朱美が近くにいると安心してしまう自分がいることもまた事実だ。
警戒しなくてはいけない相手といると安心してしまうというのは一種の矛盾を孕んだ言葉のようにも考えられる。そこを追求していけば答えは自ずと導き出すことができるだろう。もしかしたら、もう自分の中では答えがわかっているのかもしれない。
「結愛の本質がそれを拒みたがっているのも分かる」
俺の本質とは何だろう。たった一日程度の付き合いでそこまで分かってしまうほど朱美は人の心理を読むのが上手いんだろうか。しかも、前の警戒したい気持ちを俺の本質は拒みたがっているときた。俺は警戒心を捨てたがっている?
正直分からない。自分のことをよく知るのは、自分よりも他人であるって?そうなのかもしれないね。
「適度に休むということをしておかないと、すぐに壊れてしまうわ」
何よりも気なるのはこれなんだよな。
壊れるってなんなんだろう。俺ってどこかおかしいのかな?
それとも、俺の存在がこの世界において酷く脆弱なものであり、適切で健康な生活をしないとすぐにでも死に絶えるとでも言いたいのかな?
そもそも、俺がこの世界でおかしくなったなんて……あぁ、そういえば、何度かおかしい場面はあった。
その時、必ずスラちゃんか朱美が何らかのアクションを起こしているのは目に見えて分かっていたことだ。ただ、その時の記憶が俺の中に無いため、どうして朱美が俺のことを心配そうに見ていたとか分からない。
聞いてもはぐらかされるんだろうなー。これが意味することは、この事実を俺が知ってしまうと、何らかのデメリットが俺に降りかかる。それをスラちゃんと朱美は望むところではない。ゆえに、俺に情報を与えることを拒んでいる。
知らぬが仏ってね。
世の中知らないほうが心穏やかに過ごせることっていうのはたくさんある。
これもその一種なのかもしれないけど、これに関しては俺自身の問題でもあるわけだ。明日、また何か新しいことに挑戦する予定ではある。その時にでも朱美に聞いてみようかな。
俺の身体がおかしいことには初めから気づいていたことだし。多少のデメリットを被ったとしても、このおかしいに向き合うということも重要なんじゃないかと思うんだよね。
それにしても、やたらこの身体疲れやすいな。
もう瞼が下りてきている。もしかしたら、昨日よりも眠気が酷いかもしれない。体力が無くなった?それとも、この疲れそのものが俺のおかしい部分に関連している影響の一つだったりして。
兎にも角にも、まずは寝ようかな……。
俺の意識はすぐに闇に呑まれた。
〇
「……寝たわね」
『うん』
「やっぱり、疲れが溜まってたみたいだわ。多分だけど、昨夜から大体半日は寝てるわよね?」
『寝てる』
規則正しい寝息を立てる結愛を眺めるスラと朱美。
スラの表情は読めないが、朱美は少しだけ不安げな顔をしている。
「スラは私よりも長く休息が必要でしょ?」
『うん』
「出来る限り起きているけど、どうしようもなく空白の時間ができてしまうわね。この時に動かないでくれると助かるのだけど……」
『結愛、守る!』
「でも寝てたら守れないでしょ?」
『……起きる!』
「それができたら苦労しないわ」
頭を悩ませるが、いい案はなかなか出てこない。スラと朱美にとっての睡眠は、必要最低限の回復手段であり、その間、外部からの刺激に対して鈍感になってしまう。
必要最低限だからこそ、限定された時間で最大の回復を図るために、それ以外へと割く余力が一切なくなってしまうのだ。
「本当、不思議な子よね。まだ出会って一日の付き合いなのに」
『昨日から!』
「スラはね。私は今日からよ」
『エッヘン!』
「むかつくわねこの水玉」
朱美はなんとなく、嫌な予感を感じていた。
そしてその予感はほぼ確信へと至っていることも。
「なるようになるしかないわよね」
朱美はゆっくり目を伏せた。
そして、書き溜めは底を尽きました。




