そうだ、自殺しよう
自殺なんてダメだよ。
最低限の必需品以外の何もない部屋で、俺は一つの命を終わらせるための準備をしていた。別に、病気とか、致命傷を負ったとか、そういうものではない。身体はいたって健康そのものである。
では何故?と思うだろうか。それとも、なるほどそういうことか、となるかは人それぞれ別々だろう。だから、あえて説明口調で俺が何を準備しているかを教えようと思う。
まぁ、答えは酷く簡単で単純明快なもの。自殺だ。
家の中で自殺をするとしたら方法は限られてくると思う。その一つの準備をしているだけ。
しかし、世の中便利になったものだ。通販一つで自殺用具が手に入るなんて、昔の自殺方法なんて知らないけど、簡単にロープが手に入るとは素晴らしい。
嬉々として自殺のことを語るとサイコパスか何かと勘違いされそうになるから、これ以上は止めようと思う。
その後、俺は淡々と首を括る準備を始めた。
「……」
だが、ただただ無心で準備をするのも苦手だ。俺は何で自殺の準備なんてしてるのだろうか?
いや、ここまで進めておいてそんな根本的な部分を見失っては元も子もない。
理由は分かっているのだ。いや、日本語がおかしい気がする。だが、まぁいいや。もう死ぬんだし。友人と話しているわけでもないし、真面目に考えるだけ無駄だ。
今一度人生を振り返ってみる。思い出らしい思い出は一つもない。
友達がいないわけではない。
ブラック企業に勤めているわけでもない。
稼ぎが悪いわけでもない。
ストレスが過剰に溜まっているわけでもない。
家は普通に不自由の無い家庭で、親も優しく、兄妹にも恵まれた。
普通の一般人としては、これ以上ないくらい幸せだったよ。
それに、偉くなりたいわけでもないし、豪華な暮らしをしたいとも思っていない。
元々俺は競争心が乏しく、努力という言葉が苦手だった。
だから、今の生活はとても充実していた。
だからこそ、俺は自殺を選んだのかもしれない。
ここまで引っ張っておいてあれだが、要するに生きている意味を見いだせなくなってしまったのだ。
特に趣味もなく、同じ生活のループに飽きてしまったのだ。
まぁ、仕方ないね。こればかりは、他人に共感を得るのが難しいと思う。暇だから死ぬとかよく分からないだろうし。かく言う俺もよく分からない。
ただ、俺は少しだけ普通の人よりはズレているんだろうなって思う。
死ぬことに関してあまり恐怖心とか忌避感とか感じてないから。
学生の時に、テニス部に所属していた友人が突然倒れ、そのまま亡くなってしまったことがあるのだが、当時、他の友達はみんな泣いていたけど、俺は泣けなかった。悲しいという感情はあった。友人を失くした空虚感もあった。でも、それ以上はなかった。
最終的に残ったのは、あいつは俺より先に逝ってしまったのか、と割り切った気持ちのみ。
今回の自殺は、俺の番みたいな感覚だ。
うん、自殺の動機には十分だな。それにしても、死んだ後の魂ってどこに行くんだろうね?こう言うのはあれかもしれないけど、俺は天国とか地獄とかは信じてない。
幽霊になるんだろうか?趣味は無いけど苦手なものは沢山あるから。ホラーとかマジ無理。
明るい未来を視ることは叶わないが、暗黒面に落ちるとかマジ勘弁。
そうこうしている間にロープ設置完了。ここに椅子を置けば、なんと簡素な首吊り台の完成。
何か遺書を残した方がいいのだろうか?いや、面倒だしいいや。
椅子の上に乗り、ロープの輪っかの部分を首にかける。自殺を決意した人たちって死ぬ前に何するのかな。
泣きじゃくったりするのかな。逆に、暇だな、よし死ぬかって即決して即行動した人っている?
そんなこと考えても仕方ないか。というか、俺名乗ってないな。いや、もう死ぬのに名前とか必要ないよね。
じゃあ、死のうか。
「おやすみ」
椅子から何もない虚空に向って踏み込むようにして身を投げた。
瞬時に感じたのは首の血管が強烈に締め付けられる感覚。苦しいなーって感じ。何秒経ったのかは定かではないけど、徐々に眠るように意識が沈んでいく。
ここまで来てなんだけど、やっぱり死ぬ瞬間まで、俺は恐怖を感じることはなかった。
さよなら、世界。
〇
うん?
あれ、これは俺がおかしくなったのかな?
それとも、もしかして自殺失敗した?
意識があるってことはー、自殺に失敗したか、死んだのに意識がある=幽霊的な何かになったとしか考えられないんだけど。
ホラー要素は本当に勘弁してほしいのに。というか、死ぬからこそ、世界と永遠にバイバイするからこそ、自分語りもざっくりとしたのに。
ゆっくりとではあるが、意識が浮上しているのが分かる。そして、五感がハッキリしているのも分かった。
そして同時に理解してしまった。
これ、自殺失敗したやつだわ。
やっぱり首吊りよりも、高いビルとかからの飛び降りの方が良かったのかなー。それか一酸化炭素中毒死とかの方?
まぁ、次はもっと確実に死ねるものを選択しよう。
五感の意識がハッキリとしてきて、現実を直視したくないがためにゆっくりとその瞼を開けていく。
だけど、開けた視界で俺は困惑した。
初めに視界に映ったのは、俺自身が見たこと、感じたことが無いような鮮やかな緑。豊かな自然だった。目をグルグル動かしても緑しかないよー。
俺が住んでいたのは都市部の自然の少ない街だ。しかも、俺が自殺した場所は自宅。外に出てすらいない。
それにしても、樹木の香りって落ち着くなぁ。どうせなら家買ってから死ねば良かったかも。
結局これどういうこと?俺死んだ……ってことでおーけー?
豊かな緑に見惚れていた俺ではあるが、俺がいる場所を正確に教えると、豊かな森の中にある小さな湖のほとりってことになるのかなー。
そう、近くに凄く綺麗な湖があるのだ。倒れたまま顔を横に向ける。濁りの一切ない透き通った美しい青色。所々ほどよく藍色が目立っており、日本で例えるのなら、沖縄の海のようなグラデーションが汚染が全くされてない自然そのものだという象徴のように感じられる。
自然っていいね。死んだことがどうでもいいと感じられるくらいに空気が澄んでいて美味しいし、このままここで日向ぼっこしたいぐらいだ。
考えるのが面倒になってきたな。もういっそのことここで寝ちゃう?現実逃避しちゃう?ちゃうちゃう?
流石に起きるか……。よく分からないけど、ここが俺の知ってる場所かどうかを確かめなきゃいけないし。俺の勘では、9割9分9厘知らない場所だけど。
両手を使い、身体をゆっくりと起こす。上半身を起こして気づいたことがあるんだけどいいかな?
俺って言ってることから分かると思うんだけど、自殺を図る前は男だったんだよ、俺。
でもね?なんかね?やたらと身体が重たいというか、意識しないと前のめりになっちゃうっていうか……要するに、男”だった”はずの俺には無縁のモノが俺の胸部に付いてるわけでして。
しかも、かなり自己主張してるって感じの大きさ、そして重さな訳ですよ。ついでに言わせてもらうと、何故だか俺は裸だった。裸、まっぱ、すっぽんぽん。ふぁっ!?
この時の俺はどうかしてたんだと思う。重みと質量をバシバシ感じてるのにも関わらず、本当にこれ本物か?って疑ってかかってしまったのだ。
何をしたか、男性諸君なら理解いただけることだろう。いや、この際女性の方々にも同じことが言える。もし、目を覚ました時に、自分の股間に男のナニが付いてたらもう触っちゃうでしょう?興味本位で。
つまりはそういうことですよ。俺がしたことは。胸を揉んだのですよ。裸のことに突っ込む余裕すらなく。もしその場面を誰かに見られたら?もちろん痴女一直線ですね分かります。
ただ、俺が驚いたのはこの胸部装甲が本物ということでも、胸の弾力や柔らかさでもなかった。
「んっ……」
随分と高い声だなー、今の俺。違う違うそうじゃない。
俺が驚いているのは自分の身体が、妙に感じやすいのだ。それこそ声が出てしまうくらいに。
これは、分かる人には分かることかもしれないが、どんなに脇が弱い人でも、自分でいくら脇をくすぐろうが、大してくすぐったいと感じないと思う。
これはマッサージなどでも言えることなのだが、自分がいかにマッサージの知識を持っていたとして、それに見合った技術を持っていたとしても、自分でマッサージをするよりも、何の知識も持たず技術もない人から適当にマッサージされた方が圧倒的に効くのと一緒だ。
ここから導き出される答えは……もしかして俺、とんでもなく感じやすい体質になっってしまったのでは?
だって、ただでさえ普通のセックスで喘ぎ声なんて出さないし、アニメとかその手のゲームでもない限り、女性が激しく乱れている姿など見たことも聴いたこともない。
いや、世の中には不感症とかいう病があるんだ。ならば、その逆があっても可笑しくないはず。過感症とかそんな名前で……ないな多分。絶頂しまくる病気があったようななかったような……俺は何を考えているんですかねぇ……?
胸をひと揉みした状態でフリーズしたかのように思考に沈んでいた俺は、そこでようやく下半身の違和感に気づいた。正確には、気づいてはいたがあえて置いておいた問題だ。
正直に言おう。もう分り切っているんだ。男の象徴はもうないんだろ?そんなの分かるよ。だってあそこに重みを感じないし、凄くスース―するもん。
まぁ、何故か裸だし、ここでまずは真剣に真正面から拝もうじゃないですか。現実を受け入れようじゃないですか。
俺は、胸から手を外し、少しだけ上半身を前のめりに倒す。ゴメン、胸が大きすぎて見れないの。
女の子が決してしちゃいけないポーズ。Ⅿ字開脚をしながら股の間を見る。若干おふざけが入っているのは、パニックになってるってことだから許して。
そこには、無駄なもの一つない、綺麗でツルツルな女の子の象徴が可愛くこんにちはしていた。
もう、認めることしかできない。
俺は、四つん這いの姿勢を取り、湖の方へ向かった。四つん這いだと、オパーイが本当に重たいものだと理解させられる。何故だか、今になって羞恥心が芽生えてきた。
何か俺は悪いことしたのかね?
あ、自殺しましたね。これは神様仏様からの罰的ななにかですか。
水面に映る新しい自分の顔を見つめる。
固まった。
フリーズ。
この超絶美少女はだぁれ?俺の原型欠片も残ってないんだけど。ここ本当に現実か?実は限りなく現実に近い地獄とかじゃないの?
一応、自分?の新しい顔を拝見した感想を。驚きすぎて暫く動けなかったね。見惚れていたともいう。
さっきまでの俺の顔とは全くの別物。切れ目なのは変わらず、仏頂面なのも変わってはいないが、フツメンと美少女というだけで、こんなにも雰囲気というのは変わってしまうのか。
まぁ、平等なんて存在しないし、そこら辺はどうでもいいんだけども。
一見、クールそうなイメージを沸かせる顔だけど、中身が俺じゃなぁ……。ビックリ系来たら全身で驚きを表現できちゃうよ。
でも、いまいち実感湧かないな。未だに水面の向こうの美少女は他人なのではとか思っちゃうし。それだけ受け入れがたい状況ということだね。
試しに、これがやたらリアルな夢とかいうオチがないかチェックしようか。
右頬を指で抓ってみる。水面に映る美少女も俺と同じ行動をとった。痛い。
そろそろ現実を受け入れるかぁ。もうこれただの痛い奴じゃん。全裸で水面の自分を確認しながらほっぺた抓る奴とか痛い奴じゃないですかヤダ―。
もう一回自殺するか?ワンモアじさーつ?
流石にやめとこう。まだここがどこなのかも定かではないっていうのに。
それに、もしかしたら、意外と面白い場所かもしれなし。
少しくらい、生きてみてもいいだろう。
しかし、そこで俺は問題を発見した。
この外見で元の名前を使うってなんか変だよな。ん?あれ?
「俺の名前って、何だっけ?」
死ぬ瞬間って最高に気持ちいいらしいよ。