第3話 データの行方と謎 後編
「つまり企業が勝手に作った戦争の引き金になる情報が流出していてそれを回収している、という事ですか?」
アンダーフィールドに下りて、カランからリュウジに簡潔に事情を説明される。すべてを話終わっても半信半疑のようで、疑うような目がカランに向けられる。
「要約するとそうなるな」
それを物ともせずに頷くカラン。
毎度思うけど、カランの心臓ってどうなっているんだろうか。少なくともオレは年下の子にあんな視線を向けられたら、いたたまれない。
「にわかには信じられませんけど…。
でもそれならどうしてもっと大きな場所が動いてないのですか?国も総力を上げて回収すべきでしょうに」
「国自体はこの事に関与していないし、そもそもの原因はヴィワーズ社だ。内々で処理して責任を回避しようとしているのにどうして公にしようとする」
大人の事情というやつだ、というカラン。
ヴィワーズ社はどうにか被害が小規模な内にカタをつけたいらしいが、一般人にデータが配布されている時点でもう手のつけようもない気がする。
「ん?それならカランがやってるデータの消去は社にとってはいいことなんじゃない?尻拭いみたいなものだろ?」
「いいわけがあるか。流失した挙げ句他人に消去されるなんて、例えれば出来た料理を他人にひっくり返されたようなものだぞ。しかも取り返しの付かない一点物。
ましてや社会的地位が脅かされる代物なら尚更だ」
なるほど。そりゃ一般人を巻き込もうがお構いなしに血眼で探すのも頷ける。
ただでさえ国家反逆罪の証拠の塊のようなものだ、見付かればどうなるかは分かったものではない。世間に露見すれば法には触れずとも、これから先の会社の信用はガタ落ちになるのは目に見えている。
「ただ、危険が伴うのも事実だ。昨日は俺と一緒に居ただけでこいつも襲撃に巻き込まれている。
強要はしないが協力してくれると助かる」
「強要しないんだ」
さっきは利用するだの協力しろだの言っていたのに。
「強要はしないが脅しはする。説明をしたのは俺なりの誠意だ。お前みたいに用件だけ伝えるのはフェアじゃないからな」
メリットもデメリットも伝えた上での交渉だ、とカランは言った。更にお前は思考も行動も短絡的すぎると付け加えられ、目をそらす。耳の痛い話だ。
そらした視線の先にはリュウジがいる。相も変わらずオレに向ける表情は信頼と尊敬が見てとれる。
「分かりました。ぼくの力がどこまで及ぶかは分かりませんが、協力させていただきます!」
ああやっぱり。
満面の笑みでこの悪魔の契約を承諾したリュウジに頭を抱える。
「そう言ってもらえると助かる。
流石に部外者に渡すわけにはいかないからな」
そう言って取り出したのは見覚えのあるデータカード。RAV攻撃プロテクトの解除キーだ、分かっちゃいたがそうなるのか。
現実に被害が出るプログラムに対抗するには同じく現実となるプログラムが必要だ。だから解除キーが渡されるのは仕方がないが……。
「これ何ですか?」
「RAV攻撃プロテクトの解除キー」
「ひっ!?」
受け取った解除キーの正体を知り、ここでやっとリュウジの笑顔が消える。恐怖の色に帯びたリュウジの顔は血の気が引き、真っ白になっていた。
落としかけた解除キーをリュウジの手から取り上げて目の前に置いてやる。こうしたデータは繊細なので大きな衝撃を受ければ破損する可能性がある。
それに影法師の解除キーを持っているのは、例えれば銃や刀を持っていることに近い。実際に以前は切り替えのみだったが、『現実に被害がある』ということで現在の解除キーが開発されたので、大会以外でRAVモードは見掛けることはない。
「な、なんでこんな物持っているんですか!!
下手したら捕まりますよ!!」
「関係者だからな。護身用目的で持たされたものをコピーしたから違法じゃない。見付かっても厳重注意ぐらいだ。
それに頷いた以上お前に拒否権はない。期待しているぞ」
そうだったのか。てっきり勝手に持ち出した物かと思っていた。というかやっぱり逃がす気なんてないじゃないか。
「次はお前の番だ。悪いが、嘘偽りなく話してもらう」
胡座をかいたカランが数秒の瞑目の後、真剣な顔で口を開く。
高槻博士…おじさんの事について、そしてエスペランサに関する事だ。嘘も偽りも、張りぼても虚勢も必要ない。
「高槻博士は行方不明になる前に何か変わったところはなかったか?」
最初にその質問が来たか。確かに誘拐でもない限りなんの異変もなく行方不明になる人なんていない。
おじさんにその意志があったならどこかに異変が生じるはずだが、生憎これと言った行動は記憶に無い。
「心当たりはないけど、しいていうならおじいちゃんの墓参りぐらいかな」
「墓参り?」
「そう。おじさん、滅多におじいちゃんの墓参りに行かないんだけど、その日はオレを誘って行ったんだ。その数日後に連絡が取れなくなった」
おじさんと祖父は折り合いが悪く、祖父が亡くなる直前まで顔を見せなかったそうだ。ちなみに祖父も似たような研究員だったらしいが詳しく聞いたことはない。
「高槻博士の父親か…。
お前、何故最初の被験者に選ばれたか心当たりは?」
「それこそ知らないよ。おじさんが研究の責任者だったからじゃないか?……あれ、それならなんでカランの方に最初から依頼が行かなかった…」
「黙れ」
その一言で、体にビリッと痺れる感覚が流れる。どうやら地雷を踏んだみたいだ。
その声を向けられた訳ではないリュウジですらをも怯えさせる怒気を含んだ声と目に、思わず視線を反らす。崩しかけていた正座を正し、ジリジリと焼けるような空気は素知らぬフリをして質問の続きを促した。
「カラン、質問の続きをどうぞ!」
『もう余計なことは言いませんよ』の意味を込めて口を覆う。ひきつった顔が元に戻らないが、カランの意識をそらす方が先だ。目の前の人物はというと、細めた視線を戻さず質問を続ける。
「次、エスペランサに関することだ。
お前はラグナロクに気付いたのはいつだ?もしくは最初からあったのか?」
「最初から存在には気付いてたよ。でもおじさんが『試作段階だから駄目だ』って言ってたから触らなかったし、確認しようにもプロテクトがかかってるから手も出せなかったよ」
結局おじさんは失踪し、今日に至るまでラグナロクのデータを引き出すことすら出来なかった。
まあ中身を覗いても内容が解らなければ意味がないから、そういう意味では良かったのかもしれない。
「お前のSPCは最初期の物だが、最新版にはしなかったのか?」
「年に何度も買えるものじゃないんだからホイホイしないよ。やろうと思ったことはあったけど、なんでかエラーが出てくるから諦めたんだ」
エラーを無視して移行することも出来たが、それが原因でデータを消失する事例もある。SPCも古いものではあったが不具合も無かったし、そんな事でエスペランサを失うのは絶対に避けたかったのだ。
「なるほどな。器を入れ換えれば、どれだけ痕跡を消そうとも古い方にデータの欠片が残る。それを元に復元される可能性も無くはない。となれば最初から縛っておけばいい」
体勢に疲れたのか組んでいた足を崩すカラン。自分もしびれが限界となってきたので刺激しないようあぐらをかく。
「浅知恵ではあるが、お前が手放さない限りラグナロクが漏れることはない。もっともお前はその気すら起こさないだろうがな」
「当たり前だ」
挑発的な言葉に間髪入れずに返答する。
「何度も言っているだろ、エスペランサはオレの半身だ。誰かに渡すつもりなんて一切ない。
それに」
ずいっとカランに詰め寄り笑う。身動ぎすらしない相手の近くに寄るのはあまり好ましくないけど、この際気にしない。
「万が一そうなったとしても、困るのはカランでしょ?
助けてくれるよね?」
ピクリとも動かなかったカランも愉快そうに笑みを浮かべる。
そうそう、カランはそういう顔でなくちゃ。
「出来ればそんな事にならないよう祈ってる」
話のわかる相手でよかったよ、本当にね。
「ところで、エスペランサの個体識別記号は誰が与えた?年齢からしてお前の意見を聞き入れたとは考えにくいが」
「普通に名前って言えばいいだろ。
さあ…おじさんから貰った時から『エスペランサ』って名付けられてたし、案外テキトーに決めたんじゃないか?」
『個体識別記号』なんて冷たい言い方に一瞬ポカンとしたけど、すぐに名前の事だと気付いた。さすがに回りくどい。
名前の由来は知らないが、そう悪いものでもないだろう。こいつが生まれた過程はどうであれオレにエスペランサを託したのだ。幼い子供に渡すものに悪意ある感情は込めない、と思いたい。
「(あの策士が理由も無しにこの名を名付けるとは思えないがな…)」
返答が気に入らなかったのか、カランは眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
カランからの質問が途絶え、それを横で聞いていたリュウジが遠慮がちに声を上げた。
「ぼくも聞きたいんですけど、アキラさんが所有しているリブラってそんなに簡単に既存データに組み込めるものなんですか?」
「いや無理だ、タルタロスデータは他者の手に渡っても使用出来ないよう何らかの細工がしてある。データを入れただけでは使い物にならない。
その細工は例えヴィワーズ社のシャドウ開発に携わった人間でも一筋縄ではいかないだろうな」
なるほど、さっきのデタラメなデータは細工の一つか。
でも『ジェミニ』はともかく、『リブラ』はメールが送られてきた時点で既に通常のデータになっていたはずだ。そうでなければダウンロードが実行されるわけがない。
タルタロスデータのキーの役割を持つラグナロクはカランの言い方からするとオレしか持っていない。つまりデータのプロテクトを解除してオレに送り付けた人間がいる。それも高度な技術を持った人物が。
「うー、だんだん頭が痛くなってきた」
今日だけで色々な事が起こりすぎている。これ以上は情報過多だ。
その様子を見ていたカランはため息ひとつこぼすと、席を立ち出口へ向かう。
「他にも聞くことがある。とはいえ今日は遅い、後日また情報の交換をやるから今日は帰れ」
それだけ言うや否や返答も待たずにその場を立ち去る。
今日だけで分かった事は多いが、それ以上に疑問も増えた。それにリュウジも巻き込んでしまった、ならばやることは一つ。
「リュウジ、ヴィワーズ社のことをもっと詳しく調べてくれないか?」
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派生スタイル
主なスタイルから派生した装備
ビースト…マジシャンスタイルからの派生
獣のような外観、火力が他のスタイルより大幅にアップする
上級者向け
アサシン…アーチャースタイルからの派生
隠密に加えスピードが特化されたスタイル、トリガーと合わせて戦う
パラディン…ナイトスタイルからの派生
防御に適している