第2話 影狩りとの共同戦線 後編
先手必勝だ、先に仕掛ける。
スタートの合図と同時に剣を振りかぶる。もちろんあっさりとかわされたがそれでいい。常に距離を詰めて攻撃の体制に入らせない、絶え間なく剣撃の音を響かせる。この狭いフィールドならそれができる。
「ほう…学習は出来るみたいだな。
ディストピアが遠距離を得意とする事から距離を詰めてきたか」
避けきれなかった斬撃が少しずつ相手の胴体や武器などを傷つけてダメージを加算していく。だが大きなダメージは与えられていない。まるでわざとスレスレで避けているように、余裕を持ってひらりひらりと攻撃もせずに踊っている。
逸る気持ちを抑えて攻撃を続ける。
ここで焦ってしまえば相手の思うつぼだ。ダメージゲージは確実に減っている、ならこのまま攻撃を続ければ相手だって反撃に出るために攻撃体制に入らなければならない。そこをトリガーで返り討ちにすれば、運が良ければ一度で戦闘不能に出来る。
「だが荒い」
「!?」
消えた。この狭いフィールドで姿を消すことができるなんて、それこそアサシンスタイルでもないかぎり不可能だ。アーチャースタイルであるディストピアはそれに特化していないはず。
「上だ」
見上げれば銃を構えたディストピアが浮いている。咄嗟に防御を整えるが一歩遅かった。
両手銃から放たれる無数の弾丸がエスペランサを貫く。ダメージゲージは一気に半分以上持っていかれ、それと同時にディストピアのトリガーが発動された。
『セカンドトリガー・起動 ダークショット』
銃から放たれる漆黒の弾丸が一直線にエスペランサの体ごとぶっ飛ばす。エスペランサの体に火花が散り、ダメージゲージを赤く染めた。その赤色が点滅を始めた途端、全身に激痛が走る。
「いっ、うぁあああああああああああ!!!」
あまりの痛さにその場にうずくまる。
どうして、痛覚リンクは切っているはず。混乱した頭で原因を探る。いや、原因なんて一つしかない。
目の先で歪に笑う『影狩り』を睨む。昨日は大袈裟なダメージが入らなかったので気が付かなかったが、いつもと違う事があるとすればあの解除キーだ。
オレの視線に気が付いたように鼻を鳴らす。
「能天気なお花畑野郎のそんな表情が見れるとは驚いた」
パチンと指を鳴らす音が聞こえる。
それを合図にアンダーフィールド全体の照明が光り、思わず顔を覆い隠す。腕の隙間から見えたのはフィールドに立つペストマスクのディストピアと騎士を基調としたエスペランサ、それと『影狩り』。目が慣れてきた頃、ざっと辺りを見渡すとフィールドを中央として並んでいる柵が点滅している。
「おおかた解除キーにリンク設定をいじる機能が付いているとでも思っているんだろうが、それは間違いだ。
このアンダーフィールドは元は公式で使用されるはずだった、強制的に感覚をリンクさせる機能が備わっている」
柵を指差しながら笑みを深くする『影狩り』の言葉に目を見開く。
「そんなことしたらバトルのダメージがそのまま生身に反映されるじゃないか!
バトル後のフラッシュバックどころかその痛みでショック死の可能性もある、だからおじさんは制限をかけて『別の体を操作する』という形にしたんだ!」
影法師は自身を模倣するとは言ったが、正確には違う。
影法師の作り方はまず一度VRで自分自身を実際に登場させその後スタイルや属性を付属させる。完成された姿をそのままデータとして現実に実体化させるのだ。
故に生身の身体で起きることや感触、体温などが忠実に再現された上で影法師が受けたダメージは生身へは一切還元されず、痛覚も任意で設定できる。
だから『影法師』は『分身』や『影』と呼ばれる。
なぜならそれは『もうひとりの自分自身』なのだから。
「それを無にするようなやり方なんて…!」
「それだけ知っているなら分かるだろう。
『自身の体に影と呼ばれる質量を持ったデータを纏い行う対戦ゲーム』がシャドウバトルの元の形だ。さらに言えばこの技術は生身を傷つけることなく戦闘行為を行うための仮想兵士を量産するために研究されてきた技術だ」
「仮想、兵士…?」
聞き覚えのない文字が耳に残る。兵士だなんて、そんな、それじゃあまるで…。
「そう、シャドウは元は子供のオモチャに使われるために生み出されたんじゃない。
大人のエゴによって生まれた戦争兵器だ」
心臓を直接掴まれたように痛みが響く。冷たく、じっとりとした汗が額を流れ落ちたが、それを拭う余裕もない。ズキズキと痛む身体とドクドクと鳴る自身の心臓の音がこだまして目の前が揺らぐ。
そんなオレに畳み掛けるように影狩りが続ける。
「お前の影法師に組み込まれたデータ、あれはその試作。
軍事プログラム対人戦闘用影法師データだ」
ああ、目の前が暗くなるってこういう感覚なのか。
浴びせられた言葉に体温が奪われる。指先が冷たくなり腕に鳥肌が浮かんで、ふわふわともぐらぐらともつかないような感覚に見舞われ、今自分が膝を付いている体勢ですら維持が難しくなる。
「おじさんが戦争兵器を…」
言葉に出すとさらに重くのし掛かる現実。身動きをするとズキンと痛みが響くが、これがなければオレはとっくに意識を手放していたかもしれない。
痛みを意識して感じ取り、その痛みでなんとか持ちこたえる。
「なあ、どうだ?自分から生まれた存在が人を傷付ける道具として改造された気分は」
「そんなの!さい、あくだよっ」
影狩りが黒い笑みを浮かべて嘲笑うように言った言葉に対して噛みつくように叫ぶ。
痛みからか、それとも追い付かない現実からか、涙がじわじわと滲んで溢れてきた。目頭が火傷しそうに熱くなる。ぼたぼた涙が零れて拭うのも追いつかない。
それと同時に分からないことが頭を掠める。
影狩りはそうやってバカにするように、嘲笑って楽しむように、そんな表情をするのに。
なのに、どうしてそんな目をするんだよ。
「だろうなぁ。俺も、そうだった」
冷たい目の中には、悲しみも混ざってるのはなんでなんだ。
ポツリと溢れた言葉に違和感を見つけ首を傾げる。
「『俺も』って、それ、カランも」
またパチンと指を鳴らす音が鳴ったと思ったら、ディストピアの風貌と武器にノイズが走る。
黒一色だった姿が色を変えていく。体全体を覆い隠すマントのような姿から藍色の軍服へ、通常の射程重視のものから砲台型ライフルと変貌し、ペストマスクは変わらずに付けられている。
「そう。俺は素体No.AQ-002、『アクアリウス』の元となった人間だ」
そうだ、ナンバーが付けられているならオレと同じく元となった人間がいるはずだ。そして同じく、軍事プログラムとなったデータがあるはずだ。
むしろ何故『12あるデータ』と言われた時点で気が付かなかった。影狩りはヴィワーズ社の関係者でテストデータとしては最適な存在だ。
新月の空の色から日の光を浴びた深海の色へ、姿を変えたディストピアを呆然と見つめる。影狩りのため息すら、限界を超えた頭では処理できない。
「言っただろ、『そのデータは12あるデータの一つでしかない』と。その内のいくつかはまだ把握できていないが、俺が確認しただけでは少なくとも7人がこの技術の被験者となっている」
多いのか少ないのか、『被験者』というキーワード、ごちゃごちゃになった頭にまた情報が追加される。もう勘弁してくれと、現実を遮断するように目を瞑り耳を塞ぐ。
揺らいだ視界も延々と続く耳鳴りも刺すような痛みも、そのすべてがオレを正常な思考に戻してくれない。
「馬鹿げた話だろうな。大人の身勝手で始まる荒事に、元とはいえ子供を使用するなんか。
何より、完成するのを心待ちにしてた子供の心を砕いてまでやることが理解できない」
カランがそれを知ったのはいつだったのだろう。自分が戦争に使われる兵器の元となり、自身の身内に騙されていたとなれば一因であるシャドウを恨む理由にもなる。
何年影狩りを続けたのかは分からないが、今よりもっと幼い頃に真実を知ってしまったのならそのショックは計り知れない。きっとカランは理解なんて求めてないだろうけれど。
「それが、『影狩り』がシャドウを嫌う理由なの?
だったら何故嫌うものを使ってまで、消そうとするんだ。それは逆にお前の首を絞めるだけじゃないの?」
知りたいと思うのにカランの本心が分からない。
『影狩り』としての彼と、『カラン』としての彼。1日2日で分かるはずもないけど、そのどちらも今は鈍く霞んでどうにも掴めそうにない。
「毒を持って毒を制する、このデータに対抗出来るのは同じデータしかないのさ。
ところで」
また『影狩り』が笑う。その笑顔、ホントに嫌いだ。
「まだ勝負は終わっていないぞ」
その言葉を合図として中断されていたバトルが続行された。
「ぐっ…」
肩、足、腹部、腕、ただでさえ少ないのにどんどんと削られていくダメージゲージと連動して体全体に激痛が走る。身体をくの字に折り曲げ必死で呼吸しようとするが、一向に息が入ってこない。
「そろそろ限界じゃないか?
体がバラバラになりそうなほど痛いだろう?」
胸を押さえ、息をしようにも痺れたように肺が動かない。息が出来なければ影法師を操ることも困難で、操ることが出来なければダメージは増える一方という悪循環だ。
「そろそろ終わろうか」
またディストピアの姿が消える。上を見上げればディストピアが攻撃体勢を取っていた。
あのセカンドトリガーの条件はおそらく一定のダメージと距離を取ること。連続して撃たなかったのがその証拠だ。
《セカンドトリガー・起動 ダークショット》
トリガー起動の機械音が鳴る。あの漆黒の弾丸に当たってしまえばダメージゲージは0だ。
一瞬迷ったが方法はこれしかない。一か八かの賭けに出る。
「お前の敗けだ、No.001」
「こっちのセリフだよ」
《セカンドトリガー・起動 ライトニングソード》
「!?」
ディストピアのトリガーが放たれるより早くエスペランサのトリガーを起動させる。漆黒の弾丸を突き破り、ディストピアのコアを狙い打つ。コアを破壊すれば戦闘不能状態になる、ダメージゲージを削るより確実だ。
このセカンドトリガーは受けたダメージに比例して威力も大きくなる。エスペランサのダメージゲージは既に20を切っており、先に削っておいたディストピアのダメージを考えれば何処かしらを貫通すればコアをずらされても勝てる。
エスペランサの剣が真上にいたディストピアのコアへと一直線に伸びる。ディストピアの銃口はトリガーを発動したことにより体勢を変えたエスペランサを捕らえきれていない、チャンスは一度きり。
その胸に刃が触れる瞬間、光が弾ける。
「そううまくいくかよ、甘ちゃんが」
《ダメージゲージが0になりました バトルを終了します》
《勝者 ディストピア》
バトル終了の音が鳴る。
最後にフィールドに立っているのは藍色の影法師だ。
「ふーん…」
「(負けた…)」
最後の攻撃が決まったと思ったが、それをあっさりといなされ逆にダメージを受けてしまう。
ディストピアのセカンドトリガーを刺突のトリガーで破ったのはよかったものの、その隙をついてライフルでぶん殴られてダメージゲージが0になってしまった。
銃は撃つものだと認識していたから、まさか鈍器のような使い方をしてくるとは思わず反応出来なかった。…いや本当になんで鈍器みたいな使い方したんだ?近距離戦闘出来るってこれのこと?
いつの間にか強制リンクの効果は切れていたようで、霧が晴れたように冴えた頭で考える。どうやらカランは射撃以外は脳筋らしい。普通ライフルをあんな使い方する人はいない。する人がいてたまるか。
カランは何か考える素振りを見せて口を開いた。
「分かった、お前の提案を受け入れよう」
「本当か!?」
顔を勢いよく上げてカランを見上げる。相変わらず影狩りの顔をしているが、目の色は幾分穏やかになっていた。
フィールドから降りたカランがオレに近付く。またオレの端末を奪い、何かを操作する。返ってきた端末を確認すればカランのSPCの情報が追加されていた。
「ただ、お前とはあくまで利害が一致しただけの協力関係だ。信用はするが信頼はしない。もし俺の足を引っ張るようなら即座に切り捨てる。
それを肝に銘じておけ」
「ああ、忘れない」
何故心変わりしたのかは分からないがこれで一歩前進だ。
たった2日でオレの取り巻く環境は急激に変わりつつある。これから先、今よりもっと危ない橋を渡ることになるだろうけど…。
エスペランサ、オレやるよ。真実を暴いて、お前の中にあるよく分からないもの全部取っ払ってやるから。
だから手伝ってくれ、エスペランサ。
決意を胸に秘めてSPCを握りしめた。
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トリガー
一定の条件を満たせば使える特殊技能、いわゆる必殺技
ファーストトリガー、セカンドトリガー、サードトリガーまでセット出来る
ヴィワーズ社
現在シャドウバトルの全権を担う会社
代表は影神華道
アキラのおじ、高槻博士が行方不明以前に所属していた