第2話 影狩りとの共同戦線 前編
あのバトルから一夜明けた次の日。
思ったより普通に来た朝に拍子抜けしながら、学校でやり忘れた宿題をヒロキとやる。
あの後、家へ帰ると案の定母さんのお叱りを受け、弟妹からは泣くほど心配された。弟妹を慰めながらも考えていたのは影狩りの言葉。
『そのデータは世界を破滅に導くパンドラの箱だ』
このデータは高槻博士、おじさんが作った物だと影狩りは言った。
ならばおじは世界を害するデータを作っておきながら何故それを使用せずに行方不明になった?ヴィワーズ社の関係者である影狩りがデータを消して回る理由はなんだ?実際はおじさんは関係ないのではないか?
根拠のない憶測が頭の中を駆け巡り、目の前の問題が手に付かない。
「ヤバい、さっぱり分からない」
「え、アキラが分からないとか駄目じゃん。諦めて次の問題やろうぜ」
「いやせめて自分で努力しろよ」
オレが解いたそばから写していくな、自分でやれ。
ふと思い出した。そういえばヒロキは流行や噂に詳しい。それなら影狩りのことも知っているだろう。宿題を写すのを黙認する代金だ。
数学の問題を解きながらヒロキに聞いてみる。
「ヒロキ、影狩りって知ってるか?」
「ああ、最近噂の影法師を消して回っているってやつだろ。
それがどうした?」
「出現場所とか外見とかわかるか?」
「夜間にある大会に現れるらしいぜ。都市伝説であるアンダーフィールドってやつだな。大通りからそれたどっかの地下で毎日現れてるってさ。
見た目はなんでもゴリラみたいなやつらしい。ウケる」
中学生の情報網にしてはわりとディープな話題が出てきた。まさか都市伝説といえどもアンダーフィールドが周知されているとは思わなかった。
というかゴリラって…。あくまで噂は噂だが、そんなに正確な情報でもないらしい。実際の影狩りはゴリラとは無縁の、どこにでもいるような容姿だ。
アングラ大会を把握しているのは驚いたが、これで一般的にどれだけ情報が出回っているか知ることができた。
「珍しいな、アキラがそんなことに興味をもつなんて」
「ちょっとなー」
後は他の情報と照らし合わせながら、影狩りと接触できる機会を作るしかない。
昨日の出来事で思ったが、今のオレではあまりにも無知で無防備すぎる。
「そういや今日転校生くるってさ。
おい?アキラー?」
まず現段階でオレがすることは2つ。
一つはデータの発信元を調べること。
これは昨日のうちにリュウジに調べてもらった。仕事が早い友人を持ってオレは嬉しいです。
メールアドレスは捨てアドだったので具体的な機器やそれを所有する人物の足取り追えなかったらしいが、発信された場所は分かった。予想は予想していた通り、ヴィワーズ社を示していた。そこでヴィワーズ社の見取り図と照らし合わせてさらに詳しい場所を解析してみたが、解析結果は地図上には何もない場所を指した。
これ以上は内部に詳しい協力者に期待する他ないだろう。
一つは影狩りと再度接触すること。
昨日襲われた理由はエスペランサに組み込まれたデータの件が深く関係している。しかし理由は分かっていても、詳細は分からない。だから情報を持つ者を味方に引き入れることが必須だ。
今は影狩りが唯一の情報源だから、あいつに白羽の矢が立つことは当たり前なんだけど……。
「すでにこれが難易度MAXなんだよなぁ…」
昨日の件で警戒されただろうし、そうやすやすと姿を見せてくれるだろうか?
最悪あのショップに入り浸るしかないが、精神衛生上それはよろしくない。主に弟妹の。昨日の短時間であれだったのだ、ヘタすれば二度と離れなくなる可能性がある。…あれ、これって結構なご褒美なのでは?
そんなつまらない事を考えながらいつの間にか教卓にいた教師の連絡事項に耳を傾ける。
「最後に、転校生を紹介する。入ってこい」
こんな時期に転校生?と思ったが転校生の姿を見た瞬間、そんな考えは吹き飛んだ。
黒く意思を強そうな目、昨日はフードに隠れていて見えなかった黄色の髪、しっかりと伸びた背筋。どれも見覚えがある、つい昨日会ったばかりの人だ。
「影神華藍さんだ。仲良くするように」
エンカウントしちゃったー!まさか昨日の今日で出会える処か、自分のクラスに転校してくるとは…。
いやでもこれは好都合!学校なら毎日来るだろうし、万が一関係を知られても聞かれない疑われない怪しまれない!
「後ろの空いている席が君の席だ」
教師に案内された席はオレの隣だ。
影狩りはオレに気付いたらしく、わずかに目を見開く。
「オレは光鳴秋良。アキラって呼んでよ」
「さっきも言った通り、影神華藍。カランでいい」
「よろしく、カラン!」
やっと君と目を合わせることができた気がした。
――――
「というわけでカラン、昨日言っていたデータの詳細を教えてくれないか?」
「断る」
さいですか。一刀両断ですか。
その日の授業が終わった後、オレは影狩り、もといカランの首根っこを掴み昨日のデータショップへ直行した。平日ということもあってかそこには人っ子ひとりいない。どうやら昨日はアンダーフィールドが開催されていたからあんなに繁盛していたみたいだ。
昨日と同じ場所にカランを座らせて情報を貰おうとするが、これが中々吐いてくれない。
「じゃあこのデータの流出元」
「ヴィワーズ社」
「それは答えてくれるんだ」
「昨日既に言ったからな」
答えてくれる質問と答えてくれない質問があるのかな?
もしくは答えられない、現時点では答えても意味がない問いかけだったりすると答えてくれないんじゃないか?
となると、知りたいことを片っ端から聞いてみるのが最善か。どうやらカランは逃げる気はないようだし。というか逃げても明日に持ち越されるとでも考えたのか、まさにその通りだけどな。
「じゃあこれからの具体的な予定は?」
「他のデータを探し出し消去する」
「既に消去したデータのプログラム名って教えてもらえる?」
「言わない」
「昨日襲撃してきた奴らに心当たりは?」
「おそらく祖父の子飼いだろう。俺を連れ戻そうとしたのと、お前のデータを見て一緒に持ち帰ろうとしたんじゃないか?」
「結局データってなんなの?」
「お前が知る必要はない」
様々な問いかけをして返ってくる答えを聞いて気が付いた。
多分だけど、データ関連のことは聞いても話してくれないんじゃないかと思う。データの事を聞くとあからさまに顔歪めるし。
そうすると何故データのことは教えてくれないのかが気になってくるが、それはまたおいおい情報を集めるとしよう。
今日はまず第一段階だ。
「カラン、お前に頼みがあるんだ」
「…聞こう」
「お前がやろうとしていること、それに協力させてほしい」
きっとそれが手っ取り早い。
そう提案すると、予想もしていない言葉に驚いたのか一瞬動きを止める。
「正確にはお前がやろうとしていること、データの消去を収集に変更して協力させてほしい」
そう言った途端、カランは目に見えて機嫌を悪くする。
それはそうだ。昨日会ったばかりの人間と協力なんて出来るわけがない。でも、ここで引くわけにはいかない。
「協力?俺とお前が?
悪い冗談だ、俺とお前では目的が違う。第一俺に何の利益がある」
「はっきり言ってカランに利益は一切ない。
だけど、提示できる条件が一つだけある」
端末を取り出して影法師の設定の中にあるデータの名前を呟く。
「『ラグナロク』」
その名を告げたとき、カランの目が見開いた。
「オレのエスペランサに隠されているデータの名前だ。
カランなら何か知ってるんじゃないか?」
そう、これがオレがエスペランサのデータをヘタに動かせなかった理由の一つだ。
オレの影法師にはエスペランサ自身のプロテクト以外にもいくつかロックが存在している。その中でも強いプロテクトがかけられているデータ、『ラグナロク』。普段気にも止めなかったそれがリブラをダウンロードした後、一部解放されていたのだ。
中身はすべて意味不明な文字の羅列だったが、これには見覚えがあった。二通目のメールの文字の羅列とデータの一部が一致していた。きっとリブラは『ラグナロク』のロックを解除するキー、そしてアンダーフィールドに関係する『何か』なんだ。そして解除されたのが一部ということは他のデータも解除キーになっている可能性が高い。
だから消去ではなく収集に切り替えてほしかった。
「ははっ。まさか『ラグナロク』まで持っているとはな。
高槻博士は何がしたいんだ」
渇いた笑いを溢すカラン。今のカランの心境は分からない。嘆いているのか、怒っているのか、それとも呆れているのか。
ただこちらを見つめる目の温度がどんどんと冷えていくのがわかる。
「それは分からない。でもリブラが『ラグナロク』の解除キーになっているってことは、他のデータもその可能性があるんだ」
「それで消去ではなく収集にしろということか」
「『ラグナロク』の情報を共有するかわりにデータ収集に協力。悪い条件じゃないと思う」
「まあな。リブラどころかラグナロクまで持ってるとは驚きだが、それだけでも十分お前に加担する利益はある。
だがな」
納得したように頷くカランだがまだ了承は得られない。それどころか手で銃の形を作ると、ビシッと指を指される。急に目の前に来た指にビックリして思わず仰け反ってしまい、その隙にカランはテーブルに置いてあったオレの端末をその手に収める。
「お前、俺が協力するふりだけしてデータだけ奪うとは考えないのか。もし俺が脅迫するような奴だったらどうするんだ、無防備にもほどがあるぞ。
そうはならないという余裕か?それともそれすらも考え付かないバカ野郎か?」
端末を投げ返しながら問いかけるカラン。苛立ちを隠しきれないという風に語尾が強くなり、言葉の端々にトゲが付いている。
そんな様子の目の前の人物を横目に、投げ返された端末に傷が無いかを確認しながら自分の意見を伝えた。
「うーん?そういうのはよく分からないし分かるほどカランの事を知らないけど、唯一分かるのは」
端末をテーブルに置き直して、カランと向き合う。こうして向き合うとカランって案外整った顔立ちをしている。
まっすぐオレを見据える黒い目にそれを縁取る長い睫毛、物語でよく聞く『上質な絹のような』という表現がピッタリな白い肌、黄色い髪は艶々で女の子みたい。マリアとどっちがサラサラなんだろ。
昨日はじっくり見る暇なんてなかったし、学校では聞きたいことを整理していたから周りをみる余裕なんてなかったし。
でもその見た目以上に、君の心が綺麗な事は少ない時間でも分かった。
「カランがそういう人間ではないって事だ」
笑ってそう告げる。どうやらこの返答はお気に召さなかったようで、不愉快そうに眉をひそめる。
「何故そう言い切れる。俺の話を聞いていたか?」
「聞いてたよ。だからそう答えた。
『脅迫するような奴だったら』、つまりカランはそういうことはしないって言ってるようなものじゃないか。それに昨日の時点でそれは出来たハズだ。しなかったってことはカランにも思うところがあったんだろ?さっきもちゃんと返してくれた。
だからオレはカランを信じるよ」
今この瞬間だってそうできるはずなのにカランはしない。それは話を聞いてくれるから出来ることで、カランにはそういった意図はないのかも知れないけど、『分かり合う』事が出来るっていう前提でオレは向き合っている。
何度食い違っても、すれ違っても、何度だって話し合えば、きっと理解し会える。
その気持ちを込めて笑顔を作る。
「それほどいうのなら見せてもらおうか」
カランは立ち上がり、店の奥へ進む。
そちらは昨日の場所、アンダーフィールドがある場所だ。
「え?」
「お前の覚悟、お前の実力を」
選択肢を間違えたようだ。冷ややかで凍てつきそうな色を携えた目がオレを射抜く。
昨日、同じ目を見た。集団で襲ってきた影法師を見た時、ヴィワーズ社の事を話す時、目の前の敵を見る時。あれは『影狩り』の目だ。
「店員、アンダーフィールド借りるぞ」
「え、えっ?待って、オレはそんなつもりで言ったわけじゃ」
オレはカランと争う気はない。その意を込めて制止を望んだが、目の色は変わらない。
口元はゆるく弧を描き、呟く。
「じゃあどんな理由があってだ?」
すでにカランは影法師の端末をセットしている。
昨日見た解除キーをSPCに読み込んで、あとは展開するだけになった。
「言っておくがお前に選択肢は存在しない。
お前の提案を飲ませたいなら俺にシャドウで勝て。それ以外の方法で要求を受け入れる気はない」
どうやら戦うしかないようだ。
背中に伝う冷や汗に気付かないように気丈に振る舞うのが精一杯で、店員が不安そうに見つめる目に気付くことなくアンダーフィールドへ下る。
昨日も思ったがここは異質だ。肌がピリピリして本能が危険だと叫んでいる。何がおかしいとは分かるが今は気にしている場合じゃない。
今は、目の前の相手をどう説得するか、どうやれば勝機を掴めるかを考えなければならない。余所見している暇なんてないんだ。
昨日の一件で既に分かっているがカランは強い。
遠距離に長けていて熟練者向けとされる黒属性の影法師を操る。アンダーフィールドという狭い空間で、このハンデを背負いながらも相性の悪い相手でも難なく攻略したのを見ると、カランはたぶん属性やスタイルの戦い方をほぼ網羅していて対応しているんじゃないかと思う。
なら攻略法を見付けられる前に片を付けるしかない。
「昨日渡した解除キーがあるだろ、それを使え」
「ああ」
昨日は同じ敵を相手に戦ったけど今日は一対一だ。
黄属性のエスペランサとカランの影法師の黒属性は互いに相性が悪い。だがカランの影法師は遠距離砲台型、距離を取られてしまえば分が悪すぎる。逆に距離を詰めて接近戦に持ち込めば勝機はある。むしろそれしか方法はない。
昨日とは打って変わり、静かなアンダーフィールドの真ん中に立つ。小さな物音すら大袈裟に響き、互いの呼吸音が耳につく。
「準備はいいか?」
「うん」
「「RAVモード解除!影法師データを展開!
バトルスタート!!」」
.
影法師属性
特化能力が別れていたり、力関係があったりする
黄属性…クリティカルが出やすく、攻守バランス型
茶属性…スタミナが多く持久戦が得意
青属性…ガードが高く、防衛戦に適している
黒属性…テクニックを要し、遠距離砲撃に適している
緑属性…スピード重視で、一撃必殺の接近戦を得意とする
赤属性…パワー特化で火力が一番高い、黄属性に次ぐ扱いやすさ