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影法師  作者: 紅野京馬
3/7

第1話 日常から非日常へ 後編

――――


「い、一瞬で終わった…」


予定されていたバトルは影狩りで最後だったらしく、あとは個人のフリー対戦のみになった。

あっさりと終わった影狩りのバトル。しかし今回は『影狩り』は行われず、影狩り自身はバトルが終わったと同時にフィールドから降りて出ていってしまった。


「…あれ、そういえばオレ、ここに影法師のこと聞きに来たんだ」


影狩りですっかり忘れていたが、メールのことを失念していた。

また新たにメールが届いていないか確認するが新着はない。手詰まりになってしまったが 、ものがものなだけに周囲に聞きまくるわけにはいかない。

仕方なしに出口へ歩く。今日はとりあえず家へ戻り、また新しくメールが届くのを待つしかない。


データショップの方へ戻ると無愛想な店員と目が合う。合ったのは一瞬ですぐに反らされた。反射的に店員の視線を追いかけると、そこにはまだ影狩りの姿があった。

その姿を目に入れた瞬間、心がざわめきだす。

聞くなら今しかない。


『何故人の影法師を奪うのか』


きっと踏み込んではいけないことだろう。

けれど影法師で遊ぶ者としては、どうしても聞きたかった。


ゆっくりと一歩ずつ影狩りに近づく。

あと数歩という距離で足を止め、口を開いた。


「影狩りはどうして、影法師を憎んだ眼で見るんだ?」


影狩りは振り向くと影法師を見る同じ眼でオレを見た。


「店員、今日は帰る」

「ああ」

「え、待って!」


問いには答えてくれず、しかも何事もなかったかのように立ち去ってしまった。呆気にとられながらも、慌てて影狩りを追いかける。


「お前は知る勇気があるか」


ショップの扉が閉まったあと、店員が小さく呟いたのをオレは知らなかった。


日が沈む前の時間、人通りは少ない。大通りからそれた道なのも原因の一つだろう。

影狩りはフィールドに降り立つ時と同じく、優雅な足取りで自分の数歩先を歩く。何度声を掛けても振り向かない。肩を掴んで引き留めようにも、近付こうと足を早めると影狩りも同じく足を早める。走って撒かれないだけマシなのかもしれない。


何とか足を止めてもらう方法はないか。思い付くのは一つしかない。

端末を取り出し、叫ぶ。


「ねぇ、君なら知ってるんじゃないか?

このデータ、エスペランサのこと!影法師を書き換えたデータのこと!」


ピタリ、影狩りの足が止まる。

SIモードで影法師を展開してもう一度問いかけた。


「素人が作れるようなプログラムじゃない。明らかにシャドウの製作に携わった人間が作ったものだと思う。

君がこのデータのこと、何か知ってるなら教えてほしい!」


今度は振り向いてくれた。ゆらゆらと先ほどとは違い、覚束ない足取りでオレの影法師に近付く。


「何でお前がこのデータを持っている」


小さな声で、けれど辺りに人が居ないせいか響いて聞こえた。俯いてて表情は分からない。声音は困惑しているようにも怒っているようにも聞こえる。


「それはオレが聞きたい。今日、端末にこのデータが届いて影法師のプログラムが書き変わった。

このデータの事を知ってるのなら教えて」


影狩りはオレの問いには答えず、俯いたまま動かない。

でもここで押しきらなければ、きっとこれからも何も分からない。影狩りが本当にこのデータの事を知っているのかは分からないけど、オレが一人で悩むよりずっといいはずだ。


「何故知りたいと願う。罠かもしれない、ただ企業のテストデータかもしれない」

「今はシャドウの企業に勤めてる知り合いなんていないし、一介の中学生を罠にかけてどうするんだ。

知りたいと思う理由なんて単純だ」


バカだと思うかな、子供のようだと笑うかな。

でもこれがオレの唯一で単純な理由なんだ。


「オレはシャドウバトルが好きだから」


その言葉に影狩りは眉をひそめる。嘲笑うような視線にまた体が強張るが、今度は眼を逸らさない。


「後悔するぞ」

「しない」

「シャドウに失望する」

「そんなことない」

「…何があっても?」

「シャドウが好きだって気持ちは変わらない」


そう、あの日シャドウと出会ってからオレの気持ちは変わっていないから。


数年、叔父がまだ行方不明になる前のこと。

叔父に連れられて所属する企業にこっそり忍び込んだ事がある。叔父は『子供の意見を聞きたい』という理由でオレを呼んだ。

研究所とは言えない規模だったけど、多くの人がその研究に携わり未知の技術を産み出していた。


『RAV(Reality Augmented Vision)』。

構築したデータを実体として現実に映し出し、なおかつ質量をもたせたデータと感覚をリンクさせるという技術である。

現実に新しい情報を組み込み、実体としてデータを現実世界に構築させる技術は当時既に確立していた。大人での実験は成功しており、あとはターゲット層である子供の規格に当てはまるかをテストする段階まで来ていたのだ。


そしてその試作1号の元となったのはオレ。オレをVR空間内にデータとして模倣しプロトタイプを構築した。プロトタイプを繰り返しアップデートして今の企業が売り出している形となったのが以前のエスペランサだ。


エスペランサが出来上がった時、オレは高揚した。もう一人の自分を自分から作り出したその技術に。作り出された実体に触れた事実に。実体を操り遊ぶ世界に。

これは比喩表現でもなく、これは『オレ』なのだと感じ取ったのだ。


その世界に一瞬で引き込まれた。

理屈なんかじゃない、感情でそう思った。


影狩りはため息をつくと、口を開いた。


「そのデータはプログラム名『リブラ』。

高槻博士という人物が開発したデータだ」

「それおじさんの名前!」


やっぱり。予感はしていたけど、おじさんが関係していた。

実はエスペランサは初期プログラムからほぼいじっていない。

万が一、影法師のデータに異常があれば元となったエスペランサに異常があると判断されるため。エスペランサはすべてのシャドウデータの基盤なのだ。

故にエスペランサには叔父独自のプロテクトがかけられている。オレは調整のためプロテクトの解除のやり方を教えてもらったが、他に流出するのはまずあり得ない。そんなもの下手に誰かに言ってしまえば、企業の技術流出になりえるからだ。


「おじ?まさかとは思うが、おまえ素体No.LI-001の人間か?」

「素体ナンバー?は分からないけど、企業が売り出しているシャドウデータはオレのVRデータを合わせて作られたデータなのは確かだよ。

叔父にデータ取られて、それが元でエスペランサが出来たから」


試作品としてエスペランサをもらって、それを調整とアップデートを繰り返していたのは叔父だからその様子を見ていた。

なので全体のスタイルの一部とナイトスタイル全般はエスペランサが素なのは違いない。ビーストスタイルやアーチャースタイルは規格が違ってくるので分からないが。


「そうか…」


日はすっかり落ち込み、辺りは藍色に染まる。わずかな月明かりに反射して影狩りの眼は鈍く光った。


「ならお前にも知ってもらおう。

シャドウデータの売買の全権を担っている企業、ヴィワーズ社の闇を」


静かだった世界に銃声が響く。


「伏せろ!」


突然に影狩りが影法師を展開する。同時に金属がぶつかったような音が鳴る。


「ひっ!」


足元を見ると、あと数センチという所に銃弾の後が突き刺さっていた。

影狩りは怯えて立ち竦むオレの腕を引っ張り、建物の陰に滑り込む。その間も銃声は止まず、スレスレの所を銃弾がかする。陰に入る前、影法師が複数見えた事実に驚愕する。


本来シャドウの攻撃はARフィールドでしか存在しない。RAVフィールドでは人を傷付ける恐れがあるため、安全が保証されている公式大会の出場者しか配られない解除キーでしかその設定は解除できない。アンダーフィールドなんかはその限りではないらしいが…。

ともかく日常でバトルする場合も攻撃は立体映像だけで、実際は建物に当たっても貫通はしない。人体に当たっても直射日光に当たる程度のダメージなので被害は日焼けぐらいなものだ。

だが先ほどの攻撃は現実にダメージが発生していた、つまり明らかな違法プログラム。


「おいお前!早く影法師を出せ!」


声をかけられてハッとする。気が付けば影狩りはゴーグル型SPCを装着して撃ってきた影法師を狙撃していた。


「な、なんで!?」

「あの弾雨で分からねぇのか。お前、狙われてんだよ」


言われて思わず自身のSPCを握り締める。

そうだ、この中には未知のデータがある。狙われる可能性は十分だ。


「もしかしてエスペランサのデータで?」

「ああ。しまったな、まさかLI-001に会うとは思ってなかったから油断してた。相手は6、いや7体か?

おい、お前スタイルと戦闘型は?」

「ナイトスタイル。近距離戦闘型で一対一でしか戦ったことがない。……なんでそんなこと聞くんだ?」


まさかと思うが、そうじゃないよな?


「まあなんとかフォローする。

俺の影法師はアーチャースタイルで遠距離砲台専門だ。近距離戦闘も多少出来るがお前が頼りだ、前衛は任せた。これRAV攻撃プロテクトの解除キー」

「はっ!?た、戦う気!?」


渡された解除キーに動揺する。相手は違法プログラムだ。大人に伝えればあとは勝手に取り締まってくれる。ここで応戦するより、逃げた方が得策だと思う。

そんな考えを払拭するように影狩りはまた銃声を響かせた。


「馬鹿か。お前がSIモードで展開した時点で面割れてんだ。

逃げ切れるわけないだろ」

「だからって…」

「お前、その影法師奪われてもいいのか?」

「それは嫌だ!」


それだけは絶対にさせない。

これはオレの影法師だ。誰にも奪わせない。


覚悟を決めて専用ゴーグルを装着し、端末に影狩りから渡された解除キーを読み込んだ。

それを見た影狩りは俺と自分のSPCを同期させた。すぐさま敵の情報が入ってくるので開示。


敵は7体、スタイルは……全員一緒?規格もほぼ差異がない。これは一体なんだ?


「影狩り、なんだこれ?NPCか?」

「あいつらは量産型プログラムだ、本人のデータに沿って作られたデータじゃないから精度は低い。捨て駒扱いだから急所に一発叩き込めば退散するはずだ」


疑問を投げ掛けるとすぐに答えが返ってくる。ついでに攻略法も教えてくれた。

なんでこいつそんなこと、とは思わないでもないが、今は敵をどうにかするのが先決だ。影狩りの正体は後から聞いても遅くはない。


「わかった、逃げんなよ!!」

「誰が!」


互いに笑い、配置につく。


「「RAVモード解除!影法師データを展開!

バトルスタート!!」」


影法師は全部で7体。

前衛2体、中衛3体、後衛2体のスタンダードフォーメーション。その中でも狙撃手が一番厄介で、どこに潜んでいるか基本的に姿を表さないし、近距離戦闘を主とするオレが苦手とする相手だ。

飛び出したて応戦するも、案の定狙撃に気を取られて他の対処が遅れだした。攻撃も浅いものしか入らない。


「っの野郎!!」

「一度下がれ!むやみに突っ込むな!」


影狩りが狙撃で隙を作った瞬間、一時的に離脱する。

このままではジリ貧だ。


「陣形が崩せない限り突破できないみたいだな」

「2体の狙撃手、あれだけなんとか出来ない?前衛だけに集中したいんだ。難しいなら一体でいい」

「なめるなよ」


影狩りの影法師が飛び出す。相手は虚をつかれたのか至近距離での発砲をもろにくらう。それと同時に飛び出す三つの『クリティカル』。相手に追加ダメージが加算された。


「3連クリティカル!?」

「当たるぞ!」


反射的に飛び退く。目の前に黒い壁が浮き出し、相手をその壁の中に閉じ込めた。影狩りの影法師は真上に銃を乱射すると、そのエネルギーが一つに集まる。


《ファーストトリガー・起動 流星群》


上に打ち上げたエネルギー弾が飛び交い、黒い壁の中に一斉に降り注ぐ。

一分の隙もない攻撃に相手の影法師は成す術もなくその身に喰らう。攻撃が止む頃には何体かの影法師が消えており、他の影法師も満身創痍といった様子だ。


「いっちょあがり!」

「すっげ…」

「ぼさっとすんな!あと4体!」


残った4体が全員襲いかかってくる。最後の一斉攻撃といったところか。


「じゃあオレも!」


4体に斬撃を叩き込む。十連攻撃を成功させればトリガーが整った。


「これで、終わりだ!!」


《ファーストトリガー・起動 シャイニングブレード》


大きく振りかざすことて生まれる剣の衝撃波は目の前の相手をすべて両断する。

近ければ近いほどその威力は増し、防御の隙を与えない。


攻撃を受けた影法師は消え失せた。後に残ったのは二人の影法師だけだ。


「やった…?全部倒せた!あっいてぇ!」


勝利の歓喜に思わず跳び跳ねるが、緊張の糸が切れたのか足に力が入らなくなり尻餅をついてしまう。


「まあこんなもんか」


すました顔で言う影狩りも安堵の表情をして座り込んでいた。

初めて見た冷たい無表情でも怪しく笑う悪役顔でもなく、普通の年相応の表情を見れた気がした。

それが嬉しくて影狩りに抱きつく、もちろんすぐにひっぺがされた。それでもオレの興奮は収まらない。表情を変えた影狩りに気付くことなくはしゃいだ。


「やったやった!」

「いや……まず逃げるぞ!」

「えっ」


立ち上がった影狩りに腕を引っ張られ、その場を離れる。すぐ後ろではざわざわとした気配が増えていく。疑問に思ったがすぐに理由に気が付いて血の気が引く感覚を覚える。

そうだ、あれはいつものバトルではない、現実に被害が出るものだ。バトルに夢中で気が付かなかったが、おそらく銃痕や剣で切りつけた傷が建物に残っている。


「そりゃRAVモードで攻撃すれば建物ボロボロになるわな」

「なんで言ってくれなかったんだ!?」

「派手に暴れたお前が悪い」


それはそうだが先にトリガーを引いたのは影狩りだ。どの口が言うんだと言いかけたが、それは飲み込もう。

多分被害を拡大させたのはオレの最後の一撃だ。影狩りは最小限になるようにシールドを張るトリガーを使用している。その証拠にオレのトリガーのあちこちに痕跡はあったのに、影狩りのトリガーの痕跡は道にしか残っていなかった。

セカンドトリガーを使えば良かったとは思うがあのときはあれが最善だ、と思い込むことにした。深く考えてはいけない。


あの場からだいぶ離れた川沿いの道、時間も遅くどこかの家から炊事の音や子供の笑い声が聞こえてきた。


……聞こう。後悔する事になったとしても。


「…影狩り」

「なんだ」

「なんで影狩りはこのデータの事を知っているんだ。

それにこの解除キーは普通公式大会でしか使用できない。出来るとしたら違法プログラムか、正規にデータをいじることの出来る人物……ヴィワーズ社に関連する人が持つマスターキーをコピーするしかない。

もしかして『影狩り』はそれに関連することなのか?

影狩りは、君は何者なんだ」


風はやんでないはずなのに、自分の声しか聞こえない。

二人の間に重い空気が流れて時間の歩みが遅くなったように動きが止まる。


「俺の名前は影神華藍。ヴィワーズ社の創立者である影神華道の孫だ」


その名前に聞き覚えがあった。

たしかヴィワーズ社の社長だったはず。シャドウをやっている者なら一度は聞いた事がある名前だ。


「オレはヴィワーズ社に隠れた組織を潰すために、あるデータを集めてそれを消去している」

「それが端末に届いたあのデータ…」


プログラム名『リブラ』。それがオレの影法師を書き換えた正体。


オレのSPCは旧式の端末だが、常にアップデートを繰り返しているので新型となんら代わりない処理速度をしている。逆にアップデートを繰り返してもエスペランサのデータは反応速度がやや遅れぎみであった。それはエスペランサが最初期のプログラムであったことも理由に上げられるが、一番の理由は自分が成長していたからだ。

エスペランサと出会って数年経ち、毎日シャドウをやればあの頃より技術も上がる。通常は成長に合わせてデータを入れ替え、新しい規格に以前の情報を引き継ぐ。それをしなかったのにはまたいくつか理由があるが、今は置いておこう。


おそらく成長を考慮して作られたのが、『リブラ』のデータだ。さっきのバトルで思ったが、あれは手に馴染みすぎる。

まるで今のオレの技術を知っていてプログラムしたかのように。


「ああ、それは12あるデータの内の一つにすぎない。

いずれ話すことではあるが今回はやめておこう」


影狩りは話し終わったと言わんばかりに、その場を立ち去る。

最後に聞こえた声はオレの世界を一気に塗り替えてしまう。


「しばらく『リブラ』はお前に預けておく。どうやら理由がありそうだしな。

だが覚えておけ、そのデータは世界を破滅に導くパンドラの箱だ」


これが、非日常へと変わった日。

オレと『影狩り』の出会いだった。








.

SPC

シャドウプログラムコントローラー

これを展開させることにより目の前にバーチャルパネルが出現、シャドウにあらゆる指令を出すことができる

形状はケータイ型、グローブ型、ゴーグル型に分けられる

(ケータイ型は旧式なため、専用ゴーグルとセットで端末自体を操作して指令を出す)

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