第1話 日常から非日常へ 前編
「うわぁあああ!」
《戦闘不能状態になりました バトルを終了します》
《勝者 エスペランサ》
「ん~やったね!
大丈夫か、ヒロキ?」
ここはアマギシティにある中学校。その中に併設されたフィールドに少年はいた。
専用ゴーグルを外しながら勝者である少年は、対戦相手に手を差し伸べながらカラカラと笑う。
少年の名は光鳴秋良。
シャドウバトルで遊ぶ、ごく一般的な中学生である。
『シャドウバトル』
それは武装した『影』を操り戦う遊びである。
ほんの数年前に企業が公表した技術を用いた遊びであり、今や多くの子供たちを虜にしている。
「あーアキラお前手加減しろよな!」
「勝負において手加減も何もないだろ。エスペランサの能力も手加減できるほど容易くないからな。
それにそんなの対戦相手に対するお前に失礼だ」
少年は『エスペランサ』と呼んだ『影法師』を仕舞いながら笑った。
「へーへー。真面目だなぁお前」
「あっ、と、オレ今日は用事があるから!
また明日な!!」
「おう、明日は負けねーぞ!」
「昨日も同じ事を言ってたぞー」
「うるせー」
慌ただしく帰り支度を終え、待ちわびていた友人と共に家路を急ぐ。
「マリア、お待たせ」
「うん。帰りましょう」
少年はまだ知らない。
これから起こる出来事も、これから出会う仲間達のことも。
「明日はどんなバトルが出来るのかな!」
『影法師』に隠された闇もまだ知らない。
――――
「『影狩り』?なにそれ?」
学校の帰り道、そんな噂がたっていることをマリアから聞いた。
「なんでもバトルに負けたら強制的に影法師を奪われるみたい。特に大会なんかで優勝した経験のある人たちが狙われているらしいわ」
「へー。オレには関係ないや」
肩をすくめて怖がるマリアに生返事を返す。
大会で優勝するような強いやつが狙われるならオレには関係ない。大会なんて一度も参加したことがないし。
「あ、アキラは強いわよ。大会に参加したら絶対優勝出来るのに!」
「オレはシャドウは好きだけど何も勝つためだけにやってる訳じゃないし、それに母さんが…」
言いよどむオレに、マリアは察したようにため息をついた。
「まだ日向子さんに言ってないの?シャドウやってるって」
「母さんが許してくれるわけないじゃん。
おじさんが行方不明になった原因かも知れないのに……」
母さんの兄、つまりオレの叔父はシャドウの開発に携わり、完成した直後に消息を絶った。何でかは知らないけど、母さんはそれをシャドウのせいだと思っているみたいだ。
それなのにシャドウで遊びたいなんて、そんなの言えるわけがない。
「まったく。とにかく、アキラは気を付けて。
大会に参加してなくても巻き込まれるかもしれないから!」
「はいはい。じゃーな!」
マリアの説得を話半分に聞きながらマリアと別れる。
だからオレには関係ないって。
「ただいまー。母さん?」
用事があるから早めに帰りなさいという母さんの言い付け通り、家へ帰るがそこに母さんはいない。
「買い物かな……ん?なんだこれ?」
端末に届いたのは一通のメール。
差出人は知らないアドレス、件名は無し。内容も影法師のプログラムデータと位置情報のみ。
「迷惑メールか…」
そう思い削除ボタンを押すもなぜか操作が効かない、それだけではなくメールに添付されていたプログラムもダウンロードが開始された。
「はあ!?ちょ、アカウント乗っ取りとかウイルスでも入ってるのか!?」
様々な操作をしても中止されない。端末自体を強制終了しようとした時、ダウンロードが完了してしまった。
思わずため息をつく。どこの誰かも何のデータかも知らないが、オレのエスペランサに何を入れてくれたんだ。特に昨日プログラムのバグ掃除したばかりなのに。
とはいえ、ダウンロードしてしまったものは仕方がない。データを確認すべく影法師をSIモードで開く。
「…は?」
出てきたのはいつものエスペランサではない。
普段の俺が使用している影法師は企業が売りに出している専用データで作られたものだ。パーツごとに売っている物もあれば、セットで売りに出している物もある。完成されたデータなのでカスタム出来ない事が難点だが、その分プロが組んだプログラムなので情報処理の時間は短いしなによりバグが少ない。すでに完成しているデータなのでバグが入り込む事が滅多にないのだ。
ついでに説明すればオレのエスペランサに使用しているデータはナイトスタイル。汎用性に優れクリティカル値が高い黄属性に最も相性がいい。初心者から熟練者まで幅広く対応出来るデータだ。
だがこれは違う。
新作は毎週のように出ているし、それをすべてチェックしている。どこを見ても製品ナンバーが無い上にこんなデータは見たことがない。
製品ナンバーが無いなら素人が独自に作ったプログラムに違いないがこれはあまりにも出来すぎている。
既存のデータを取り込み、それを組み込んだ上で新しいプログラムを成立させた。それ故に既製品と大差ない、いやそれ以上の高度なプログラムが組み込まれた影法師へと進化していた。
「なんで、誰がこんなこと……」
そう思い、気がついた。さっきの位置情報。あれが現時点では唯一の情報源だ。
急いで位置情報を検索する。出てきたのは家からそう遠くないショップを示していた。
「番地は12-21、建物は店…名前はわからないけど何かのショップかな?」
メールが示す場所は分かった。問題はどうするかだ。
誰かと一緒に行こうにも、こうなった経緯を話せば誰もが止めることだろう。特にマリアなんかはそのままデータショップで初期化することを勧めきそうだ。
普段のオレならそうしたかもしれない。
けれど今日は違う。
「(知らないデータ、企業のプログラムを越える技術、オレに送られた意味。
知りたい、このデータの送り主を!)」
意図がわからない恐怖心よりシャドウに対する好奇心が勝ってしまった。
検索結果を端末に保存して誰にも告げずに家を出る。
ヘタな事に巻き込まれるとしても友達まで道連れにする気はない。特にマリアやリュウジが巻き込まれたらたまったもんじゃない。書き置きはしたし、位置情報は自分の部屋に検索結果を残したままだ。
バレない内に行こう。この影法師の意味を知るために。
幸いにも近場であるから一時間もしないうちに辿り着けた。
「ここ、データショップ?」
位置情報を頼りに目的地に着けばそこはシャドウのデータショップ。奥に入り組んでいて分かりにくいが、別に怪しくはない。
そっと扉を開いて中の様子を伺う。年齢層は高めだが穴場的な場所なら珍しくない。むしろこういう場所はオリジナルデータをカスタム出来る機器が揃っているので、大人が出入りしやすいのだ。
一度扉を閉めて、深呼吸。気合いを入れて入り直す。
扉のベルが大きく聞こえた。
「…いらっしゃい」
「こ、こんにちはっ」
無愛想な店員、小さいながらも品揃えが豊富な棚、平日だからかまばらな客。ぐるっと中を回ってみたがおかしな所はない。
いっそ店員に聞いてみようか、何か知っているかもしれない。
口を開きかけた時、またメールが届く音がした。確認すれば同じアドレスから文字の羅列と『店員に見せろ』という不可解な内容が記されている。
タイミング良く届いたメールに心臓が鼓動を速める。監視されてるのか、やっぱり一人で来たのは間違いだったのか。思考がマイナス方向に向かうのを頭を振って追い払う。
今さら悔やんでももう遅い。ここまで来たのなら最後まで突き詰めてやる。
メールの指示通り店員に見せると、一瞬眉をひそめて訝しげに見られた。その表情はすぐに無表情に変わり店の奥へと連れていかれる。
扉の先はゾッとするほどの熱気に満ちていた。
薄暗い空間に敷き詰められた人間、真ん中のフィールドだけが煌々とライトで照らされている。
空気が薄いのかそれとも恐怖からなのかうまく息が吸えず苦しい。
乱暴な言葉が飛び交い、醜い雄叫びとつんざくような嘆きが一瞬の隙間すらなく耳を刺す。
「ここは…?」
「アンダーフィールド、シャドウでの賭け事が行われる場」
店員はそれだけを伝えると、さっさと表へ行ってしまった。
どうやら店員はただの案内人だったみたいだ。
「アンダーフィールド…。
アングラ大会みたいなものか……」
小さな町の大会ならともかく、ここまで大規模な大会なら公式化してもおかしくない。けれどそれが無いという事なら、賭け事が関係しているのだろう。非公認といえど、子供の遊びに対して大人は悪どいことを考える。
フラフラと歩いていると背中に衝撃が。どうやら人にぶつかったらしい。
「っと、す、すいません」
謝ろうとして、振り向く。
黒に染まる視界。すぐにフードだと気付くが、同じぐらいの身長にフードの隙間から見えた黒い眼がまた視界を黒く染めた。突き刺さりそうな冷たい視線にギクリと体が強張る。
棒立ちになったオレに興味を示す様子もなく、小さな体が横をすり抜ける。
「おいボウズ、気ぃつけろよ。そいつ『影狩り』だぞ」
その背中を見つめていると声がかかる。常連客のような男が先ほどの人物の情報をくれた。
『影狩り』。数時間前に聞いた噂だ。
「『影狩り』……。あいつが?オレと同じぐらいなのに…」
「ボウズ、ここにいる奴らは見た目で判断したら痛い目見るぞ。
なんなら今から見ておけばいい。影狩りのバトルを」
アナウンスが入る。
次のバトルは影狩りが登場するみたいだ。
観客が一気に沸き上がる。
影狩りの名前が出た途端、より一層ひどくなった罵声と空気。よほど影狩りは嫌われているみたいだ。
そんな周囲をものともせず、優雅な足取りで中心のフィールドに降り立つ。
どれだけ見ても強そうには見えない。
小さな体躯、優雅な足取り、しゃんと伸びた姿勢。テレビで見る子役だと言われても違和感がない。
けれどそれら全てを恐怖に塗り替えるあの黒い眼が頭の中にちらつく。あの眼で見られた時、心臓に氷柱が刺さったように恐怖で体の体温が下がった。
まるで、何かを恨んでいるような……。
「(あいつ…何で影狩りなんか……)」
恐怖と疑問が渦巻く中、バトル開始の合図が放たれた。
.
影法師
自分の体をVR空間に模倣してカスタマイズすることで完成する操作キャラクター
企業が提供しているデータか、公式で定められたレギュレーション規定のオリジナルデータを作ってカスタマイズする事が出来る
意識は分離しているが、感覚は共有しているので自身の分身とも言える