(5)
二学期になると三年生は進路準備の為、クラブ活動から身を引く。
次は二年生が中心になって回って行くことになる。新しい部長は恒例
で辞めていく部長が指名することになっていた。アンちゃんはおれを
指名しようとしたが、おれは頑なに拒んだ。
「もうそういうのん止めへん」
「どういうことや?」
「辞めていく者が口を挟むの」
「アホっ!俺は何も口を挟もうなんか思とらんわい」
「そら知ってる。ただ、そういう古いきまりを尽く
潰していってくれへん、アンちゃんが」
「ほぉう、なるほど」
「部員が新しい部長を『自由に』選べるように」
「そらそうやな」
始業式が終わって三年生を送る会が催された。三年生が前に出て
順に別れの言葉を述べ、最後に南さんとアンちゃんが引き受けた。
そしていよいよ次の部長の名前を呼ぶ段になってアンちゃんは、
「本来ならここで次の部長を指名するねんけど、居なくなる者が残
った者につまらんチョッカイするのもおかしな話しなんで、君たちの
リーダーは君らが自由に決めるべきや、自由に」
言い終ると一瞬音楽室は静まり返ったが、おれが拍手をすると徐々
に拍手の波が広がった。椅子に腰を下ろしていた顧問の先生は慌て
て立ち上がって、
「みんな!ほんとにそれでいいの?」
すると全員が大きな拍手を返した。その後、顧問の先生が仕切って、
後日投票による部長選びが決まった。最後にみんなで一緒に校歌を
歌って終わった。
新しい部長にはピアノの女生徒が選ばれ、彼女はおれを副部長に
指名した。おれは快く引き受けた。
アンちゃんと雖も、例えアメリカへ行くにしても、ア
メリカ村で金髪ギャルをナンパするような訳にはいかなかった。
「ヤバイっ!ちょっと英語勉強するわ」
そう言って英会話の教室に通い始めた。おれはあの眩しかった夏
の余韻から抜け出せないまま深まる秋をやり過ごした。しかし、
夏の陽を浴びて青々と繁っていた木々の葉が、少しずつセピア色
の枯葉に変わって一枚一枚落ちていく様に、夏の日の情景も一枚
一枚記憶から失われて、気が付けば残す月がなかった。
三年生が抜けた後の部活は、収まりの良くない脱水機のように
ギクシャクして思うように回らなかったが、年末が近づくと音楽
をするものは何かと忙しくなって、収まりの悪いまま勢いよく回
り始めた。しばらくアンちゃんとは会えなかったが、おれは遊び
すぎて再び留年の危機を迎えてしまった、彼は親との話し合いの
結果、アメリカの学校へ留学することで承諾を得た。クリスマス
には彼の部屋に集うことが決まっていた。
「おいッ、彼女連れて来いよ!ベッド貸すから」
下校の途中、用も無くよく遠回りしてコリアタウンに足を運ん
だ。それは湿っぽい水槽へ一人戻りたくなかったから。街はイルミ
ネーションが灯り年末を控えて賑やかだったが、金融危機の影響か
ら一気に華やかさが鳴りを潜め、いつもの年末とは違っていた。
雨は夜更け過ぎになっても雨のままやった。お呼びの掛かったパ
ーティー会場を梯子して2、3曲歌って、それからアンちゃんの部
屋に辿り着いたのは夜更け過ぎやった。十名余りの男女がアンちゃ
んの歌を聴いていた。アンちゃんはその歌を途中で止めて、
「遅っそいの―、来んの。おいッ!お前、彼女は?」
「無理!無理!」
「何じゃ!情けない奴っちゃな」
「許してチョンマゲ!」
「よしッ!ほんだら今から外でナンパして来いッ!」
部屋の隅にはシャンパンの空瓶が何本も転がっていた。
「アンさん!何言うてはりまんねん、外は雨で猫も歩いてへんわ。
トナカイもソリが重たい言うて難儀しとったで、滑らんわ―言うて」
「あれなっ!一回止まったら次なかなか動かへんねんって、もう
ええわ、アホっ!」「判った!ほんだら、もうこの中から好きな
女選べ、俺からのクリスマスプレゼントや」
大概はアンちゃんの「使いさし」やった。アンちゃんの独演会は
さらにノッテきた。
「よしッ、みんな目をつぶれ!ええか、今晩こいつと寝てもええ
奴、ゆっくり手を挙げろ!」
「誰や!手あげてる男!」
「おいッ!皆かいっ」
「ほんだら今度、俺と寝たい奴、手を挙げろ!」
「ワッ!誰も居れへんの、何で?」
「俺、大きな勘違いしてたわ。みんなお前来んの待ってたんやわ」
「あの―、ものは相談やけど、誰でもええから一人貸してくれへん?」
そこでおれが、
「アカン!お前は表行ってトナカイでもナンパしとれ!」
「そらアカンは、あんた、サンタさんが怒るもん」
「そないサンタクロースいうのはウルサイんか?」
「そらぁ、あんた!相手がサンタクロースだけに説得するのに、
さんざん苦労する」
おれとアンちゃんは一緒に頭を下げて、
「失礼しました!」
皆は大きな拍手で迎えてくれた。そして、
「メリークリスマス!」
みんなが、
「メリークリスマス!」
パーティは盛り上がって明け方まで続いた。