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儒魂  作者: ケケロ脱走兵
4/26

(4)

 夏休みに入って早々、おれはアンちゃんに連れられて大阪城公園


でデビューすることになった。始めは恐る々々だったが、徐々に抑


圧してきた様々な感情が音楽という出口を見つけて一機に噴き出し、


熱い思いは無為を憩う人々にも伝わって、日に々々聴衆も増えてい


った。


「ギター上手うまなったな」


アンちゃんも上達を認めてくれた。そして何よりも歌うことから自


信が生まれて日常会話も殆んど吃らなくなった。やがて常連のファ


ンが出来て、硬く誓った夢もあっさりと成し遂げた。


 ライブの後、アンちゃんの部屋にファンの娘らを呼んで和みながら、


酒を飲まされてすぐに朦朧もうろうとなって意識を失い、気が付


けばおれの愛馬に、決して馬並みだという訳じゃないが、見知らぬ女


(またが)って腰を揺すっていた。おれは、


「あっ、あんた、誰?」


すると騎手は、


「あんたのファン」


そう言ってキッスしてきた。すでにおれは愛馬の手綱(たづな)すら操


れず馬なりに任せるしか術がなかった。何度も言うようだが、この例え


からおれが馬並みだと決して勘違いしないでもらいたい。そして今度は


酔いとは違う別の快感から再び意識が虚ろになって空しく果てた。


「せやかて寝てんのに立ってんねんもん」


萎えた愛馬を撫でながら見知らぬ女はそう言った。


 後になって、それはアンちゃんが仕組んだ事と判った。以前、一


緒にНビデオを見ている時、おれは、自分の水槽では見れない大型画


面に映し出された官能の場面を、アンちゃんの呼び掛けに耳も貸さず


鼻血を垂らさんばかりに喰らい着いて見ていたらしい。


ただ、鼻血は出さなかったけど。


「どうやった?あの女、やさしいしてくれたか?」


「えっ!なんで知ってんの?」


「アホっ!俺のベッドやぞ」


「酔うて何も覚えてへん」


「なんて言いよった?あいつ」


「おれのファンや言うてた」


「確か、俺にもそう言うたわ」


彼女はアンちゃんの使いさしやった。それでも彼女とは馬が合う


と言うのか、例えがちょっと違う?つまり、反りが合うというのか、


これもおかしい?要するに何度かおれの愛馬の調教をして頂い


た。彼女はおれの右腕にはなれなかったが、右手の代わりには


なった。


 その夏に、おれは酒も知りタバコも知り、今では許されないが怪


しいタバコも知り、そして調教も万端に整って、やがて大人達が競


い合う本馬場へ放たれようとしていた。


 まもなく夏休みが終わろうとする頃、彼の部屋で二人で寛ぎながら、


「アンちゃん、卒業したらどうすんの?」


彼は長男で、パチンコ屋の跡を継ぐ為に親から強く進学を勧められ


ていたが、ただ、この夏休みも受験勉強などしたことがなかった。


「どうしようか」


「跡継がなあかんねんやろ」


「アホっ!パチンコ屋だけは絶対しとうない言うてるやろ」


「何で?」


「何でかな?とにかく厭や」


「ほんだら何するの?」


彼は少し間を空けてから、


「卒業したらアメリカへ行こと思ってる」


それは何も驚くことでもなかった。彼は普段からその夢を語ってた。


そして親は必ず反対するからと親の援助を当てにせず、路上ライブ


で稼いだ金を少しずつ貯めていた。だから彼が歌う曲は洋曲ばかり


だった。


「アメリカで金に困ったら歌で稼がんとあかんやろ」


彼の「自由に」の口癖はアメリカへの憧れからやった。


 管理された受験競争から早々と脱落してしまった不安を、夏休み


にアンちゃんと「自由に」過した日々が忘れさせてくれた。それは


この道しかないと教え込まれた者が、その道を見失って途方に暮れ


て道遠し時、笑いながら現れた救い主に別の道もあることを教えら


れた思いやった。もちろん「自由に」生きれるほど呑気な社会では


ないが、だからといって受験、就職、出世と何れも競争と呼ばれる


仕組まれたレースを競うことが不安のない生き方だとも言えない。


教え込まれた生き方がそれに耐えて従う辛苦に報いるだけの生きる


歓びをもたらしてくれるんやろうか。不安は消えてなかった、しかし


不安に張り合うだけの自信が生まれた。その自信とは、他人に委ねた


評価から得る自信ではなく、自分の生きる力から生まれてくる自信や


った。つまり、集団から取り残されて全てが自分の判断に委ねられた


大きな不安こそが自信の源だった。

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