【Ⅲ‐1】
3話前編です。
Ⅲ
雨の日が多くなってきた、そういえば今週から梅雨にはいったとニュースで言ってたのをぼんやり覚えている。その日は、日直の仕事を二人で片づけたあと、誰もいなくなった教室で2人で話していた。「そういえば今日、傘忘れたんだよねえ」
天気予報でも雨予報が出ていたのに奏が傘を忘れたと言ってきたのは意外だった。
いつもなら照れくさくてこんな提案しないのだが、日直の仕事が長引き、玄関に着くころには僕たち以外の生徒の姿が見当たらなかったので一つの傘で帰り道を辿ることにする。
どちらからというわけでもなく色のついたブロックを踏むゲームを始める。どうやら色のついてないところは踏んではいけなくて、マンホールはセーフらしい。時々肩が触れ合うほどの距離と、まるで自転車を初めて漕いだ時のようにぎこちなく進んでいくぼくたちだけの時間は、愛おしくて、平凡で、じれったくて....しかし、この世で一番達成感に満ちたような心地の良い時間だと思った。
この時間が、記憶が指の隙間からこぼれ落ちないように、傘の中の小さな世界を壊したくなくて一緒に傘を持つ手を優しく握り直してみた。照れくさくて外した視線の先の、奏の鞄からちらっと見えた折り畳み傘の事も何も言わないでおくことにした。
やけにうるさく感じる鼓動の音が雨音より大きく鳴っているようで、奏に聞こえてないか心配だった。
傘の中で見る奏の横顔はやけに大人びていてまるで違う世界の住人であるかのように思った。雨が上がっても傘の中で靴ひもを濡らしながら帰った梅雨の始まり――。
最近、雨の日は授業が終わったら必ず図書室に向かうようになった。湿気に混じって本独特のにおいが強く香ってくるのも、静かな図書室の窓に打たれる雨音を聞くのも好きだから、というのは半分本当で、もう半分はこれからここに来る女の子と2人きりで帰るための口実だ。1時間ほど時間を潰していると奏が遅れてやってきた。足早に、しかし決して走らないようこちらに向かってくる。静かに向かいの席に座った奏は、メモ帖に何かを書き、僕にこっそりと渡した「ごめん、委員会で遅くなっちゃった」教室内で孤立している者達同士、仲がいいとほかの生徒に知られたらそれこそセットで囃し立てられ、標的にされるであろうことが容易に想像できた為、学校内での会話は極力この小さなメモ帳の中で行われていた。不便ではあったがその小さなメモ帳で交わされる僕たちだけの会話は、どんな小説にも負けないくらいの物語が紡がれている。「別に。本の続きが読みたかったからここにいただけだよ」我ながら本当に素直じゃないと思う。「ふーん。待っててくれてありがとね。」奏の裏表のないやさしさはいつもじんわりと僕の心を温かくしてくれる。そんな温かい空間が好きで、毎日雨が降ればいいのにと強く願った。
かなでたそおおおおおおおおおおおおおおおかわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい