古龍の手すさび
この素材を見つけるまではずいぶん試行錯誤したものだ。
適度に硬く、もろくない程度に粘りがあり、切削しやすく、どの方向に刃を立てても均質。
前世ではそりゃあいろんなマテリアルが簡単に入手できたが、こっちじゃそうはいかなかったんだぜ?
教えろ?まあいいが。
世界樹の琥珀、聞いたことあるか?
ああ、それだ。
琥珀になる前の樹脂な?あれに白の絶壁でとれる白石を砕いて粉にしたのを練り込むんだ。
いい塩梅にベージュ色になったら、魔力室に置いとけば20分くらい、かな?それで固まる。
ああ、室にはうかつに近づくなよ?普通の人間じゃ魔力に当てられて3日は寝込むからな?
それでこのくらいの塊を作っといて、削り出していくんだ。
まず、大体でいいから球を作ってな。ああ。大体だ。こんな感じ。ポリゴンみたいだろ?あ、ポリゴンじゃわからんか。まあそうだよな。こっちじゃそんな用語は使わんしな。こう、多面体?そんな状態でいいんだ。
で、当たり線を引いてな。正中線と目の位置を決めるんだ。
それぞれ向いたやり方はあるんだろうけど、俺は目が決まってないと落ち着かんね。
ディジェの奴は鼻筋からじゃないと作りにくいって言ってたっけな。
まあ俺は目だ。そこを基準にして鼻筋や口元を彫刻するんだ。
意外に鑿の種類が少ない?
まあ俺は4種類くらいかね。
レオナルドの奴は何十本って用意してるがね。
俺はこれでいい。
この方がやりやすい。
まあ底もそれぞれ向いたやり方があるってこったね。
ほら、こんな感じ。
まだ多面体だって?それでいいんだよ。
で、これを基準にしてこっちのサイズを決めるんだ。
なんだと思う?烏賊の甲羅?ああ、まあいいところをついたかな?
肋骨さ。上体のフレームは肋骨、鎖骨、肩甲骨なんだ。だから俺は肋骨を作って、それを芯にして肩を乗せるのさ。
腰は骨盤を作るのかって?察しがいいね。話の速い奴は好きだよ。
で、この芯材。これもたどり着くまでいろいろあったんだが、まあそこらへんはどうでもいいよな。
長くなるしな。
あー、ざっと18年くらい?
そう。長いんだ。端折ろう。そう思うだろ?
とにかくこれだ。竜の髭を酢に漬けて、そのあと乾かすんだ。
いいかい?ほら。曲げてもぽきんといかない。それでいて曲げたままの形を保つ。
そんなのあんたならすぐ見つかっただろうって?灯台下暗しってやつだな。うん。
まあとにかく、これで同と首、腰を継いでな。
継いだのがこれだ。
で、ここで鑢るんだ。丁寧にな。
ほら。ちゃんと曲面になるだろ?
魔法みたいだって?物理だよ。もうこれでもかってくらい物理。
で、髭の芯材で手足の長さとひじ、膝を決めるんだ。
このな。
ヒップ。
大殿筋。
ここまで足の筋肉と関連してるからな。
ヒップは脚と一緒に作るんだ。
そうするとラインが自然に出るんだ。
ウェインの奴は器用だからバラバラに作って上手に合わせるんだよなあ。
あの真似はできんな。
うん。
こんなか。
筋肉とか勉強したんだぜ?
ああ、ロバートに聞いたのか。
あいつ外科医の長老だって?
そうそう。大けがした冒険者を片っ端から手当てしてな。
そのついでに透視で筋肉見てな。
なんか医者として頼られそうな気配だったから適当なとこでロバートに丸投げしてな。
こう、
パーツを合わせて。あ、ちょっと離れてろ?
危ないからな。
焙るんだ。こんな風にな。
それで繋がる。
修正したきゃあ鋸でばらす。
最後に髪を作るんだ。
これで……
こうかな?どうだ?
割とここから悩むんだよな。
この状態の出来がいいと、なんか衣装つけて隠しちゃうのももったいないような気になってな。
うん?
まあ、そうだな。
裸像で仕上げたのって、割とそんな動機だな。
わかるかい?うれしいね。
気持ちを共有できるのはいいことだね。
ただ、近頃はな。
そこまで悩まなくもなったんだ。
悩まなくてもいいようになった、とも言うな。
まあ先に進もう。
これはほかでも見たことがあるんじゃないかな?あちこちで紹介したし。
そう。ラテクスの樹液。
これを色を置きたくないとこに塗っとく。
ん?
これか?
空気筆ってんだ。
精密な霧吹きと思ってもらえばあってるかな?
絵具をこのカップに入れてな。
ほら。
早いだろ?
絵具は世界樹の樹液を酒でのばしてな。顔料を溶くんだ。
で、1色塗ったら魔力室。
あとはこの繰り返し。
で、ラテクス剥がして。
ちょっと磨いて。
完成。
え?
さっき見たのとポーズが違う?
まあ、近頃自我がわくやつが多くてな。
おい。
そっちのドアの向こうが衣裳部屋になってるから。
裸が恥ずかしいなら適当に選んで着てろ。
ま、こんな風でな。
近頃は俺が考えなくても自分で衣装決めやがるんだわ。
ああ、ここの使用人はみんなあれの同輩だな。
そこはそれ、
俺もそろそろ人形師の第一人者だから?
そういうこともあるんだろ。うん。