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貧乏孤児院転生 −仲間と共にこの世界を駆け抜けろ−  作者: 神無月
第一章 Paradise Lost
5/5

第04話 俺はベッドで横になり、竜はベッドで丸くなる。


魔法適正がないとは全く考えていないで浮かれているシャトンをそのまま台所に置いてきてしまったが、まあ少し時間をおけば落ちつくだろう。

あとでこっそり台所を(のぞ)いて大丈夫そうなら戻ろう。


お昼を少し過ぎたくらいのこの時間、シャトンとミネット以外の子供たちはだいたい外だ。

この教会の敷地にある畑の野菜や芋を取るお手伝いをしてる、もしくは外で遊んでいるかだ。

義弟(シエル)もさっき外に居たし。


シャトンとミネットのことを思い出してオタ的興奮から走り出してしまったが、普通に今は自分に起こった事を考え直すべきだ。

そんな時に一番考えごとに向く場所は・・・


「やっぱりここだよな」



そう、子供部屋だ。



・・・違う、別に変な意味はない。

女子部屋に突撃だひゃっほーなどという意図は一切含んでいない。

ただこの時間に誰もおらず静かに考え事ができるところって考えただけだ。

それに、そもそも女子部屋、男子部屋とかそういういう(くく)りはりはない。

ここは教会の運営する孤児院で、男女合わせて10人近い子供たちがいる。

当然、その全員に部屋を与えられるわけもない。

そのため、子供全員の寝る場所が一部屋にまとめられている。

ベッドひとつに10人近い子供が全員で寝る。

ひとつとは言っても普通サイズのシングルベッドを4つくらい無理やり繋げたような代物ではあるが。


「ま、とは言っても普通の六畳一間なんかよりは断然広いんだけどな」


扉を開くと部屋の中はかなり暗い。

昼間だが分厚いカーテンで日光がほぼ遮断されている。

カーテンの隙間から(わず)かに光が差し込む。


その光の差した先、ベッドの上に座るシーツを頭から被った少女と目が合った。


「「えっ?」」


おかしい、この時間、この部屋には誰もいないはず。

誰が・・・という俺の思考を少女の「きゃあ」という小さな悲鳴が(さえぎ)った。


悲鳴を上げるや否や、頭から被っていたシーツで全身を覆って丸くなってしまった。

微妙にプルプル震えている。

アルマジロかハリネズミなのだろうか・・・

部屋も薄暗く一瞬で丸くなってしまったので、あまり良くは分からなかったが可愛らしい顔立ちをしてらいたように見えた。


そして、よくよくルークの記憶をひっくり返すと、ちょうど昨日この孤児院に連れてこられた子がいたと言う事実を思い出した。


唐突に昨日の夜、大人の誰かに連れてこられてから、ずっと顔を隠していたので、今のが初顔合わせだ。

流石(さすが)に先生には顔を見せてはいるだろうが・・・


昨日からずっと誰とも顔を合わせずに部屋の隅に縮こまっていて、俺の意識になる前のルークもアルマもシャトンも声を掛けられなかった。

今朝も部屋の隅に縮こまっていたが、まさか昼過ぎの今までずっとこの暗い部屋に閉じこもっていたということなんだろうか。

いや、多分そうなんだろう。


暗い部屋に閉じこもるって吸血鬼系の種族ではないよな?

吸血鬼は魔族カテゴリーだ。


実感は湧かないが、ルークの知識だとこの国は隣り合う魔族の国と戦争中らしい。


この村は戦地から離れすぎているため、徴兵のかからなかった地域だ。

そのため、あまり戦争しているという実感に欠ける。

とはいえ、戦争中に敵国の人間が、子供とはいえどもこの国にいてもいいことにはならないのは誰だってわかる。

まあ、まだ吸血鬼だと決まったわけではないし。先生もバカではない。

そのくらいに事はわかっているとは思う。


とりあえず、今俺がしなければならないことは、この丸まって震えている 布団子(ぬのだんご)とのファーストコンタクトだ。


あからさまに警戒されているが、気にしても仕方が無い。

このまま放っておいたらきっと100年経っても丸まっているかもしれない。


広いベッドの真ん中に鎮座している 布団子(ぬのだんご)に近づくべく、俺もベッドの上に乗るとお世辞にも高級とは言えないベッドがギシリと音を立てる。

すると見ていて面白いほどに、ビクリと団子が跳ねる。


「お、おい・・・」


ベッドの上を四つ這いで一歩俺が近づくたびに、団子はジリジリと一歩分俺から距離をとる。

シーツに丸まった状態で、これだけ正確に動けるっていうのは無意味に器用だな。


そして、俺が一歩近づくと団子はやはり一歩分離れる。

一歩近づく、一歩離れる。

近づく、離れる。

近づく、離れる。

近づく、離れる。

近づく、離れる。


そんなことを続けているとついに団子をベッドの淵ギリギリまで追い詰めた。


一応、団子のほうも丸まっているため、見えてはいないはずなのに、ベッドの淵まで追い詰められているということはわかっているらしく若干おろおろしている。

いやしかし、俺も団子のように丸まった人間の感情を読み取るとか、意味の分からない才能に満ち溢れているというのは、こいつ同様無意味に器用なのかもしれない。


まあ、なんにしても団子はこれ以上逃げられない。

途中からファーストコンタクトとか関係なく、ちょっと楽しくなっていた気がしないでもないが。


「さーて、これ以上は逃げられないぞ、観念するなら今のうちだぞ。げっげっげ」


どこの雑魚敵だよと思わないでもないが、こういう下種プレイもなかなか楽しくはあることに気が付いてしまった。

今なら、アニメや漫画で出てくる雑魚敵が村娘などに下卑た顔でエロイことを迫る気持ちがわかる気がする。

あくまで()()の部分だけだが。


そして、一歩距離を詰める。

すると、ベッドの淵だという事は分かっていたはずなのに、本能的に離れようとしてしまったのか、団子が一歩後ろに下がってしまう。

「あっ」という声とともに団子はベッドから落ちるように後ろに倒れそうになる。


「ッ、危ない!」


とっさに手を布の中に突っ込み団子の本体を捕まえる。

なんとかつかんだのは、幸いにも腕。

その拍子に団子を団子たらしめていた、シーツだけがベッドの下に落ちていく。


最初に見えたのは、顔。

きれいな整った顔立ちにパッチリとしたオレンジ色の瞳が驚きの色を湛えて俺を見つめ返している。


次に見えたのが髪。

瞳の色と似ているオレンジ色の髪、赤みがかった金色。


次に見えたのは角。

側頭部というのか、こめかみの少し後ろくらいから前に突き出すように飛び出している。


吸血鬼に角はないと聞いた。

ということは、吸血鬼ではない可能性が高い。

だがこの角、ヤギや鹿の系統の角ではない。

ある種のクワガタの顎にも似ている、もしくは反りの深い刀が頭から生えているようでもある。うん、その表現が一番近いかもしれない。

この角、辛うじて牛という線もゼロではないが、何かが違う気がする。


そして彼女の後ろに落ちていく、シーツが一瞬何かにひっかかり止まり、その後重力にひかれて地面に落ちた。


まるで時間が止まった気がした。

それほどの驚きだった。


「まさか、竜人か!?」


そう彼女の背中に生えていたのは紛れもなく竜の翼、彼女の腰のあたりから生えているのは紛れもなく竜尾だった。



竜人種、竜人族、竜種、呼び方はいくつかあれど、竜の力を持つ種族のことだ。

見た目としての人間との違いは、竜の翼と尾をもっていること。ただ、個人差はあり、皮膚を鱗が覆っていたり、指の先が竜爪だったりすることもあるらしい。

もちろん、翼にしても尾にしても一律で同じというわけではない。


鳥のような羽のついた翼を持つものや、蝙蝠(こうもり)のような翼膜を持つもの。

尻尾にしたって本数、形、色、様々だとされている。


角に関しては、完全にない物もいるため、判断材料の一つくらいらしい。


いずれにしても分かりやすい特徴を持っているのだが、そもそもそれほど見かける種族ではない。

いや、見かけることなど稀だ。

なんだったら人生を通して一度も目にすることなく一生を終える人だっているとも聞いたことがある。


竜人族は独自の文化形態を持っており、他種族との交流をほとんど持たない。

今起こっている人間と魔族間の戦争にも、我関せずというスタンスで傍観を決め込んでいるらしい。

中立の立ち位置と言えば聞こえはいいかも知れないが、多種族がどれだけ争おうが、殺し合おうが、何人死のうが関係ないと公言したらしいので余程外部との接触を持ちたくないのだと思う。

そんな種族故に竜の国以外では(ほとん)ど会うことなどまずないはずなのだが、その種族に類する少女が今俺の目の前にいた。



掴んだ腕の温かさが、この子の存在は夢ではないと知らせてくる。

シャトン達猫人を見た驚きは、単純に鰐鮫覚視(わにざめさとし)としてだけの驚きだった。だが、この子の場合は違う。

鰐鮫覚視(わにざめさとし)としての個人的な驚きとルークとしての知識から来る驚き、その両方から驚いたので、少し呆けてしまった。


「・・・あ、あの・・・い、痛い、です・・・」


「ご、ごめん」


ベッドから彼女が落ちないように掴んだため、結構強く握ってしまっていたらしい手を放す。

俺が彼女の方に目をやると、視線がぶつかり「あう・・・」と小さく狼狽えるとまたいそいそとシーツを被って丸まってしまった。

だが、先ほどより警戒心は薄れたのか、強まったのかは分からないが、シーツに隙間を作ってこちらを覗く瞳が見える。

興味はある、警戒もしている、怯えもあるが好奇心は隠せない、しかし話しかけられる程ではないという感じか。

まあ、ここにはもともと一人になりに来たのだから、話しかけてこないのなら、それはそれで好都合という側面もある。

この子のことを知るのは、また別の機会にするか。

考えがまとまらなくなったら、気分転換に話しかけてみるでもいいしな。



ベッドに倒れこむとベッドが軋み、薄っすら埃が舞い上がり、窓から僅かに差し込む陽光をキラキラと反射させた。

舞い落ちる埃に向けて息を吹きかけ飛ばしながら自分の置かれた状況を思い起こす。

まずは自分の状況からだ。


多分だが、俺は一度もともとの世界で死に、何の因果かこの世界に魂だけが来てしまった。

そしてこのルークという少年の体に入り込んでしまった。


ただ、これは俺がこの体を乗っ取ったのか、はたまた俺の魂が輪廻転生しルークと少年として生まれて育ち、先ほど井戸で溺れたことをきっかけに前世の記憶を思い出したのか。

まあ、どちらかといえば後者であってほしい。


誰かの人生を乗っ取ったなんて後味が悪いし、その理論だと逆にこの体から追い出されることもあるかもしれない。

そうしたら俺の魂はどうなるのか分かったものではない。


だから一旦考えないことにする。

仮定に仮定を重ねても真実に近づくどころか遠ざかっていく可能性すらあるので、無意味だ。

なら自分のこと以外にわかっていることは何だろう。



今の俺の記憶は生前の鰐鮫覚視としての記憶とルークとしての記憶の両方からできている。

ルークの記憶と知識は11歳という年齢の割に幅広いものだが、やはり年齢故にわからないことや知らない事柄や常識も多い。


だが、その部分は鰐鮫覚視としての記憶と知識で補完できる部分がある。

そのため、完全とはいかないがある程度ではあるが、この国で生まれた14~15歳程度の知識を有するには至っていると思う。


しかし、もともとの年齢である18歳の年齢相応には物事を理解していないと思う。

この世界特有の人種・価値観・文化・世界情勢などは完全にルークの知識頼みになっているため、どうしても子供の知識レベルを抜け出せない部分がある。


ただ、ルークは多種族やこの世界の生き物に興味があったようで、そのあたりの知識はかなり(そろ)っている。

猫人族や竜人族について知っていたのはその影響だ。


だが、国の情勢などには(うと)い。

特にこの村自体が田舎にあるというのが、それに拍車をかけている。


それでもわかっていることはゼロではない。

本当に基礎的なことであればわかる。

まずここはアリアシュトライテン帝国という国だ。

帝国故に政治の中心は帝都になる。


そして帝都から見てほぼ真北(間に他領を挟むが)にあるのが、ノースガルド伯爵領であり、その中にあるのがここ、ベツレム村だ。


ノースガルド伯爵領は、フォン・ノースガルド伯爵の治める土地だ。

この領地のかなりの部分が穀倉地帯である。

つまるところ田舎だ。


そしてここは、そんな田舎なノースガルド領ベツレム村に唯一ある協会、セント・フ

ァミリア教会兼孤児院。


現在、この教会に住んでいるのが、ポーラ先生を含めて14人。

大人はポーラ先生のみなので、子供だけで13人。


その13人のうちの最年長が11歳の(ルーク)

日本でいうところの学年という制度が存在するのであれば、井戸から引き上げてくれたアルマは同学年ということにはなる。

ただ、ルークはすでに今年の誕生日を終えているが、アルマはまだなので、今年11歳になるが現時点でのアルマはまだ10歳。

シャトンとミネットの猫耳双子は、学年的には1学年下になる。

今年の誕生日はまだ迎えていないので現在9歳で今年10歳。

シエルは双子のさらに1学年下で今年の誕生日は迎えていないため現状8歳で今年9歳。

その下に今年8歳になる子たちが3人。7歳になる子が3人。6歳になる子が一人。

そして・・・・・・



不意に疑問が走り思考が途切れた。

寝ころんだ状態から首だけ動かし横を見ると、考え事に入ってからずっとこちらを観察し続けていたらしいシーツにくるまった竜人の少女と視線がぶつかる。

すると「ひゃう!?」という小さな悲鳴と共に一も二もなくシーツで完全に丸まり視線すら閉ざしてしまった。


だが、そのまま様子を見続けていると、おそるおそるといった具合で警戒を続けたまま(あた)りを観察するようにシーツの隙間が少しずつ開き、また視線がぶつかりビクッと震えると隙間を閉ざしてしまう。

だが間もなく、再度隙間が少しずつ開き視線がぶつかり、また閉ざされる。

そんなことを何度か繰り返していると、隙間は閉じないものも視線は合わせていないような状態で止まった。


何とも言えない微妙な空気が流れるが、ある程度落ち着いている今だったら話しかけても大丈夫なのではないだろうか?


「なあ」


「!?」


一言発しただけなのに、シーツ団子はビクッと飛び上がった。

事実若干体が宙に浮き上がった。だが一応逃げてはいない。


「君の名は?」


映画のタイトルのような質問をしてしまった。


「・・・・・・」


シーツ団子は丸まったまま動かない。

答えは、返ってこないか。


諦めて視線を天井に戻す。

そういえば、先ほど何気なしに自分が最年長だとは思っていたが、この団子の方が年上という可能性もあると言えばあるんだよな。

パッと見は多分、(ルーク)の方が年上だったとは思うのだが。


ただ、子供でも大人でも、年齢など見ただけではわからない。

人間ですらわからないのに、ましてや多種族など見た目すら判断材料にならない。

ルーク知識だが、やはりゲームや漫画などと同じように、この世界にもエルフなどの長命な種族は存在しているようだ。

そして、見た目1桁で年齢が数百歳ということもあるらしい。


それを考えると、この丸まっている団子竜人の年齢も見た目通りというわけではない可能性もある。

竜人族もエルフに負けず劣らず長命な種族らしい、というのもルーク知識だ。


「・・・・▪▪」


そんなことを考えていると、風の流れる音にすら消えるくらいの小さな音が聞こえた気がした。

音、いや声?

もしかして団子から・・・なのか?


「もしかして、名前を教えてくれたのか? 悪い、聞き取れなかった」


「▪▪▪▪▪です」


“です”は聞き取れた。うん。

それだけだと何もわからん。

別に難聴系主人公になったつもりはないが、声があまりにも小さすぎて全然聞こえない。

隙間を覗いてみるが彼女の瞳が見えない。

今はこっちを覗いていない?


「すまん、もう一度頼む」


離れた位置からそう言った(にち)に、団子に気づかれないように近くまで接近し、団子の隙間に耳を(そばだ)てる。



「・・・・・・エクレール、・・・です」



ついにこの団子竜人の名前を知ることができた。

ルークの知識にない、この世界で初めての情報かもしれない。

ある種のちょっとした感動だ。


「エクレールっていうのか」


「ひゃあああああああ!?!?!????」


思っていた以上に近距離から俺の声が聞こえたためか、団子竜人改めエクレールは団子部分を吹き飛ばすほどに飛び上がった。

まあ、所詮(しょせん)シーツだから派手に動けば吹き飛ぶのも道理。


舞い上がったシーツを俺がキャッチすると、目の前にはシーツを返してほしいけど、それを言うことができず、そして全身を隠したいのに隠すものがないという状態でアワアワしながら、あちこちに視線を向けて何か体を覆うものがないか慌てふためく竜人少女だけが残された。


ちなみに別にシーツを失ったからと言って全裸というわけではない。

普通に服を着ている。

なぜ体を隠したがるのかは分からないが、単純に恥ずかしがり屋なのだろうか・・・


だが、やはりこうしてしっかり見ても可愛らしい少女だ。

なんというかアワアワしているところも含めて小動物系っぽさを感じる。

竜人が小動物系というところに若干、言葉そのものの違和感があるが、そういう子もいるのだろう。


いまだにアワアワしているエクレールをそのままにしておくことも出来ないし、そもそもまだ名前しか聞いていない。

ここに来た詳しい経緯(けいい)まで聞くのは無理でも、苗字というかファミリーネームがあるのかも分からないし、年齢もまだわからない。

聞きたいことがまだまだあるため、とりあえずその手をとる。


「エクレール、ちゃん?・・・さん? ちょっと落ち着いてくれよ」


すると、アワアワしていた動きがピタッと止まった。

これで話ができると思った瞬間、今度はその場(ベッドの上)で顔を下に向けて丸くなってしまった。

所謂(いわゆる)ダンゴムシ態勢だ。

ご丁寧に背中から生えている翼を広げてそれで体を包みこんでだ。

どれだけ人見知りなのだろうか、もしくはそれだけ(こじ)らせるほど箱入りだったのか?


それにしても、本当に背中から羽生えてる。すげえ。(小並感)

背中をガン見しているのは申し訳ないが、構造が非常に気になる。

肩甲骨付近から羽を支える骨が伸びているのか?

ちょっと触ってみてもいいだろうか?


「えい、ぴとっ」


「ぴゃあああああああああああああああ!!!!!!!???????」


俺が翼の付け根部分を触るとエクレールは盛大な悲鳴を上げて、後ろに飛んだ。

ジャンプしたという意味ではなく、竜の翼を羽ばたかせて空気を叩くことにより、後方に勢い良く下がった。

そして、そのままベッドから降りて、ベッドの淵から顔だけ出して恨めし気な様子でこちらにジッと視線を飛ばしてきた。


「うううううう・・・」


まあ、確かにかなり不躾(ぶしつけ)に行ったから、この反応は理解できる。

まあ、せいぜい握手とかその程度の感覚かと思ったのだが、あんまり触れてはいけない感じだったのだろうか?


まあ、それでも視線を合わせてくれるようになったのは一歩前進と言えるのか、それとも睨まれているのだから一歩後退なのだろうか。


「なあ、いま何歳だ?」


俺は再びベッドに倒れこみながら、お前どこ中?くらいのノリで質問する。


「・・・・・・」


相変わらず不機嫌そうに睨まれているが、キレて“ぶっ殺してやる”と言うほどの怒りは感じないので、子供の頃にあったスカートめくり位の怒りだろうか?

いやでも、だとしたらいやだな。幼稚園の時に周りの悪ガキどもがやってた気がするが、流石にこの年ではやらない。

まあ、やっちまった物は仕方ないから、気にしない方向で。


「なあ、何歳だ?」


「・・・・・・10歳・・・」


おお、答えてくれた。

かなり私不機嫌ですオーラを発していたが、心の底から怒っているわけではなさそうなので、よかった。

心の底から怒っていたら、こちらの質問にも答えないだろう。


「誕生日はいつ?」


「・・・6月26日・・・」


「そっか、もう過ぎちゃってるのか。じゃあ、誕生日のお祝いはまだずっと先だな」


「えっ・・・」


不機嫌オーラが消え、エクレールはポカンという驚きの表情を作る。


「えってなんだよ。そりゃお祝いくらいするだろ、家族になったんだし」


ルークの記憶でも誰かの誕生日はきちんとお祝いしていた記憶もある。

まあ、もちろん、この孤児院はそんなに裕福ではないため、本当にささやかなお祝いになるがのだが、お祝いはお祝いだ。


「・・・家族・・・」


「違うのか?ここに来たのは一時的に預けられただけか?」


「・・・どうなんでしょう・・・」


「それは俺に聞かれても分からないなあ。ちなみにファミリーネームを聞いてもいいか?」


「・・・今はないです。元の家名は名乗っちゃだめだと・・・」


名乗っちゃ駄目か、なかなかに複雑そうな事情を持っているっぽいなあ。


「じゃあ、今日からお前の名前は、エクレール・ファミリアだな。この孤児院で暮らす子は、元の家名がわからなければ、この孤児院の名前であるファミリアの性をもらう。分かってても名乗れないなら今後はそう名乗ることになると思う」


「・・・エクレール・ファミリア・・・エクレール・ファミリア・・・」


新しい名前を覚えるように何度かエクレールは自分の名前を呼ぶ。


「そういえばこっちの名前は教えてなかったな。俺はルーク・ファミリア。年は11歳で俺の方が年上だからエクレールの兄ということになる」


「・・・兄・・・」


「そう、兄」


「・・・いじわるな・・・?」


「翼に触ったことはそんなに嫌だったのか!?」


「・・・嫌って程でもないけど・・・父様と母様以外だと初めて触られました・・・」


「おっと、割と繊細な箇所だったということを認識しつつ反省するとして。そういえばさっきからエクレールって呼んじゃってるけど、今後もそう呼んでいくけどいい?」


「・・・うんいい・・・じゃあエクレはファミリアさんって呼ぶ・・・ね?」


ずっこけるかと思った。


「いや、それだとほぼみんなファミリアさんだから分からない上になんだったらあなたもファミリアさんなんですが・・・名前の方で呼ぶか、兄的な要素を入れてくれないと本当に誰を呼んでいるんだか分からないから」


「・・・で、でも、いきなり名前で呼ぶのは、は、恥ずかしい・・・」


「そんなに深く考えなくても、適当にルークって呼び捨てでもいいし、君付けでもいい、なんだったらお兄様って呼んでくれてもいいんだぜ」


「・・・じゃあ、お兄様・・・」


「マジでそこに行くの!? 半分以上冗談で一番行かないと思っていたんだが」


「・・・じゃあ、兄様・・・」


「あ、その方向性で確定なわけですね、了解、了解でーす、それで構いませんー」


「・・・え、エクレにも一つ教えてほしい・・・です」


そういうと、今まで俺から逃げようとばかりしてきた少女が今度はこちらに近づいてきた。

とはいってもやはり一定の距離は取りつつではあるが。

これがソーシャルディスタンスか。


「・・・兄様はエクレのことが怖くないの・・・」


「なんで?」


「・・・エクレは竜人です・・・」


ああ、なるほど、そういうことか。この子は竜人である自分の体を見られたら、嫌われたり、怖がられたり、嫌な目で見られるのが怖かったのか。

シーツを被って体を隠そうとしていたのも、そういうことか。


「大丈夫だ、ここではエクレールのことを怖がったりする人はいない。そもそも人間しかいないって訳でもない。エクレールは見なかったか猫人族の双子のこと?」


「・・・み、見てないです・・・えと、見たかもしれないですけど、・・・ここに来た時ドキドキしすぎて、見てても分からなかったのかも・・・」


「そっか、まあ見てないならしかたないけど、他種族の子ってことなら前からいるわけだし、そんなにビクビクしなくてもいいと思う」


「・・・そう、ですか・・・」


多少気が抜けたのか、エクレの顔がほにゃっとした優し気な笑みを浮かべた。

やばい、ちょっと見とれた。


「それにしても、さっきまでは警戒して、視線すら合わせてくれなかったのに、ちゃんと話してくれるようになって何よりだな」


「・・・え、あ、えっと・・・」


「少しは俺に慣れてくれたってことか?」


「・・・そう、かも・・・」


「それは何より、やっぱり翼を触って正解だったな」


「・・・それは()・・・」


「割ときっぱりとした声の拒絶が来ました」



さて、この部屋に来た目的である今何となくわかっている現状の認識自体は出来た気がする。

ルークの記憶もまだまだつかみ切れていない部分も多いが、今ここで11年分の記憶を全部振り返っていたらどれだけかかるか分からない。

だから、いったん考えるのはやめにする。

新しい家族であるエクレールとの距離も少し縮まったみたいだし、ある程度の時間も経った。

そろそろ、食堂のシャトンが勝機を取り戻していてもおかしくない時間だろう。


「さて、それじゃあ、行くか」


少し(むく)れていたエクレールの顔が、少し寂しげな顔に変わる。


「・・・いっちゃうんだ、じゃあ、また、ね・・・」


「ん? 何か勘違いしているようだが、お前も行くんだぞ?」


「・・・えっ・・・?」


「いや、エクレールも今日からこの家族の一員、つまり皆のために働かないといけないの」


「・・・えっ?・・・いや、でも・・・」


「“嫌”も“でも”もなし。働かざるもの食うべからずって言って、働かないとご飯はありません。多分、みんなに受け入れてもらえるか心配なんだと思うが、どうせいずれは全員と話せるようにならなくちゃならないんだから、それが今日になったって何の問題もないだろ?」


「・・・で、でも、心の・・・準備が・・・」


「準備期間は俺との会話の時間で終了。兄の言うことは絶対!」


「・・・ず、ずるい・・・」


「さあ、いくぞ」


そういって、俺は「・・・ちょっと、待・・・」などと言いかけたエクレールの手を引きながら、子供部屋を後にするのだった。



さて、久しぶりのあとがき。

以前もやったように(形式は異なりますが)登場キャラクターの紹介です。


今回初出のエクレールちゃん。


名前:エクレール・ファミリア

種族:竜人族

年齢:10歳

血液型:AB型(←多分本編では触れない)

誕生日:6/26


誰か大人に連れられてこの孤児院にやってきた人見知りで小動物系の女の子です。

髪の毛は赤みがかった金髪、ざっくり系の色にするとオレンジ。

瞳も同色です。角は金色です。

名前の由来は、この言葉を知っている人は知っていると思うし、分かりやすくネタバレになるので割愛。


今まで登場したヒロインよりかなりしゃべっていましたが、たまたまです。

ぶっちゃけ、ほかのヒロインのところが薄くなりすぎている感が若干否めません。


さて今回のお話は、まだまだ今のところは序章というか、日常パートというか、キャラと世界設定の説明くらいしかしていないので、ぶっちゃけほとんど動きはありませんでした。

それもまだ続くんですけどね・・・

というかかなりの長さにわたって、日常パートを行うつもりです。

あれ?もしかしてこのお話ってスローライフ系のお話だったっけ?と思うくらいにはやります。


さて、この異世界で主人公はどう生きていくのか。

次回も読んでいただけると嬉しいです。


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