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シンドバッド・フレンドシップ・ヴォヤッジ

シンドバッド・フレンドシップ・ヴォヤッジ〜Sindbad's Friendship Voyage〜

作者: 空くん

こんにちは!こんばんは!

投稿者の空くんです。アクセス頂きありがとうございます!


今作は僕の初投稿となります。構想に構想を重ねて、ようやく投稿に至りました。まだまだ至らないところもありますがよろしくお願いします。


さて、まずは前提条件を述べたいと思います。この小説は、かの東京ディズニーシーはアラビアンコーストに位置する「シンドバッドストーリーブックヴォヤッジ」というアトラクションの世界観をお借りしています。

「ディズニー?じゃあいいや」「ディズニーとか興味ない」そんな方もいらっしゃると思いますが、先入観は無くしてください。僕自身、ディズニーは好きですが、別にディズニー映画の監督を務めたこともありませんので、ディズニー色を含んだ冒険物だと思って見て頂ければと思います。

シンドバッドストーリーブックヴォヤッジをご存知の方は、散りばめられたシンド要素を探してみてはいかがでしょうか?気づいて頂けたら幸いです。


それでは、出航です。後書きでお会いしましょう。

Prolog 水平線の彼方を目指せ


かつて海を制した大富豪がいた。人魚の海域を渡り、怪鳥の島を越え、巨人の洞窟を通り、猿の渓谷を進み、そして、島と間違えるほどの鯨にも立ち向かっていった勇敢な大富豪だった。

あらゆる富を持し、その名を轟かせた。だが、その傲慢な性格からたくさんの人から煙たがられた。そしてその富も、持する者の命が絶えてしまい、たったひとりの息子にその富が継がれた。その息子は、幼少時代は穏やかで心優しく、自然や生物を愛し、それらとともに生きる健やかな少年だった。しかし年を重ねる毎に、その富を誇り、富にすがり、富を持て余し、見せびらかした。ついには優しかった、自然を愛した少年の面影はどこにもなく、富だけが彼の財産となった。しかしその富も、永遠に湧くことも、増えることもなく、ついには底をついてしまった。気づけば、彼の周りにはほとんど誰もいなかった。しかし幼いころから彼を可愛がっていた村の天文学者や、よく彼が訪れている市場の人々の一部は男のことを見捨てずに見守っていた。そんな恩恵もあったが、彼の心には自ずと、何らかの負の感情が生まれていた。

すべてを失った男は、自分に何が残っているかを考えるようになった。そして、自分に誇れるものを欲するようになった。


そして、数年経ったある日のこと。

-お前は、本当のシンドバッドになれ。-


「なあ、シンドバッドが航海に出るって聞いたか?」

「あの大富豪の息子か?」

ここは、バグダットのとある船着場。

落ちついた波の音と、優しく通り抜ける潮風。

港町であり商人の出入りが盛んで、たくさんの物品が行き来する。朝日が綺麗で、町の朝はオレンジに照らされる。そんな景色を愛する人はこの町にも少なくない。そんな静かで風情のある港町だ。しかし船着場はなんだか騒がしい。なんでも、民は「シンドバッド」という青年が航海に出るとの噂を聞き、騒いでいるようだ。その頃、船着場の外、バグダットの村の天文学者が、とある青年と話していた。

「父親と同じ航路を…どれだけ危険で無謀か、わかっておるのか?」

「覚悟の上です長老!」

「そうか…シンドバッドよ…何故海へ出る?」

「長老…僕は長年富に目を眩ませ、その結果すべてを失いました。それを取り戻すために旅に出るのです。そうだよな?チャンドゥ。」

「ワァ〜ウ」

年老いた天文学者、ハーシムが言葉をかけた、この青年。そう、シンドバッドである。彼の肩に、その身を置いているのは、つぶらな瞳とターバンがトレードマークの仔トラのチャンドゥ。彼らは、噂通り航海に出るようである。

「お主にとって宝とは何じゃ…?」

「これから取り戻す、財宝です。僕は変わるんです。父さんのように立派になるため、父さんの航路を追うんです。」

シンドバッドは亡き大富豪の父と同じ航路をたどって、富を取り返す決意をしていた。

「そうか。わしは止めん。お主が望むなら行くがよい。」

「はい…では行って参ります。」

「わしも見送ろう。」


こうして、彼らは船着場にやってきた。

「シンドバッドだぞ!」

「本当だわ!シンドバッドよ!」

出発地であるバズラの港には市場がある。採れたての果実や鮮魚が売られ、影絵や踊りで人々は賑わっていた。

「ワァウ!」

チャンドゥが売り物の熟れたバナナを見つけて、飛びついた。

「こらこらチャンドゥ。もう行くよ。」

「ワウ〜!」

チャンドゥは無理やりシンドバッドに引き剥がされ、抱き抱えられた。たくさんの民衆が様々な思いで見届ける。

「行けー!!シンドバッド!必ず戻ってこいよ!!」

「やつがいなくなるんだな…」

そんな中シンドバッドは船へと歩みを進めた。

「みんなありがとう。僕は必ず、この航海を成功させる。」

父親が残した航海図をしまい、そう呟くとシンドバッドは舵を握った。波打つ海に期待を寄せて、その船はゆっくり進み始めた。

「気をつけろシンドバッド!」

「この先は危険だ…」

「忘れるな!いかなる時も心のコンパスに従うのだ!」

ハーシム達の声が、海原へ消える。彼らの旅は始まったばかりだ。たくさんの宝物が待っている。

「これから人生で最高の冒険が始まる。そうだろ?チャンドゥ!」

「ワァウ!」

お気に入りのバズラの朝日を背に、決意を固めたシンドバッドの言葉に、相棒は応えるように鳴いた。


Route Ⅰ 嵐が行く手 阻んでも


しばらくすると、雨音と雷鳴が聞こえてきた。荒波はさらに高く押し寄せる。波がぶつかるたび、舟は大きく揺れ、時が過ぎるにつれ、雷鳴もその音を増していく。行く手には大岩が立ちふさがっている。

「チャンドゥ、大丈夫?」

「ワウ!」

元気な相棒の鳴き声を聞き、シンドバッドは一旦気を落ち着かせる。しかし、

「ん?」

目の前に違和感を感じた。

「あ、あれは…岩じゃない!」

その岩のようなものはこちらへとてつもない速さで向かってくる。その怪物の目がギロリと光る。

「く、鯨だ!こっちに向かってくる!」

その正体は、大岩か孤島かと間違えるほど大きな鯨だった。その巨体で、シンドバッド達に迫り来る。

「間に合わない!」

シンドバッドは大きく舵を取ったが、舟は十分に動かない。シンドバッドは、目を瞑り、その場にかがんだ。鯨が波に乗って、通り過ぎる音がした。シンドバッドの舟は大きく波に揺られたが、舟が砕けた感覚や振動はない。

「チャンドゥ!大丈夫?」

「ワァウ…」

何もない。無事だったようだ。しかし、そう息を抜いていられるのも一瞬であった。後ろに目をやると、鯨がまたこちらに向かってきたのだ。

「どうしてなんだ…」

初めての航路でとんだ災難に遭遇し、苛立ち、慌てた。宝を失ってから沢山苦労を重ねてきたが、身の危険をここまで感じたのは初めてのことだった。島のような巨体の鯨が、シンドバッドを取り逃がす度に方向を変え、突っ込んできたために、荒波はさらに勢いを増し、シンドバッド達に襲いかかった。

「船がもたない…逃げなくちゃ…」

逃げようにも、波に船が揺られ思うようには進めない。鯨は一向にあきらめようとしない。鯨をよく見ると、目がありえないくらいに血走っている。

「どうしたんだろう?なんだか苦しそうだ。」

暴走から見て取れるように鯨の精神状態は安定はしていない。シンドバッドは父親の書庫でのことを思い出した。鯨が普段暴れることはない。そう父親の書物に書いてあったのだ。

「何かがおかしい…」

「ワァウ!」

その時、今までにないほどの波が押し寄せ、船体が大きく揺れた。

「うわっ!」

体勢を崩しながらもシンドバッドが船上を見渡した時だった。

「ワァ〜ウ!!」

船の外にチャンドゥが振り落とされてしまった。

「チャンドゥ!!」

相棒が海に消えていく。シンドバッドは冷静さを保ってはいられなかった。チャンドゥの安否も心配だったが鯨はまだまだ追ってくる。

「くっ…」

すると、どこからか歌声が響いてきた。そして荒れた海原を泳ぐ女性が船の方へ向かったきた。

「船乗りさん!こっちです!」

女性は落ちたチャンドゥを抱えていた。

「チャンドゥ!ありがとう皆さん!」

女性に招かれるままシンドバッドは舵をとる。何も考えられないほど、危険な状況であった。鯨は何度も突進を繰り返す。とにかく逃げなくてはいけない。鯨はシンドバッドたちを追い続けたが女性が誘導したため無事でいられた。

「どうして君達はそんなに長くこんな荒海を泳いでいられるんだい?」

シンドバッドが尋ねた。すると女性の1人が、

「私たちは人魚…この海の旅人を導くものです。」

と答えた。

「人魚さん!?ありがとう!」

シンドバッドは彼女らの正体を把握すると、鯨に目を向けた。どうやら、もう追ってこないようだ。


シンドバッドはホッと一息つくと前を向いた。人魚が導いた道の先には大きな人魚の拠点があった。人魚の1人が案内する。

「ここは私達の拠点…ここで少し休んでいってください。」

「あなたはどうしてこの海に?」

もうひとりの人魚が続けた。

「宝物を探してるんだ。」

シンドバッドはそう答えた。

「宝物?それはこれの事ですか?」

そう言うと、人魚のひとりが輝く笛を取り出した。

「笛?これが宝物なの?」

「はい。これはこの海に伝わる双極の笛の一つ。光の笛です。」

「光の…笛?うーん…わからないな。僕はこの航海図で旅をしているんだ。宝石や黄金探すためにね。」

「そうでしたか。」

「なんだか思い出しますね…あなたに似たあの船乗りを。」

(僕に似た…?父さんかな?)

「僕に似たって?」

「はい。とてもそっくりなターバンをしていられました。それに仔トラも。」

「え?」

(父さんが仔トラを?)

シンドバッドは覚えのないビジョンに戸惑ったが、冷静になりすぐに聞き返した。

「そうなんだ。その人はどんな目的があったの?」

「宝を探す。そう言っていました。」

「僕と同じだね。」

「そうですね。」

「うん!人魚さん、さっきはありがとう!」

「いえいえ、最近あの鯨のように、原因不明の暴走をする水棲動物が増えているんです。」

「暴走?やっぱりあの鯨は普通じゃなかったんだ。」

「はい…突然暴走して…」

「どうしたんだろう…」

「まだ原因がわからなくて…心当たりがあるとすれば…」

「何だって?」

「え?いや…何でもありません。」

「この海域は私たち人魚が治めています。なのでこのようなことはあってはならないのですが…」

謎は深まる。初めて旅に出たシンドバッドにとっては、どうにか出来ることではなかった。

「アァァァァ…」

「ウゥゥゥゥ…」

その時、うめき声がどこからともなく聞こえてきた。

「なんだ⁉︎」

シンドバッドは少し驚いた様子で、あたりを見渡した。

「ウツボ女です…」

「船乗りさん!ここは私たちに任せて!旅を続けてください!」

腰にさげた笛を取り出して、人魚たちが現れたウツボ女の前に立ち塞がる。

「でも、人魚さん!」

シンドバッドが言い切る前に人魚が叫んだ。

「いいから早く!私はあなた方なら正しき道を進めると信じています。」

「……」

少し黙り込んだ後、シンドバッドは決意を決め舟を進めた。

「ありがとう人魚さん!助かったよ!」

「ワァ〜ウ!」

この時シンドバッドの心には、何か暖かいものが生まれていた。その暖かさがなんなのか、シンドバッドにはわからなかった。

「人魚さん…どうか無事で…!」


鯨やウツボ女の猛攻を人魚たちの協力でなんとか振り切ったシンドバッドだったが、たどりついた洞穴は暗く何もない、静かな場所だった。鯨の暴走も獄中にいたはずのウツボ女の真相もわからないまま船を前に進めるしかなかった。

「航路からかなり外れちゃったな。一体ここはどこなんだ…」

船は進んで行く。しかし、一向に先が見えることはなかった。引き返そうか。シンドバッドがそう思った矢先だった。彼の頬に一滴の雫が滴り、グラグラと水面が揺れた。シンドバッドは背後に鋭い視線を感じた。

「わぁ!!!!」

「ウワァウ!?」

すぐさまそれに気づいたチャンドゥがシンドバッドの背後に隠れた。こちらを睨んでいたのは、洞窟の主の巨人だった。シンドバッドはすぐに護身の体制に入ったが、巨人は攻撃してこなかった。目を凝らすと、巨人を取り囲むように格子がつけられていた。

「巨人さん!何があったの?」

シンドバッドが尋ねると、少し黙ってから巨人が答えた。

「洞窟の主ともあろう者が面目ない…盗賊にここにあった宝をいくつか奪われてこのように閉じ込められてしまったのだ…」

「ワゥ…」

巨人が攻撃しないとわかっても、チャンドゥの警戒は解かれない。シンドバッドはさらに

「なにか出来ることは?その宝はどこに?」

と続けた。

「羽…」

「羽?」

「怪鳥ルクの羽が必要だ…」

怪鳥ルク。それを聞いたシンドバッドは身震いした。シンドバッドは昔、父親の書庫の書物にルクの記録が残っているのを見たのだ。人間を軽く持ち上げる力を持った巨大な鳥の絵図が、シンドバッドの脳裏をよぎった。航海図には次の目的地の島にもルクが生息していると書いてあったが、予期せぬ目的の変更に、動揺を隠せなかった。追い討ちをかけるように、巨人が続けた。

「ルクはとても気が荒い。意味がわかるか?」

気性の荒いルクは和解で羽をやすやす渡す相手ではないこと、そして、そのルクと戦わなくては羽が得られないことを、シンドバッドは悟り、頷いた。

「鍵がない今、格子はルクの羽がなくては開かない。」

悲しげな巨人の表情を見て、シンドバッドは拳を握った。そして、

「ルクの羽があれば、ここから出られるの?宝は盗賊が持っていってしまったんだね?」

シンドバッドがそう尋ねた。

「宝は盗賊が持っている。ルクに挑むなんてやめておくんだ…若いお前達を無駄死にさせたくはない…」

巨人の応答に、シンドバッドはこう続けた。

「宝は僕が取り返すよ!ルクの羽を持って帰ってくる。」


Route Ⅱ 舵をとれ 希望を胸に


巨人の洞窟を離れ、怪鳥ルクの巣に向かうシンドバッドだったが、その道は長く険しく、強い日照りもあり、シンドバッド達にも体力の限界が見えてきた。その上食糧難にも見舞われてしまった。時間が過ぎるのを待ったが一向にルクの巣は見えてこない。

「困ったなぁ…」

「ワァウ…」

グウと、ひとりと1匹の腹が鳴り、周りの静けさを一層引き立たせる。人魚の恩もあり、感銘を受けたシンドバッドは巨人の宝を取り戻そうと、意気込んだ。目的地は変わらないが、その道は彼の予想をはるかに超える過酷な航路だった。食糧難は彼らに飢餓を引き起こし、更にそれは彼らの体調を狂わせた。

「みんなはどうしているかな…」

故郷のバズラを思い、シンドバッドは出発の時に家の倉庫の奥から見つけ出したウードを演奏した。すると、

「チャンドゥ!なんだか楽になった気がするぞ!」

「ワァウ〜」

「チャンドゥ、すごいや!」

疲れも飢餓も吹き飛ぶという不思議な出来事に驚きながらも、波も風もない航路を進んでいく。すると、

「あれは?」

草や木が敷かれた上に、大きな卵がいくつか置いてあった。

「うわぁ!!」

「ニャ〜!」

シンドバッドとチャンドゥは巨大な卵に駆け寄った。

「チャンドゥ!すごく大きな卵だよ!!」

「ワァウワウ〜!」

シンドバッドは目的を忘れていた。そしてここがどこなのかを考えていなかった。


「クワアアア!!」

突然大きな音が響いた。物音ひとつ立たなかった荒野に、突風が吹き荒れた。

「うわぁ!!」

飛ばされそうになるのを堪え、前を見ると、シンドバッドの目の前に彼の3倍はあるであろう巨大な鳥が翼をはためかせ降りてきた。その荒々しい眼球はシンドバッドをしっかりと睨みつけている。

「・・・」

沈黙が続くなか、シンドバッドはそこにいるのが怪鳥ルクであることを理解した。

「チャンドゥ…きっとあれがルクだ。羽を渡してくれるはずはないし、今卵に近づいた僕達に怒っているみたいだ。」

「ワウ?」

「怒っているから無理かもしれないけど、羽をもらえるか頼んでみるよ?大丈夫?」

「ワァウ!!」

「よし!」

シンドバッドは躊躇いがちにルクへ歩み寄った。そして、ルクに訴えかけた。

「ルク!!お願いがあるんだ。君の羽をわけてくれないか?君の卵に近づいたのは悪かった。だけど、急がなくちゃいけないんだ。1枚だけでいい。君の羽が必要なんだ!」

必死の訴えが、再び訪れた静寂をかき消した。

しかし、ルクの目には、シンドバットたちは、卵を狙った敵として写った。気性の荒いルクは、シンドバッドの話など聞いていないようだ。

「クアアアアアア!!」

頭が割れそうになるほど大きな鳴き声をルクが上げる。

「っ!!」

耳を塞ぐと、ルクはスキもなく猛進してくる。

「ワァウ!」

迫り来るルクの眼差しが相棒に向けられていると悟ったシンドバッドは咄嗟にチャンドゥを庇った。

「チャンドゥ!!」

チャンドゥを体で覆い、回避体制をとった時だった。


ズキッ


シンドバッドの腹部に、激痛が走った。右の腹部の服は裂け、血がたれていた。シンドバッドは自らの傷に少し目をやると、すぐにルクに目を向けた。

「君の羽をもらうまで、諦めないよ。」

シンドバッドはそう言うと、ルクに向かっていった。その時、何かが動く気配がした。シンドバッドが視線を向けるとルクの雛の卵を持ち上げようとする黒ずくめの男達が3人いた。

「待て!」

シンドバッドの声に、男達が振り向き卵を下ろした。雛の卵を持ち去る男達を追い詰めようとシンドバッドが歩みをすすめた途端だった。


スパッ!


目の前を鬼の形相の巨鳥が横切りシンドバッドの頬を切り裂いた。そう、敵は奴らだけではない。怒り狂ったあのルクの羽を手に入れなければ巨人を助けることはできない。

「どうすれば…」

シンドバッドが悩む間にもルクは攻めてくる。不運なことに、ルクは黒ずくめの集団が自分の卵を持ち去ろうとしていることに気づいていない。チャンドゥも距離が離れてしまい、連携して撃退するのも難しそうだ。男達が卵を持ち去る前にルクを撃退しなくては更に怒りを買ってしまう。

「まずはルクからだ!」

シンドバッドはルクの突進から逃げずにその場に踏ん張った。そしてタイミングを計って

「はっ!!」

ルクの背中に飛び乗った。しがみつくとスルッとルクの羽毛が抜けてしまった。

「羽が…これだ!」

シンドバッドは飛び乗ったルクから羽を抜き取ろうと考えた。冷静さを失ったシンドバッドにはその考えで精一杯だった。その時黒ずくめの男が大声を上げた。

「うわああああ!!雛が孵った!!」

ルクの雛が殻を突き破って卵から頭を出した。雛といえど人間の大きさは遥かに超えている。男達はパニック状態だった。ルクの背中からそれを見ていたシンドバッドはチャンドゥを探していた。あたりを見渡すと孵った雛の卵の近くでチャンドゥが男達を見ていた。

「チャンドゥ!」

相棒の安否を確認したシンドバッドは冷静さを取り戻した。

しかし

「クソ!!このっ…!!ぶった斬ってやる!!」

怒り狂った男の1人が斧を取り出して生まれたばかりのまだ目も開いていない雛に斬りかかった。

「まずい!」

シンドバッドはルクから飛び降りようとしたがルクが高く飛びすぎていて飛び降りることができない。そこにいるには、チャンドゥだけだ。

「!!」

いや、チャンドゥがいるんだ。

シンドバッドは相棒にすべてを託そうと叫んだ。

「チャンドゥ!雛鳥たちが危ない!助けるんだ!」

「ワァウ!」

チャンドゥが斧を振りかざす男のターバンに飛び乗った。

「うわっ!」

小さいとは言え、襲いかかったのはトラ。その重圧に不意を突かれ、男はうろたえその場に倒れた。

「ワァウ!」

チャンドゥは男を追い詰めると、爪を立て睨みつけた。

「うわぁ!!」

「クルゥ!」

男の悲鳴と同時に、ルクの雛が鳴き声を上げた。しかしその時、シンドバッドはルクが急降下するのを感じた。タイミングを見図って飛び降りるとルクは男たちの1人に向かってものすごい速さで突進した。

「なんだろういきなり…今だ!」

シンドバッドは足元に投げ捨てられた黒ずくめが卵の運搬に使っていたロープを握ると、男目掛けて駆け出した。

「はぁ!」

ロープを鞭のように振り回し、男を追い詰める。

「クク…」

そのとき男が不敵な笑みを浮かべた。臆せずシンドバッドはロープを振りかざした。


スパッ!


鋭い音がした。男は、怯むこともなくその場に立っていた。

「そんな!」

男は刀を手にしていた。ロープは真っ二つに切れてしまった。

「くっ…」

「殺してやろうか…」

刀にロープでは太刀打ちできない。シンドバッドは腰の帯に停めておいた鞘から小尖刀、ジャンビーヤを引き抜いた。

「たぁ!!」

大きな刀を力いっぱい振り回す黒ずくめに対して、軽いジャンビーヤを素早く振るシンドバッド。明らかにシンドバッドが有利になったが、シンドバッドに殺す気はなかったので、殺しにかかっている黒ずくめが気持ちは有利で、シンドバッドの防戦一方だった。

「はっ!」

相手の隙を狙って刀を弾く。


キーンッ!


金属音が響き、刃が弾ける。次の瞬間、黒ずくめの刀が宙を舞った。

「もうお前達の好きにはさせないぞ!」

シンドバッドは難なく勝利できた。しかし、油断していた。次の瞬間予期しなかった金属音がシンドバッドの耳に届く。男が隠していた小刀がシンドバッドのジャンビーヤを弾いた。

「うわぁ!」

シンドバッドはバランスを崩し後ろに倒れた。

「もうあんたの好きにはさせねぇぜ?」

自身が口にした言葉で追い詰められる。

「負けるか!」

立ち上がって応戦しようとし立ち上がったが、シンドバッドの目に写ったのは小刀を振りかぶった男だった。男はまた不敵な笑みを浮かべ、止めの言葉を口にする。

「死ね…」

反撃できないと悟りシンドバッドが目をギュッと瞑ったその時。

「ワァウ!」

聞きなれた鳴き声が聞こえた。シンドバッドの体に新たな傷はできなかった。目の前にはジャンビーヤを咥えた勇ましい仔トラがいた。

「チャンドゥ!!ありがとう!今度こそ…お前達の好きにはさせないぞ!」

シンドバッドは無造作に置かれた縄を拾い上げ、男にくくりつけた。一件が済み、シンドバッドは辺りを見渡した。するとルクが男達を睨みつけていた。

「雛が狙われていることに気づいたみたいだ。よかった…ううっ!!」

血が滲んだ傷痕の痛みが止まらない。シンドバッドはその場にうずくまってしまった。ルクは男達を圧倒し、震え上がらせた。大切な卵を狙っているのは明らかにシンドバッドではなく、男達。ルクは怒りを込め襲いかかった。そして、自らの過ちを悔やむようにうずくまるシンドバッドに涙をこぼした。


「…う…ん」

気づくとシンドバッドの傷は癒えていた。

「……」

沈黙するルクの頬が濡れている。ルクの涙は、治癒の力があると聞いたことあった。

「…君がやったのかい?」

シンドバッドが聞いても依然として黙っている。すべてを察したシンドバッドはチャンドゥを連れて船に戻った。

「ありがとうルク。」


Route Ⅲ 大事な物がある


「巨人さんのところに戻ろう。この羽を持ってさ。」

「ワァ〜」

シンドバッドたちが帆を張ろうとしたその時、

「クワッ!」

後ろからルクが船の帆の柱を掴んだ。

「うわぁ!ルク何するんだ!!」

急に柱を掴まれて、船体が揺れる。船はミシミシと音を立てる。

「船が壊れちゃ…」

揺れと音が止み、船が進み始めた。

ルクが低空飛行で船を引っ張っていた。

「送ってくれるのかい?でも、雛鳥達は大丈夫なの?」


バサバサッ!


羽音が聞こえ、上空からルクの後ろからもう1羽成鳥のルクが降りてきた。

「家族がいるんだ…ありがとうルク!」

ルクは、家族に巣を任せ羽ばたき始めた。シンドバッドは次を見据えて航海図を見た。

「次の目的地、巨人さんの洞窟じゃないか!」

目的地に先回りしていたことに驚いた。

「それなら話が早い!巨人さんを助けに行こう!」


数日の後、一行は巨人の洞窟に戻ってきた。船を停めるとルクは翼を広げ上昇し、涙を落とし始めた。

「くれるのかい?ちょっと待って。」

シンドバッドは急いで瓶を用意し涙を受け止めた。

「クワッ!」

そしてバサバサと翼をはためかせ、自らの羽をシンドバッドの船に落とした。

「!!…いいのかい?」

シンドバッドがルクの方を向くと、ルクは鳴き声も上げず飛び去ってしまった。

「ありがとうルク!!」

シンドバッドは大きなルクの後ろ姿が小さくなっていくのを見送った。

「なんだろう、また暖かさを感じる。」シンドバッドは未だにその暖かさがわからなかった。


「いいか?次失態をしたらお前達には制裁を下す。あのガキと猫を一刻も早く始末しろ。今回は総力戦だ。」

「ハッ!」

巨人の洞窟に忍び寄る影にシンドバッドが気づく事は無かった。


「さあ、巨人さんを助けに行こう。チャンドゥ!」

「ワウ!」

ルクを見送った後、 シンドバッドはかつて人魚に案内された航路を目指した。ウツボ女と対峙した人魚たちはあの後どうなっただろうか。

「きっと人魚さんたちなら大丈夫だよね。」

「ワウワァウ。」

人魚たちに会うことはなかった。しかし、ウツボ女がいるわけでもない。人魚の無事を信じ、シンドバッドは船を進めた。巨人の洞窟はやはり不気味だった。最深部にいる巨人は悪者ではないが、底知れぬ緊張があった。

「ワゥ…」

以前訪れた時のようにチャンドゥが身震いし始めた。

「チャンドゥ大丈夫だよ。」

シンドバッドはチャンドゥを落ち着かせようとしたが彼の震えが止まることはなかった。巨人の格子に近づくに連れて、チャンドゥの震えが大きくなる。シンドバッドは巨人が盗賊達に新たに何かされていては危ないと思った。そしてできる限り急いだ。そしてついに巨人の格子に辿りついた。

「巨人さん!」

シンドバッドは巨人を呼んだ。

「お前達…来てくれたんだな…ルクに挑んで殺されてしまったのかと思っていたぞ…」

「心配かけてごめん。巨人さん!ルクの羽を持ってきたよ!でも盗賊の手がかりもなくて宝は取り戻せなかったんだ…」

「なんと…!手に入れたのか!しかし、そんな量の羽はいらないぞ…それなら時間がかかったのも納得が行く…」

「これは取ったんじゃない。もらったんだよ。」

「何!?ルクから羽を受け取ったのか!?」

「まあね、ルクの雛鳥が黒ずくめの男に連れ去られそうになったから、助けたんだ。最初は誤解を受けて襲われて、帰ってこれるかわからないくらいだったんだけどね。」

すると、後ろから声が聞こえた。

「その黒ずくめとは…我々のことかな?」

「誰だ!?」

シンドバッドが振り返るとそこには、ルク島にいた黒ずくめの男達とその仲間と思われる黒ずくめが何人も立っていた。

「お前達は!」

「奴らだ。奴らが私の宝を持ち去った盗賊だ!」

巨人の言葉に、シンドバッドは驚愕した。

「何だって!?巨人さん。こいつらルク島で雛鳥を狙ってた黒ずくめだよ。」

「まさか、あんたがこんなところに来るなんてな。」

シンドバッドの表情が険しくなった。

「決着と行こうじゃねぇか。」

10人はいると見た盗賊を前に、シンドバッドはジャンビーヤを引き抜いた。

「望むところだ!行くよチャンドゥ!」

「ウウウウ!!」

巨人への警戒心からか、チャンドゥはまるで野生に帰ったような目をしていた。

「ワウ!」

「うわ!」

チャンドゥが盗賊のひとりに飛びついた。

「くそっ!あのガキを殺せ!」

その号令に、黒ずくめが一斉にシンドバッドに襲いかかる。しかし、シンドバッドはルク島の時のように負傷していない。

「はぁ!!」

彼の剣捌きについてこれる者はいなかった。あっという間に盗賊のリーダーを残し全員の刀を弾き飛ばした。リーダーはルク島でシンドバッドを襲った盗賊だった。

「うわぁぁ!!」

「助けてくれ!!」

シンドバッドに掛かっていった全ての盗賊が腰を抜かしていた。

「それがお前の本調子ってわけか。」

「……」

「死ね!!」

盗賊の長はシンドバッドに刀を投げつけた。

「はっ!」

激しい金属の衝突音とともに岩が砕ける音がした。盗賊の背後で壁が少し崩れた音だ。

「嘘…だろ…」

おののく盗賊の頬からは血が垂れ、背後の岩の壁には彼の刀が突き刺さっていた。

「うおおおお!!」

恐怖から盗賊はもう片方の刀を考えなしに、乱暴に振り回し始めた。しかし、

「はぁ!!」

シンドバッドはいとも簡単に刀を弾き飛ばした。そして腰を抜かす盗賊のリーダーにジャンビーヤを突き立てた。気づくとチャンドゥが敵船から宝を持ち出し、盗賊を縛り付けていた。


「さあ、もう大丈夫。盗賊達はやっつけた。すぐに出してあげるよ。」

「ワウワウ!」

巨人が伝えた通り、ルクの羽を格子にかざすと、巨人を囲う格子が消滅した。その後彼らは明かりの灯る宝の間と呼ばれる場所へ宝を移した。

「船乗りよ、済まない。お前達には仮ができてしまったな。」

申し訳なさそうに巨人がいう。

「気にしないで巨人さん!僕も巨人さんを助けられて嬉しいんだ。」

シンドバッドは誇らしげにしている。

「宝も取り返せたし、一石二鳥だね。」

「そうだな。ところでお前の名は何という?」

「僕はシンドバッド。こっちは相棒のチャンドゥ。」

「ワウ!」

「そうか、昔同じ名の船乗りがここを通ったな。その時も同じように助けられたのだ…」

(シンドバッド…父さんだ!)

「そうなんだ!」

その時

「おしゃべりはそのくらいにしてもらおうか。」

シンドバッドの後ろから先程の黒ずくめに似た男が現れた。

「まだいたのか!」

シンドバッドはジャンビーヤを引き抜く体勢に入った。

「俺が盗賊団のボス…と言ったところだ。」

その男は、先程の盗賊達とは風格が明らかに違った。不穏な空気が漂い、シンドバッドを睨む彼の目からは、殺気を感じた。

「貴様…俺の計画を台無しにしおって…」

「計画…?ルクと巨人さんのことか…?」

「フッ…貴様が知る必要はない…俺の計画に貴様は不要だ…」

盗賊のボスはそう言うと、黒い笛を取り出した。

「邪魔する者には消えてもらおう。」

そしてそう囁くと笛を口にあて、妖しい音色を奏で始めた。するとチャンドゥが顔をしかめ、苦しみ始めた。

「チャンドゥ!」

シンドバッドは苦しむ相棒を抱え強く抱きしめた。

「ウゥゥ…ワァウ…」

「チャンドゥ!?大丈夫?チャンドゥ!」

「ワァウ…」

先程より冷静なうめき声だった。シンドバッドはチャンドゥを強く抱きすぎていることに気づき、慌てて手を緩めた。

「ご、ごめん…」

「ワァ!」

「無事だね?よかった。」

無事を確認しホッとしたのも束の間、彼らの背後に地響きがした。驚いて振り向くと、そこには目が血走った巨人の姿があった。見る限り明らかに様子がおかしい。

「……」

巨人は一言も発さない。そして、ただシンドバッド達を睨んでいた。チャンドゥはその巨人の姿を見て、先程よりも震え始めた。

「チャンドゥ…」

巨人に言葉をかける

「巨人さんどうしたの!?」

「……」

シンドバッドの言葉に、巨人は一言も応えない。更に、巨人はその巨大な拳をシンドバッドに向けた。

「さあ、巨人よ…この憎いガキを蹴散らすのだ!」

黒ずくめが叫んだ。

「まさかさっきの笛の音…催眠術か!」

「やれ…」

巨人の拳が彼らめがけて振り下ろされた。震えるチャンドゥは身動きが取れない。シンドバッドは相棒を抱き上げて巨人の鉄拳を間一髪で避けた。そして巨人を見上げた。

「……」

巨人は相変わらずシンドバッド達を睨んでいる。どうやらシンドバッドの予想は外れていない。黒ずくめに催眠術をかけられているようだ。

「どうしたらいいんだ…?」

巨人の攻撃は止まらない。シンドバッド達は防戦一方だった。拳の強さはどんどん増していき、洞窟の岩が次々と崩れた。そして飛び散った岩の破片が、ついにシンドバッドの足にあたった。

「っ…!」

負傷しながらも、シンドバッドは巨人に訴えかけた。

「巨人さん!僕たちがわからないの?」

「……」

巨人は微動だにしなかった。そして、もう一度腕を振り上げた。

「巨人さん!目を覚まして!」

巨人を止めるべくシンドバッドが叫んだその時だった。

「っ…!!」

巨人の動きが止まり、振り上げた腕が静かに下ろされた。

「私は…何を…」

落ち着いた巨人の声が聞こえた。

「よかった…あれ?」

そこに巨人を操った男の姿はなかった。


安心出来る時間が戻ってきた。シンドバッドは巨人に全てを話した。

「びっくりしたよ。」

「そんなことが…」

「無事でよかったよ。」

「しかし、大岩が膝に当たったではないか。」

「大丈夫。擦り傷程度さ!」

「そうか…済まなかった。」

「大丈夫だよ!」

「お前達を見ていると、あの青年を思い出すのだ。今もお前の姿にその船乗りを思い出したのだ。」

「青年?さっきのシンドバッドっていう人?」

「そうだ。同じように仔トラを連れていた。」

「え?」

(父さんは仔トラは連れていないはず。人魚さんといい、どうしてだ?)

「彼は、私に宝物の意味を教えてくれた。」

「宝物?」

「ああ。私は生まれてこの方、この洞窟でこの財宝を守り続けてきた。故に、私にとって宝物とは、この財宝なのだ。しかし、宝物は人それぞれだ。この財宝もいつかは廃れる。決して廃れない宝物も欲しいものだ。」

「廃れない宝物?」

「そうだ。彼は私に歌を歌った。お前を見て思い出したこの歌が私を催眠から、そして、お前を殺してしまう罪悪から救ってくれた。」

「どんな歌?」

「ぜひお前達にも聴かせたい。」

そう言うと、巨人は巨大な弦楽器を財宝の奥から取り出した。そして、巨人は歌声を響かせた。


人生は冒険だ 地図はないけれど

宝物探そう 信じて

コンパス オブ ユア ハート


「素敵な歌だね。僕も歌いたい。このウードで一緒に演奏して、歌ってもいいかな?」

「いいだろう。」

再び、歌が洞窟に響く。震えていたチャンドゥも聴き入っている。そのうち、チャンドゥは巨人の肩に乗り、頬ずりをするほどになっていた。こうして、とても穏やかな時間が流れた。

ひとしきり歌いきると巨人はシンドバッドに言った。

「彼は心のコンパスに従えと言っていた。」

「心の…コンパス?」

シンドバッドの脳裏に、ハーシムの言葉が浮かんだ。

(いかなる時も、心のコンパスに従うのだ!)

そして、幼い頃の記憶が蘇り、父親の言葉が稲妻のように頭を駆け巡った。

(心のコンパス。それがお前を導くのだ。いいか息子よ。お前は決して私になるな。本当のシンドバッドになれ。)

「本当の…シンドバッド?」

「どうしたシンドバッド?」

「いや、なんでもないよ。」

「そうか。」

「うん!ごめんね。」

「ああ。そうだ、私を助けてくれた礼と言ってはなんだがこの財宝を分けてやろう。」

「本当に?ありがとう巨人さん!」

こうして、目的だった財宝を船に詰めシンドバッド達は巨人の洞窟をあとにする。

「真の宝物が見つかることを祈っている。気を付けて行くのだ。」

「ありがとう。さよなら!」

「ワァウ!」

浮かんだ疑問を心にしまい込み、シンドバッドは船を出すのだった。


Route Ⅳ 心の贈り物


巨人から宝石や黄金を受けたシンドバッドは、父が残した航海図にある次の目的地へと向かっていた。

「次は…王国を通って猿の渓谷に向かおう。」

「ワァウ!」

財宝を手に入れたシンドバッドの航路は折り返しに差し掛かっていた。次に目指すのは、とある王国。そして、その先にある渓谷だった。ルク島を目指した時のように、巨人の洞窟から王国までは、気が遠くなるほど遠い。

「そろそろ…休める場所はないのかな…」

シンドバッドが弱音を吐いたその時。

「そこにいるのはシンドバッドか?」

「え?」

シンドバッドを呼ぶ誰かの声がした。

「……お主は、シンドバッドの息子じゃな…?」

声の先には何人もの人に囲まれた船に乗った老いた男がいた。自分の父を知るものに驚き、聞き返した。

「父を知っているのですか?あなたは誰ですか?」

シンドバッドが尋ねる。

「ああ、知っておるとも。本当に父親にそっくりじゃ…ワシはサルタン。この国の王じゃ。」

サルタン。それは王の意味を持つ称号だ。

「サルタン…?ということは父の旅した国のあなたが王国の王様ですか!?」

「やはりお主であったか。ついにお主も来たのだな…」

「どうしてこんなところに?」

「視察に参った帰りじゃ。」

シンドバッドは父親と面識のある人物に出会い、自分の航路が間違いでないことに気づき、安心した。

「視察?何かあったのですか?」

「ワシの国の隣の渓谷にな…厄介なことがあっての…」

「渓谷?僕の目的地じゃないか。」

「お主もやはり行くのか。」

「父と同じように…ということですか?」

「ああ。」

サルタンはシンドバッドの様子を見てこう言った。

「疲弊しきっておるな。我が国に寄るといい。」

「良いのですか!?」

「構わん。話したいことがある。」


「国王が帰還なされたぞ!」

よほど大変な視察だったのか、国の城下につくとサルタンは民衆から心配の声を受けた。

「大したことは無い。それより旅の者を歓迎したまえ。」

サルタンから急に紹介を受けたシンドバッド。すると、

「シンドバッドさんですか?」

声をかけられた。

「そうですよ。」

シンドバッドが返事をすると、

「シンドバッドさんだ!帰ってきたぞ!」

「うおお!!」

「英雄だ!」

大衆にもみくちゃにされたがシンドバッドは自分が歓迎されているのではないと察した。

「お若くなられましたな!」

「もしかして、父のことでしょうか?」

「え?」

「シンドバッドさんじゃないのか…」

一瞬にして空気が静まり返る。まずいことをしたかと思ったその時、

「ご子息様!よくぞおいでくださいました! 」

どうやら彼の父親はこの国では英雄らしい。

「あ…はぁ…」


「驚かしてすまないな…」

「いえ…栄えておりますね。故郷のバズラが思い出されます。」

「初めからこうではなかったのだ。渓谷の猿に悩まされていてな…」

「国が栄えたのは、まさか…」

「あぁ…お主の父、シンドバッドが猿を退治したのじゃ。それ以来、我が国の民は船乗りシンドバッドを崇めるようになったのじゃ。」

シンドバッドはサルタンの案内で城へと向かっていた。

「父について、もっと教えていただけませんか?」

「その事じゃが、わしはお主に言われずとも話すつもりでいた。」

「話したいことは父についてでしたか。」

歩いている間に、城にたどりついていた。シンドバッドは巨人から話を聞いて以来、専ら冒険に出て、小さい頃にしか交わらなかった父について気になっていた。偉大な冒険家であり、大富豪。その父の得た宝を追ってここまでやってきたが、未だに父親の背中を見ることはなかった。

「さあ、入れ。」

「ありがとうございます。」

サルタンの部屋まで到着しサルタンが部屋の戸を開けた。そして小さな円卓に二人向き合った。


「シンドバッドよ。長旅ご苦労じゃった。疲れているところ申し訳ないが、ここまでどんなことがあったか話してはくれぬか?父親についても話そう。しかし、そなたの旅にも興味があるのじゃ。」

「わかりました。」

シンドバッドは、人魚に出会った海域からのことを話し始める。たくましい人魚、普段暴れない鯨の暴走、凶暴なウツボ女の出現、怒り狂う怪鳥ルク、大きな卵や宝石を盗む盗賊、催眠術使いの男、操られた巨人。全てのことを話した。

「そして、今この国にたどり着きました。」

「うむ。しっかり聞かせてもらったぞ。お主も父親のように困難を超える力を持っていたのだろう。褒めて遣わす。」

「ありがとうございます。」

「さて、お主の父の話であったな。あやつは勇敢だった。船員も彼を慕っていた。巨人から宝を手に入れて、それを自分の村の港まで持ち帰った。航海は成功だった。しかし…」

「しかし?」

「お主との決定的な違いがある。」

「違い?」

「あぁ。あやつにはお主のような優しさがなかったのだ。君主としての器はあった。だがお主のように人を助けたりはしなかった。お主には、あやつになかった優しさがある。」

「優しさ…ですか?」

「あぁ…お主の父親がお主が巡った場所で何をしてきたかを教えてやろう。」

「お願いします。」

「怪鳥ルクの生息地、ルク島では、食糧を得るためルクと闘い、卵を手に入れた。」

「待ってください!そんなのやっていることが盗賊と同じじゃないですか!」

「お主も楽器で気分が晴れなければそうしていたかもわからんじゃろ?」

「そ、それは…」

「だがあやつの心は痛まなかったと言うぞ。わしは今のお主であれば心が痛むと思う。」

「父さんはそんな人じゃ…」

「わからないのであろう?まだ話すことはある。」

「はい…」

「奴は巨人と闘ったらしい。宝を強奪するためにな。」

「巨人さんは、父さんに会ったと言っていました。同じように宝を盗まれて、助けられたと。」

「それはお主の父ではない。」

「父の名前を言っていました。そんなはずはありません!」

「シンドバッドは他にもいよう。」

「それは…」

「残念だが、これは本当のことじゃ。しかし、闘ったのはお主も同じじゃろう。あやつはそれが先に出ただけじゃ。宝を求めるためにな。」

「宝…」

「お主にとって宝とはなんじゃ?」

「……同じことを、出航前に天文学者の長老に言われました。」

「あやつか…あやつは誰より船員を気遣っておった。」

「長老が…」

「あやつの言いたいことはよくわかる。お主にとっての宝。それがなんなのか、確かめてから旅に出て欲しかったのであろう。」

「巨人さんが、自分にとっての宝を見つけることを教えてくれたんです。その船乗りに聞いたと…」

「ほう…そういうことか。」

「何か知っているのですか?」

「シンドバッドよ。この旅でそれを自分で見つけ出すといい。お主の心に問いかけるのじゃ…」

「自分の心に…」

「それに気づいた時が、お主の航海の成功であろう。」

「自分にとっての宝…」

「ところで、お主のその力を見込んで頼みがある。」

「頼み…ですか?」

サルタンは改めてシンドバッドをまっすぐ見つめ、

「シンドバッド。魔法の楽器で、乱暴者の猿たちをなだめるのじゃ。」

と言った。

「魔法の楽器?乱暴者の猿?いったいどういうことでしょうか?」

シンドバッドは困惑した。

「お主にはここまで来るために壁を乗り越えた経験がある。実は、わしが先ほど視察した渓谷にお主の父親が退治した猿の群れがおるのじゃが、そやつらが最近になって、また暴れておる。そこでお主にその平定を命じたいのじゃ。」

「私が退治を?」

「あぁ。しかし、ただ退治するのではない。」

するとサルタンはさらに部屋の奥へ入ってく。

「王様?」

シンドバッドが追いかけようとすると、

「この魔法の楽器を使うのじゃ。」

サルタンが打楽器を持って帰ってきた。

「そのウードも魔法の楽器の一つではないか?」

「このウードが魔法の楽器!?」

「あぁ。ルク島への航路で飢餓に苦しむお主らの気が紛れたのも、その魔法のせいじゃろう。まさか三楽の魔法の楽器の2つがここに揃うとは…」

「そうだったのか…全部魔法だったんだ…」

父親が魔法の楽器を所持していたことに驚きつつも、シンドバッドは質問を返した。

「三楽とは、なんですか?」

「三楽の魔法の楽器とはな、打楽器、弦楽器、管楽器の三つの魔法の楽器の言い伝えじゃよ。三楽揃ったことは一度もないと言われているがな。」

「魔法の楽器ともなれば、たくさんの人が手に入れようとするのですか?」

「それも理由の一つじゃ。しかし管楽器、つまり、魔法の笛を見た者がいないのじゃ。」

「それは…なぜでしょう?」

「あくまでも言い伝えじゃからな。」

「本当にあるかはわからないのですね…」

「あぁ、話が逸れたな…この魔法の楽器を使って、猿をなだめてほしい。」

「なだめる?」

「あぁ。魔法の楽器の効力はお主も経験したはず。」

「はい…私がこの役目を受けていいのでしょうか?」

「お主を見込んでおるのじゃ。」

「では、謹んでお受け致します。」

「出発は明日の夕暮れ時にしよう。それまで休むといい。」


その晩、シンドバッドは寝付くことができなかった。父親が自分の思う父親ではなかった。そうだとしたら人魚や巨人の言う赤ターバンの船乗りは一体誰なのか、気になって仕方がなかった。

「僕は、何を探しているんだろう。」

自分の旅に疑問を感じ始め、悩んでいた。

「ワァウ…」

主人の寂しそうな表情を見て、チャンドゥが擦り寄る。

「チャンドゥ…こんな旅に巻き込んじゃって、ごめんね。」

「ワウワァ!」

チャンドゥは笑顔を絶やさなかった。まるで彼に、「大丈夫だよ。」と伝えるように。

「ありがとう…チャンドゥ。君がいなかったら僕は死んでいたかもしれない。」

「ワウ!」

チャンドゥはシンドバッドの懐で、静かに眠りについた。何も無い天井を見上げ、シンドバッドは昼のサルタンの言葉を思い出す。

「心へ贈る、心が求める物…」

そうしてシンドバッドの意識は遠退いていった。


「シンドバッドよ。気をつけよ。」

「はい。王様!」

国の門に、シンドバッドを見送ろうと民衆が集まった。

「シンドバッド様!猿の退治をよろしく頼みます!」

「我が国をもう一度救ってください!」

民の声援を背に、サルタンの手配したラクダへ乗り込む。

「さあ、行こう。」

「ワウ!」

後ろの台車に荷物が積まれる音がする。

「さあ、準備が整いましたよ。」

ラクダの運転手が席に腰掛ける。

「お願いします。」

シンドバッドは静かに答えた。ラクダの鳴き声がしてラクダの車が全身を始めた。揺れる景色の中、シンドバッドは一心に渓谷を見つめていた。しばらく一点を見つめていた。そんな彼をよそに、渓谷の上に暗雲が立ち込め始めていた。


突然車が大きく揺れた。

「到着致しました。」

「ありがとうございます。」

シンドバッドはゆっくりと車を降り、台車に乗る大荷物を取り出した。

「これで猿をなだめよう!チャンドゥも手伝ってね。」

「ワウワァ!」

こうしてシンドバッドとチャンドゥは渓谷の中へと歩き始めた。中へ行くにつれ、手付かずの自然の道は険しくなり、シンドバッドの行く手を阻んだ。

「チャンドゥ…大丈夫?」

「ワウ…」

過酷な道のりに、チャンドゥは音をあげ始めた。

「チャンドゥ、乗って?」

チャンドゥを肩に乗せると震えている。シンドバッドにも緊張が現れ始めた。

「なんだか嫌な空気だ…」

この航海の中で、感じたことのない禍々しい空気が漂っていた。それは思わず呼吸を止めたくなるような苦しみを感じさせるものだった。


しばらくして、シンドバッドは騒がしさを感じた。

「あれは…まさか!」

求めていた音のする方へと歩みを進めると、そこには、

「やっぱりそうだ。チャンドゥ!」

「ワウ〜!」

道が開けて、そこに広がる光景はまさにシンドバッドの目的だった。

「ウキャ!」

「オホ!」

「キーッ!!」

ようやく猿たちに会えた。しかし、シンドバッドは違和感を感じた。サルタンは「乱暴者の猿たち」と言ったのだ。それにしては、猿たちは温厚すぎる。

「サルタンの思い過ごし?そんなはずない。国は確かに襲われているんだ。」

真相に迫るべく、シンドバッドは猿の集落に近づく。

「オォ?」

シンドバッドの姿を見た猿の一匹が、警戒態勢に入り武器をとる。

「や、やっぱり…乱暴者…?」

危険と判断したシンドバッドはチャンドゥを抱えて逃げようとした。その時、妖しい音色があたり一帯に響いた。

「まさか、この音は!?」

音色の正体を察したシンドバッドはチャンドゥの耳を塞ぐようにしてチャンドゥを抱えた。

「やめろ!」

叫ぶと、音が止んだ。するとそこには巨人の洞窟で出会った黒ずくめの男がいた。

「フッフッフ…また会ったな…」

「やめろ…猿たちを暴れさせていたのはお前だったのか!?」

「まあそんなところだ。お陰で俺の催眠術は完成した。」

「完成だと?」

「ああ、思い出やら友情やらでは決して揺らがない、完璧な催眠だ。」

「どうしてこんなことするんだ!」

「知る必要はないだろう…完成した催眠術で、お前は死ぬ…」

「させるか…!チャンドゥ、手伝って!」

「ワウ!」

魔法の楽器に手をかける。しかし、

「…!!囲まれた!?」

目を血走らせた猿たちがシンドバッドたちを睨みつけていた。

「くっ…」

「完成した催眠の力を見るがいい。」

すると、

「ウキャー!!」

猿たちは一斉に槍や岩石をシンドバッドたちに投げ始めた。シンドバッドは飛んでくる危険物を防ごうとしたが、ジャンビーヤでは小さすぎる。

「うっ…」

やっとのことで猿の攻撃を避けるが、多勢に無勢、勝ち目などなかった。

「どうしたらいいんだ…これじゃいつか力尽きてしまう…」

楽器にもたどり着けない。完璧な催眠により、猿たちはそう簡単に目を覚ましそうになかった。

「さあ、死んでもらおうか…」

高みの見物と言わんばかりに黒ずくめの男がシンドバッドたちを見下している。すると、


バサバサッ!


男の目の前を見覚えのある影が横切った。

「なんだ!?」

黒ずくめがうろたえる。

「クルルァ!」

翼を折りたたみ、その影が着地する。

「ルク!!」

「ワウ!」

怪鳥ルクだった。傍らには、少し大きくなった雛鳥の姿もあった。間違いなくシンドバッドたちが助けたルクだろう。彼らに意図的に駆けつけて助けるような知能はない。しかし、ルクはシンドバッドを覚えていた。通りかかった渓谷にいた危機が迫る友を守ろうという心情はあったのだろう。

「ルク、雛鳥たち、あの猿たちをくい止めてくれないか?」

「クルッ!」

「クワ!」

頼もしい仲間が加わった。

「ありがとう。さあチャンドゥ、奏でよう!」

「ワーウ!」

シンドバッドがウードを構え、チャンドゥは打楽器の上に乗った。

「ルク!猿たちをおびき寄せて!」

「クルゥ!」

猿たちは楽器に近い位置に誘導された。ルクが、猿たちを翼で抑え込む。

「今だ、チャンドゥ!行くぞ!」

一人と一匹が楽器を鳴らす。音が最大限出るまで奏でる。

「チャンドゥ、頑張れ!」

「ワウ!」

音はまだまだ鳴り響く。流石に疲れが見え始めた彼ら。しかし、一向に催眠が解ける様子もない。

「フッフッフ…言っただろう…俺の催眠は完璧だと…」

「魔法の楽器でもダメなのか…」

「やってしまえ!鳥の一羽や二羽、大したことではない!」

徐々にルクたちが押され、猿たちの逆襲が始まる。

「どうしたらいいんだ…」

シンドバッドの顔から明るさが消えた。

「さあ、俺の復讐の始まりだ!」

男が叫んだその時、なだらかな音色が聞こえた。

「これは、管楽器の音?」

シンドバッドは男が新しい術を始めたのかと、男を見た。しかし、

「誰だ…」

男も少し戸惑った表情をしている。

「ワウ!」

「どうしたの?チャンドゥ。」

チャンドゥは渓谷を流れる水流を眺めていた。何かあるのだろうか。

「ワウ!」

「あれは…」

暮れかけた夕日に美しい影が映えている。それは人間のような姿をしている。そして、水面を蹴り、跳ねる。その足にあたる部分には魚のヒレと思しきものがあった。それらは1人ではなく、数名でこちらへ向かっていた。

「船乗りさん。お久しぶりですね…」

聞き覚えのあるその声が、シンドバッドの耳に優しく響いた。

「人魚さん!」

それは初めての海域で出会った人魚だった。

「どうしてここに?」

「後で説明します。今は目の前の敵に集中してください!私たちも加勢します!」

人魚はシンドバッドが置かれている状況を知っているような口ぶりだった。

「あ、ありがとう。ルクが大変なんだ!」

「怪鳥ルク…あなたを助けようとしている。急ぎましょう!」

人魚は再び笛を吹く。なだらかな音色がもう一度響く。ほかの人魚も歌い出す。

「チャンドゥ、僕達も!」

「ワウ!」

チャンドゥは打楽器を鳴らす。シンドバッドはウードを弾く。

「くっ…」

黒ずくめの男は少し苦い顔をし始めた。

「ウゥ…」

「キャ…」

猿たちが苦しみ出す。

「俺は負けん…これは逆襲の始まりなのだ…!」

男はまた音色を奏で始める。

「ウアアア!」

「ウッキャアア!」

猿はさらに苦しみ出す。

「このままじゃ…」

「はい…早く済ませましょう。彼らの命に関わってしまいます。」

「ワウワァウ!」

「いくぞ!」

より一層気合の入った音色が心地よく流れる。禍々しい音色とぶつかり合い、不協和音が渓谷を包み込む。

「このままじゃ猿たちだけじゃなくルクまで催眠術に…」

「諦めるのはまだ早いです!あなたはここまで旅を乗り越えてきた。私はあなたに言いました…あなたなら正しき道に進めると…諦めてはなりません!」

「人魚さん…そうか。わかった!」

シンドバッドは再びウードを手に取った。

「さあ、これでとどめです!」

「くっ…うわ!」

男の叫び声の後、怪しい音が消え、なだらかな音色だけがこだました。


「ウッホ!」

「ウキャキャ!」

「キー!」

渓谷一帯にバナナの香りが広がる。催眠が解かれた猿は乱暴者ではなく、陽気な性格であった。黒ずくめの男はまた逃がしてしまったが、ルクも猿も救うことができた。シンドバッドは人魚に聞きたいことがあった。

「人魚さん、どうして催眠術を知っていたの?」

人魚は一呼吸して、シンドバッドの顔を見た。

「初めてお会いした時に、双極の笛の話をしたのですが、覚えておいででしょうか?」

「双極の笛…?」

「私が持っている、光の笛の話です。」

「笛…そういえば話していたね。」

「その笛は、双極と言われるだけあって、もう一つの笛が存在するのです。」

シンドバッドはもう一つの笛と聞いて、すぐにそれが何か察した。

「まさかそれって…」

「はい。あの男が持っていた笛です。」

「なぜあの男が?」

「数年前に盗まれたのです。奴は顔を隠しているのでわかりませんが、ある船が私たちの海域を去った後、気づいたらなくなっていました。その船員の誰かかと…」

「そうだったのか…」

「あなたの前に姿を現したウツボ女は、その笛が盗まれたことが原因で、あの地に呪いがかかってしまい、人魚がその呪いで姿を変えられてしまったものなのです…それは私のこの光の笛で呪いを解かないとなりません。」

「そうか…元々は人魚さんのものだったんだね!」

「はい。奴の術が強まったことで、この光の笛が闇の笛を止めようと私たちを導きました。そしてここに来たらあなたがいらしたのです。」

「なるほど…そうだったのか…」

間を置いてシンドバッドはもう一つ質問をした。

「人魚さん、三楽の魔法の楽器って知ってる?サルタンが言っていたんだ。弦楽器、打楽器、管楽器の魔法の楽器があるって。もしかして人魚さんの笛じゃないかと思って…」

「三楽の管楽器…ですか。久しぶりに聞きましたが…その通りです。それは私の笛、そして、奴の闇の笛です。」

「闇の笛もそうなのか…」

「はい。対をなすものなので必然的にそうなります。基本的には光と闇は釣合います。しかし、外部に出た力を抑えても外部に現れた呪いなどは消えないのです。そこで、それを抑えるために必要なのが他の三楽の楽器なのです。普段は落ち着きをもたらしたり、苦しみを取り去ったりする効果がありますが、光と闇の安定を保つには大切なものなんです。」

「そんな秘密があったのか…教えてくれてありがとう。」

「いえいえ…お役に立てれば幸いです。」

会場を覆うように盛られたバナナ、そして鳴り止まない音楽。人魚と話し終えたシンドバッドは自分たちを歓迎する猿たちと、楽器の演奏や、食事を楽しんだ。

「ワァウ!!」

大好きなバナナに埋もれたチャンドゥが、喜びの声を上げる。ターバンが脱げていることにも気づかず必死にバナナの中を泳いだ。

「チャンドゥよかったね!」

「ニャオー!」

「ウキャ!」

「みんな演奏がすごく上手だね!友達になれて本当によかったよ!」

誰もが笑う、旅の疲れを忘れられる、そんな時間が流れた。


Route Ⅴ 人生は冒険だ


「まさか三楽の魔法の楽器が揃ったとはな…」

「驚きました…まさか人魚さんが持っていたとは…」

「何があるかわからんものだな。」

渓谷から戻り、サルタンの国へ戻っていたシンドバッドは、ついにこの航海最後の海に立とうとしていた。

「シンドバッドよ。心のコンパスに従うのだ。我が国を救った恩、忘れぬぞ。」

「心のコンパス…」

心に掛かっていた言葉がまた耳に届いた。

「どうした?」

「いえ、ありがとうございます。さようなら皆さん!」

目の前の海に集中するとシンドバッドの中に、懐かしさが込み上げた。たくさんの人に見守られて船を出した、出発の時に似た気持ちだ。

「みんな…もうすぐでこの航海を成功させられる。必ず帰る!さあ行こう、チャンドゥ!」

「ワァウ!」

そして、シンドバッドは激闘を繰り広げ、共に騒いだ猿たちの渓谷を通って次の海に行こうと考えた。巨人や猿たちを操った男はあのまま消え、消息が途絶えた。気がかりではあったが、今は旅を続けるしかなかった。

「最後に顔くらい見せていこう!」

「ワウ!」

以前のように雲はなく、晴れた渓谷に進んでいく。

「おーい!」

猿たちの集落で、彼らを呼ぶと、

「ウキャー!」

彼らはすぐに飛び出してきた。そして次の瞬間、

「うわっ!」

船に向かって大量のバナナが投げ込まれた。

「ワァウ!」

「すごいや!」

「ウホッホ!」

「また一緒に演奏しよう。きっと戻ってくるからね!」

こうして、シンドバッドは終始友に見守られて渓谷を後にした。


渓谷を抜けるとすぐに海が広がった。

「この海を越えればバズラの港だ…!本当に、ここまで来たんだ!」

「ワウワァウ!」

最後の海を前に、シンドバッドの心は希望に満ちていた。自分は初めて海に出た時より、きっと成長している。そう思えた。シンドバッドは目を閉じ、人魚の海域にいた自分を思い出す。巨大な鯨が迫るあの光景を。

「うん?」

心なしかあの時聞いた荒波の音までが耳に響いている気がした。

「ワーウ!」

チャンドゥが一方を見て鳴いている。

「なんだ!?」

目を開くとその光景にシンドバッドは唖然とした。

「うわぁ!」

反射的に舵を切る。船体をかすめたその影には見覚えがあった。シンドバッドは船と相棒の無事を確認すると、通り過ぎた影に目を向ける。

「あれは…」

忘れるはずもなかった。その影は初めての海に現れたものと同じ姿をしていた。

「鯨!?あいつ、暴れてる!!」

「ワウ!」

あの時のように、鯨が旋回する。

「来る…!」

試練は最後まで去ってくれない。何度でもシンドバッドに襲いかかる。しかしシンドバッドももはや立派な船乗り。あの頃の未熟さなど感じさせない舵さばきで鯨に対応した。鯨の動きによって生まれた荒波は、船の行く手を阻んだが、それに劣らない適応力がシンドバッドにはあった。

「前のようにはいかせない!」

シンドバッドの気力は、最高潮に達していた。しかし、

「アアアア!!」

鯨の咆哮が海原を駆けた。鼓膜を破るほどの音が船を襲った。

「ううっ!」

シンドバッドとチャンドゥはとっさに耳を塞いだ。次の瞬間。


バキッ!


近くで何かが砕ける音がした。その直後、船がものすごい勢いで後退し、シンドバッド達は転ばされてしまった。

「まさか!」

シンドバッドはとっさに耳から手を放し船の側面をのぞきこみ、そして硬直した。

「船が…!」

音の正体は船が壊れた音だった。鯨の突進をもろに食らってしまったのだ。

「どうしたらいいんだ…」

「ワウ…」

船体は揺れ始め、バランスを保てなくなった船の上で、シンドバッドは失意に飲まれそうになった。その時、どこかから声が聞こえた。

(息子よ、お前の航海はこんなことで終わるのか。)

「え?」

(進め。私がついている。)

その言葉が聞こえた途端、シンドバッドは舵を取った。まるで人が変わったかの様に。


「あれ?」

気づくとシンドバッドはその海域にあった小島についていた。

「ここは?」

その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

「ウキャ!」

「うわぁ!?なんだ君たちか…」

それは猿たちだった。

「どうしてこんなところにいるんだろう?」

「ウホ!」

シンドバッドの言葉がわかるかのように猿たちは指を指した。その先にはあの鯨がいた。

「助けに来てくれたのかい?」

「オホ!」

「ありがとう。君たちは本当にすごい猿たちだ。」

「ウキャキャキャ!」

その時、こちらへ向かってくる荒波の音が聞こえた。

「まだ追いかけてくる!?」

鯨がまたシンドバッド達目掛けて突進してきた。沖にいたらまた負傷してしまう。

「みんな逃げろ!」

しかし、鯨は方向を変えた。

「ワウ?」

チャンドゥがなにかに気づいた。

「チャンドゥ、どうしたの?」

シンドバッドは鯨に注意を戻す。

「なんだあれは…?」

そして鯨の後ろの違和感に気づいた。なにかに追われているらしい。そして以前遭遇した鯨の様に血走った目をしていなかった。

「あの鯨…暴れているんじゃない。逃げているのか?だとしたら助けなきゃ!」

シンドバッドは自分の船に向かった。

「あっ…」

そして現実を思い出した。

「僕の船…」

側面に大きく穴が空いている。鯨は襲われているかもしれない。しかし今の自分では何も出来ない。しかし、

「ウキャキャ!」

猿の1匹が、指を指した。

「え?」

そこにはシンドバッドの船にそっくりな船があった。

「すごい!そっくりじゃないか!僕が渓谷を通った時に船の形を覚えて作ったのかな?使っていいのかい?」

「ウキ!」

「ありがとう!」

シンドバッドとチャンドゥが船に乗り込むと、猿たちも乗り込んできた。

「協力してくれるのかい?」

「ウッホ!」

「ウキキ!」

「キャ!!」

笑顔に満ちた猿立ちに断るという手段を選ぶ気は感じられなかった。

「行くぞ!」

シンドバッドは新たな船の舵を取り始めた。進んでいくと、鯨はやはり追われているように見えた。

「助けなきゃ…!」

下手をすれば的の大きな鯨を傷つけてしまう。できればそれは避けたかった。すると

「ウキャ!」

猿は船にたくさんの武器を隠し持っていたようで、ぞろぞろと色々なものが出てきた。傷つける心配のない器具も目に留まり、準備は万端だった。

「すごい!これで鯨を助けよう!」

「せいぜい頑張るといい…」

突如嫌な声が聞こえた。

「まさか…」

シンドバッドは舵を離し声のした方を見た。

「フッフッフ…」

そこにあった船に乗っていたのは、予想通り黒ずくめの男だった。

「催眠を使えば人魚さん達が来る。お前の催眠は打ち破ったはずだ…」

「奴らは来ない。あのシャチは本能で鯨を追っているのだ。」

「そんな…」

「命令を聞かなくなった雑魚の処分にはもってこいだ。」

「命令…?」

「あぁ…俺の催眠が完成していなかったこともあるが、あいつは俺の失敗作だ。」

「まさか…最初の海で鯨が暴れていたのは…」

「フッフッフ…そういうことだ。」

「お前の目的は…」

その時、シャチがシンドバッドに飛びかかった。

「ウキャ!」

しかし、猿の1匹が体で受け止めた。

「大丈夫!?」

「キャキャ〜」

「よかった…ありがとう。」

「ウキャ!」

「シャチを倒さなきゃ、鯨も危ない。みんな、シャチを追い払おう!」

「オホ!」

「ウキャキャ!」

シャチは獰猛で、鯨をも喰らう動物だ。その行動は男の催眠によるものではない。怪我を負わすなりして戦意を喪失させる以外に道はなかった。

「悪意がないのに傷つけるなんて…でもあの鯨を救うにはやるしかない!」

猿は網や槍を持ち出してきた。シンドバッドも躊躇った末ジャンビーヤを引き抜いた。舵を猿に任せチャンドゥとともに戦闘態勢をとった。

「行くぞチャンドゥ!」

「ワウー!!」

「ウキャー!!」

猿が石を投げつける。飛んできた何かに気づきシャチが方向を変えた。

「来る…」

「キーッ!!」

「オホッ!!」

猿が二匹がかりで大きく太い網をシャチに被せる。

「クウウ!!」

シャチはすかさず網に噛みつき、破った。

「つ、強い…」

海中で旋回したシャチは再びシンドバッドの船に突進してきた。

「ウキャ!」

猿たちはシャチに向かって槍を投げつけた。

「クアアア!」

シャチの体に槍が刺さる。

「とどめを…」

シンドバッドは躊躇いながらジャンビーヤを構える。しかし、とどめを刺す決意ができずとどまってしまった。シンドバッドがその後見たのは、迫り来るシャチの牙をむく顔だった。

「うわ…」

シンドバッドが死を覚悟した、その時。

「ミャー!!」

シャチに突っ込んだ相棒にまた助けられた。シャチは頭突きをくらって海に落ちた。

「ワァウ!?」

続いてチャンドゥまで、勢い余ってそのまま落ちてしまった。

「チャンドゥ!」

さらに、体制を立て直したシャチによって定められた狙いは、溺れたチャンドゥに向いていた。

「チャンドゥ!!」

「ウ…ワウ…」

シャチがヒレを揺らし始める。相棒の絶体絶命の危機を目の前にして、シンドバッドは決意を固めるほかなかった。

「はぁ!」


グサッ


「アアア!!」

波の中シンドバッドの体が小さな相棒を抱えて海に落ちる。海原に沈黙が訪れた。

「キャ?」

「ウホ?」

猿たちは、シンドバッドの安否を見守っている。

「ウキャ?」

沈黙が続き、場の緊張が高まる。

「……」

しばらくしてプカプカと一人と一匹が浮き上がる。

「……チャン…ドゥ…大丈夫…?」

「ウ…ウウ…」

シャチの目は光を失っていた。

「みんな…このシャチを上げてあげよう。」

シンドバッドは無事なようだ。チャンドゥも無傷で帰ってきた。

「しばらく見てあげてほしい。そうだ…」

シンドバッドは自分の衣服を破って、傷口を塞ぐ包帯代わりに使った。

「少し待っててね。」

「ウキャ!」

「ありがとう!」

シンドバッドは彼らを陸に残し、あの男の船へと向かった。すると船にはやはりあの男が乗っていた。

「逃げないなんて珍しいじゃないか。」

「説明する気になったのさ…」

「なんだって?」

「俺の目的を、説明する気になったと言っているんだ。シンドバッド…」

「なぜ僕の名前を…!」

「忘れるはずが無いだろう…まあ最も、貴様が俺を知っているとは思わないが…」

「どういう意味だ…」

「俺はお前の父親が大嫌いなんだ…」

「父さんを知っているのか…」

「知らないわけがない…あんな大悪党を…」

「父さんが悪党…?父さんは僕の憧れだ!」

「何も知らぬ貴様があの男を語るな!俺はあいつに…世界に復讐する。この催眠術の完成はその始まりに過ぎないのだ…」

「復讐…だと?」

「この獣を操る笛で、獣たちの意識を意のままに操って俺を認めない人間達を滅ぼす。刃向かう者のいない世界を俺が支配する。それが俺の復讐だ!鯨は人など簡単に飲み込み粉砕できよう…ルクを卵から盗む試みも、鳥の刷り込みを利用し完全服従する怪鳥を作るため…全ては俺の計画のためだ。」

「お前…なんてことを…!」

「恨むなら貴様の父親を恨むんだな…」

黒ずくめはそのまま舵を取り去ろうとした。

「待て!」

シンドバッドが追いかけようとした途端、嫌な音色が聞こえ、海面からたくさんのエイが現れた。血走った目がシンドバッドを睨みつける。

「くっ…」

エイに追跡を邪魔されたシンドバッドは黒ずくめに追いつくことができなかった。


「ごめんみんな…」

シンドバッドは浮かない気持ちのまま猿やチャンドゥが待つ島へ帰った。島の浜辺にはヒレに傷を負ったシャチがぐったりとしていた。

「急いで!まだ間に合うかもしれない!」

「ウホ!」

「オホー!」

船の中からぞろぞろ出てくる網のような器具によって、シャチが船にあげられる。そしてすぐさま、シンドバッドはシャチの脈を確認する。

「まだ息はありそうだ…どうにかしないと…」

シンドバッドは焦っていた。そして、驚いていた。財産を使い果たす頃の彼はここまで真剣になって何かを助けようとしたことは無かった。その自分の変化に驚いていた。

「ニャ!」

チャンドゥが壊れた船から小瓶を咥えて降りてきた。

「もしかしてそれは…ルクの涙!」

それはルク島でルクから受け取ったものだった。シンドバッドはルク島でルクの涙の治癒力を実感していた。それだけに、シャチの回復に期待した。

「頼む…治ってくれ!」

目を思い切り瞑ってシャチに涙を落とす。その途端、船体を蹴りあげる音がした。

「わぁ!」

「ワウ!」

勢いよく海に飛び込んだシャチはすっかり元気になり、泳ぎ回り始めた。

「よかった…」

シャチはそこで落ち着くと、どこかへ泳ぎ去っていった。

「みんなありがとう。君たちのおかげで鯨もシャチも助けることが出来た。」

「ウキャキャキャ!」

「ウッホ!」

全てを終えたシンドバッドにまた暖かい気持ちが溢れてきた。


「それじゃあ、僕達行かなくちゃ。」

「キャキャ!」

準備を終え出発の時がやってきた。猿たちが自分たちの船を指す。しかし、シンドバッドはなんとしても自分の船で帰りたいと思った。ここまで自分を連れてきてくれたこの船をあと一歩のところで手放そうとは思えなかった。

「僕達の船はこっちだから…嬉しいけど、こっちでなんとか帰るよ。」

「ウー?」

「大丈夫だって!それじゃあ…またね。」

シンドバッドはチャンドゥを抱えて船に乗った。

「さあ、もうひと踏ん張りだ!!」

シンドバッドたちの船は、勢いよく海へ出た。

「行くぞ…!」

しかし、ズブズブとすぐに沈み始めてしまった。

「うわっ!どうしよう…」

船体は焦るほど沈んだ。

しかし、

「なんだ!?」

突然船が上昇し始めた。本来の高さに戻っても上昇は続いた。みるみる登っていった。船から下を除き込むと、見えたのは海ではなかった。それは優しく強い眼差しでシンドバッドの船を見ていた。

「君は!」

シンドバッドの船は鯨によって持ち上がっていた。

「君が送ってくれるの?ありがとう!」

「ワァン!」

「チャンドゥ!鯨が街まで連れていってくれるぞ!」

鯨はスイスイと泳ぎ始めた。シンドバッドはようやくと言わんばかりにホッと一息をついた。

「チャンドゥ…君がいてくれなければ、僕はここまで来れなかったよ。本当にありがとう。」

「ワウ!!」

「君と出会えて本当によかった。」

「ニャ!」

「本当に長かったね。出会ってから今まで…」

シンドバッドはそのままチャンドゥと額を合わせ、チャンドゥに感謝を伝え続けた。そのうちシンドバッドは眠りについてしまうのだった。


「ここは?」

気づくとシンドバッドは、何も無い空間に立っていた。

「息子よ。」

声がした方向に振り返り、驚いた。

「父さん?」

生きているはずのない父親が現れたのだ。

「ずっと見守っていた…大きくなったな。」

「父さん…どうしてここに?」

「話がしたくてな…」

「話?」

「あぁ…お前が航海を成功させるところだからな。まあ、一度私が手を貸したがな…」

「父さん…まさか、船が壊れたあの時…」

「あれきりだ…もう手は貸さんぞ?」

「そっか…ありがとう。」

「シャチを傷つけることを躊躇うとは…優しくなったな。」

「え?」

「お前は私が死んだ後、その多すぎる遺産によって堕落した。当時のお前はこんな気持ち微塵もなかったろう…」

「僕も変われたのかな。」

「私が一切をお前に任せてしまった。苦労をかけたな。」

「そんなことないよ。僕は自分がやるべき事をやっただけ…」

「フフッ…」

「どうしたの?」

「お前から、その言葉を聞けて嬉しいぞ。」

「どういうこと?」

「覚えているかはわからんが、私はお前によく、心のコンパスに従え。そうに言い聞かせてきた。」

「心のコンパス?ずっと気になってたんだ…どういう意味かわからなくて…」

「自分がやるべき事。今のお前にはそれがわかっておった。そして、お前は立派に航海を成し遂げつつあるのだ。」

「心のコンパス…心の道しるべ、ってことかな?」

「うむ。迷った時には自分を信じて進む。それが道を切り開くのだ。その先にある困難も、喜びも自分の人生。それは心のコンパスに従い、お前の周りに集まった他の者と共に分かち合い、乗り越えていくのだ。」

「困難も、喜びも…」

「お前はこの旅で、たくさんの経験をした。お前は私ではない、本当のシンドバッドになった。」

「本当のシンドバッド?」

「あぁ。本当のシンドバッドだ。」

「それってどういう意味?」

「じきにわかる…」

しばらくの沈黙が続いた。その後沈黙を破ったのは父親の方だった。

「シンドバッド、お前の宝はなんだ?この航海で得た宝は…」

「僕の宝?」

「あぁ。思い返せばわかるだろう。」

シンドバッドは目を閉じ、初めて海に出て鯨に追われたり、いきなり現れたウツボ女から人魚の助けを経て逃れたり、巨人を救うためにルクと戦い、ルクや宝を守るために盗賊と戦ったり、操られた巨人を元に戻すため必死になったり、完成した催眠から猿を救い出したり、追われる鯨を助けるためにシャチを倒したりした航海の全てを思い返した。

「僕の宝物は…」

「シンドバッド、後ろを見よ。」

ゆっくりと振り返る。

「はっ…!」

シンドバッドは少し驚くとすぐに笑った。そして体制を戻し、

「父さん…そうだね。」

と呟いた。しかし、

「あれ…?父さん?」

そこに父親の姿はなかった。



Final Route コンパス・オブ・ユア・ハート


「ワウ!」

「うわぁ!?」

シンドバッドの耳に聞きなれた相棒の鳴き声が聞こえ、シンドバッドは飛び起きた。

「チャンドゥ…ここは?」

「ミャー!」

チャンドゥが指し示した方向には見慣れた船着場があった。うっすらと月明かりに照らされていただけではっきりとは見えていないが、それは見慣れた町並みだった。

「バズラに帰ってきたのか…?」

「ワウ!」

「やったね…チャンドゥ!」

すると船体の高さが下がり始めた。シンドバッドはここまで送り届けてくれた友達に、一礼した。

「君も、送ってくれてありがとう。」

鯨の目は、この航海で1番と言えるほど笑っていた。最後に砕けて浮かなくなった船を一押しし港に背を向けた。

「さよなら。また会おう。」

シンドバッドは去り行く友に小さく呟いた。


日が沈み、月明かりが静まった市場を照らしている。街並みは眠りにつこうとしている。天文学者のハーシムは、雲一つない星空を眺めていた。

「わしらには、祈ることしか出来ん。シンドバッドよ…」

シンドバッドがバズラを発って、数ヶ月。便りも送られてこないために、港の住民達はシンドバッドの帰りを祈って待つことしかできなかった。


ガコン…


ハーシムは微かな音を船着場の方に感じ、音の方へと向かった。先程まで何も無かったはずのそこには、待ち望んだ光景があった。

「シンドバッド…!」

「その声は…長老?」

ずっと前に旅立った青年がそこに立っていた。

「本当にシンドバッドか!」

「はい…!ただいま帰りました!」

「よく帰った…皆に知らせなくては…」

「ありがとうございます。しかし、こんな夜中です。朝知らせてくれれば大丈夫ですよ。それに、今は長老とゆっくり話がしたいです。」

「そうか…聞かせてくれ。お主の旅を…」


二人はハーシムの家に入った。ハーシムはチャンドゥに水を用意すると、シンドバッドと向かい合い、座るように言った。シンドバッドはそこで航海の全てを話した。暴れた鯨のことや、人魚とウツボ女のこと。囚われた巨人や、怪鳥ルクとの戦い。突然現れた盗賊や、魔法の楽器。陽気な猿たちや船の半壊。たくさんのことを話した。そして、

「僕は、ついに宝物を見つけることができました。」

「ほう…お主の宝は確か…財宝…であったか?」

「いえ…そんなものとは見当違いのものでした。」

「聞かせてくれ。お主の宝はなんだ?」

「僕のこの旅は、たくさんの助けを借りました。人魚さん、ルクや巨人さん。それにサルタン王や猿たち、鯨や、みんなが僕の船の帆となって、旅を支えてくれました。ここに帰ってくる時、夢で父に会いました。父は僕に、「心のコンパスに従え。」と言いました。そこで父が指さした先、そして僕が思い浮かべた大切なもの。そこには航海を助けてくれた友達みんながいました。僕は、たくさんの友達に囲まれて旅をしました。彼らが帆を張ってくれた船を、僕の心のコンパスで導くことが僕のやるべき事だったのです。サルタンが僕に言っていたことがようやくわかったんです。僕の宝物。それは宝石や黄金じゃなく…旅の中で、人生の中で巡り会った、僕の友達です!」

「そうか…よく言ったシンドバッドよ。お主は、父親の望み通りに成長したな…」

「望み通り…?」

「長らく黙っておったが…お主、そしてお主の父親シンドバッド一世は、伝説の船乗り、シンドバッドの血を引いているのじゃよ。」

「伝説の…船乗り?どういうことですか?」

「かつて、お主の祖先である伝説の船乗り、シンドバッドは相棒の仔トラと共に航海し、たくさんの友の助けを受けて航海を成功させた。」

「それが…僕の祖先…ということですか?」

「ああ…そういうことじゃ。お主のそのターバンは父親が使っていたものだが、伝説のシンドバッドのものでもあったのじゃ。あやつはそのターバンをつけることで、シンドバッドに近づこうとした。人魚や巨人は寿命が長い。彼らはそのターバンを見てそやつのことを思い出したのじゃ。サルタンも、そのことを承知でそのようなことを言ったのじゃよ。お主を大きくするために…」

「そうだったのか…」

「お主の父親は、シンドバッドという名前に誇りを持っておった。伝説の船乗りと同じ名前じゃ。そしてあやつは、シンドバッドのような人間になることを、目指して生きた。結局は道半ばで途絶えてしまったが…」

「父さんは…偉大な船乗りではないのですか?」

「いや、十分に偉大であった。人をまとめる力は当時のバズラで誰よりも強かったとも…ただ、あやつは最後まで財宝に頼ってしまった。財宝を宝としてしまったのじゃ…」

「そうか…父さんは昔、僕に、父さんになるな。本当のシンドバッドになれ。そう、何度も言い聞かせていたんです。僕は本当のシンドバッドになれたのですね…!」

「ああ。あやつはそれを願ってお主にもシンドバッドと名付けた。伝説の話は何度も聞かせていたというぞ。」

「父さん…父さんの後を追って、僕はこんなに素晴らしい友達に出会えたんだ…本当にありがとう…」

シンドバッドは改めて、父の偉大さ、そして父の優しさを感じて感慨深い気持ちに浸るのだった。その時、シンドバッドはあのことについて話していないことに気づいた。

「長老。ですが、まだやり残したことが…」

「どうしたのじゃ?」

「道中で、黒ずくめの男に何度も遭遇して…」

「黒ずくめ?」

「はい。彼は催眠術が使えました。人に効果はない様でしたが、僕の友達も操られてしまいました。奴はその催眠術で、復讐をすると言っていました。」

「復讐…?」

「どうかしましたか?」

「いや、続けてくれ。」

「彼は、父を知っていました。父さんを悪党だ、許さないと言っていました。」

「やはりか…」

「長老?」

「わしは、そやつを知っておる…」

「え?」

「あやつはバズラの出身じゃ。」

シンドバッドは突然聞かされた事実に驚いた。

「そんな…長老と関わりがあるということですか?」

「ああ。あやつは…わしと同じく、お主の父親の船員だった。名はサルマーン。」

「サルマーン…」

「あやつは船長であるお主の父親に酷く荒く使われておった…」

「父さんが…?」

「あやつは仲間を気遣うことができなかったのじゃ。だからこそ、伝説のシンドバッドのように生きることをお主に託した。」

「僕に父さんのようになるなって言い聞かせていたのはそういう事だったのか…」

ハーシムは再び顔をしかめるとシンドバッドに向き直った。

「話を戻そう…サルマーンはその重圧に耐えきれんかったのじゃ。わしも気づいておった。あやつが孤独だということに…支えがないということに…わしがあの時あやつの力になっていれば…シンドバッドと話し合えば…」

「長老…自分を責めないでください。こんな僕だって海を渡って帰って来た。サルマーンを止めるなら、今からでもきっと間に合います!」

「シンドバッド…!」

「サルマーンを説得してこようと思っています。」

「できるのか…?お主はあやつの息子だ。どんな仕打ちを受けるかわからんぞ…」

「そうだとしても、僕がやらなきゃ行けないんです!」

「……覚悟はできているというわけか…」

「はい…自分の心に従うだけです…」

「そうか…頼んだぞ…シンドバッドよ。」

「ありがとうございます。しかし、船が…」

「船ならある。」


シンドバッドはハーシムに連れられて、ある場所へやってきた。

「ここは…」

シンドバッドはこの光景に見覚えがある気がした。

「さあ、入れ…」

ハーシムに促されシンドバッドはその大きな家屋に足を踏み入れる。その屋敷の外装はつたが巻き付き、誰も何年も入っていない様子だった。

「長老、ここは?」

「そのうちわかるじゃろ。こちらじゃ。」

ハーシムは多くを語ることなくどんどん奥へ進んで行く。薄暗い内装からはかつて栄えていたのか埃をかぶっている高価そうなものがそこら中に並べ立てられていた。

「あっ…」

シンドバッドは床に転がった大きな羽を見つけた。

「これはもしかして…ルクの羽?」

拾い上げるとそれは覚えのある感覚だった。

「シンドバッド…こちらだ。」

「はい!」

声をかけられシンドバッドは向き直る。

「長老…これって…」

二人の前にあるドアには「シンドバッド」の文字。

「ここがどこか、思い出せんか…?」

「はい…」

「お主が最後にここに来たのは、物心ついてまもなくであったからな…」

「ここはどこなんですか?」

「ここは我が船長、お主の父親の別荘じゃ…」

「そうか…!」

その時シンドバッドはその既視感の正体に気づいた。小さい頃に数回だけ訪れたのだ。

「長老…まさか…」

「ついて参れ…」


ギギギ…


音を立てドアが開く。舞い立つ埃が放置されていた年月を物語っている。ハーシムが入っていくのを見てシンドバッドも追いかけた。

「ここが父さんの部屋…」

豪華な装飾が目立つその部屋には、たくさんの本棚が置かれており、これもまた埃をかぶっていた。シンドバッドは父親が生きていた頃の自宅にも書庫が用意されていたこともあり、書物の多さには驚かなかったが、見たことのない書物もたくさんあり、目を奪われた。本棚の間にも奥へと部屋が続いており、ハーシムは迷うことなく進んでいく。シンドバッドがやっとの事でハーシムに追いつくと、父親のものと思しき机が置かれた部屋にたどり着いた。やはり最深部にも本棚が目立った。

「これは…」

「シンドバッド、こちらじゃ。」

ハーシムが壁の一部をを押し込んだ。すると、機械音が響き、隠し扉のようなものが開いた。

「……」

シンドバッドは言葉を失っていた。まさか父親がこんな別荘を持っていたとは思いもしなかったのだ。

「父さんは、まだこんなにたくさんのものをもっていたのか…やっぱり、父さんはすごい…」

扉の向こうには、下へと続く階段があった。下に行くにつれ、足音が響くようになってきた。

「さあ、シンドバッドよ。ここじゃ。」

「え…?」

階段を降りた先でハーシムが指し示した先にあるものを見てシンドバッドは動揺した。自分が持って旅に出た航海図と同じものや、怪鳥ルクの詳しい記述、さらには、航海計画を大きく示した張り紙などが目立ち、先ほどの部屋と同様に本がたくさん置いてある大きなスペース。シンドバッドが持っているものと同じジャンビーヤをはじめとした武具が収められている武器庫。そして、自分のものより数倍大きく立派な船が視界を覆った。それは、想像していたものと遥かな差があった。

「ここが、船員たちだけが入ることを許された、秘密の部屋じゃ。」

「すごい…」

「お主であれば、この船を任せられる。サルマーンを…頼むぞ。」

「……わかりました。」

シンドバッドとハーシムは、船の整備を始めた。年季の入った船だったが、幸運にも作動すべきところはすべて作動した。ここに、全ての準備が整った。

「シンドバッド…忘れるな。心のコンパスに従うのじゃ。」

「忘れるわけがありませんよ、長老。僕の旅はそうやって乗り越えてきたんですから!」

「サルマーンの憎悪は底知れぬ。心して行くのじゃ。」

「はい…」

「これを持て。」

ハーシムはシンドバッドの手に自らの手を握り、置いた。

「これは…?」

ハーシムは手を開き、シンドバッドに目を合わせた。

「これは、父親が肌身離さず身につけていたペンダントじゃ。あやつの妻…つまり、お主の母親があやつに送ったものだ。」

「母さんが?」

シンドバッドの母は父親より先に亡くなっていた。シンドバッドはそのため、あまり母のことを覚えてはいなかったが、ペンダントが手に渡った途端安心感を覚えた。

「行け、シンドバッド。」

「はい、長老!チャンドゥ、行くよ!」

「ワウ!」

シンドバッドは船に乗り込むと、チャンドゥを肩に乗せ、秘密の出航場からバズラを出た。その姿を、ハーシムは厳かな面持ちで見守るのだった。夜を越そうとする空には、渓谷の時のように雲を纏っていた。


シンドバッドは真っ直ぐにある場所を目指していた。それは、サルマーンの居場所を探るためだった。それはかつて何度も自分を救ってくれた友のもとだった。

「人魚さんならサルマーンの居場所がわかるはずだ…」

人魚は以前、サルマーンの笛の反応を頼りに渓谷へやってきた。闇の笛の居場所がわかる彼女達ならサルマーンの居場所を突き止めていると思ったのだ。以前のように鯨が暴れたり、ウツボ女がはびこったりしていなかったが、天候は依然として悪かった。そのため視界が悪く、前を見失いかけていた。しかし、その時、

「船乗りさん!」

もう聞き慣れた声がした。

「人魚さん?」

「丁度いいところへ…実は、あなたを探そうとしていたのです…」

「僕を?」

「はい。あなたがいれば、皆が揃うのです。」

「どういうこと?」

「こちらへどうぞ。案内します。」

シンドバッドは人魚の後に続いた。荒れた海だが、海を知り尽くした人魚は難なく波に抗って進んでいく。

「人魚さん、これからどこへ?」

「着けばわかります。」

人魚は寡黙だった。以前はもっと明るく話していたが、今は必要以上に口を開かないのだ。

「………」

しかし、シンドバッドは既視感を覚えた。人魚の拠点を抜け、薄暗い洞穴へ入る時にシンドバッドはその既視感の正体に気づいた。

「ここは、巨人さんの洞窟…?」

「ええ。もう着きますよ。」

三度訪れたこの場所。以前は震えていたチャンドゥも、もうすっかり怯えていなかった。

「船乗りさん、さあ、こちらへ。」

人魚がシンドバッドを巨人の間へと導く。

「…!」

シンドバッドを待っていたのは巨人と猿たちだった。

「みんな…!猿たちまでどうしてここに?」

「私たちが呼びかけたのです。あの黒ずくめの男を止めるために。」

人魚の1人が言った。

「サルマーンを止めるため…みんなもやってくれるのかい?」

「ああ…我々は皆やつによって狂わされた。友であるお前を傷つけてしまったのだ。その償いがしたいのだ。」

「ウキャキャ!」

巨人や猿たちも闘志をわかせていた。

「みんな…ありがとう!僕も彼を止めたい。そして助けたいんだ。」

「すぐにルクたちも合流します。男の拠点へはこの光の笛が導きます。後に続いてください!」

人魚が力強く言い放つと、

「我々も続こう。私が乗れるだけの船を、猿たちと用意したからな。」

と、巨人が続けた。

「本当に心強いよ…ありがとうみんな!」

シンドバッドは深く息を吸いこんで、ゆっくりと吐いた。

「よし…サルマーンの拠点へ行こう!!」


シンドバッド達は洞窟を抜け、人魚達の先導のもと、サルマーンの拠点へ向かい始めた。向かう先には、暗雲が立ち込めており、ときどき稲光や雷鳴が聞こえた。

「ウゥ…」

「チャンドゥ、あと少しだよ。頑張ろう…」

シンドバッドは震えるチャンドゥを鼓舞したが、その言葉も震えていた。

その時、


ザバッ!


海面から大きな影が飛び出してきた。

「シンドバッド!避けろ!」

すかさず巨人が叫び、そして、

「フンッ!!」

襲いかかる影に拳を振り下ろした。再び海に戻された影は、シンドバッド達を睨みつけていた。

「皆さん気をつけて…他にも何匹かいます…!」

人魚が言い放ったのは最悪の事態の警告だった。

「本能か催眠かはわかりません!気をつけて…!」

人魚が笛を吹く。すると水面下の影が落ち着いてきた。

「催眠のようです…闇の笛そのものがここにないので渓谷の時のように打ち破れないことはないようですが…気をつけて。催眠にかかった生き物がいる以上、拠点に近づいていることは確かです。」

「みんな、もう少しだ。頑張ろう。」

「ウキャキャ!!」

「ああ。」

「ええ。しかし、妙ですね…催眠を解いたはずなのに、奴らがあとをつけて来ている気がします…」

「なんだって?」

シンドバッドが後ろを振り向くと、確かにそれはシンドバッドをつけていた。

「猿たち!迎撃体制をとって!」

シンドバッドが号令を出す。

「ウッキャ!」

「キャキャ!!」

猿たちは槍を取り出し、構えた。影は徐々に迫っていた。

「いけ!」

猿たちが槍を投げると同時に、それは姿を現した。

「サメ…!?」

血に飢えたその牙が槍を粉々に砕く。

「危ない…!」

猿たちめがけて飛び上がったサメは骨をも砕く牙で襲いかかった。しかし、

「クゥゥアアアァ!」

何かがサメに突撃した。バサバサとはためく羽音は、もう聞き慣れたものだった。

「クゥアァ!」

「ルク!雛鳥たちも!!」

ルクは巨人たちの船の帆に捕まると、それに続くように雛たちも帆に着地した。その時、他のサメが間を置かずに船に飛びからんとしていた。

「クァー!」

その時、ルクの雛鳥達が船を飛び出した。

「危険だ!下がって!」

シンドバッドはそれを見て、警告を促した。

「ウキャ!」

雛鳥の背には猿たちが騎っていた。猿たちは武器を持ち、サメに向かって飛んでいく。

「キャッ!!」

「ミャー!」

サメの牙や顎の力に恐れることなく猿たちは各々の武器を器用に使い、サメを翻弄していた。

「いいぞみんな!」

それぞれの戦法を駆使し、サメを相手に各々が戦った。しかし相手はサメ、守りは削られ、シンドバッドの船は傷ついていった。

「このままじゃ…まずい…うわっ!」

不意に、船が揺れた。

「ついに持たなくなったのか…?」

しかし船は上昇を始めた。

「うわっ!なんだ!?」

「ワウ!」

シンドバッド達が下を覗くと、たくましくも穏やかな目が、彼らを見ていた。

「鯨だ!来てくれたんだね!」

鯨はその大きな体でシンドバッドたちの船を守った。

「全員揃いましたね。船乗りさん、さあ、行きましょう。鯨が拠点まであなたの船を運びます!ここにいるサメたちは、私たちが食い止めます!」

「ありがとう…みんな!」

鯨はスピードをあげ、暗雲の中の最後の砦を目指した。


あたりはすっかり暗くなり、目の前についにサルマーンの拠点のものらしき門が見えてきた。

「この孤島にサルマーンが…ありがとう、もう自分で行くよ。」

シンドバッドが言ったその時、

「ガァ!!」

鯨が悲鳴をあげた。船は暴れだした鯨の背中から投げ出された。

「ミャ!?」

「なんだ…!!」

水しぶきを受けながらも、シンドバッドはあたりを見回した。

「グァァァ…」

「まずい…鯨が…」

その後も悲鳴をあげ続ける鯨。その胸ビレには、先程のものとは比べ物にならない程大きなサメが噛み付いていた。

「危ない…!!助けなくちゃ…」

しかし、シンドバッドがサメに近づくにはシンドバッドは小さく、非力すぎた。サメに近寄ろうとするも、暴れたサメに手をつけることはできなかった。

「どうすれば…」

シンドバッドは目の前の友が、必死に死から逃れるのを見ている事しか出来なかった。

「アアアア!」

その時、鯨とは違う悲鳴が聞こえた。

「今度はなんだ…?」

そして鯨がサメの牙から逃れた。鯨は苦しみながら海へと沈んでいった。

「嘘だ…そんな…鯨が…」

シンドバッドは新たに聞こえた悲鳴など目もくれる余裕もなく目の前で落ちていく友を見て絶望した。

「僕は…友達を助けられないのか…父さんのような強さがないから…宝物を見つけても守れないのか…」

すると、

「ミャウ!」

チャンドゥが叫んだ。

「チャンドゥ…どうしたの?」

シンドバッドが顔を上げると、そこには包帯が巻かれたシャチがいた。

「あの包帯…まさかあのシャチ…」

シンドバッドは自分の服の切れた袖を見て言った。

「ウウウ…」

「きっとあの時のシャチだ…!」

海のギャングと海のギャングが睨み合う。

「アアア!」

先に動いたシャチがサメに体当たりし、威嚇した。

「僕達を助けようとしてるのか…?じゃあ…さっきの悲鳴はサメのだったのか…!」

サメはその後やり返すように体当たりした。再び二匹は睨み合い、場は緊張感に包まれた。

「アアアア!」

次に先に動いたのはサメだった。鋭い牙を剥き、シャチの急所をめがけて飛びついた。しかしシャチは軽い身のこなしでサメを避け、逆にサメの背中に噛み付いた。

「ニャア!!!」

「すごい!」

サメは不意をつかれ、うろたえた。しかし、すぐに正気になったのか、体を捻って、シャチを振りほどいた。お互いの体が離れると、すぐに睨み合って、威嚇しあった。シャチの方が身のこなしが軽く、サメを翻弄し体当たりし続けたが、サメは一度の噛みつきでシャチにそれを上回るダメージを負わせた。

「……」

シンドバッドもチャンドゥも、その海上の戦いを黙って見守ることしかできなかった。緊迫したその場の雰囲気が、シンドバッドたちの喉を石のようにしてしまったのだ。

「ウウウ…」

ギャングたちがお互いに体力の底を感じ始め、どちらが先に倒れるかわからない。そんな時に、勝負が動いた。

「アアアア!!」

サメが最後の力を振り絞らんとするように、包帯の巻かれたシャチのヒレに噛み付いた。

「ウウ…!アアア!」

「今まで以上に苦しんでる…ジャンビーヤの傷が治っていないのか!?」

シンドバッドは確かにルクの涙をシャチに落としたはずだった。しかし、シャチの悲鳴は今までより鋭く、荒れた声だった。

「ウアアア!!」

じわじわとシャチの悲鳴は小さくなり、シンドバッドたちの希望も縮んでいった。

「やっぱり僕は、力がない…友達を救う強さもないのか…」

諦めかけたその時だった。ザバッと、新たに水しぶきが上がった。

「ウウウ…グアア!!」

「まさか…シャチが!」

シンドバッドはシャチが負けてしまったのかと、慌てて海を見た。

「…!!」

しかし、牙を受けていたのはサメだった。サメの牙には、すっかり赤くなった包帯が荒く咥えられていた。シャチにはヒレがしっかりとついている。どうやら、包帯が滑って逃れたようだ。そして体勢を立て直したシャチがすかさずサメのエラあたりに噛み付いたようだ。

「……」

サメはついに息絶え、ぐったりとしていた。それを見たシャチもまた、ぐったりとして、海の底へ沈んでいった。

「あっ…」

鯨に続き、シャチを失ってしまったシンドバッド。サルマーンの砦を前にして、シンドバッドは落胆してしまった。

「シンドバッド!」

その時後ろから声がした。

「その声…」

船に乗った巨人だった。

「巨人さん!無事だったんだね!」

「ああ。」

しかし、巨人以外に誰も見当たらなかった。

「他のみんなは?」

「ああ…それなら。」


ザバッ!


大きな波の音がした。その方向に上がってきたのは、何度も見た顔だった。

「鯨が!すごいよ巨人さん!」

「いや、私ではない。」

「え?」

「彼が泳ぐのは難しいですからね。」

「その声…人魚さん!」

「ええ。ルクと猿たちにも頼んで、引き上げてもらいました。まだ息があります。早くルクの涙を落としてもらわないと。」

「ルクの涙って、どんな効果があるの?」

「治癒の力があります。涙が落ちてから時間が経つと、力が弱まったしまうようですが…」

「そうか…それで十分にシャチが治っていなかったのか…」

シンドバッドは突然、罪悪感に襲われた。

「どうしましたか?早くシャチにも涙を落とさないと…」

「シャチ!?」

「ええ。サメとの戦いで、ボロボロになってしまっていますから。」

「よかった…友達を失うところだった…」

シンドバッド達は負傷した仲間に、涙を落とした。二匹とも、しっかりと回復し、元気を取り戻した。

「ルク…ごめん。サメも治してあげよう?」

「クワッ!」

シンドバッドは悪びれていたがルクは快く受け入れた。その後、人魚たちによってサメの蘇生も行われた。

「やりましたね!」

人魚がシンドバッドに声をかける。

「……」

(サルマーンの憎悪は底知れぬ。)

しかし、返事はない。シンドはハーシムの言葉を思い出して、動揺してしまっていた。そんな表情のシンドバッドを気にかけて、巨人がシンドバッドに話しかけた。

「どうした?」

「みんなが言っていた船乗りが誰だかわかったんだ。ずっと僕の父さんだと思ってた。でも違った…父さんはあの黒ずくめ、サルマーンをあんな風にしてしまった元凶だったんだ。たしかに父さんは偉大だった。けど、サルマーンは父さんを憎んでいた。きっと僕だってただじゃ済まされないはずだ。」

「ですがあなたはその因縁に決着をつけようとしています。目的は彼を倒すことではありません。救うことです。あなたには、彼にはない強さがあるはずです!」

「人魚さん…!」

「お前は私たちを救ってくれたではないか…父親は父親、お前はお前だ。」

「巨人さん…!」

「私たちもついています。」

「そうだ。そのためにここにいるのだ。」

「ウキャキャ!」

「クルァ!」

「みんな…!」

仲間からの励ましを受け、シンドバッドの目には涙が浮かんでいた。

「僕は父さんとは違う宝物を見つけられた。でも、どこかで父さんに追いつこうとしていたみたいだ…それで、自己嫌悪に陥ってしまっていた…でも違ったんだね。僕は決して弱くなかった…みんながいたんだ!」

「行きましょう。」

「行くぞ。」

「クア!」

「キャキャ!!」

シンドバッドは涙を拭くと、前を向いた。目のまえにあるのは、サルマーンの砦。

「よし!これが最後だ…!行こう!!」


雷が遠くで鳴っている。

「ついに、ここまで来たんだね。」

シンドバッド達は孤島の入口までやってきていた。

「私達はここからは同行できません…船乗りさん。ここからはあなたとチャンドゥだけで進むことになります。」

「うん…でも、僕達なら大丈夫だよ。チャンドゥと一緒でひとりじゃない。それに、君たちもついてる。」

「ニャ〜!」

「ええ。その意気です。」

「あの男を救い出してやれ。」

「さあ、行ってください船乗りさん。この海を…サルマーンを救ってください。あなたの手で、あなたの心のコンパスで!」

「ありがとう人魚さん…みんな!」

シンドバッドは船を止め、チャンドゥを抱え島の砦を目指した。

「チャンドゥ、大丈夫?」

「ワウ!」

「よし!」

チャンドゥも今まで以上に張り切っている。いつもより強ばっていないチャンドゥにシンドバッドも安心感を覚えた。相棒とならきっと大丈夫だ。そう思った。

「グルル…」

しかし、安堵の時は突如として終わりを迎えた。

「グルル…」

「なんだ…?」

あたりはすっかり暗くなっていて、目指している砦に灯る明かり程度しか見えないはずだった。しかし、シンドバッドは何かに睨まれているように感じた。

「ワウ…!」

「チャンドゥ?」

チャンドゥがシンドバッドの腕を抜け、一点をにらみ始めた。

「グルル…!」

「やっぱりなにかいる…」

「グルァ!!」

「ワウ!?」

「チャンドゥ危ない!」

シンドバッドはすぐさまチャンドゥを抱えて受け身をとった。その時シンドバッドの肩を何かがかすめた。

「グルル…」

「やっぱりなにかいる…戦うしかないか…」

シンドバッドはジャンビーヤを引き抜いた。しかし、シンドバッドにはその敵がなんなのか、どう動いてどこにいるかさえ見えなかった。

「ワウ!!」

チャンドゥがいつも以上に興奮しており、チャンドゥなりに睨み、威嚇していた。

「グルァ!!」

ジャンビーヤを引き抜いたものの、シンドバッドには相手が見えない。そのため気配を読んで避けるので精一杯だった。

「クッ…」

気配だけを頼りにして、シンドバッドはそれを避け続けた。しかし、ついに石を踏んでつまずいてしまった。

「うわっ!」

シンドバッドに体勢を立て直す暇はなかった。シンドバッドがその直後に見たのは目の前に迫った気配、それはハイエナだった。

「まずい…!」

「ワウ!」

その時、紙一重でチャンドゥが割入ってハイエナの目を引っ掻いた。

「グルァウ…!」

「チャンドゥ!ありがとう!」

「ミャウ〜」

「グルル…」

ハイエナは不意をつかれてうずくまったが、次に間を置かずに遠吠えを始めた。

「ウォォン!!」

「遠吠え?諦めたのかな…」

シンドバッドがハイエナの位置を捉えようと見張っていると、


ドドドドド…


遠くから音がした。

「ん…?」


ドドドドドド…


「この音…近づいてる?」


ドドドドドド!!


その音は確かにシンドバッドに向かっていた。

「やっぱり近づいてる…!」

「ウォォン!」

「ウォォン!」

たくさんの遠吠えが、こだましていた。

「ハイエナが、遠吠えで仲間を呼んだんだ!逃げなくちゃ…!!」

シンドバッドは慌ててチャンドゥを拾い上げ、腕に抱えて走り出した。

「いくらなんでもこんなに戦えるわけない!!」

見える限り、走った先にある道を突き進んだ。しかし、シンドバッドはまたつまずいてしまった。

「クッ…」

「ワウ!?」

チャンドゥはシンドバッドの腕から放り出されてしまった。

「グルル…」

「しまった…!チャンドゥ!」

チャンドゥはハイエナに包囲されてしまった。

「グルル…」

「やめろ!」

「ウウ…」

チャンドゥも怯えきってしまった。ハイエナはここぞとばかりに攻撃の姿勢をとった。

「グルル…」

「だめだ…!!」

ハイエナが一匹、チャンドゥ飛びついた。その時、鈍い音がした。

「シンドバッド、ついて来い。」

「え?」

ハイエナの輪の中にチャンドゥの姿はなく、何者かが、チャンドゥを抱えているのがわかった。

「 あなたは?」

「砦に案内する。」

「え?」

「砦が目的だろう?」

「なぜ僕の名前を?」

「すべてそこで話す。今はハイエナから逃げることを優先すべきだろう。」

「わかったよ。ありがとう…」

シンドバッドは、突然敵の本拠地で現れた顔も見えない者を信じるのはリスクがあると考えた。ましてや砦への道を知っているのと言うのだから、もし砦への道を知っているのならサルマーンの計画の共謀者かもしれない。しかし、ハイエナにチャンドゥとふたりで殺されるよりずっとよかった。


「さあ、ついたぞ…」

シンドバッド達は謎の男の案内で、ついにサルマーンの砦へとやってきた。

「ありがとう…でも、あなたは誰?」

「まあ落ち着け…」

男は砦の裏口からシンドバッドを誘導して、明かりのある場所まで連れてきた。

「……」

ついに、男はその顔を見せた。黒一色の服に見を包んでいた。

「……」

男は黙っており、シンドバッドもきょとんとしている。

「まあ、その反応でも無理はないな…」

すると、男は新たに黒い布を取り出して、口元を隠した。

「!?」

シンドバッドはとっさに後ずさりした。その姿は、ルク島や巨人の洞窟でシンドバッドの前に立ちはだかったサルマーンの部下の頭領だった。

「どういうつもりだ!!僕達を騙して何をする気なんだ!?」

シンドバッドの手にはジャンビーヤが握られていた。しかし、黒ずくめは至って冷静だった。

「以前のことは…済まなかった…」

「え?」

「お前に迷惑をかけてしまったことは、自分でも後悔している。」

「どういうことだ?」

「お前をあの状況下から救ったのは他でもない。お前への償い、そして…」

「そして?」

「サルマーン様を…止めて欲しいのだ。」

「なんだって…?」

「サルマーン様は…変わられてしまった…」

「変わった?」

「ああ…サルマーン様は行き場を失くした俺たちの前に突然現れて、居場所を与えると言ってくださった。俺たちは喜んで従ったさ…それほどまでにみんな居場所が欲しかったのだ。」

「君たちにそんな過去が…」

「だが、サルマーン様はいつしか、俺たちを駒のように扱い始めた。以前は俺たちに優しさを向けてくださった。でも、盗賊を辞めたがる仲間が出てきちまうくらい、みんなこの場所にいるのが辛くなっていった。逃げようものなら、サルマーン様が馴らした猛獣に八つ裂きにされて…サルマーン様に感情がなくなってしまったように感じていたのだ。」

「そうだったのか…」

「だが、サルマーン様が焦りを覚える瞬間があった。」

「焦り?」

「ああ、それが、お前と対峙したあとだった。」

「僕と…」

「表情一つ変えなかったサルマーン様が焦っている。そこで俺たちは考えた。お前なら、サルマーン様を止められるのではないか。と…」

「そういう事だったのか…」

「お前の邪魔しておいて、こんなことを頼むのは無礼などとは承知の上だ…頼む!!サルマーン様を…止めてくれ…」

黒ずくめは頭を地面に叩きつける勢いで土下座した。

「君の名前は?」

「え…?あ、アブドゥルだ…」

「アブドゥル。顔を上げてくれないか?」

「は?」

アブドゥルは、恐る恐る顔を上げ、立ち上がった。

「君はたしかに、ルクの卵を持ち去ろうとしたり、巨人さんの宝を盗んでいった。それは許されることじゃない。でも、僕だって君に説教できるような人間じゃなかった。この旅を経験しなきゃ、わからないことがたくさんあった。この旅で、自分を見つめ直すことが出来たんだ。アブドゥルも、今必死でサルマーンを止めたいと思ってるだろう?間違いに気づけたんだろう?だったら、もう僕に謝らなくたっていい。君が気づいた間違いを、今度はサルマーンにも伝えなくちゃ。過去は変えられないけど、これからは変えていけるんだから。アブドゥルの思いは十分にわかった。僕はそれに応えるだけだ。」

「シンドバッド…!ありがとう…俺がサルマーン様のところへ案内しよう。」


シンドバッド、チャンドゥ、アブドゥルはついにサルマーンのいる玉座の間の目の前まで来ていた。

「サルマーン様は、この先に…」

「ありがとうアブドゥル。チャンドゥ、いくよ?」

「ミャ!」

シンドバッドは大きな扉のノブに手をかけた。

「………」

シンドバッドは力を込めて、扉を押した。

「父さん…母さん…」

「頼んだぞ。シンドバッド…」

アブドゥルが小さく呟いた声は、シンドバッドの耳には届いていなかった。

「………」

シンドバッドは扉の先の空気が、今までにないくらい禍々しく感じた。扉から一直線に続く道の先に玉座があった。

「…!!」

その玉座に座っていたのは、やはりあの男だった。

「来たか…シンドバッド…」

「サルマーン…もうこんなことやめるんだ!」

「止められるか?殺してでも止めるか?」

サルマーンは刀を取り出した。

「ここで戦う意味があるのかサルマーン!」

「貴様の言葉に従う理由はない。シンドバッド。貴様は邪魔なんだ…俺の計画の邪魔をするな!!」

「今は話しても無駄か…仕方ない!」

シンドバッドはジャンビーヤを引き抜いた。

「今すぐ立ち去れ!!さもなくば死ね!!」

サルマーンは一切退くことなく刀を振り回し、シンドバッドを圧倒した。

「このまま攻撃を防いでいるままじゃ、そのうち殺される…なんとかしなきゃ…」

シンドバッドは戦闘態勢に入った相棒に目を向けた。

「チャンドゥ!」

「ワウ!」

チャンドゥはサルマーンの背後から飛びついた。しかし、

「邪魔するな…猫が!!」

サルマーンは振り返ってチャンドゥに拳を振り抜いた。

「チャンドゥ!!」

「ワウ…」

「サルマーン…お前…!」

「もう一度言おう。計画の邪魔をするな。」

「僕はお前と戦いたくはないんだ…」

「お前の選択肢は死ぬか殺すかだ…」

「そんなことのためにここに来たんじゃない!」

「なら立ち去れ…貴様の相手をするほど暇ではない。」

「クッ…」

「どうした…さっきまでの威勢の良さはどこに…うっ…!」

突然サルマーンが胸を抑えて苦しみ出した。

「なんだ…今度は…?」

「うっ…クッ…」

サルマーンは再び刀を握った。

「今なら…」

シンドバッドはサルマーンが体勢を立て直す前に突っ込んだ。

「はぁ!!」


カーン!


金属音とともに、サルマーンの手から刀が離れる。

「よし!」

「ぐっ…見くびるなよ…俺の力はこんなものでは断じてない…!」

サルマーンは腰にある最終兵器に手をかけた。油断していたシンドバッドに耳に再び嫌な音が響く。

「まさか…」


ズシン…ズシン…


「さあ…その牙で奴を貫け!その体で奴を潰せ!」


ズシンズシン…


「これは…足音?」


ズシンズシンズシン!


次の瞬間、


ピキピキ…ガシャ!


「ブォーン!!」

玉座の間の壁を破って、象が現れた。

「俺は負けんぞ…!絶対に…」

「一体どれだけの動物に催眠をかけているんだ…」

「計画の邪魔をするものは、誰だろうと殺す…」

サルマーンの目は血走っていた。まさに今現れた象と同じように。

「サルマーン…?様子がおかしい…!」

シンドバッドはサルマーンの様子の異変に気づいていた。

「ブォーン!!」

「うわっ!」

シンドバッドの前に立ちふさがっているのはサルマーンだけではない。

「手のつけようがない…どうすれば…」

戸惑う余裕などなかった。象はうなだれるチャンドゥに向かって突進しようとしていた。

「危ない…!チャンドゥ!」

シンドバッドはチャンドゥに駆け寄り、抱えて受け身をとった。しかし、次の瞬間、

「ぐぁぁ!」

シンドバッドの背中に砕けるような激痛が走った。暴れる象の巨大な足に跳ね飛ばされてしまったのだ。

「ブォーン!!」

骨こそ折れていなかったが、シンドバッドはその時立ち上がることすら容易でなかった。

「うっ…」

やっとのことで立ち上がると、シンドバッドは象を見上げた。

「クックックッ…貴様はもう動けまい…」

「だめだ…思うように体が動かない…」

「今度こそ…潰されてしまえ!我が復讐の礎となれ!」

「クッ…」


ドサッ…


「そんな…僕は…こんなところで…」

シンドバッドはチャンドゥを抱えたまま倒れてしまった。サルマーンの拳を受けたチャンドゥも立ち上がることはできなかった。

「ブォーン!!」

そしてついに、シンドバッドめがけて象が進み出す。

「…!!」

シンドバッドはわずかに視界に映る象を見て目を閉じた。

「お前は私を越えた。恐れるな。立て、己の力で…」

「はっ…!父さん?」


ズドン!


床が歪むような衝撃が玉座の間をほとばしった。

「クックックッ…私に楯突いた愚か者が…地獄で親子諸共野垂れ死ぬといい…」

サルマーンの孤独な笑いが、静かに響いた。

「父さんは死んでなんかいないさ…」

「何…!?」

「父さんは、僕の心で生き続けてる…ずっと僕を見守ってくれてる…!」

「象の下敷きになったはず…」

「こんなところで、負ける訳にはいかない!」

シンドバッドは間一髪でチャンドゥを抱え象の足を避けたのだ。

「くそっ…しぶとい奴め…もう一度粉々にしてしまえ!」

「ブォーン!!!」

「また来る…!」

象が再び動き出す。


ズシッ…


その時、

「させるか!」

扉を破りたくさんの足音とともに入り込んだ何者かが象を取り囲むように並んだ。

「ブォ!」

「サルマーン様!もうお止めください!!」

そう叫んだのは、盗賊の頭領、アブドゥルだった。

「貴様らまで…!」

「あなたは優しいお方だった…思い出してください!」

アブドゥルの号令で盗賊たちが形態を変える。

「シンドバッド!この象は我らが引き受ける。今のうちにサルマーン様を…!」

「できるのか?」

「我らは巨人を檻に封じ込めたのだ…象などに苦戦するものか…」

「アブドゥル…!」

「さあ、早く!」

「ああ!」

「ワウ…」

「チャンドゥ…!意識がある!よかった…」

相棒の無事を確認すると、その相棒を抱えたまま、シンドバッドはサルマーンに目を向けた。

「俺の計画は…終わらせんぞ…」

ブツブツと声を上げるサルマーン。その形相はシンドバッドを睨んでいた。

「まずは…貴様を壊してやる…」

サルマーンは不気味に笑うと再び笛を吹いた。

「今度は何を…」

「グルル…」

「獣の声…?」

シンドバッドはすぐに違和感に気づいた。その声はまるで耳元で発されているようだった。次の瞬間、


ザクッ!


シンドバッドの腕に激痛が走った。

「うっ…!!なんだ…この力…!」

シンドバッドはすぐに痛む腕に目を向け、そして

「…!!!」

言葉を失った。

「グルル…」

その腕に噛み付いていたのは、紛れもなく、

「チャンドゥ…!」

一番の相棒だった。

「クックックッ…どうかな?相棒に噛まれる気分は…」

「卑怯だぞサルマーン…!!」

「卑怯?俺を物のように扱ったあの男の方が余程卑怯だと思うがな…」

「クッ…」

「さあ…友情とやらを見せてみろ…」

「ふざけるな…」

「絶対的な信頼なんてものは存在しないのだ…俺はよく知ってるさ…この状況でそうでないと証明できるか?」

「クッ…」

チャンドゥの牙は、じわじわと深くに入り込んでくる。

「やめるんだチャンドゥ…僕がわからないのか…?」

「グルル…」

シンドバッドはチャンドゥを払いのけようとはしなかった。ここで払いのけたらサルマーンに心で負けることになる。そうならないためにも、シンドバッドはチャンドゥを受け止めるしかなかった。

「いつまでもつかな…」

「チャンドゥ…思い出すんだ…」

「グルル…」

「その猫は何も忘れておらんよ…貴様を敵だと認識しただけのこと…」

「チャンドゥは友達だ!!いつも一緒にやってきた…親友だ!!」

「ワウ…」

その時、チャンドゥの顎の力が少し緩んだように感じた。

「チャンドゥ?」

「まだだ…!!」

サルマーンは再び笛を吹いた。

「グルル…!」

「うっ…!!」

再び痛みが増した。

「チャン…ドゥ…今…助ける…から!」

「グルル…!」

「僕らは…どんな困難だって乗り越えてきた…!」

「ガルゥ…!」

次第に、チャンドゥの力が弱くなっていく。

「俺は…間違ってなどいない…!!!」

サルマーンが怒りを、憎しみを、全ての思いを込めて笛を吹く。奏でられた音色は今までにないほど大きく響いた。

「ぶつかって…笑いあって…泣きあって…支えあって…ずっと一緒にいたじゃないか…!!」

「ウゥ…!」

しかし、チャンドゥの力は次第に衰えていく。

「そうだろ…?チャンドゥ!!」

「ウゥ…ワウ…」

完全に牙をしまい込んだチャンドゥの声は、かすれていたが、確かにシンドバッドの知っている声だった。

「チャンドゥ…!」

「そ、そんな…馬鹿な…そんなはず…」

「やっ…た…」

シンドバッドに安心が戻った瞬間、背中の激痛が戻ってきた。

「うっ…!」


カタッ…


サルマーンは思わず笛を落としてしまった。その時、サルマーンの目は穏やかさを取り戻した。主の手を離れた禍々しい笛は、コロコロとシンドバッドの方へと転がってきた。

「これが…闇の笛…」

シンドバッドは、禍々しい笛を拾い上げた。

「なんだこれ…触るだけで気持ちが悪くなる…」

そこへ、アブドゥルがやってきた。

「シンドバッド!無事であったか…」

「アブドゥル…象はどうなったの?」

「玉座の間を飛び出してしばらくした後、突然暴走を止めた。」

「止まった…?本当に催眠が解けたのか…」

「そのようだ…シンドバッド、サルマーン様は?」

「サルマーンなら…」

シンドバッドはサルマーンを指さした。

「俺の…計画が…」

サルマーンはその場に立ち尽くし、どこか一点を見つめ、ボソボソと呟いていた。シンドバッドは激痛を堪え、歩みを進めた。

「サルマーン…」

「寄るな!!」

サルマーンは、近寄ったシンドバッドの手を払った。

「俺の計画は半ばで途絶えた…もうおしまいだ…」

「……」

「殺せ…もう俺に存在価値などない。」

「サルマーン…僕のジャンビーヤは人を殺すために持ってるんじゃない。」

「自己防衛のためというわけか…フッ…そんなことは聞いていない。その手で俺を貫け…」

「始めはそうだった。」

シンドバッドは目を閉じた。彼のまぶたの裏には、バズラで待っている人々、旅の中で出会った友、チャンドゥ、そして、今は亡き両親の姿があった。

「でも僕はこの旅を通して、本当に守るべきものを知ったんだ。」

「………」

「それは、友達だ。」

「そんなもの…まやかしにすぎない…!」

「そうかな?」

「そうだ…所詮他人など信用するだけ無駄なのだ…」

「サルマーン…君は友達が欲しかったんじゃないのか?」

「何を…!?」

「君は孤独だ。だから、闇の笛に引き寄せられてしまった。」

「貴様に何がわかる!!!」

「わかるさ…僕だって、友達がいなかった。父さんが死んだ後、遺産を受け取る人が僕しかいなかった。僕はその財産で生活を始めた。でも、その財宝にすがって生きるようになってしまった。そして、僕を煙たがった友達はみんな僕の前からいなくなった…」

「………」

「アブドゥルたちと組織を組んだのも、君自身の居場所が欲しかったからじゃないのか?」

「……」

「僕は君を助け」

「黙れ!!あの男のガキと戯れろというのか…?」

「……」

サルマーンの叫びを聞いてシンドバッドは、頭を地につけた。

「悪かった…」

「な…」

「父さんがしたことは、許されることじゃない。だけど、君を救いたいんだ…それが、僕が父さんの代わりにできる最大の償いなんだ…!」

「………!!受け入れろと言うのか…!」

「それが…君を救える最善の方法だ…」

「認められるものか…!」


グラッ…


「なんだ…?」

「シンドバッド…象が砦中を暴れ回ったせいで一部の柱がもろくなって崩れたようだ…俺の部下は避難したが、まもなく玉座の間も崩れかねない…」

アブドゥルが言った。

「アブドゥル…!早く逃げなきゃ!……うっ…!」

「シンドバッド!…動けるか…?」

「うっ…動かなきゃ…」

「無理するな…サルマーン様は俺が救助する。」

アブドゥルはサルマーンの元へ向かった。

「サルマーン様!早く逃げましょう!」

「俺が生きている理由はもうあるまい…」

「生きてください!あなたは我らの主だ!」

「俺にお前らを束ねる資格など…もうない…」

サルマーンは死を覚悟していた。計画が潰えて、もはや復讐を終えた今のサルマーンは生きる意味を見失っていた。

「生きろサルマーン!」

「なっ…!」

その声はシンドバッドのものだった。

「君が生きる理由はある!これから生きて行くんだ…君はこれから償うんだ…今までの悪事を…そして…自分と向き合うんだ!君の孤独と…自分自身で向き合うんだ!」

「……!!」

その時、サルマーンの頭上で大きな音がした。


ガラガラッ!


天井が抜け、落ちてきた。

「サルマーン様!」

目の前で主が見えなくなったアブドゥルは叫ばずにはいられなかった。

「ワウ…!」

ギリギリ意識を保ったチャンドゥはその瞬間に相棒がそこにいなくなったことに気づいた。砂煙がたち、辺りは見えなくなっていた。

「…!!」

しかし、アブドゥルとチャンドゥはその中に人影らしきものを見た。

「なぜだ…なぜ俺を助けた…」

そこにはサルマーンをかばうシンドバッドの姿があった。

「父さんの分まで…僕が償っていきたいからさ…君は…本当は優しいんだ…君は…そうあるべきなんだ…!だから…君の命をここで終わらせたりはしない…!居場所がないなら、バズラに戻って来ればいいじゃないか…」

「俺のために…そこまでするというのか…」

「バズラは賑やかで、いい所だ。僕と一緒に帰ろう…君の居場所へ…!」

(居場所がないなら私についてこい…!バズラはきっと気に入るはずだ。)

サルマーンの脳裏に忘れていた記憶が現れた。

「船長…!」

サルマーンは心が洗われるような感覚を覚えた。それは、辛さや幸福の混ざった、不思議で、とても懐かしい感覚だった。


ガラッ!


そんな感覚を邪魔するかのように、再び瓦礫が降り注いだ。

「…!」

「クッ…!」

全員が覆い尽くされてしまうほど大きな瓦礫だった。しかし、

「フンッ!!」

突如割り入ってきた巨大な拳がその瓦礫を吹き飛ばした。

「巨人か…?」

「巨人さん!」

「間に合ったか…」

「来てくれたんだね!」

その正体は巨人だった。

「ああ、砦の様子がおかしいと思って来てみたらお前たちが危なかったのだ…」

巨人の行動を見かねてサルマーンが言った。

「巨人よ…俺がお前にしたことは…」

「わかっている。だがもう終わったことだ。」

「…!しかし…」

「そして何よりも、我が友の意向だ。」

「………」

サルマーンがシンドバッドを見るとシンドバッドはニコッと笑った。

「俺の負けだ…シンドバッド。」

「それじゃあ…!」

「ああ…バズラに戻る。」

「本当に?」

「ああ…お前が大切な何かを思い起こさせてくれた…ありがとう…」

「サルマーンからそんな言葉が聞けるなんてね。」

「や、やめろ…」

サルマーンはひとまわりもふたまわりも大きくなったシンドバッドを見て呟いた。

「シンドバッド…本当に父親に似たのだな…」

「何か言ったかい?」

「いや…独り言だ。」


シンドバッドとチャンドゥはサルマーンに抱えられ船に戻った。サルマーンは動けなくなったシンドバッドの代わりに舵を取った。それは何度も握った舵だった。

「フッ…俺もお前のように強い心を持っていれば…」

船のバランスを確認して、一息つくとサルマーンは自らの黒い装飾を全て脱ぎ去り、海に投げた。そして、厳重に守られた闇の笛を見て、涙を流した。シンドバッドに同行した彼の友との会話は一切なかったが、サルマーンは不思議と孤独を感じなかった。

「船長…あなたの息子は、大きくなりましたよ…」

サルマーンは今は亡き、かつての主を仰いで言った。


「ん…」

しばらくして、シンドバッドは目を覚ました。体の痛みも癒え疲れもなくなっているように感じた。ルクが涙を落としてくれたのだろうか。

「ウホホ?」

猿たちの一匹が看病してくれていたようだ。意識を取り戻したシンドバッドの顔を心配そうに覗きこんだ。

「見ていてくれたんだね…ありがとう。」

すると、

「キャキャ!」

「うわぁ!」

猿はシンドバッドを部屋から連れ出した。

「急にどうしたの!」

シンドバッドはそのまま船の外へ投げ出された。

「えぇ!?ちょっと…!」

しかし、シンドバッドが落ちたのは陸の上だった。

「え?」

シンドバッドは驚いて辺りを見回す。そして、

「…!?ここは…」

真っ赤に輝く朝日を見た。それは、ずっと望んでいた、見慣れた光景だった。

「帰ってきたのか…?」

振り返ってみると、そこには、航海を支えてくれた友達、そして、航海を共にした親友がいた。

「さあ、つきましたよ。あなたの故郷へ。」

人魚がシンドバッドのこの航海が終わったことを告げた。

「シンドバッド。お前との旅は楽しかった。お前と出会えたことは、私にとっての廃れない宝物だ。」

「巨人さん…」

「クルァ!」

「クエッ!」

「ウキャ!」

「ルク…!猿たちも…!」


ザバー!!


突然上がった噴水は鯨のものだった。


「鯨さんも…!」

「よくやりました…船乗りさん。あなたは私たちを救い、あなたの目的以上のものに至りました。よくぞ…正しい道を進んでくれました。あなたこそ、真の勇敢な船乗りです…!」

「人魚さん…ありがとう!!」

「ワーウ!!」

「チャンドゥ…やったよ!僕達の航海は成功だ!!」

すると、船からサルマーンが下りてきた。

「用は済んだか…?」

「サルマーン…明るくなった?」

「そうかもな…囚われていた何かをお前が…」

「服装のことだけど…」

「や、ややこしいことを言うな!!……それで、用は済んだのか?」

「ハハハッ!悪いんだけど、先に長老の家へ行っていてほしい。」

「そうか…」

サルマーンは頷くと、久しぶりのバズラの街を歩いていった。

「みんな、本当にありがとう!僕が航海を成功できたのは、君たちに出会えたからだ…みんなはこれからそれぞれの居場所へ帰るんだよね…」

「はい。私たちがそれぞれ送っていきますよ…」

「そうだよね…」

人魚の返事を聞いて、シンドバッドは目を瞑ってうつむいた。深呼吸をしてから、目を開いて言った。

「さようならみんな…これから僕たちはそれぞれの道を行く。だけど迷った時は自分を信じるんだ!心のコンパスに従ってまっすぐ進もう!」

シンドバッドの心からの言葉だった。それを聞いた友たちは、皆笑った。

「船乗りさん…!ええ。」

「もちろんですよ!」

「クルァ!」

「そうだな…!」

「ウキャ!」

「ウァ…」

「みんな…!さよなら!」

シンドバッドは友との別れの挨拶を済ませ、ハーシムの家を目指した。その頬には涙が伝っていた。


「フッ…こんな日が来るなんてな…」

その頃サルマーンは、バズラの街を回っていた。サルマーンには不安があった。それは街の人の目だった。数年前に唐突に消えた自分を受け入れてくれるのか。ということだった。

「お前、サルマーンか?」

「ん?」

声をかけてきたのはサルマーンの旧友だった。

「やっぱりサルマーンだよな!」

「お、お前…こんな朝早くから何してる?」

「それはこっちのセリフだぜ…俺は、シンドバッドが帰ってきたって聞いて歓迎に行こうと思ってな。」

「もう知れ渡ってるのか?」

「ハーシムさんがいち早く気がついて宴の準備を今から始めろって言うんだ…」

「そうか、俺は今からハーシムの所へ行こうと思ってな…今バズラに帰ってきたからな…」

「シンドバッドと同じに帰るなんてて偶然か?」

「さあな…とにかく今はハーシムの所へ行くことにする。」

「そうかそうか。一段落したら手伝ってくれよ?」

「ああ…そうするよ。」

「たまにはうちにも寄ってくれよ?久しぶりだから話がしたいんだ!」

「あ、あぁ…いいのか?」

「当たり前だろ?友達じゃないか!」

サルマーンは自分の間違いに気づいた。居場所は初めからあったのだ。それに気づいた時、サルマーンの目には涙が浮かんでいた。

「おい…どうしたんだよ?」

「すまない…大したことではない…」

「本当か?」

「ああ…ただこれだけ言わせてくれ。」

「なんだ?」

「……ありがとう。」

旧友は何を言うかと心の準備をしていたが、ありふれたセリフを聞いて、肩を下ろした。

「おう。じゃあな。」

サルマーンは暖かい気持ちを保ったまま、ハーシムの家を目指した。


懐かしい海風を感じながら、シンドバッドはサルマーンに追いつこうと歩き始めた。すると、

「シンドバッドじゃない…?」

「きっとそうだ…帰ってきたんだ!」

たくさんの人々がシンドバッドめがけてやってきた。

「えぇ!?」

「おかえりなさい!シンドバッド!!」

「シンドバッド!チャンドゥ!待ってたんだよ!」

「うわあぁ!!」

「ワアァウ!?」

シンドバッド達はもみくちゃにされながら人の波に逆らえずどんどんと流されて行った。街には垂れ幕や装飾が施されており、普段のバズラ以上に賑わっていた。

「みんな落ち着いて…!僕は…長老の所へ行かなきゃ…!」

どんなに訴えかけても波は止まらなかった。しかし、バズラの大広場についた途端、人の波が止まった。

「手荒い歓迎ですまなかったな…」

シンドバッドに話しかけてきたその声は聞き覚えがあった。声の方をみると、ハーシムが立っていた。

「まあ、お主のことだからこれくらい賑やかでもよかったのかもしれんが…」

「長老…勘弁してくださいよ…」

「ハッハッハ…!シンドバッド!よくぞ戻った。さあ、宴を始めようではないか!!」

ハーシムの掛け声に、民衆が沸き上がる。シンドバッドはサルマーンの帰還を告げなくてはと思い立った。

「長老…サルマーンは…」

しかしハーシムはシンドバッドに口を閉じるように合図した。

「しかし…シンドバッド以外にも我が街、バズラに帰還した者がいる。」

シンドバッドはすぐに勘づいた。

「紹介しよう。サルマーンだ!!」

「………」

予想通りサルマーンが姿を現した。

「知っている者もいるだろうが…こやつは、今は亡き我が航海団の船長、シンドバッド一世の船員の一人じゃった…こやつは我らが船長が逝ってしまった後、後を託されたわしが船員の解散を宣言したその後、バズラを出た…そして海に出て、我らの航海の間に手に入れた闇の笛を使って海を荒らしておった。」

ハーシムがサルマーンの経歴を話すと、民衆がざわつき始めた。

「そんなやつバズラに入れるな!」

「そうだ!今度は俺たちに危害が及ぶ!!」

ヒートアップした民衆はサルマーンに怒号を浴びせた。

「待ってくれ!」

そこへ、怒号を遮るように大声が響いた。

「シンドバッド…!なぜだ!」

その声の主はシンドバッドだった。海を制した英雄が、大悪党を擁護するその状況に、民衆たちは混乱していた。しかし、シンドバッドは決意をしていた。サルマーンを弁解する決意を。

「確かにサルマーンは僕の航路を阻んだ。たくさんの人たちを傷つけた。でも、それは僕だってそうだった…今僕の話を聴いてくれている人の中に、僕が傷つけてしまった人だって、たくさんいるかもしれない。僕はこの航海で本当に大切なもの、友達の大切さを知って変われたのかもしれない。けれど、それで僕が友達を傷つけた過去が変わるわけじゃない。人は間違いに気づいた時に、本当の償いを始められるんだ。それが僕がこの旅で導いた答えなんだ。僕の心のコンパスが指し示す方向なんだ!だから…戻ってきてくれたサルマーンを…どうか受け入れてほしい!僕からも、みんなにお願いしたい!!」

シンドバッドの熱弁は広場に響いた。彼の声が止むと、一瞬の静寂が訪れた。

「確かにそうだ…!俺だって…」

「私もよ。誰にだって間違いはあるわ…」

民衆はシンドバッドの意見に賛同するがごとく、歓声をあげた。

「静粛に!!」

ハーシムが民衆を静める。

「皆、帰還したふたりを歓迎するように…さあ皆の衆!!宴の始まりじゃ!!!」

「フッ…」

「ん?」

シンドバッドを見守る、何かに彼は気づいた。それはとても優しく、厳かで、懐かしい気配だった。

「僕らならこれからもきっとなんでも乗り越えていける。そうだろ?チャンドゥ!」

「ミャウ!」

シンドバッドは相棒に全ての感謝、そしてこれからの信頼の意味を込め語りかけた。真っ赤な朝日が彼らのこれからを照らすかのように神々しく輝いていた。


シンドバッドの人生で最高の航海は終わった。だが彼の新しい冒険は既に始まっている。人生という素晴らしい航路を、心のコンパスに従ってこれからも進んでいく。あなたの心のコンパスは、何を指し示しているだろう?自分の心に問いかけてはいかがだろうか。


「これからみんなの新しい冒険が始まる。だけどいいかい?いつでも心のコンパスを信じるんだ!」

「ワゥ!ミャーウ!」

※ネタバレを含みます。


おかえりなさーい!

いかがでしたか?

シンドバッドの冒険。お楽しみ頂けたでしょうか。


個人的に好きなシーンは、シンドバッドがちょくちょくサルマーンをからかうところ、それから、5章の夢のシーン、そして、4章のチャンドゥがバナナを泳ぐところですかね。三つ目がなぜ好きかと言うと、元ネタのシンドバッドストーリーブックヴォヤッジでもチャンドゥがバナナの山から顔出すんですよ…それが本当に可愛くて…はぁ…チャンドゥ…

すみません!

皆様もお気に入りのシーン等々ありましたらぜひ感想欄に投稿していただけると嬉しいです。


少し本文の補足をしようと思います。

まず、最終章でちょこっと出てきたシンドバッドの御先祖様のお話を付け加えさせて頂きます。

シンドバッドの先祖は、前書きでお話した「シンドバッドストーリーブックヴォヤッジ」のシンドバッドです。父親はストーリーブックヴォヤッジのシンドバッドではありません。基本的にこの本文に書かれたストーリーは全てこちらで制作したものです。過去にストーリーブックヴォヤッジが関わってくるという点では完全オリジナルではありませんが…

もう一つ!3章で巨人とシンドバッドが歌っていた歌があります。

人生は冒険だ 地図はないけれど

宝物探そう 信じて

コンパスオブユアハート

という歌詞でしたね。これは最終章のタイトルにもなっている「コンパスオブユアハート」という曲の一部です。この曲は上記のアトラクションでシンドバッドが歌っているものです。この歌はシンドバッドが旅を通して友達の大切さを実感していく歌で、歌の中で最後には本当の宝物に気づきます。実は各章のタイトルもこの「コンパスオブユアハート」の歌詞からとっています!

この曲はYouTubeなどにも上がっていますので、ぜひ一度聴いてみてください!オススメです!


話題を変えましょう。実はこの小説の過去のお話を執筆する計画を立てています。

シンドバッドとチャンドゥの出会いを描く「シンドバッド・フレンドシップ・ヴォヤッジ 〜友情の始まり〜」そして、シンドバッドの父親が大富豪となった航海を描く「シンドバッド・グレイト・ヴォヤッジ」そして、サルマーンの過去を描く「シンドバッド・フレンドシップ・ヴォヤッジ〜エピソード・オブ・サルマーン」の3本になります。

どれもこの本編で語られていないストーリーを盛り込んでおります!しかし、僕は実は今年受験生なので、皆様に公開できるまでまだまだかかると思います。気長に待って頂ければ幸いです。


さあ、あまり長くなるのもなんだか悪いですし、この辺りで切り上げ…たいですけど最後に一つだけ…

この小説を読んでくださって、シンドバッドの世界に少しでも興味を持ったそこのあなた!!ぜひ、東京ディズニーシーのアラビアンコーストにある、シンドバッドストーリーブックヴォヤッジに乗ってみてください。この小説をもっと楽しめるはずです!機会があれば、是非一度行ってみてください!


以上です!読んでくださってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] TDSのシンドバッド大好きなのですがこれを読んでてシンドバッドとチャンドゥの新たな友情が見れて良かったと思います‼アトラクションで描ききれない部分も細かくシンドバッドとお父さんとの関係やサ…
[良い点] 本当にすごい面白かったです( ¨̮ )アトラクション内のセリフが出た時は鳥肌が立ち、サルマーンの人間らしさ、そして、シンドバッドの父の過ち、どれもすごくリアルでとても深いと思いました(><…
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