表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2016年/短編まとめ

何処ぞの風邪引きさん

作者: 文崎 美生

げほっ、ごほごほ、リズムでも刻んでいるような咳を聞きながら、冷蔵庫に入っていた冷えピタの包装を剥がす。

直ぐ脇のベッドの上には、元々白い顔色を青白くして沈む幼馴染みが一人。

視線を向ければ、また咳き込んだ。


「前髪上げるぞ」


聞こえているかは分からないが、取り敢えず声を掛けて前髪を掻き上げる。

小さく咳き込んだ後に唸り声を上げたので、声としての認識は出来ているらしい。

水色の粘着シート部分を、普段は見れない額に貼り付ける。


「つめたい」


「冷えピタなのに熱かったらどうしようもないだろ」


掻き上げた前髪を下ろして言えば、薄らと開かれた黒目が俺を映し、それもそうだと頷いた。

触れた額は思ったよりも熱かった上に、熱っぽい息を吐く割には、肌の色は青白く手なんか小刻みに震えている。


体温計を渡せば、その震える指先で何とか掴み、掛け布団の中でもぞもぞと小脇に挟み込む。

一つ一つの動きが遅く、体を動かすのも怠そうだ。

険しく寄せられた眉に細い瞳は、その体調の悪さを物語っている。


「お前病院で処方された薬以外飲めないだろ。薬あんの?」


ゆらりと部屋全体に視線を向ける。

女の子らしさは、ちらほら置いてあるぬいぐるみくらいで、本やゲームが多く取り揃えられた部屋だ。

後は何故かサボテンやまりもがあった。


「くすり……そっち、からーぼっくすの、うえの、くろいやつ」


布団の中からゆらゆらと定まらない指先が現れて、そっちと大量の本が入ったカラーボックスを指し示した。

指し示された通りに、カラーボックスの上には黒い小物入れるボックスが置いてある。


マジックテープで引っ付いた蓋を開ければ、その中には処方箋と書かれた袋が幾つも出てくる。

しかも処方された病院が二、三件とバラけていて、自然と口元が引き攣った。


「お前、かかりつけあるならそっち行けよ」


ガサゴソと音を立てて袋を一つずつ取り出していく。

袋の数は二十を優に超えていたが、その中でも一応かかりつけの病院名が多かったのは、多分いいこと、だと思う。

日付を確認して昨日のものを選び取れば、タイミング良く体温計が軽快な音を立てる。


「い、とか、いたいときには、いちょうか、がいいから……。はぁ、いまだに、しょうにかいくと、こどものしせん、とか、きになる、し」


酷く聞き取りにくい声だったが、何となく言いたいことは分かったつもりだ。

幼馴染みは幼少期から呼吸器系が非常に弱く、気管支喘息持ちだった。

未だに発作用の薬を持ち歩き、風邪薬すらアレルギーが出るので市販は使用出来ず、かかりつけ以外では一から持病や薬の話をしなくてはいけない。


「かかつけが近所の小児科なんだから諦めろ。確かあれだろ、お前が生まれる少し前に出来た病院だし。運命だと思って受け入れろ」


のろのろとした動きで体温計を取り出す幼馴染みを見て、こちらから手を伸ばせばゆっくりと手渡されるそれ。

高校生にもなって小児科、というのは些か悪目立ちとも言えるだろう。

嫌なのは分かるし、時期が時期ならば、今回のように軽い風邪で見てもらった結果、周りの子供から更に酷い風邪を貰ってくるのだ。


現に、喉が擦り切れて痛いのか、咳払いは小さく喉に負担が掛からないようにだった。

見下ろした体温計の数字も、凡そ平熱とも微熱とも言い難いものだ。

ずず、とみっともなく鼻を啜る音を聞きながら体温計を仕舞う。


「取り敢えず何か食べなきゃ飲めねぇだろ。食欲は……って聞くまでもないな」


「たべたく、ない」


「ゼリーでもアイスでも良いから。それなら買って来たし」


子供みたいにぐずぐずと後頭部を枕に押しつけて首を振る幼馴染みに、短い溜息が落ちた。

部屋にある小さな冷蔵庫に突っ込んだゼリーと、冷凍庫に突っ込んだアイスを出せば、ベッドから手を伸びしてバニラアイスを掴むから、更に溜息が出る。


「うすあじ」


「じゃなきゃ具合悪い時食べないだろ、お前」


一応キッチンから持って来ておいたスプーンを差し出せば、寝転がったまま受け取られ、仕方なく体を起こしてやる。

支えた背中は熱を持っていて、思ったよりも軽くて眉間にシワが寄ったが、支えられた本人は何も気にせずに、ゆらゆらと頭を揺らしていた。


「あか、ない」


全く力の入っているように見えない腕で、アイスのカップを持っている幼馴染みは、蓋を撮ろうとして首を捻っている。

その首の捻り方も力が入っておらず、首の座っていない赤ん坊に見えた。


癖の強い髪はいつも丁寧に一つに結い上げられているが、流石に今日はそういうことが出来るはずもなく、大きく波打って背中へと流れている。

その髪を一撫でしながら、力の入っていない指を外してカップを抜き取ったが、ゆらりと向けられた黒目が「何だお前」と言っているような気がしないでもない。

人が親切心でやってんのに、お前こそ何だ。


蓋を開けてやったカップを持たせれば、のろのろとスプーンを動かしてちまちまと食べ始める幼馴染み。

その姿は赤ん坊というよりは、卵から孵ったばかりの雛のようだ。

昔教育番組で親鳥が孵ったばかりの雛に餌をやるシーンが映し出されていたが、こんな感じだった気がする。

スプーンに乗った少ない量のアイスを、ちまちまと殆ど開いていない口に入れていくのを見ながら、そんなことを考えてしまう。


「おみくん、あーん」


それにしたって何で病人が看病してる人間に、アイスの乗ったスプーンを向けているんだろうか。

口を開いてほんのりと溶けたバニラアイスを口に含む。

買ってきたのが薄味なのは理解してるが、風邪をひいてる幼馴染みでは、殆ど味が分からないような薄味だった。


「おいしい、ねぇ」


「そりゃあ良かった」


ちびちびとアイスを口に運ぶ幼馴染みの頭を撫でながら、俺も一つ小さく咳き込む。

伝染ったら俺もアイス買ってきてもらうか、そんなことを考えながら、飲ませるべき風邪薬に合わせて解熱剤も出しておいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ