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異世界迷宮のトライアル  作者: もり
第一章
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9.決闘デビュー

 

「貴様らはいったい、こんな時間まで何をしていたんだ!」


 俺と彩葉は、寮に帰ってすぐに白井先輩に怒られた。

 先輩は玄関でずっと仁王立ちになって待っていたらしい。どこの頑固親父だ。

 まあ、門限なんてものは聞いていないが、確かに遅くなってしまったから仕方ないだろう。

 でも一応の説明をすると、また怒られてしまった。


 いや、決闘のことは伝えないと。教室が戻ってくるかもしれないんだから。

 自分は毎週やっていて、なんで俺は怒られるのか、意味がわからん。

 そこに氷室先輩が割って入ってくれる。


「まあまあ白井君、落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか! 神崎と決闘するなんて約束をしてしまったんですよ!? 無謀にもほどがあるでしょう!」

「うん、それは君にも言いたいね。だけどまあ、確かに先輩にケンカを売るのは褒められたことじゃないね。しかも相手はエクセリアだ」


 エクセリアとは入学式当日に学園長が説明してくれた通り、学園順位三十番以内に入っている生徒たちのことで、優秀なやつらの集まりである。

 色々なクラスがある中でエクセリアにだけは、驚くほどの特権が与えられていて、誰も逆らうことなどしないらしい。

 それをトライアルの俺が相手にしようってんだから、かなり問題なんだろう。


「なんか流れでそうなって……すみませんでした」


 なんとなくだが氷室先輩は怒らせないほうがいい気がして、素直に謝った。

 こういういつも穏やかな人って、笑顔の裏に何かあるっぽくて苦手だ。

 お前も謝れよとばかりに、彩葉に視線を向けると、気持ちよさそうに寝ていた。


「って、うぉい! 何で寝てるんだよ!」


 半分以上はお前のせいだろ!

 俺の怒りのチョップではっと目覚めた彩葉は俺を見てにんまり笑う。


「私、どんな環境でも寝れるんですよ」


 なんだ、そのドヤ顔は。

 しかもまた、うとうとし始めやがった。

 入学してから、食べるか寝るか、漫画読むか、クナイの手入れしかしてないぞ。

 クナイって……この学校、武器使用可だっけ?


「とにかくだ! 明日は僕も一緒に行くからな! そして協力して教室を取り戻すぞ!」


 いや、協力っていいのか? たぶんダメだろうな。

 だが、やる気に満ち溢れている白井先輩に今それを告げるのも面倒なのでやめた。


「じゃあ、僕はお留守番ということで、いいかな。他にやるべきことがあるからね」


 氷室先輩はそう言って部屋に戻っていた。

 何事にも我関せずって感じだな。

 そして彩葉もつられるように半分寝ながら自分の部屋にふらふらと戻っていく。


「氷室先輩も望月も、なぜこうものんびりできるんだ! うちの担任も部屋から出てこないし、このクラスはやる気があるのか!」


(そういえば寝屋川先生を最近見ないな……。存在自体忘れてたよ)


「なあ、白井先輩。寝屋川先生はいつも何してんすかね?」

「先生はいつも自室で煙草を吸うか、酒を飲むか、テレビをつけたまま寝ているかしているんだろう……。むむ、もう八時半ではないか。とっくに就寝時間が過ぎてしまっている。では、また明日。おやすみ」


 時計を見て今の時間に気付いた先輩はきびきびとした動きで自室に戻っていった。

 ここの人たちはみんな寝るのが早過ぎないか? まあ、俺自身も施設での生活になじんでしまっているから、十時には寝るんだけども……。

 ああ、今日も疲れた。

 肩や首を回しながら部屋のドアを開けると、また彩葉が似合わない下着姿になっていた。


 パリン


 今日は琉球ガラスですか。目指せ全国制覇。沖縄に謝らなければ。

 彩葉は部屋の隅に綺麗に名産品たちを飾っている。壊したものも糊でくっつけて直している。

 なら、最初から投げなければいいのに……って、違う。問題はそこじゃない。


「今回はまだ何も言ってないだろが!」

「でも言うつもりだったんですね?」

「い、いや……」

「今日はちゃんとTシャツは着ていますから」

「パンツ丸見えだけどな。てか、毎回毎回、おでこに当てるの止めてくれ。お風呂で洗う時すげえ痛いんだよ」

「ほぉ、わかりました」


 珍しく物わかりがいいじゃねえか。

 と思ったら、全然だった。


「少し、下にずらしますね」

「それは目に当たるからな!? 失明すっからな!?」


 結局、痛む額をそっと洗って、あとで冷やさないとなーなんて考える。

 それからベッドに横になり、電気を消した。

 すぐ隣で聞こえる息遣いに普通の高校生男子ならもっとこう、あるだろ?

 俺、大丈夫かな……。

 そんな不安とともに、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「なぁ、思ったんだけどさ……。こんな汚ねーとこにいるより、向こうのほうがいいんじゃねえか? ここには女子もいないし……」

「クマ、投げますよ」

「いや、なんで!?」


 今度は木彫りのクマかよ。意味わからん。

 こっちは心配してやってんのに。


「……確かに、向こうに行ったほうが、同性の友達ができて楽しいかもしれません」

「その性格じゃ、友達はできないだろうけどな」


 ドカッ


「ごめん」

「それでも私は、元・トライアルという箔が付きますし、それにあの変態に毎日抱かれるのは、死んでも嫌です」

「あぁ、確かにそうだな……」

「でも、なにより……今が楽しいです。毎日ご飯を食べれて、漫画を読んで、ぐっすり寝て……」

「おい、かなり堕落的な生活だな」

「私は今の生活のままでいいんです」


 後ろから彩葉がかすかに笑う気配がした。

 そういや、こいつの笑顔を見たことがないな。


「じゃあ、しょうがねえから、明日は絶対勝ってやるよ。そんで、教室も取り返して授業も受けられるようにしてやる」

「教室はいらないです」

「いや、勉強しろよ」


 俺の突っ込みは無視して、彩葉が寝返りを打って俺に背を向けた。

 布団全部持っていくなよ。


「……明日は頼みましたよ」

「おうよ」


 聞き取れないような小さな声に、任せとけとばかりに返事をする。

 それから沈黙……が、彩葉ががばっと俺の方に向き直った。


「ちょっと、待ってください。あなたが勝ったら、変態は結局うちに来るんですよね?」

「あっ、本当だ」


 うん。頑張れ、彩葉。これだけの自衛手段があれば大丈夫だろ?

 ふて寝したらしい彩葉を見ながら、俺は腫れ上がった額をさすって目を閉じた。




 ――そして翌日。

 いやに気合の入った白井先輩の掛け声とともに寮を出る。


「よし、今日こそは教室を取り戻す! 行くぞ!」

「おー……」


 って実際に戦うのは俺だけどな。

 電車が使えない俺たちは朝早くに出発して、また長い距離を時間かけて歩き、そして正午に差し掛かるころにトライアルの教室に着いた。

 教室は本校舎ではなく、ちょっと離れたとこにある三階建ての旧校舎の中にある。

 中も外も汚い。正直に言えば、芽吹荘よりも汚い。


「おー、逃げずにきたかー。お? 頭かちかち男も来たのか」


 校舎に入って三階まで上ったトライアルの教室の中で、変態妹は一人で待っていた。

 今日は取り巻きを連れていないんだな。


「僕はかちかち男ではない! 白井拳だ!」

「まぁ、そんな小さいこと気にすんな、小さいの。よし、準備はいいか?」

「誰が小さいのだ!?」


 白井先輩の急所を容赦なく突くのは、さすがというか卑怯というか。

 そのくせ無視とか、こいつ最低だな。


「いつでも準備はいいぜ。普通に戦えばいいのか?」

「いや、それじゃ不平等だし、何より面白くない」


 そもそも、この学園での決闘などのルールがわからない。

 前もって調べときゃよかったな。

 だが、変態妹は俺の問いかけに答えて、黒板前にある教卓に座った。


「そっからここまで来て、一発でも殴れたらお前の勝ちにしてやるよ」

「え、そんなのでいいの?」


 変態妹の勝負内容は単純明快だった。

 拍子抜けする俺に、白井先輩の檄が飛ぶ。


「気をつけろ、日暮! 何かの罠に違いないぞ!」

「うるさいな、メタ男は黙ってろよ」


 変態妹は白井先輩を睨みつけ、手の平に小さい雷を出し、先輩に向けて放った。

 先輩は避ける間もなく、雷が口元に直撃する。

 相当痛いのか、口元に手を当てながらも、「僕はメタ男じゃない! 白井拳だ!」と訴えている……ような気がする。


 さて、先輩には悪いが勝負はこれからだ。

 もちろん、わざわざ忠告されなくても、これが何かの罠だっていうのは猿でもわかるだろう。

 問題は、それが何かだ。


「彩葉ちゃんは必ず私のものにして……まずは脱がして~、それから、ぐふ、ふふふ……」


 うん。こいつ、相当やばいやつだ。間違いない。

 彩葉のためにも、やらなきゃな。


「おっと、それじゃあさっさと始めるか」


 変態妹は現実に戻ってきたのか一人呟いて、手のひらを上向きに広げた。


「――〈雷蝶らいちょう〉」


 変態妹が技名らしき言葉を発唱する。

 たったそれだけで、変態妹の手のひらから雷をまとった蝶が出てきた。




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