7.もえてきた
「ここは……どこだ?」
裏通りを抜けると、『ザ・工事現場』とでも言う場所に出てきた。
壁で囲まれているせいか少し薄暗い。
確かにここなら目立たないから犯行現場にはもってこいの場所だ。
そして奥には一人の金髪の女子が両脇に女子を抱きかかえ、鉄骨の上に座っていた。
周りにも女子がたくさんいる。
彩葉を探せば、その金髪女子の前に倒れていた。
「……あ? お前、誰だ?」
「彩葉!」
「悪いな。この子はもう私のも――」
「そんな寝心地の悪そうな場所で寝るなよ。さあ、帰るぞ」
「話を聞け!」
金髪女子が声を荒げ、そこでそういや何かごちゃごちゃ言ってたなと気付いた。
だけど、こんな所でのんびりしている暇はない。
さっさと買い出しを終えて帰らないと、また日が暮れる。
「ああ、なんかわりーな。こいつ、気に触ることしただろ。性格悪いからさ~」
「性格悪いの? なんか萌えてきた」
「はあ? お前、バカなの?」
わけのわからないことを言い出す金髪女子に、つい口がすべって本音が出てしまった。
すると周囲の女子が立ち上がってきんきん怒鳴る。
「お前って失礼よ!」
「この方は学園二十七位、“エクセリア”の神崎ゆり様ですのよ!」
「まぁまぁ、子猫ちゃんたち、落ち着きな」
神崎と言うらしい金髪女子の寒い言葉に、他の女子たちはすぐに黙った。
いや、怖えよ。
「お前、そのネクタイはトライアルだろ? 学園の底辺が私のことを知ってるわけが――」
「学園二十七位って、なんか中途半端な順位だな」
自分でもわかっている。
口は災いの元だって。俺の唯一の欠点だな。
そして、神崎はあきらかに苛立ちを顔に表したが、それよりも周囲の女子のほうが激しく反応した。
「この人……ゆりちゃんに向かって、なんて失礼なことを!」
「ゆりお姉さま! やっちゃってください!」
「たかがトライアル風情がゆり様に口をきくだけでも許せないのに、もう我慢できない!」
色んな女子がいて選り取り見取りだな!
どんどん加熱していく俺への敵意を感じて、さっさと逃げることにした。
こんなところに長居は無用だ。
彩葉を抱きかかえようと屈みこんだその時、静電気がぴりりと走った。
(いてえな。こんな季節に静電気とは……)
少し痺れるが、これくらいはどうってことないので、よいしょと彩葉を背負い、踵を返す。
ところが、手下だか取り巻きだかの女子がさっと俺の前に立ちはだかり、退路を阻まれてしまった。
「トライアルか……。そういえば、教室を返せってしつこく言ってたやつがいたな。確か、黒木とかいう……」
「白井だと思うぞ、たぶん」
「たぶんかよ!」
なるほどな。こいつが教室を奪った犯人だったのか。
白井先輩から女子を常に連れていることや、氷室先輩からやばいやつって聞いていたから、てっきり男だと思っていたが、まさかの女子かよ。
「お前、教室を返してほしくないか?」
「いや、別に」
「少しはやる気を出せよ!」
なんだ、この暑苦しいセリフは。
勉強なんて教室がなくてもできるし、そもそも教師があれだからな……。
とにかく、早く買い出しに行きたい。
「おっと、ただでは帰さないぜ? 怪我をしたくなかったら、その子を置いていきな」
どこかの三文芝居のようなセリフをまじめに吐いて、一番やる気を漲らせている女子が鉄パイプを振り上げた。
鉄パイプって……。
他の女子も魔法を繰り出すようにかまえ、戦闘態勢に入る。
「悪いが、彩葉は大切な仲間なんだ。だから置いていけないな。帰りの荷物も一人じゃ持てそうにないし」
「お前、最低だな!」
「女子に荷物を持たせるとか!」
「やっぱり許せない! 覚悟しなさい!」
やばい。めんどくさい。
襲いかかってくる女子を、彩葉を背負ったまま避けながら、考える。
女子相手に攻撃するのも気が引ける。そこはほら、俺ってジェントルマンだから。
「はい、スト~ップ」
ジェントルマンとして振る舞うべきか、正当防衛を行使するべきか悩んでいる間に、気の抜けた声が響いた。
気がつけば、俺と女子たちの間に一人の男子生徒が立っている。
その男子が現れた瞬間、女子たちは動きを止めた。――いや、動けなかったんだ。
「……誰だ?」
「うげっ!」
女子としてどうよと言いたくなる奇妙な声を上げ、神崎ゆりが一歩引いた。
どうやらこいつを知っているらしい。
「おい、馬鹿兄貴! 邪魔すんじゃねー!」
「兄……てことは兄弟なのか?」
なるほど。そういや顔も似ているな。
なんて問いかけながらも一人納得する。
「そう、俺の名前は神崎修……。そして彼女が可愛い妹の神崎ゆり。僕たちはラブラブのきょう……」
「うるせーんだよ! この変態!」
「ぐっ!」
神崎兄は神崎妹に蹴られて吹っ飛んだ。
なるほど。兄妹仲はいいらしい。
「うーん! さすがゆり、いい蹴りだったよ」
「いや、お前はいったい何しに来たんだ?」
蹴られたお腹をさすりながら、感嘆する神崎兄は確かに変態みたいだ。
あれか、シスコンってやつか。
そんな兄を睨みつけながら、神崎妹が問いかける。
すると、神崎兄がぱっと顔を輝かせた。
「そうそう! 今の話を聞いていたんだけどさ、一つ決闘をしないか?」
「決闘?」
「そう、ゆりと君が戦って、君が勝てば、ゆりが保有している教室を返してあげよう。しかし君が負ければ彩葉ちゃんはゆりのものだ」
「はあ? それ、俺に何の得もないっすよね?」
別に教室はいらないって言ってるんだから。
それにしたって、どこで話を聞いてたんだ、この変態は。ストーカーか。
「“花いちもんめ”みたいなものだと考えてくれればいいよ」
盗み聞きはするが、俺の話は聞かないらしい。
思わず呆れてため息を吐いた時、ようやく彩葉が俺の背中で目を覚ました。