6.何しに来た?
「では、行ってきます」
白井先輩はそう言って芽吹荘を出ていった。
「なぁ、氷室先輩。白井先輩はどこに行ったんすか?」
俺は彩葉と一緒に101号室に勉強しにきていた。
授業がないから自習しかすることがないからだ。
といっても勉強する気などさらさらないので、彩葉と一緒にごろごろしながら漫画を読んでいた。
タイトルは『魔法少女 マドカラ・ハロー』って、何だそのタイトル。
「あぁ、多分教室を取り戻しにいったんじゃないかな」
「はあ!? 取り戻すってどういうことっすか!?」
教室を取り戻す。そんなことができるのだろうか……。
そういえばさっき白井先輩がそんなことを言っていたけど、いったい誰に取られたんだ?
それにどうやって取り戻すんだろう。
トライアルの俺たちがそんなことできるのか?
なんて、俺は色々考えていたのに、彩葉は興味がないのか、ただ単に漫画に熱中しているのか、顔を上げることさえしない。
いや、勉強をしろよ。って、人のことは言えないが。
「ちょっと少し気になるな……。何よりなんか面白そうだし。よし、彩葉。行くぞ!」
「はい? 何で私も行かないといけないんですか」
彩葉は面倒くさそうに拒否した。
ということは、話は聞いていたらしい。
「まあまあ、彩葉ちゃん。いいんじゃない? 行ってらっしゃい。気をつけてね」
そう言って俺たちを送りだす氷室先輩は、穏やかそうに見えて、意外と無責任かもしれない。
「何で私まで……」
彩葉は俺の三歩後ろでぶつぶつと文句を言う。
諦めの悪いやつだ。
そうして俺たちは山を下りてゴミ処理場までやって来たが、思わずため息がもれる。
ここからまだ三時間もかかるんだから。
とうんざりしていたら、昨日俺が上って来た道とは違う方向に彩葉が歩き出した。
「おーい、どこ行くんだよ。学校はこっちだぞ」
「何を言っているんですか? 駅はこっちでしょう?」
「え!?」
「昨日は私も学園から寮までは走りましたけど、パンフレットには電車を使って移動するって書いてありましたよ?」
駅が近くにあったのかよ!? 入学初日ではまったく気付かなかった。
それならそうと言えよ。何で誰も教えてくれなかったんだ。くそっ。
いや、パンフレットに書いてあったのか。
確かにこの学園はバカでかい島にあるんだから、電車が走っていてもおかしくない。
今度は俺がぶつぶつ呟きながら、彩葉について駅まで行った。
が――。
「お前ら、トライアルだろ? 学校まで行きたいなら歩け。ほら、行った、行った!」
まさか駅員からの乗車拒否。
駅員は二人いたが、手前のおっさんはトライアルを嫌っているらしい。
もう一人の女性駅員はごめんね、と申し訳なさそうな顔をしていた。
“トライアル”は学園の嫌われ者のようだ。
もちろん、女性駅員のようにそこまでという人もいるみたいだが。
「……帰りますか」
駅を出て、彩葉がぽつりと言った。
まあ、電車にも乗れず、往復六時間もかけて学校まで行くのは面倒だ。
「……そうだな、帰るか」
俺も諦めて素直に戻る。
何しに来たんだっけ、俺。
結局、この時間を無駄にしただけだった。
◇ ◇ ◇
その頃、白井はというと、トライアルの教室に着いていた。
「神崎! お前に決闘を申し込みにきた! 出てこい!」
白井は教室のある旧校舎の前で大きく声を上げたが、返事がない。
仕方なく白井が校舎に入っても、誰かがいるような気配は一切なかった。
トライアルのみんなが使うはずだった教室の中は、備品が壊されて散らかり、あちらこちらに落書きもある。
「ここにはいないか……」
「なぁ、まさか、お前が私を呼んだのか?」
突然背後から声をかけられ、白井はばっと振り返った。
そこに立つ人物――神崎は両手に女子生徒を抱いている。
「くっ! そんな不埒な行為を……。今日こそは僕たちの教室を返してもらうぞ!」
「はは、当てられるわけないだろ。ばーか!」
いきなり殴りかかった白井をひらりとかわすと、神崎は女子生徒を離し、右手から発生させた雷を放った。
雷は真っ直ぐに白井に向かう。
「ぐはっ!」
その速さに避けることも防ぐこともできず、白井はたった一撃で倒れてしまった。
「く、くそ……」
「何? 私に勝てるとでも思ったか? バカじゃねーの。まあ、次に来る時はかわいい女子を土産に連れて来なよ。そうしたら、考えてやってもいいぞ?」
「お前こそバカを言うな!」
神崎は高らかに笑い、女子を連れてその場を去っていった。
「くそっ、くそっ、くそ……」
体が痺れて動けない。
そんな自分が情けなくて、白井はうつぶせになったまま悪態をついた。
◇ ◇ ◇
その夜、俺たちが談話室でゆっくりしていた時、白井先輩がボロボロになって帰ってきた。
「おかえり……って、また派手にやられたねー」
「あぁ、帰ってきたんだ……って、うお! ボロボロじゃないっすか! しかも焦げくさ!」
思った以上に先輩はやられていた。
裂傷もあれば、火傷もしている。
「臭いとは失礼だぞ、日暮!」
よかった。
ボロボロだけど、先輩はまだ怒る元気はあるみたいだ。
「もうそろそろ諦めたらどうだい?」
「いえ、僕は諦めません! また修行して挑み、来週こそ勝ってみせますから!」
穏やかに忠告した氷室先輩に、白井先輩は睨みつけるように決意表明して談話室から出ていった。
そうか、毎週行ってんだ……。
やっぱり自分たちの教育の場である教室を取られているというのは、いい気分はしないもんな。
だけど、氷室先輩は教室を取り戻したくないのだろうか?
まったく手伝おうともしないなんて。
「日暮君、彩葉ちゃん。君たちは手伝わなくていいからね。これは白井君の戦いだから」
「いや、そうだけどさ……」
「教室を取った神崎さんは、とても危険な人なんだよ。それに、とても女好きだから、特に彩葉ちゃんは目をつけられないように気をつけるんだよ」
神崎ってやつは女好きの相当ヤバイ男みたいだな。
やっぱり、どこの学校にもそんなやつがいるのか。
それから数日後、俺は氷室先輩に頼まれて、彩葉と一緒に芽吹荘の食品やトイレットペーパーなんかの日用品を買いに街へと出かけた。
街まではとてつもない時間がかかるので電車で……と言っても、あの駅員は乗せてくれないだろうから、バスで向かうことにした。
バスはゴミ処理場から学園までの直通は出ていないが、街までは出ている。
それでも二時間はかかるし、距離もあるので、金額も高い。
マジでこの島は広すぎる。
「やっと着きましたか……」
車内でずっと寝ていた彩葉は、目をこすりながらバスを降りる。
俺は車窓から見えていた光景――その地に直接立って、ただただ驚いていた。
「ここが商業エリアの中心部かー、でかいな!」
こんなに大きな街があるなんて、想像以上だった。
多くの人たちが行きかう中で、何人かがなぜか俺たちを見てくすくす笑う。
どうやらクラスによってネクタイのデザインが違うため、すぐにどこのクラスかわかってしまうらしい。
こんなことなら、校則にしたがって制服で外出なんてせずに私服でくればよかった。
まあ、今さら後悔しても仕方ないし、とりあえずはトイレだ。
二時間もバスに揺られたからな。
彩葉を待たせてトイレに行き、元の場所に戻るといない。
あいつはどこ行ったんだ……。
周囲を探していると、道の向こうで女子数人に話しかけられていた。
(あー、友達か……って、あいつに友達っているのか?)
あの性格でいるのかも疑問だが、女子なら普通もっとスマホいじったりとかするんじゃないか?
この数日間、そんな姿も見ていない。
なんて呑気に考えている間に、彩葉は腹を殴られ、その場に倒れた。
おいおいおい、マジかよ。なんかやばくね?
女子が数人で囲んでいるせいか、周囲の大人たちは気付かない。
そして、そのまま脇道――いわゆる路地裏に抱えられるようにして連れ込まれている。
(いやー、大きな街って怖いな。こんな真昼間から誘拐かよ)
って、助けねーと!
俺は急いで道を渡り、彩葉が連れ込まれた路地へと入っていった。