3.実力テスト
「おい、こらっ! おせーんだよ! って何で怪我してんだよ!?」
俺が教室に入った途端、体のごつい先生から飛んだ怒声。
が、すっかり忘れていた怪我のことを問われて、ちょっとだけいい人かもなんて思う。
「すんません」と小声で謝って、とりあえず空いてる席がないか辺りを見渡し、一番後ろの窓側の席に座った。
周りの生徒はすごく緊張している顔で席に座り、俺が入ってきたことにも気づいていないやつもいるみたいだ。
話しかけようとしても、誰も目を合わせてくれない。
それも今からクラス決めのテストだからなのかなあ、なんて考えていると、先生のドスのきいた大声が響く。
「いいか、お前ら! 今からテストを始める! まずは知力だ! ルールは簡単、制限時間は六十分! 目の前に次々出てくる問題を解くだけだ! 問題は多種多様で、人それぞれ違うからカンニングしても意味ないぞ! わかってるのか、お前!」
「え……あ、俺……?」
急に指さされて、驚いたじゃねえか。
どうやらうとうとしかけていたらしい。
(ったく、うるせえなあ、あのゴリラみたいな先生。ちょっといい人かもと思ったけど、もうゴリランでいいや。今、気持ちよく寝かけていたのに……って寝たらダメだろ、俺。頑張れ、俺)
どうにか自分を叱咤したものの、眠くて仕方ない。
はきはき話すゴリランの大声は耳に入ってきても、頭には入ってこない。
どこかの女子生徒にぶつかったり、置いてけぼりになったり、学園長たちとのやり取りがあったりで、疲れが今になって出てきたらしい。
頭からの出血は止まっているが、かぴかぴに乾いて気持ち悪いし、まともに考えることもできない。
「間違えたら減点だから、わからない問題はパスしたらいいぞ! 難しい問題ほど点数が高いからな! その辺は自分で判断しろ! テストに満点はないから限界までやれ!」
ゴリランの大声はとにかくうるさい。
そして説明が終わった時、チャイムが鳴った。普通の学校と同じチャイムだ。
「よし! 始め!」
今はもうチャイムの音さえ頭に響いて痛いのに、ゴリランの大声は本当に頭にビシビシと響いて痛い。
テストは始まると同時に、俺の疲れはピークに達していた。
(六十分か……五分ぐらい寝るか。それぐらいなら大丈夫だろう……)
ぼんやりした頭はまともな答えを出すことなく、俺はそのまま机に伏せて目を閉じた。
ほんの少し、休憩するだけのつもりで――。
それが失敗だった。
せめて手がタッチパネルに触れっぱなしだったことに気付いていれば、また未来は変わっていたのかもしれないが……。
起きたのは六十分後、ゴリランの大声で目が覚めた。
「それまで!」
慌てて机から顔を起こし、ゴリランのごつい顔を見て驚く。
(おお……びっくりした。何回驚かす気なんだよ、ゴリランめ。俺は疲れて、イライラして……って、寝てたのか、俺? ずっと?)
「次は体力テストだ! お前ら、第二グラウンドに移動だ!」
状況をようやく把握して焦る俺に、ゴリランの大声がまた追い打ちをかけるように響く。
どうやらテスト時間中、すっかり寝てしまっていたらしい。
マジやばい。
このいい感じにぽかぽか陽気が悪いんだ。
けどまあ、今さら足掻いても仕方ないので、移動するみんなについて行こうと立ち上がった。
そこにゴリランの声がかかる。
「おい、お前! 遅刻した上に、今の今まで寝るなんて、いい度胸をしてるな……。俺の目はごまかせないぞ」
酷い顔で――いや、すごい顔で睨みつけてくるゴリランの顔は非常に近い。
思わず目を逸らしたくなったが、寝てしまったことを誤魔化すつもりもなくて、どうにかまっすぐに見返してやる。かなりきついが。
「いやー、ここに来るまでに色々あって……」
「言い訳はいいんだよ! このままだとお前“トライアル”行きだな」
誤魔化すつもりはないが、説明はしておこうとした俺に対して、ゴリランはふんっと鼻で笑った。というか、鼻息を荒く吹き出した。
(“トライアル”? パンフレットにそんなクラスあったっけ……?)
「まあ、いい。あそこに行くのは毎年一人いるかいないかだ。まだ取り戻せる……ん? なんで、まだいる。さっさと行けー!」
(お前が呼び止めてたんだよ! ここにはまともな教師が一人もいないのか!?)
と突っ込みつつも声には出さず、とりあえず走ってみんなに追いついた。
そのせいか、血が足りないせいか、もうすでに息が上がっている。
「次は体力テストだ! やることは他の学校と同じようなもんだ!」
俺より後ろにいたはずのゴリランがまた大声で説明している。
なるほど。瞬間移動だな。
「さあ、まずはハンドボール投げだ! お前から!」
「え!? 俺!?」
いきなり指名されたのは俺。どうやら完全に目をつけられたらしい。
それでも中学の時は魔法なしで平均ぐらいだったので、どうにかなるだろうとボールを持ち、そして勢いよく投げ――。
(あっ……、肩が……)
俺の腕は振り上げたまま。
その手から、ボールがぽとりと落ちる。
「記録、マイナス三十センチ!」
周囲からざわめきが聞こえる。
当たり前だ。マイナスなんだから。きっとある意味記録更新だよ。
もちろん、その後もテストは続いた。
百メートル走は走りきることができず、腹筋は痛みで上がらず、俺は体力テストでさえも散々な結果となってしまった。
(ああー、マジやばい。面談もやったがつい寝てしまったし、手芸や料理も……って、何であんなテストまであんの?)
欝々とした気分で最後のテストを受ける。
何一つ良い結果を出さなかったのだから、せめて最後くらいは……と思い、やる気を漲らせた。
最後のテスト――それは魔力テストだ。
「さあ、最後だ! この魔力測定器に手をかざすだけでいい! そうすれば今までの結果を総合し、クラスが発表される! 今までの結果は関係ない!」
がははと笑うゴリランに、みんなの冷たい視線が向けられる。
じゃあ、今までのは何だったんだよ!
とは、みんなの心の声だ。
「発表クラスが複数出た場合はその中から一つ選べ!」
最後までこのゴリランが担当だったが、手芸の手本として見せてくれたものはとても上手かった。意外にもほどがある。
休日に一人で作っていると、聞いてもいないのに語っていたが、想像すると気持ち悪くてやめた。
そして、みんなが列を作り、測定器の前に並ぶ。
俺もその列に加わり、前に並んでるやつらが一喜一憂している姿を見ていた。
やはり希望通りのクラスに入れるとは限らないみたいだな。
にしても、測定器か……。それだとやばいな。俺の魔力は――。
「次はお前だ!」
いつの間にか俺の順番だったらしく、ゴリランの声がかかる。
ひょっとしたら上手くいくかもしれない。
そう考えて、俺はゆっくりと丸い形をした測定機に手をかざした。
「出たぞ!」
「はやっ!」
どきどきもたったの一瞬。
この学園はやること全て早い。
もう少し緊張感を味わいたかった気もするが、あれだけ人がいるのだから、さっさとしないと日が暮れるのだろう。
測定器から吐き出された紙をゴリランから受け取り、どきどきしながら結果を見る。
そこには印字されていたのは“trial”との文字。
「うん、やっぱお前はそこだよな……。さっさと行け!」
「ですよねー」
がっかりしながら俺はその場を離れた。
結果は最下位だった。
詳細を見るとプラスの数字がまったくない。
周囲の生徒たちは俺を見下して笑っていたが、それにはかまわず、裏面に書かれてある住所に向け歩き出した。