1.Fly Away!
四月七日。
今日は高校の入学式。
真新しい制服を着て、桜が舞い散る通学路を歩く俺はいかにも新入生って感じだ。
が、俺の心情は新入生とは程遠いかもしれない。
「あー、疲れた……」
思わず呟いてしまったのも仕方ないと思う。
なにせ通学路はかなりの山道であり、さながら登山のように一人で必死に上っているんだから。
(いったい、いつになったら学校に着くんだよ……)
はあっとため息を吐いて、ゴールの見えない山道の先を睨みつけた。
もう三時間も重い荷物を持って歩いてんだから、嫌になるのも仕方ない。
ああ、送料ケチらないで、発送すればよかった。
そもそも何でこんなに大荷物かと言うと、俺が目指す先にある学校――そこが全寮制だからだ。
いや、めでたい。俺、頑張ったよ。
だって、この学校は制服から寮費から全てタダ。ちょっとしたお小遣いまで支給されるんだから。
念願のスマホゲットだぜ!
まあ、タダより高いものはないって教訓は、この際置いておく。
俺には両親がいない。だから家族は一つ年上の姉だけだ。
両親は八歳の時に事故で亡くなって、それから児童養護施設で暮らしてたわけだけど、姉は――あき姉は優秀だったから、俺には何の相談もなしで中学からこの学校に進学したんだよな。
そしてこの四年間、何の連絡もない。冷たい話だ。
って、まあだいたいの理由は予想できるけど。
だから、誰の反対もなくこの学校に進学を決められたかと言うと、そうでもない。
施設でずっとお世話になっていた先生――とめばあちゃんには意外にも猛反対されてしまった。
普段は優しいのに、何だってんだろ。
でも、今朝は四時に出発だったのに、わざわざ見送ってくれたんだから、納得してくれたってことだよな。
それどころか、六年生になったばかりの和樹とほのかまで起きてきてくれたんだ。
うん、ここで弱音吐いてる場合じゃない。
とめばあちゃんの反対を押し切ってまで決めたんだから。
あいつらにも偉そうに頑張れなんて言っておきながら、俺が頑張らなくてどうする。
しかも初日だよ。あいつらと別れたのも四時間前だよ……って、やべえ。もうこんな時間……。
すでに八時を三十分ほど過ぎているのに、俺は未だに通学路だと思うはずの場所にいた。
うん、泣きそうだ。
「おかしいな……。こんなに遠かったっけ? パンフレットには海が写ってんのに、なんでこんな山の中に着くんだよ……」
一人でぶつぶつ呟きながら、入学案内のパンフレットを開いた。
まじでもうすっかり疲れモードだ。
何回も電車を乗り換え、とある田舎駅で降りて、それから山道をずっと歩いているのにたどり着かないなんて。
どうやら出発時間を読み誤ってしまったらしい。
この学校はあることができれば受験なしに入れるから、一度もまだ学校に行ったことがないのが敗因か。
いや、俺はまだ負けたわけじゃない。
とはいえ、さっきから、――いや、最初から、同じ学校の生徒を見かけない。
コンクリートで舗装された山道を歩き、美しく咲く桜を見上げながらも、俺の心の中には焦りしかなかった。
(もう入学式始まってんだろな……)
もう一回ため息を吐いて山道を上り始めると、後ろから誰かが走ってくる足音がした。
俺と同じ遅刻した奴だろうと思い、ちょっと期待して振り返れば、女子生徒が一人走ってきていた。――とてつもないスピードで!
彼女は下を向いていて俺に気付いていない。
(やばっ…ぶつかる!)
そう思った瞬間、俺の脳裏に「この展開はラッキースケベだ」「ここから恋が始まるんだ」なんて浮かんだが、世の中はそんなに甘くなかった。
ド―――――ン!!!
女子生徒一人にぶつかっただけなのに、まるで十トントラックにぶつかったみたいな激しい衝撃。……もちろんぶつかったことはないが。
そして俺は、天高く馬肥ゆる春――ではなく、勢いよく舞い上がって、落ちた。
舞い上がったと思ったのはどうやら崖から落ちたせいみたいだ。
「あぁ、ち、ちょっと待て……」
どうにか突き出た枝につかまって声をかけるが、女子生徒は俺を見ることもなく、そのまま走り去っていく。
当て逃げだ。くそっ。
……てか、誰か助けてくれ!
そう思った瞬間、枝が折れて、俺は崖下へと転がり落ちた。
それから俺がどうにか学校にたどり着いた時には、ゆうに三十分は後だった。
足を引きずりながらゆっくりと歩き、どうにか校門をくぐり抜けたものの、まだ校舎は遠いらしい。
(……ぐっ! やばい、死にそう……)
俺の全身はすり傷だらけで、さらには頭からの出血が止まらない。
血液量が少なくなって、ぼうっとしてくる。
(とめばあちゃん……俺はもう死にそうです……)
そうぼんやり考えた時、目の前に現れたのは体育館らしき建物。――が、それしかない。
パンフレットとは全然違って、校舎などまったく見当たらない。
(これは幻覚? そうなら、すげー意味不明な幻覚だぞ。死期が迫った時に見るのは三途の川じゃないのか?)
ぼんやりとした頭でもさすがにおかしいと思ったその瞬間、体育館らしき建物が白い光に包まれた。
(眩しくて、前が見えねー!)
思わず閉じていた目を開けると、建物はそこから消えてしまっていた。
そこでようやく気付いた。
今のは体育館じゃなくて、大型の移動装置だと。――って、じゃあ俺は……。
「お、置いてかれたー!」
一人何もない地に佇んで叫んだ。
が、時すでに遅し。これで間違いなく遅刻確定だった。
なぜなら俺が入学したのは、世界で七校しかないうちの一校――魔法学校なのだから。