始まり
6限目、桜ヶ丘高校その日最後の授業の途中、影峰聡太は重たげな瞼を開いた。
どうやら授業中に寝てしまったらしい。
気だるげながらも視線を黒板ヘ向ける。
そこでは歴史の教師が熱心に黒板にチョークを滑らせている。
聡太は目だけで時計と黒板を見やる。
時計の長い針は今40分を指しているそして授業が終わるのは45分、授業終了の5分前だ、どんなに頑張ろうとあの黒板の文字たちをノートにすべて写すのは不可能だろう。
「はぁ・・・」
聡太は覇気のないため息を吐いた。
ノートはいつか友人に写させてもらおうと聡太が諦めて眠ることを試みた時、
「教科書の69ページの9行目から23行目、ここは次のテストに出るから赤線引いとくように」
という教師の声が聞こえてきた。
他の生徒達の行動は教師に言われた通り赤線を引くものと、めんどくさがって教科書類をしまうものに分けられていた。
聡太はめんどくさがっているが教師に言われた通りに教科書に赤線を引く。
そこでスピーカーから聞き慣れた音が聞こえた、授業終了のチャイムである。
「これで授業は終わりだ、皆気をつけて帰れよ」
そこから静かだったクラスの空気は一変し、賑やかになる。中には楽しく雑談したり、部活に向かうもので溢れていた。
聡太は荷物をカバンヘとしまいそれを持って帰路のつく。
下駄箱に向かい、靴を履き替え、正門に向かう。
正門に向かう途中、聡太の目にはカバンを背負う小さな影が見えた。
聡太は駆け足でその少女の元ヘと向かう。
「桜、どうしたんだ?」
「あ、お兄ちゃん」
肩までかかった黒髪におっとりとした顔立ち、小学校の制服姿に身を包んでいるのは聡太の妹、影峰桜である。
「学校早く終わったの、一緒に帰ろう」
そこから聡太と桜は自分達の帰路についた。
「でも桜、結構待っただろう」
「ううん全然待ってないよ」
桜は首を横に振る。
「そうか、ならいいんだけどさ」
「うん」
「何かいいことでもあったのか?」
「えっ⁈なんでわかったの?」
桜はすごく驚いた表情を見せた、どうやら俺の予想は当たっていたらしい。
「桜、俺と会った時からずっと笑ってるからさ」
「あ〜、やっぱり顔に出ちゃってたか」
桜は照れくさいとばかりに顔を赤らめた。
「で、何があったんだ」
そんなに顔に出るほどのいいこととはなんだろうかと疑問に思った聡太は桜に聞いてみた。
「うーん・・・・」
桜は微妙な表情をした。
きっと話すかどうか迷っているのだろう。
聡太が楽しみに待っていると桜は
「・・・恥ずかしいからダメ!」
という回答が返ってきた。
それを聞いた聡太は、
「え〜〜」
と言うしかなかった。
「どうしても?」
聡太が最後の頼みで聞いてみるが、
「ダメったらダメなの!」
桜は少し怒った様子で言った。怒ったと言っても全然怖くないのだが、
「・・・わかった」
桜はここまできたらすごく頑固だ、家族である聡太が一番よく知っている。
そんな楽しい会話をしていると、
「ぎゃあああぁぁぁぁーーーー」
という絶叫が聞こえてきた。
「「・・・・」」
聡太と桜の間で沈黙が生じる。
「今の何?・・・・」
桜はおもむろに聡太の袖を摘んできた。
普通、日常生活の中ではこんな絶叫は聞こえてくるはずがない。
普通の人ならば、ここで何事もなかったように通り過ぎるだろう。
しかし聡太は
「ちょっと見てくる。」
そう言った瞬間、聡太はダッシュで絶叫がした方向へと向かった。後ろから、『あ、お兄ちゃん⁈』という声も気にせずに。この後、後悔するとも知らずに。
(よし、あの角を曲がれば声のしたところに着くはずだ)
聡太は道の角を曲がった。
「・・・・・・」
聡太はその光景を見た瞬間唖然とした。
そこには、10数名の死体が転がっていた、死体の中には、体が二つに分かれているもの、首と胴体が分かれているもの、腕がないもの、脚がないもの、首元にでかい穴が開いているものがあった。
そこ一体の道は死体の血で溢れており、血特有の匂いがしている。
しかし、聡太が唖然としている理由はそこではない、その理由は道の中央にいる何かだ。
それは灰色の2mを軽く超えており、手の五本指の中央の三本はでかい鉤爪だ。
そこからの聡太の行動は実に早かった。
(やばい、逃げないと・・・・)
逃げようと、聡太が一歩後ずさりした時、聡太は自分が幻覚を見ているのではと疑った。
先程まで10数m先にいた化物がいつの間に聡太の目の前にいたのだ。
「あ・・・・・」
聡太は固まってしまった。
化物は聡太をじっと見つめ観察している。
化物はニタァと笑った。
やがて化物は右腕を上げ、鉤爪を聡太へと向けた。
聡太は今、自分が死ぬことを確信した。
もう諦めたその時、
「・・・危ない‼︎」
(え?・・・・・)
次の瞬間、聡太は後ろのコンクリートの塀へと激突した。
「かはっ・・・」
肺の空気が一気に押し寄せた。
背中に激痛が走り、呼吸がままならなくなる。
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
今一番気にすべきは聡太の胸の中にいる少女だ。
「桜・・なんで・・・」
桜の腹部には穴が開いていた。
「・・よかった・・・間に合った・・」
桜は口元をにっこりとさせ、安心しきった顔で聡太を見たと思えば、ゴフッと口から血を吐き出す。聡太は全力で桜を抱きかかえる。
「なんで・・・なんで俺なんか助けた!」
俺の言葉を受け取った桜は何も言わず、ただ優しく微笑むだけだった。
「っ⁈」
桜にとっては精一杯の優しさだったのだろうが、今の聡太にとってその優しさは胸が痛くなるほど苦しかった。
気づけば聡太は両目から大粒の涙を流していた。
「・・お兄ちゃん・・・」
かすれて消え入りそうな桜の声を聡太は聞き逃すことはなかった。
桜はゆっくりと腕を上げ、手を聡太の頬に当てると、
「泣かないで・・・・」
聡太は奥歯を噛み締め泣くのをこらえた。
今、この時、桜の願いを少しでも叶えてやろうと。
そして今度は両手で聡太の顔に触れ、
「私ね・・・おにいちゃんのこと・・大好きだったよ」
「っ‼︎」
聡太はもう涙を止めることはできなかった。
「ひでーよ、泣くなって言ったくせに泣かす気満々じゃねーか」
「・・結果的にそうなっちゃうのかな?・・・」
桜の体が徐々に冷たくなっていく。
しかし彼女は優しげな顔で、
「でも・・本当に大好きだったよ・・・」
そして聡太の頬に触れていた手は離れた。
その手が地面に落ちる直前、聡太はその手を掴み取り、強く、強く握りしめた。
「・・ひでーよ、・・本当にひでーよ・・」