カフェでの会話
村申請の書類の提出は、ほんの十数分で終わった。
その後の処理は、また後日というのが役人の話だったが、何にしろ結果の郵便書類がダンジョンに届くまでは待つしかない。
それが終わると、肩にシュテルンを乗せたウノは、近くの白い壁にもたれて一休みした。
もちろん、ただの休憩ではない。
そのウノの前を数人の子供が横切っていく。
「っと、ごめん、兄ちゃん!」
よそ見していた子供がぶつかるも、すぐに立て直して駆け去って行く。
軽く手を振り、それを見送っていると、ウノの待ち人が来た。
「お待たせしました」
「どうも」
待ち人は、調査官のロイだった。
もたれかかっていた壁は、カムフィス教の大神殿のそれである。
なお、神殿は神と神の為に働く神官達の施設であり、大聖堂や教会は一般市民が神へ祈りを捧げる場所という風に分けられている。
もちろん神殿でも祈りを捧げる事は可能だが、神聖な雰囲気が強く、多くの市民はやはり教会の方が主流である。
それはともかく、ウノはため息が出てしまう。
「……? どうかしましたか?」
「いや、本当に治安、悪くなってるなあと思ってさ」
よりにもよって、神の目の前で盗みを働くか、と手の中の金袋をロイに見せた。
「さっきの子供……っ!?」
それで意味は伝わってくれたらしく、ロイは子供達が逃げていった角を振り返った。
「まあ、俺のは盗まれてないから。……ちょっと寄り道になるけど、衛兵の詰め所に寄らせてくれ」
ウノは身を預けていた壁から離れ、知っている詰め所へと足を向ける。
その横に、ロイも並んだ。
「かつての古巣にご挨拶ですか」
「それもあるけど、まあ、荷物になるから。ごめん、ちょっと重いからいくつか預ける」
ウノはポケットから二、三の金袋を出すと、ロイに手渡した。
「これは……っ!?」
「さすがです、主様」
もちろん、他の被害者の金袋である。
衛兵の詰め所で届け出を出し、ウノ達はオープンテラスのカフェに入った。
どちらも豆茶を注文し、シュテルンは豆を小皿に出してもらっていた。
「で、そっちの情報はどうだった?」
「騎士団に大きな動きはありませんでした。軍が動くとなれば、出入りの武具店、鍛冶屋、食料品店にも何らかのアクションがありますからね」
ウノ達は、一足先に城下町に戻っていたロイに、騎士団が動いているかどうかを調べてもらっていた。
さすが、調査を専門にしているだけの事はある。
こういう事までは、ウノの頭では回らない。
「そういう気配はないって事か……って事は、まだ、何か企んでる段階って事なのかな」
「どうなのでしょうか。カムフィス様が誤るという事は、ないと思うのですが」
「いやいや、意外と色々やらかすよ神様。こないだも、つまみ食いがバレてアルテミスに正座で説教されてたし」
「……神よ、何をしておられるのですか!?」
ロイは嘆きながら手を組み、指でカムフィスの印を作った。
「でも真面目な話、カミムスビがその辺りを違えるとは思えないからなあ」
――にゃー、カミムスビが言うには、あちこちの教会で、物騒な祈りが聞こえてるらしいのにゃ。ライブ中継にゃー。
「物騒な祈り?」
バステトからの神託を受けたウノの呟きに、ロイも反応を示した。
「祈り……とは?」
ウノは、バステトに詳細を求めた。
「……『邪悪なる神を討ち滅ぼさん!』みたいな勇ましいモノやら、『神よ我らに加護を与えたまえ』とか、そういうのが聞こえてくるんだってさ。それってつまり、戦いが始まるって事だろ?」
「あちこち……」
ロイは考え、やがてハッと顔を上げた。
「その、『あちこち』の教会の場所を、カムフィス様は把握しておられるのでしょうか。いや、少々お待ちを!」
ロイは手を組んだまま、顔を伏せる。
カミムスビに祈りを捧げているのだろう。
彼女に直接祈りを捧げたロイは、権能である『どこでも話せる』力を得ている。
ウノがバステトと神託による交信が出来るように、ロイもカミムスビとそれが可能なのだ。
大体は無難な事しか喋らないらしいが……事はダンジョンに住むカミムスビ自身にも関わってくる。
ロイの問いかけにも、応えるだろう。
「……ふむ、小さいところは、少々難しい。……大きな造りの聖堂や……信者が多く入る教会ならまだ分かる……ですか」
顔を伏せたまま、ロイがカミムスビと交信する。
その言葉に、ウノなりに推測をしてみる事にした。
「届く声が小さくて、場所の特定までは難しいって事か。その呟きが騎士のモノなんかどうかも、ちょっと分からないな」
「いえ、待って下さい」
ロイが再び、顔を上げた。
「これは、逆に考えるんですよ。……つまり、細々とした場所、しかも分散して、そういう勇ましい声が聞こえているって事ではないですか」
「っ!?」
ウノの背筋に、寒いモノが走った。
ロイの言っている事とはつまり……。
「騎士団の、別働隊がいる?」
「……もしくは、それ自体が作戦の本隊。少数精鋭ですね。城下町にいる騎士団はそもそも、動く予定はないのでは。平地ならば大量の軍が有利なのは常識ですが、ダンジョン攻略では機動力を重視して、数を絞る事も珍しくありません。それでも数百人単位なのですが」
「……まあ、それ自体はどうにかなるとは思うけどな」
正直なところ、騎士団はそれほど脅威ではない。
少なくともカミムスビの作戦が上手くいけば、それで片がつく。
「ええ。問題は、口実の方です。どういったきっかけを以て、攻め入ろうとするのか。それによっては、騎士団が参戦する以前に、何らかの被害が生じる可能性があります。何にしろ、事態は想像以上に切迫していると考えて、よいのではないでしょうか」
これはちょっと、甘かったかもしれないとウノは思った。
ウノとしては、領主側がダンジョンに攻め入る為の何らかの建前を用意し、それを大々的に喧伝してから騎士団を派遣してくると予想していたのだ。
実際、貧民街の取り壊しは、ほぼそれだ。
議会が承認するという前段階を踏んでから、あそこは取り潰された。
まあ、それでも住人達には寝耳に水で、何とか運び出せるだけの家財道具を手に、脱出したぐらいだ。
一応、一連の流れに関しては神々や他のダンジョンの住人達も納得して、ウノ達を送り出してくれたのだが……。
「俺は、こっちに来るべきじゃなかったのか……?」
バステトの神像に関しては、すべて終わらせてからにするべきだったのではないか。
そんな事を考えるウノに待ったをかけたのは、シュテルンだった。
「いえ、主様それは違います。神の力を取り戻すという重要な役目、他にこなせる者などおりません」
「それに、異神バステト様の力が強まれば、ダンジョンの力自体が強まるのでしょう? なら、やっぱり必要な事だったと思いますよ」
シュテルンとロイが、顔を見合わせた。
「意見が合いましたね」
「信じるモノは違いますが、目的は通じていますからね。何にせよ、貴方が戻るまでの数日は、ダンジョンに警戒を呼びかけておいた方がよいでしょう」
「そうだな」
――にゃあ、任せろにゃあ。
そんな頼もしい神託が、頭に響いてくる。
「ウチの神様の神像が完成するのが、今日の夜らしいから明日の朝発とうと思ったんだけど……」
状況は、思ったよりよくなさそうだ。
心得ているのか、ロイも立ち上がる。
「今日中に発った方が、よさそうですね。僕は、一足先に動く事にします」
「分かった。よろしく頼む」
「そちらこそ、ご武運を」
ウノは、ロイが一礼し、駆け去って行くのを見送った。
――じゃあ、ウノっち達は残っているお仕事を片付けるのにゃあ。主に、ウチキらへの土産物の購入なのにゃ。
「……危機感ねえなあ、神様よ」
――にゃあ、いつも通りっていうのは大事なのにゃあ。