神像を作ろう
「さて、と」
城下町の大通りから、ウノは適当な路地裏に足を進めた。
そして、荷物袋からドリンクを取り出すと、それを一気に煽った。
「行くか」
再び大通りに戻ったウノは、獣人から人の身へと変わっていた。
(ととっ……)
ウノは軽く、足下を絡ませてしまう。
普段ある尻尾がなくなり、少しだけバランスが変わっているのだ。
肩に乗ったシュテルンが、心配をする。
「大丈夫ですか、主様」
(まあ、何とか。それにしても、やっぱり変な気分だな。鼻も耳も鈍感になったみたいだし。何より、声が出なくなるのが、不便だよ)
「ですが、その程度の副作用で済んでいるとも言えます。大したモノですね、神の秘薬というモノは」
(ああ)
ウノが飲んだ薬は、幼女神アルテミスが調合したモノで、獣人を人の身に変える効果がある。
知人の魔女が作った人魚に人間の足を生やす薬がオリジナルらしいが、それをアルテミスなりに弄ったのだという。
「本当は、人を獣に変える方が私としては楽なのですけれど」
ただ、何故か声が出なくなってしまうので、ウノはこうして、シュテルンと念話で話すしかない。
もっとも、他に話す相手がいる訳でもないので、この程度で済んでいるとも言える。
城下町の公的施設の多くは、人間以外は使用を禁じられているので、この姿を取らざるを得ないのだった。
博物館は二階建ての大きな建物で、高さよりも広さが印象的だった。
街の一区画を丸々使用しており、その気になれば一日つぶせるだろう。
入場者は、家族連れよりも研究者っぽい人が多く、ウノ達以外にチラホラと見受けられた。
そして、その入場口で、ウノ達は足止めされてしまっていた。
「申し訳ございません。ペットの入館は禁じられております」
というのが、受付嬢の話す理由であった。
「ペットではありません! 使い魔です!」
鷹のシュテルンが喋ったにも関わらず、受付嬢はまったく動じなかった。
「使い魔も、禁じられております」
「ならば、仕方ありませんね」
あ、それで納得するんだとウノは思ったが、声が出ないので突っ込めないのであった。
「主様、ご武運を」
「ご武運?」
「こちらの話です」
「そうですか。それでは、お楽しみ下さい」
シュテルンと受付に見送られ、ウノは博物館への入場に成功した。
外観の期待を裏切らない、静かで広い空間を使った展示の中をウノは歩く。
(出来れば、みんなで来たい所だったなあ)
小さなモノは棚に展示されているが、大物が時々ドンと廊下の隅に置かれていたり、さらに巨大な龍の骨などは天井の高い部屋を一つ使用したりと、なかなか退屈させてくれない造りとなっている。
これが、人間しか入場出来ないとか、ウノとしては勿体ないと思う。
「にゅむ」
ウノの意を汲んだように、ジャケットに擬態しているスライムのマルモチも、身体をたわませた。
(……で、神様よ。今の俺は鼻が利かないんだが、神像の在処は分かるか? とりあえず、こっちはコーナーを順繰りに探すつもりでいるけど)
――にゃにゃにゃ……微弱だけど力はちゃんと感じられるのにゃ。ただ、展示されているのなら楽にゃけど、研究室送りとかだったら、逆に困るにゃあ。
ウノの声に、バステトが神託で応えた。
ウノは足を止め、館内案内図を再確認する。
(あー、スタッフオンリーな場所はちょっとな。……んー、まだ調べてない場所だと宗教系が臭いかな。あとは地方史関連)
「にゅ」
マルモチが別の場所を指摘するように、ジャケットの袖を揺らした。
(ああ、工芸品コーナーねえ。それも回ってみるか)
――にゃあ、さては普通に楽しんでるにゃ!?
(いや、場所が分かるなら、そこに直行するんだが?)
せっかく、入れる機会など殆ど無い場所に来ているのだ。
どうせなら、楽しまなければ損ではないか。
――にゃにゃあー……少しずつ、気配が強まってきてるのにゃ。そのまま進むのにゃ。
(んー、地方史関連コーナーっぽいな)
バステトの指示もあり、ウノは再び歩き始めた。
そして、照明の抑えられた、地方史関連コーナーの一角。
ロープで四角を囲まれた台座の一つに、その神像はあった。
――あったにゃあ、ウチキの神像!!
長細い、猫耳を生やした人型の神像だ。
元は金メッキでもされていたのだろう、わずかながら黄金の残滓があるモノの、基本的には地がむき出しになっている。
それを除けば、ちゃんと原形が留められていた。
(保存状態は悪くないようだ。壊れている箇所も、見た感じはないな。これがあれば、神様の力も引き出せるのか)
「そうにゃ」
横から、バステトの声がした。
慌ててそちらを見ると、普通にバステトが顕現していた。
(って出てくるなよ!? ここ、人間以外立ち入り禁止!!)
無言のまま、ウノは念話で突っ込んだ。
「にゃにゃあー……残念無念にゃ」
すぐに、バステトは姿を消した……が、ウノには分かる。
姿を消しているだけで、バステトはすぐ傍に存在している。
(……で、重要なのはこれそのモノじゃなくて、形でいいんだよな)
――にゃあ、本体はこれにゃけど、分け身も力を出せるのにゃ。例えるにゃら、これがバステトの共通の姿なのにゃ。重要なのは、この原型を確認する事にあるのにゃ。そもそも、これ自体ダンジョンで砕かれてたのの、予備だったのにゃ。
そういえば、そんな事を大分以前言っていたような気もする。
――ただ、素材はいいモノの方がよいのにゃ。だから預けておいた地元産の鉱石で、鋳造してもらうのにゃ。
(分かってる。となると、あとは……)
ここからが本番であった。
(出番だ、マルモチ)
「にゅ!」
ウノの袖から、マルモチが細い触手を伸ばす。
本来は青色だが、あまりに薄く細いので限りなく透明に近い水色をしているそれは、足下から床を伝い、台座を上っていく。
照明がさほど明るくないのも、ウノとしてはありがたい。
マルモチの触手はやがて台座を包み込んでいく……が、チラホラと見受けられる入場者や、遠くに立つ警備員にも気付かれる様子はない。
そしてしばらくして、神像を触手で包んでいたマルモチがそれを解き、素早く本体に引っ込ませた。
「にゅむむ」
どうやら、やるべき事は終わったようだ。
(……よし、型取り完了。撤収するぞ)
「にゅ!!」
目的を果たしたウノは、急いで博物館の出口に向かった。
ウノ達は、再び鍛冶屋の息子であるゾーンの部屋に戻ってきた。
耳も尻尾も、既に元通りだ。
「という訳で、無事に型は取ってきた。仕事の方、よろしく頼む」
テーブルの上では、青いマルモチに包まれた直方体の粘土が形を変え、神像の形へと変形していく。
粘土は速乾性なので、すぐに形は固定されるはずだ。
スルリと青い粘体から解かれて姿をさらした神像に、ゾーンとその母親であるエルタは、呆れ半分だ。
「……母さん、先に手紙は読んだし、やる事も聞いてたけどさ、スライムってこういう利用法があるって、知ってた?」
「私も、初耳ねえ。やった事がやった事だから報告書は作成出来ないけど、ギルドの資料班には伝えておこうかしら。レンジャー系の人達に需要があるかもしれないわ」
鉱石も、ゾーンには渡してある。
ひとまずこの神像作りに関して、ウノに出来る事はここまでだ。
「それじゃ、俺達は久しぶりに、知人達に挨拶しに回ってきますんで。よろしくお願いします」
「ああ……ま、突貫でそうだな、夜には終わってるだろう。それまでは、適当にぶらついていてくれ。ただし、分かっているとは思うが」
ウノは立ち上がり、苦笑いを浮かべた。
その肩に、シュテルンも留まる。
「ああ、変なのには絡まれないように、か」
「既に三回ほど、経験しました。森で暮らした私達には温すぎる相手でしたが」
「にゅ!」
ウノ達の言いように、ゾーンは舌打ちした。
「って、自分達の暮らしている街だけど、本当に治安が悪いなここは!!」
「……ホント、こういう事があるから、私もいつまでも村に帰れないのよねえ」
エルタもため息をついたのだった。
次回は何事もなければ、今晩零時で!